婚約破棄。予言なんて不吉なこと、言わないでいただけます?

ちゅんりー

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「……ですから、セドリック様。私は剣のことなんて、これっぽっちも分かりませんわ」


放課後の第一訓練場。
私は、暑苦しい熱気に包まれた男たちの巣窟に連行されていた。


目の前には、上半身裸で木剣を構えるセドリック様と、その背後に控える屈強な騎士団の面々。
彼らは皆、獲物を見るような目で私を見つめている。


「師匠、謙遜はやめてください! あんたのアドバイス一つで、俺の剣筋は見違えるほど鋭くなった! 今日こそ、我が騎士団の連中に『本物の軍師』の力を見せてやってほしい!」


「軍師ではありません。ただの侯爵令嬢です……」


私が何度否定しても、彼らの耳には届かないらしい。
それどころか、最前列にいた副団長らしき強面の男性が、私の前に膝をついた。


「マーリ様! 不肖、この私、ボルマンの剣も見ていただきたい! 最近、どうしても打ち込みが甘くなる原因が分からんのです!」


ボルマンと名乗った男性の姿勢を、私はじっと観察した。
右の太ももの筋肉が不自然に盛り上がっている。靴の底を確認すると、内側だけが激しく摩耗していた。


「……原因も何も、ボルマン様。貴方、右足の靴の中に小石が入っていますわね?」


「なっ……!? な、なぜそれを!?」


「歩くたびに重心が左に逃げていますもの。あと、その剣の柄の革。巻き方が甘くて、振るたびに一ミリほどズレていますわ。それでは力が伝わらないのも当然です」


ボルマン様は慌てて靴を脱ぎ、中から本当に小さな小石を取り出した。
そして、剣の柄をまじまじと見つめ、驚愕の声を上げた。


「お、おおう……! 確かに、一ミリ……いや、コンマ数ミリほどズレている! こんな微細な『運命の狂い』を見抜かれるとは……!」


「いえ、ただの物理的なズレです」


「次は俺だ!」「私をお願いします、聖女様!」


収拾がつかなくなってきた。
私は溜息をつき、並んでいる騎士たちの装備や姿勢をパパパッと眺めた。


「あちらの方は、昨夜飲み過ぎて肝臓を痛めていますから、左脇が甘いですわ。そちらの方は、奥様に内緒で買い食いをしたのがバレるのを恐れて、挙動が不審です。……あと、あの一番後ろで素振りをしている方」


「は、はいっ!」


「貴方の剣、刀身に目に見えないヒビが入っています。次の打ち込みで確実に折れますから、今すぐ交換なさい」


その瞬間。
「師匠おおお! すごすぎます!」とセドリック様が咆哮し、騎士たちが一斉に地面に伏した。


「これが『予言の力』……! 我々の私生活から武器の寿命まで、すべてが彼女の掌の上にあるということか!」


「違うんです。ただの観察眼なんですってば……」


私の声は、騎士たちの「マーリ様!」「女神様!」という合唱にかき消された。


その様子を、訓練場の隅から苦々しい顔で眺めている影があった。
ジュリアン様だ。隣には、ハンカチを噛み締めて悔しそうにしているリリア様もいる。


「……ふん。あんな野蛮な連中をたぶらかして何が楽しいのか。リリア、あんな不気味な女は放っておけ。君の祈りこそが、この国を救うのだ」


「はい……ジュリアン様。でも、マーリ様があんなに目立っていると、私、怖くて……」


リリア様は涙を浮かべてジュリアン様に縋り付くが、その視線は鋭く私を刺している。


私は彼女の様子を見ながら、そっとサイラス様に耳打ちした。
彼はいつの間にか私の隣で、騎士たちの筋肉の動きを熱心にスケッチしていた。


「サイラス様。あちらの二人の様子……園遊会に向けて、何か仕掛けてきそうですわね」


「そうだね。リリアはさっきから、懐の隠しポケットに入れた『魅了の香水』をいつ使おうか迷っているみたいだ。……でも、そんなことより、あのボルマンの筋肉の痙攣を見てごらん。君の指摘で迷いが消えたせいで、細胞が活性化しているよ。実に見事な『予知』だ」


「予知じゃありません」


私は自分のこめかみを押さえた。


誤解を解くためにアドバイスをしたつもりが、なぜか騎士団全体を「超人集団」に作り変えてしまったらしい。
これでは、王家側も私を簡単に手放そうとはしなくなるのではないだろうか。


「……いえ、大丈夫。これだけ味方がいれば、いざという時の証言には困りませんわ」


私は、熱狂する騎士たちを眺めながら、次の「慰謝料請求リスト」に書き加える項目を考えた。


『騎士団の戦闘力向上に対する特別コンサルタント料』。


平和な隠居生活のためには、一銭たりとも妥協はできないのだ。
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