婚約破棄。予言なんて不吉なこと、言わないでいただけます?

ちゅんりー

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学園の掲示板に、一枚の華やかな案内状が貼り出された。


『聖女リリア様を歓迎する、王太子主催の園遊会を開催する』


実質的に、それは私に対する「公開処刑の予告状」だった。
婚約者である私を差し置いて、別の令嬢のために王太子が動く。これが何を意味するか、学園中の生徒が察している。


「……マーリ様、大丈夫ですか? あんなに露骨な……」


「ああ、気にしないでちょうだい。それより、あの掲示板の角、糊付けが甘いわ。あと十秒で剥がれ落ちるから、誰か押さえてあげて」


私が指をさすと、案の定、案内状がヒラリと剥がれ、通りがかった生徒の顔に張り付いた。


「ひゃっ!? ……あ、マーリ様の予言通りだ!」


「やっぱりマーリ様はすごい! 殿下の嫌がらせなんて、きっと予知されていたんだわ!」


違う。ただの物理現象だと言っているのに。
周囲の熱狂的な視線を背中に浴びながら、私は溜息をついて中庭へ向かった。


そこには、予想通り「幸せの絶頂」といった風情の二人がいた。


「――ああ、リリア。君の奏でる竪琴は、汚れきった私の心を浄化してくれるようだ」


「まあ、ジュリアン様ったら。私はただ、皆様の幸せを祈っているだけですわ」


バラのアーチの下で、見つめ合うジュリアン様とリリア様。
その足元に、私は静かに近づいた。


「お取り込み中失礼いたします、殿下。園遊会の件、確認に参りました」


ジュリアン様が、氷のように冷たい視線を私に向けた。
昨日までの「不気味なものを見る目」が、今は「害虫を排除する目」に進化している。


「……来たか、不気味な女。リリアが怖がるから、あまり近くに寄るなと言ったはずだ」


「そうですよ、マーリ様。貴女が近くにいると、私の『聖女の力』が曇ってしまう気がするんです……」


リリア様が、わざとらしく震えてジュリアン様の腕に縋り付く。


私はじっと彼女の目元を観察した。
粘膜の充血具合。そして、袖口に隠された小瓶の影。


「リリア様、その涙は目薬によるものですね。ハッカの成分が強すぎて、鼻の粘膜まで刺激されていますわ。このままだと、あと一分で鼻水が止まらなくなりますわよ」


「なっ……ななな、何を失礼なことを!」


「殿下も、そんなに彼女を抱き寄せない方がよろしいかと。彼女のドレスに仕込まれた『香を焚き染めるための炭』が、貴方の高価な上着に焦げ跡を作っていますわ」


「馬鹿な……うわっ!? 熱っ!?」


ジュリアン様が慌ててリリア様を引き剥がすと、確かに彼の袖口から細い煙が上がっていた。


「き、貴様っ……! 今度はリリアのドレスに呪いをかけたのか!」


「いえ、演出のために炭を仕込むのはリリア様の勝手ですが、今の風向きだと殿下の方に火種が飛ぶのは当然の摂理です」


「言い訳をするな! そうやって理屈を並べて、私たちが結ばれるのを邪魔するつもりだろう!」


ジュリアン様は、焦げた袖を隠しながら私を指差した。


「いいか、マーリ。園遊会の日、私は重大な発表をする。それまでに、その薄気味悪い『予言』をやめて、大人しく隠居の準備でもしておくんだな!」


「……重大な発表、ですか。婚約破棄のことかしら」


私が淡々と言うと、ジュリアン様の顔が目に見えて引きつった。


「……っ! なぜ、それを……。やはり予知したのか!?」


「予知も何も、これだけ公然と浮気をなさって、私を遠ざけているのですから。幼稚園児でも予想がつきますわよ」


「黙れ! とにかく、お前のような邪悪な予言者は我が王家には不要だ。園遊会で、真の聖女であるリリアを正妃に据えることを宣言する!」


そう言い捨てて、ジュリアン様は逃げるようにリリア様を連れて去っていった。


私はその場に立ち尽くし、冷めた紅茶のような気分で空を仰いだ。


「……困ったわね。婚約破棄されるのは構わないけれど、今の言い分だと『邪悪な予言者』という不名誉な理由で追い出されることになるわ」


そうなれば、実家からも見放され、修道院送りか、あるいは……。


「それは困ります。私の計画では、慰謝料をたっぷり頂いて、湖のほとりで一生読書をして暮らすはずなんですもの」


なんとかして、ジュリアン様の「勘違い」を利用しつつ、こちらに非がない形で破談に持ち込まなければならない。


「ふむ。実に興味深い対立だね」


頭上から声がした。
見上げると、サイラス様が木の枝に逆さまにぶら下がって、こちらを観察していた。


「サイラス様。いつからそこに?」


「君がリリアの鼻水のタイミングを言い当てた時からだ。実に素晴らしい。あの流体予測の精度……やはり君を解剖しない手はない」


「しません。……ところで、あちらの茂みで素振りをしている音は、セドリック様かしら?」


「正解だ。彼は君が殿下に虐められていると聞いて、『守護騎士の出番だ!』と張り切っているよ」


茂みから「うおおおっ! 師匠を守るぞー!」という咆哮が聞こえてきた。


味方は多いが、どいつもこいつも「勘違い」が激しすぎる。
私はこめかみを押さえ、これからの激動の数日間を思って、深い溜息を吐いた。


「園遊会まで、あと三日……。とりあえず、リリア様の『聖女の奇跡』の種明かしリストでも作っておきましょうか」


私の観察眼が、初めて「攻撃的」な目的のために研ぎ澄まされようとしていた。
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