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「……まずいわ。このままでは、私の『湖畔で悠々自適なニート生活プラン』が水の泡だわ」
私は自室の机で、家計簿と領地の地図を広げ、一人深刻な表情でペンを走らせていた。
現在の身分、侯爵令嬢。
婚約者、第一王子ジュリアン。
通常であれば輝かしい未来が約束されているはずだが、実情は「婚約破棄」の崖っぷちである。
しかも、向こうは私を『邪悪な予言者』に仕立て上げ、有責解雇……もとい、一方的な追放を狙っている。
「もし私が『不気味な呪いを振りまいた』という罪を背負わされれば、婚約解消の違約金を支払うのはこちら側。最悪の場合、家からも勘当。……老後の資金がゼロどころかマイナスだわ」
ありえない。
私の人生設計において、無一文で放り出されるなどという選択肢は存在しない。
「……絶対に、あちらの不貞を理由にした『円満な(私に有利な)破棄』に持ち込まなくては」
「なんだ、金の話か。意外と世俗的なんだね、君は」
窓枠に腰掛け、勝手に部屋に侵入していたサイラス様が、呆れたように私を見ていた。
「……サイラス様。人の部屋に窓から入るのは、不法侵入という立派な犯罪ですわよ」
「犯罪じゃない、調査だ。君の『計算能力』の源泉が、強欲さにあるのかどうかを確かめたくてね」
「強欲ではなく、生存戦略です。……あと、あちらの茂みで素振り中のセドリック様も、いい加減中に入ったらどうですの?」
庭の植え込みが激しく揺れ、セドリック様が顔を出した。
「な、なぜ分かった!? 気配を殺して三時間は耐えていたのに!」
「三時間もそんなところにいたら、蚊に刺されて足がパンパンでしょう。今、左のふくらはぎを掻こうとしましたわね?」
「ぐっ……! ま、またしても完璧な予言を……!」
セドリック様は感動しながら、窓から転がり込んできた。
私の部屋が、どんどん不審者の溜まり場になっていく。
「師匠! 安心してください! 俺が殿下を説得して、婚約破棄を止めさせてみせます!」
「やめてください。話がこじれるだけですわ。……いいですか、お二人とも。私は婚約を『継続』したいわけではないのです」
私はペンを置き、二人を真っ直ぐに見据えた。
「私は、ジュリアン殿下の浮気と暴言を理由に、向こうに非を認めさせた上で、たっぷりとした慰謝料と共に自由になりたいのです」
「……なるほど。愛ではなく、実利を取るわけだ。実に合理的で、僕好みだよ」
サイラス様が、薄気味悪い笑みを浮かべて眼鏡を光らせた。
「では、園遊会でリリアが披露する予定の『奇跡』を叩き潰す必要があるね」
「奇跡、ですか?」
「ああ。彼女、当日に『枯れた噴水に水を戻す』というパフォーマンスを計画しているらしい。それによって自分が真の聖女だと証明し、君を偽物として告発するつもりだ」
私は思わず鼻で笑ってしまった。
学園の噴水の構造なら、入学初日にすべて把握している。
「あの噴水、単に地下の配管に詰まりがあるだけですわ。特定のバルブを外から操作すれば、誰でも水を出せます」
「……君、本当に魔法とか信じないタイプだね。面白すぎるよ」
サイラス様は、肩を揺らして笑った。
「俺に任せてくれ! そのバルブとやらを、俺が事前にぶっ壊しておけばいいんだな!」
「セドリック様、それは器物損壊です。……いいえ、むしろ泳がせておきましょう。彼女が『奇跡よ!』と叫んだ瞬間に、水ではなく……そうね、もっと面白いものが出るように細工すればいいだけですわ」
私の口角が、自然と上がっていく。
不当な理由で私の隠居資金を奪おうとする者には、相応の報いを受けてもらわなければ。
「……マーリ。君、今、すごく『悪役令嬢』みたいな顔をしているよ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、サイラス様。私は自分の平穏のためなら、予言者でも魔女でも演じてみせます」
私は地図を畳み、二人に向かって告げた。
「お二人には、当日の証言者になってもらいます。殿下が私にどんな暴言を吐いたか、リリア様がどんな小細工をしていたか。……正義の騎士と、真理を求める魔導師の言葉なら、誰も疑わないでしょう?」
「もちろんだ。師匠の頼みなら、命をかける!」
「君の観察眼が、どこまで世界を壊すのか。特等席で見せてもらうよ」
協力者(?)は揃った。
あとは、当日までにジュリアン様の「自爆」を促すだけだ。
私は、窓の外で怪しく光る月を見上げながら、心の中で電卓を叩いた。
(慰謝料で、あの湖畔の別荘を買って……残りは投資に回して……)
不謹慎なワクワクが止まらない。
私の「婚約破棄回避計画」――正確には「有利な条件での破談計画」が、本格的に始動した。
私は自室の机で、家計簿と領地の地図を広げ、一人深刻な表情でペンを走らせていた。
現在の身分、侯爵令嬢。
婚約者、第一王子ジュリアン。
通常であれば輝かしい未来が約束されているはずだが、実情は「婚約破棄」の崖っぷちである。
しかも、向こうは私を『邪悪な予言者』に仕立て上げ、有責解雇……もとい、一方的な追放を狙っている。
「もし私が『不気味な呪いを振りまいた』という罪を背負わされれば、婚約解消の違約金を支払うのはこちら側。最悪の場合、家からも勘当。……老後の資金がゼロどころかマイナスだわ」
ありえない。
私の人生設計において、無一文で放り出されるなどという選択肢は存在しない。
「……絶対に、あちらの不貞を理由にした『円満な(私に有利な)破棄』に持ち込まなくては」
「なんだ、金の話か。意外と世俗的なんだね、君は」
窓枠に腰掛け、勝手に部屋に侵入していたサイラス様が、呆れたように私を見ていた。
「……サイラス様。人の部屋に窓から入るのは、不法侵入という立派な犯罪ですわよ」
「犯罪じゃない、調査だ。君の『計算能力』の源泉が、強欲さにあるのかどうかを確かめたくてね」
「強欲ではなく、生存戦略です。……あと、あちらの茂みで素振り中のセドリック様も、いい加減中に入ったらどうですの?」
庭の植え込みが激しく揺れ、セドリック様が顔を出した。
「な、なぜ分かった!? 気配を殺して三時間は耐えていたのに!」
「三時間もそんなところにいたら、蚊に刺されて足がパンパンでしょう。今、左のふくらはぎを掻こうとしましたわね?」
「ぐっ……! ま、またしても完璧な予言を……!」
セドリック様は感動しながら、窓から転がり込んできた。
私の部屋が、どんどん不審者の溜まり場になっていく。
「師匠! 安心してください! 俺が殿下を説得して、婚約破棄を止めさせてみせます!」
「やめてください。話がこじれるだけですわ。……いいですか、お二人とも。私は婚約を『継続』したいわけではないのです」
私はペンを置き、二人を真っ直ぐに見据えた。
「私は、ジュリアン殿下の浮気と暴言を理由に、向こうに非を認めさせた上で、たっぷりとした慰謝料と共に自由になりたいのです」
「……なるほど。愛ではなく、実利を取るわけだ。実に合理的で、僕好みだよ」
サイラス様が、薄気味悪い笑みを浮かべて眼鏡を光らせた。
「では、園遊会でリリアが披露する予定の『奇跡』を叩き潰す必要があるね」
「奇跡、ですか?」
「ああ。彼女、当日に『枯れた噴水に水を戻す』というパフォーマンスを計画しているらしい。それによって自分が真の聖女だと証明し、君を偽物として告発するつもりだ」
私は思わず鼻で笑ってしまった。
学園の噴水の構造なら、入学初日にすべて把握している。
「あの噴水、単に地下の配管に詰まりがあるだけですわ。特定のバルブを外から操作すれば、誰でも水を出せます」
「……君、本当に魔法とか信じないタイプだね。面白すぎるよ」
サイラス様は、肩を揺らして笑った。
「俺に任せてくれ! そのバルブとやらを、俺が事前にぶっ壊しておけばいいんだな!」
「セドリック様、それは器物損壊です。……いいえ、むしろ泳がせておきましょう。彼女が『奇跡よ!』と叫んだ瞬間に、水ではなく……そうね、もっと面白いものが出るように細工すればいいだけですわ」
私の口角が、自然と上がっていく。
不当な理由で私の隠居資金を奪おうとする者には、相応の報いを受けてもらわなければ。
「……マーリ。君、今、すごく『悪役令嬢』みたいな顔をしているよ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、サイラス様。私は自分の平穏のためなら、予言者でも魔女でも演じてみせます」
私は地図を畳み、二人に向かって告げた。
「お二人には、当日の証言者になってもらいます。殿下が私にどんな暴言を吐いたか、リリア様がどんな小細工をしていたか。……正義の騎士と、真理を求める魔導師の言葉なら、誰も疑わないでしょう?」
「もちろんだ。師匠の頼みなら、命をかける!」
「君の観察眼が、どこまで世界を壊すのか。特等席で見せてもらうよ」
協力者(?)は揃った。
あとは、当日までにジュリアン様の「自爆」を促すだけだ。
私は、窓の外で怪しく光る月を見上げながら、心の中で電卓を叩いた。
(慰謝料で、あの湖畔の別荘を買って……残りは投資に回して……)
不謹慎なワクワクが止まらない。
私の「婚約破棄回避計画」――正確には「有利な条件での破談計画」が、本格的に始動した。
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