6 / 28
6
しおりを挟む
「……ですから、セドリック様。私は剣のことなんて、これっぽっちも分かりませんわ」
放課後の第一訓練場。
私は、暑苦しい熱気に包まれた男たちの巣窟に連行されていた。
目の前には、上半身裸で木剣を構えるセドリック様と、その背後に控える屈強な騎士団の面々。
彼らは皆、獲物を見るような目で私を見つめている。
「師匠、謙遜はやめてください! あんたのアドバイス一つで、俺の剣筋は見違えるほど鋭くなった! 今日こそ、我が騎士団の連中に『本物の軍師』の力を見せてやってほしい!」
「軍師ではありません。ただの侯爵令嬢です……」
私が何度否定しても、彼らの耳には届かないらしい。
それどころか、最前列にいた副団長らしき強面の男性が、私の前に膝をついた。
「マーリ様! 不肖、この私、ボルマンの剣も見ていただきたい! 最近、どうしても打ち込みが甘くなる原因が分からんのです!」
ボルマンと名乗った男性の姿勢を、私はじっと観察した。
右の太ももの筋肉が不自然に盛り上がっている。靴の底を確認すると、内側だけが激しく摩耗していた。
「……原因も何も、ボルマン様。貴方、右足の靴の中に小石が入っていますわね?」
「なっ……!? な、なぜそれを!?」
「歩くたびに重心が左に逃げていますもの。あと、その剣の柄の革。巻き方が甘くて、振るたびに一ミリほどズレていますわ。それでは力が伝わらないのも当然です」
ボルマン様は慌てて靴を脱ぎ、中から本当に小さな小石を取り出した。
そして、剣の柄をまじまじと見つめ、驚愕の声を上げた。
「お、おおう……! 確かに、一ミリ……いや、コンマ数ミリほどズレている! こんな微細な『運命の狂い』を見抜かれるとは……!」
「いえ、ただの物理的なズレです」
「次は俺だ!」「私をお願いします、聖女様!」
収拾がつかなくなってきた。
私は溜息をつき、並んでいる騎士たちの装備や姿勢をパパパッと眺めた。
「あちらの方は、昨夜飲み過ぎて肝臓を痛めていますから、左脇が甘いですわ。そちらの方は、奥様に内緒で買い食いをしたのがバレるのを恐れて、挙動が不審です。……あと、あの一番後ろで素振りをしている方」
「は、はいっ!」
「貴方の剣、刀身に目に見えないヒビが入っています。次の打ち込みで確実に折れますから、今すぐ交換なさい」
その瞬間。
「師匠おおお! すごすぎます!」とセドリック様が咆哮し、騎士たちが一斉に地面に伏した。
「これが『予言の力』……! 我々の私生活から武器の寿命まで、すべてが彼女の掌の上にあるということか!」
「違うんです。ただの観察眼なんですってば……」
私の声は、騎士たちの「マーリ様!」「女神様!」という合唱にかき消された。
その様子を、訓練場の隅から苦々しい顔で眺めている影があった。
ジュリアン様だ。隣には、ハンカチを噛み締めて悔しそうにしているリリア様もいる。
「……ふん。あんな野蛮な連中をたぶらかして何が楽しいのか。リリア、あんな不気味な女は放っておけ。君の祈りこそが、この国を救うのだ」
「はい……ジュリアン様。でも、マーリ様があんなに目立っていると、私、怖くて……」
リリア様は涙を浮かべてジュリアン様に縋り付くが、その視線は鋭く私を刺している。
私は彼女の様子を見ながら、そっとサイラス様に耳打ちした。
彼はいつの間にか私の隣で、騎士たちの筋肉の動きを熱心にスケッチしていた。
「サイラス様。あちらの二人の様子……園遊会に向けて、何か仕掛けてきそうですわね」
「そうだね。リリアはさっきから、懐の隠しポケットに入れた『魅了の香水』をいつ使おうか迷っているみたいだ。……でも、そんなことより、あのボルマンの筋肉の痙攣を見てごらん。君の指摘で迷いが消えたせいで、細胞が活性化しているよ。実に見事な『予知』だ」
「予知じゃありません」
私は自分のこめかみを押さえた。
誤解を解くためにアドバイスをしたつもりが、なぜか騎士団全体を「超人集団」に作り変えてしまったらしい。
これでは、王家側も私を簡単に手放そうとはしなくなるのではないだろうか。
「……いえ、大丈夫。これだけ味方がいれば、いざという時の証言には困りませんわ」
私は、熱狂する騎士たちを眺めながら、次の「慰謝料請求リスト」に書き加える項目を考えた。
『騎士団の戦闘力向上に対する特別コンサルタント料』。
平和な隠居生活のためには、一銭たりとも妥協はできないのだ。
放課後の第一訓練場。
私は、暑苦しい熱気に包まれた男たちの巣窟に連行されていた。
目の前には、上半身裸で木剣を構えるセドリック様と、その背後に控える屈強な騎士団の面々。
彼らは皆、獲物を見るような目で私を見つめている。
「師匠、謙遜はやめてください! あんたのアドバイス一つで、俺の剣筋は見違えるほど鋭くなった! 今日こそ、我が騎士団の連中に『本物の軍師』の力を見せてやってほしい!」
「軍師ではありません。ただの侯爵令嬢です……」
私が何度否定しても、彼らの耳には届かないらしい。
それどころか、最前列にいた副団長らしき強面の男性が、私の前に膝をついた。
「マーリ様! 不肖、この私、ボルマンの剣も見ていただきたい! 最近、どうしても打ち込みが甘くなる原因が分からんのです!」
ボルマンと名乗った男性の姿勢を、私はじっと観察した。
右の太ももの筋肉が不自然に盛り上がっている。靴の底を確認すると、内側だけが激しく摩耗していた。
「……原因も何も、ボルマン様。貴方、右足の靴の中に小石が入っていますわね?」
「なっ……!? な、なぜそれを!?」
「歩くたびに重心が左に逃げていますもの。あと、その剣の柄の革。巻き方が甘くて、振るたびに一ミリほどズレていますわ。それでは力が伝わらないのも当然です」
ボルマン様は慌てて靴を脱ぎ、中から本当に小さな小石を取り出した。
そして、剣の柄をまじまじと見つめ、驚愕の声を上げた。
「お、おおう……! 確かに、一ミリ……いや、コンマ数ミリほどズレている! こんな微細な『運命の狂い』を見抜かれるとは……!」
「いえ、ただの物理的なズレです」
「次は俺だ!」「私をお願いします、聖女様!」
収拾がつかなくなってきた。
私は溜息をつき、並んでいる騎士たちの装備や姿勢をパパパッと眺めた。
「あちらの方は、昨夜飲み過ぎて肝臓を痛めていますから、左脇が甘いですわ。そちらの方は、奥様に内緒で買い食いをしたのがバレるのを恐れて、挙動が不審です。……あと、あの一番後ろで素振りをしている方」
「は、はいっ!」
「貴方の剣、刀身に目に見えないヒビが入っています。次の打ち込みで確実に折れますから、今すぐ交換なさい」
その瞬間。
「師匠おおお! すごすぎます!」とセドリック様が咆哮し、騎士たちが一斉に地面に伏した。
「これが『予言の力』……! 我々の私生活から武器の寿命まで、すべてが彼女の掌の上にあるということか!」
「違うんです。ただの観察眼なんですってば……」
私の声は、騎士たちの「マーリ様!」「女神様!」という合唱にかき消された。
その様子を、訓練場の隅から苦々しい顔で眺めている影があった。
ジュリアン様だ。隣には、ハンカチを噛み締めて悔しそうにしているリリア様もいる。
「……ふん。あんな野蛮な連中をたぶらかして何が楽しいのか。リリア、あんな不気味な女は放っておけ。君の祈りこそが、この国を救うのだ」
「はい……ジュリアン様。でも、マーリ様があんなに目立っていると、私、怖くて……」
リリア様は涙を浮かべてジュリアン様に縋り付くが、その視線は鋭く私を刺している。
私は彼女の様子を見ながら、そっとサイラス様に耳打ちした。
彼はいつの間にか私の隣で、騎士たちの筋肉の動きを熱心にスケッチしていた。
「サイラス様。あちらの二人の様子……園遊会に向けて、何か仕掛けてきそうですわね」
「そうだね。リリアはさっきから、懐の隠しポケットに入れた『魅了の香水』をいつ使おうか迷っているみたいだ。……でも、そんなことより、あのボルマンの筋肉の痙攣を見てごらん。君の指摘で迷いが消えたせいで、細胞が活性化しているよ。実に見事な『予知』だ」
「予知じゃありません」
私は自分のこめかみを押さえた。
誤解を解くためにアドバイスをしたつもりが、なぜか騎士団全体を「超人集団」に作り変えてしまったらしい。
これでは、王家側も私を簡単に手放そうとはしなくなるのではないだろうか。
「……いえ、大丈夫。これだけ味方がいれば、いざという時の証言には困りませんわ」
私は、熱狂する騎士たちを眺めながら、次の「慰謝料請求リスト」に書き加える項目を考えた。
『騎士団の戦闘力向上に対する特別コンサルタント料』。
平和な隠居生活のためには、一銭たりとも妥協はできないのだ。
1
あなたにおすすめの小説
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
過去に戻った筈の王
基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。
婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。
しかし、甘い恋人の時間は終わる。
子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。
彼女だったなら、こうはならなかった。
婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。
後悔の日々だった。
旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?
白雲八鈴
恋愛
我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。
離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?
あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。
私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済みです!!!】
かつて王国の誇りとされた名家の令嬢レティシア。王太子の婚約者として誰もが認める存在だった彼女は、ある日、突然の“婚約破棄”を言い渡される。
――理由は、「真実の愛に気づいてしまった」。
その一言と共に、王家との長年の絆は踏みにじられ、彼女の名誉は地に落ちる。だが、沈黙の奥底に宿っていたのは、誇り高き家の決意と、彼女自身の冷ややかな覚悟だった。
動揺する貴族たち、混乱する政権。やがて、ノーグレイブ家は“ある宣言”をもって王政と決別し、秩序と理念を掲げて、新たな自治の道を歩み出す。
一方、王宮では裏切りの余波が波紋を広げ、王太子は“責任”という言葉の意味と向き合わざるを得なくなる。崩れゆく信頼と、見限られる権威。
そして、動き出したノーグレイブ家の中心には、再び立ち上がったレティシアの姿があった。
※日常パートとシリアスパートを交互に挟む予定です。
これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?
桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。
生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。
(……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる