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「そこ! 杭の位置が三センチずれてます! 修正!」
「は、はいッ!」
翌朝。
私の指示が、乾いた荒野に響き渡る。
「死の荒野」のど真ん中で、バルバトス騎士団の精鋭たちが、せっせと測量用の杭を打ち込んでいた。
彼らは本来、魔物討伐を任務とする屈強な騎士たちだ。
だが今は、私の作成した「温泉リゾート開発・第一期工事図面」に従い、土木作業員として汗を流している。
「おい、シスイ。俺の部下を完全に私物化していないか?」
腕組みをして立っているリュカが、呆れ顔で言った。
彼もまた、律儀に現場監督(という名の監視役)として付き合っている。
「人聞きの悪い。これは『地形調査および安全確保のための共同演習』ですよ。それに、労働の対価として、今日の昼食は特製カツサンドを提供すると約束しましたし」
「……お前、食い物で男を釣るのが上手すぎるぞ」
リュカは嘆息したが、その目はどこか楽しげだ。
騎士たちも「カツサンド……カツサンド……」と呪文のように唱えながら、驚異的なスピードで作業を進めている。
やはり、適切なインセンティブ(報酬)は生産性を向上させる。
その時だった。
ズズズズ……ッ!
突如、地面が激しく揺れた。
作業の手が止まり、騎士たちの顔色がさ変わる。
「地震か!?」
「違う、魔物だ! 大型が来るぞ!」
リュカが鋭く叫び、腰の剣を抜いた。
その瞬間、空気が張り詰める。
彼から放たれる闘気は、周囲の温度を一気に下げるほど鋭利だった。
「グルルルルゥゥゥ……ッ!!」
轟音とともに、岩陰から巨大な影が飛び出した。
全長四メートルはあろうかという巨体。
全身を燃え盛るような赤毛で覆われた、巨大な猪だ。
「フレイムボアか!」
リュカが構える。
フレイムボア。
突進力は城壁をも砕き、その体毛は高熱を発するため、近づくだけで火傷を負うとされるAランクの魔物だ。
「総員、散開! 私がやる!」
リュカが地面を蹴ろうとした、その時。
「ストーーーップッ!!」
私は両手を広げ、リュカの前に立ちはだかった。
「……は?」
勢いを削がれたリュカが、つんのめるように足を止める。
「どけ、シスイ! 死にたいのか!」
「ダメです! 斬っちゃダメ!」
「何を言っている! あれは魔物だぞ! 今すぐ殺さなければ被害が出る!」
「殺すなんてとんでもない! あれを見てください!」
私はフレイムボアを指差した。
魔物は鼻息荒く地面を掻きむしり、こちらを睨みつけている。
その燃えるような赤毛。
太く逞しい脚。
そして何より、立派な二本の牙。
私の目には、それが『黄金の塊』に見えた。
「なんて素晴らしい毛艶……! あれは最高級の耐火断熱素材になります! 市場価格なら一枚で金貨百枚は下らないわ!」
「はあ!?」
「それにあの牙! 工芸品としての価値も高いですが、粉末にすれば滋養強壮剤の原料になります! さらに、あの筋肉質な肉体……極上の牡丹肉(ぼたんにく)よ!」
私の脳内計算機が、凄まじい勢いで利益を弾き出していく。
「斬り刻んでしまったら商品価値が下がります! 無傷で捕獲……いえ、もっと良い方法があるわ」
「おい待て、お前まさか……」
リュカの制止を聞かず、私は一歩前へ出た。
マジックバッグから取り出したのは、フライパンと、昨晩の残りのスープが入った大鍋だ。
「グルァァァッ!」
フレイムボアが、私に向かって突進を開始した。
地響きを立てて迫る死の塊。
騎士たちが悲鳴を上げる。
「シスイ様ッ!」
「逃げろ!」
だが、私は動かない。
タイミングを見計らい、コンロに魔力を込めて火力を最大にする。
そして、フライパンにバターを落とし、厚切りのパンと肉を投入した。
ジュワァァァ……ッ!
香ばしい匂いが、爆発的に広がる。
さらに、大鍋の蓋を開ける。
熟成されたポトフの濃厚な香りが、風に乗って魔物の鼻先へと流れた。
「ブモッ!?」
フレイムボアの足が、急ブレーキをかけた。
私の鼻先、わずか一メートルの距離。
凄まじい熱風が私の前髪を揺らす。
だが、魔物の視線は私ではなく、手元のフライパンに釘付けだった。
「……ブヒ?」
「あら、お腹が空いているのね? 分かるわ、この荒野には岩しかないものね」
私はにっこりと微笑み、焼きたての肉をトングで摘み上げた。
「欲しい?」
「ブヒッ! ブヒッ!」
さっきまでの殺気はどこへやら。
フレイムボアは尻尾(燃えているが)を激しく振っている。
「いいわよ、あげる。……ただし」
私は肉を高く掲げたまま、冷徹な商人の顔で告げた。
「タダ飯(フリーランチ)というものはありません。この世界は等価交換です」
「ブ?」
「これを食べたければ、労働契約を結びなさい。具体的業務内容は、土木作業の補助、および重機代わりの岩石運搬。福利厚生は三食昼寝付き。どう?」
魔物が人間の言葉を理解するかは不明だ。
だが、私の提示した「契約」の概念は、本能に届いたらしい。
フレイムボアは、私の目を見て、それから肉を見て……。
コクリ、と大きく頷いた。
「交渉成立ね」
私は肉を放り投げた。
魔物はそれを空中でキャッチし、幸せそうに咀嚼し始めた。
「よしよし、いい子ね。今日からあなたの名前は『トンカツ』よ」
「……」
背後で、リュカが剣をだらりと下げていた。
その表情は、呆れを通り越して無の境地に至っている。
「……シスイ。お前、魔物を餌付けしたのか?」
「人材(魔獣)スカウトと言ってください。見てください、あのパワー。人力なら三日はかかる岩撤去も、彼なら一撃ですよ」
私が指示を出すと、トンカツ(フレイムボア)は「ブヒィ!」と鳴き、邪魔な巨岩に頭突きを食らわせた。
ドォォォン!
岩が見事に粉砕される。
騎士たちから「おおーっ!」と歓声と拍手が湧き起こった。
「すげぇ! 重機がいらねぇぞ!」
「しかも背中が暖かい! 冬場の暖房器具にもなる!」
騎士たちがトンカツの周りに集まり、恐る恐る撫で始めている。
トンカツも満更でもなさそうだ。
「……はぁ」
リュカが深い、深い溜息をついて、額を押さえた。
「俺は、国一番の脅威とされる魔物が、サンドイッチの具一つで家畜になる瞬間を見た……」
「経費削減です、閣下。彼を雇えば、工期は半分に短縮できます。浮いた人件費で、騎士の皆様にボーナスを出せますよ?」
「……お前の合理主義には、恐怖すら覚えるな」
リュカはそう言いながらも、剣を鞘に収めた。
「だが、確かに効率的だ。……認めよう」
「ご理解が早くて助かります。ではトンカツ、次はあそこの整地よ! 働いた分だけご飯は増えるからね!」
「ブヒィィィ!」
こうして、私たちの開発チームに、強力な新入社員が加わった。
「死の荒野」の開拓は、私の予想(計算)を遥かに上回るスピードで進むことになったのだ。
しかし、この時の私はまだ知らなかった。
このトンカツが、実はただのフレイムボアではなく、この一帯を統べる「主(ぬし)」と呼ばれる個体だったことを。
そして、彼を慕って、さらなる魔物たちが「就職希望」として押し寄せてくることになる未来を。
「さて、次は温泉の掘削ね。トンカツ、鼻で掘ってちょうだい」
私の命令に、荒野の主は嬉々として地面を掘り始めた。
「は、はいッ!」
翌朝。
私の指示が、乾いた荒野に響き渡る。
「死の荒野」のど真ん中で、バルバトス騎士団の精鋭たちが、せっせと測量用の杭を打ち込んでいた。
彼らは本来、魔物討伐を任務とする屈強な騎士たちだ。
だが今は、私の作成した「温泉リゾート開発・第一期工事図面」に従い、土木作業員として汗を流している。
「おい、シスイ。俺の部下を完全に私物化していないか?」
腕組みをして立っているリュカが、呆れ顔で言った。
彼もまた、律儀に現場監督(という名の監視役)として付き合っている。
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「……お前、食い物で男を釣るのが上手すぎるぞ」
リュカは嘆息したが、その目はどこか楽しげだ。
騎士たちも「カツサンド……カツサンド……」と呪文のように唱えながら、驚異的なスピードで作業を進めている。
やはり、適切なインセンティブ(報酬)は生産性を向上させる。
その時だった。
ズズズズ……ッ!
突如、地面が激しく揺れた。
作業の手が止まり、騎士たちの顔色がさ変わる。
「地震か!?」
「違う、魔物だ! 大型が来るぞ!」
リュカが鋭く叫び、腰の剣を抜いた。
その瞬間、空気が張り詰める。
彼から放たれる闘気は、周囲の温度を一気に下げるほど鋭利だった。
「グルルルルゥゥゥ……ッ!!」
轟音とともに、岩陰から巨大な影が飛び出した。
全長四メートルはあろうかという巨体。
全身を燃え盛るような赤毛で覆われた、巨大な猪だ。
「フレイムボアか!」
リュカが構える。
フレイムボア。
突進力は城壁をも砕き、その体毛は高熱を発するため、近づくだけで火傷を負うとされるAランクの魔物だ。
「総員、散開! 私がやる!」
リュカが地面を蹴ろうとした、その時。
「ストーーーップッ!!」
私は両手を広げ、リュカの前に立ちはだかった。
「……は?」
勢いを削がれたリュカが、つんのめるように足を止める。
「どけ、シスイ! 死にたいのか!」
「ダメです! 斬っちゃダメ!」
「何を言っている! あれは魔物だぞ! 今すぐ殺さなければ被害が出る!」
「殺すなんてとんでもない! あれを見てください!」
私はフレイムボアを指差した。
魔物は鼻息荒く地面を掻きむしり、こちらを睨みつけている。
その燃えるような赤毛。
太く逞しい脚。
そして何より、立派な二本の牙。
私の目には、それが『黄金の塊』に見えた。
「なんて素晴らしい毛艶……! あれは最高級の耐火断熱素材になります! 市場価格なら一枚で金貨百枚は下らないわ!」
「はあ!?」
「それにあの牙! 工芸品としての価値も高いですが、粉末にすれば滋養強壮剤の原料になります! さらに、あの筋肉質な肉体……極上の牡丹肉(ぼたんにく)よ!」
私の脳内計算機が、凄まじい勢いで利益を弾き出していく。
「斬り刻んでしまったら商品価値が下がります! 無傷で捕獲……いえ、もっと良い方法があるわ」
「おい待て、お前まさか……」
リュカの制止を聞かず、私は一歩前へ出た。
マジックバッグから取り出したのは、フライパンと、昨晩の残りのスープが入った大鍋だ。
「グルァァァッ!」
フレイムボアが、私に向かって突進を開始した。
地響きを立てて迫る死の塊。
騎士たちが悲鳴を上げる。
「シスイ様ッ!」
「逃げろ!」
だが、私は動かない。
タイミングを見計らい、コンロに魔力を込めて火力を最大にする。
そして、フライパンにバターを落とし、厚切りのパンと肉を投入した。
ジュワァァァ……ッ!
香ばしい匂いが、爆発的に広がる。
さらに、大鍋の蓋を開ける。
熟成されたポトフの濃厚な香りが、風に乗って魔物の鼻先へと流れた。
「ブモッ!?」
フレイムボアの足が、急ブレーキをかけた。
私の鼻先、わずか一メートルの距離。
凄まじい熱風が私の前髪を揺らす。
だが、魔物の視線は私ではなく、手元のフライパンに釘付けだった。
「……ブヒ?」
「あら、お腹が空いているのね? 分かるわ、この荒野には岩しかないものね」
私はにっこりと微笑み、焼きたての肉をトングで摘み上げた。
「欲しい?」
「ブヒッ! ブヒッ!」
さっきまでの殺気はどこへやら。
フレイムボアは尻尾(燃えているが)を激しく振っている。
「いいわよ、あげる。……ただし」
私は肉を高く掲げたまま、冷徹な商人の顔で告げた。
「タダ飯(フリーランチ)というものはありません。この世界は等価交換です」
「ブ?」
「これを食べたければ、労働契約を結びなさい。具体的業務内容は、土木作業の補助、および重機代わりの岩石運搬。福利厚生は三食昼寝付き。どう?」
魔物が人間の言葉を理解するかは不明だ。
だが、私の提示した「契約」の概念は、本能に届いたらしい。
フレイムボアは、私の目を見て、それから肉を見て……。
コクリ、と大きく頷いた。
「交渉成立ね」
私は肉を放り投げた。
魔物はそれを空中でキャッチし、幸せそうに咀嚼し始めた。
「よしよし、いい子ね。今日からあなたの名前は『トンカツ』よ」
「……」
背後で、リュカが剣をだらりと下げていた。
その表情は、呆れを通り越して無の境地に至っている。
「……シスイ。お前、魔物を餌付けしたのか?」
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私が指示を出すと、トンカツ(フレイムボア)は「ブヒィ!」と鳴き、邪魔な巨岩に頭突きを食らわせた。
ドォォォン!
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トンカツも満更でもなさそうだ。
「……はぁ」
リュカが深い、深い溜息をついて、額を押さえた。
「俺は、国一番の脅威とされる魔物が、サンドイッチの具一つで家畜になる瞬間を見た……」
「経費削減です、閣下。彼を雇えば、工期は半分に短縮できます。浮いた人件費で、騎士の皆様にボーナスを出せますよ?」
「……お前の合理主義には、恐怖すら覚えるな」
リュカはそう言いながらも、剣を鞘に収めた。
「だが、確かに効率的だ。……認めよう」
「ご理解が早くて助かります。ではトンカツ、次はあそこの整地よ! 働いた分だけご飯は増えるからね!」
「ブヒィィィ!」
こうして、私たちの開発チームに、強力な新入社員が加わった。
「死の荒野」の開拓は、私の予想(計算)を遥かに上回るスピードで進むことになったのだ。
しかし、この時の私はまだ知らなかった。
このトンカツが、実はただのフレイムボアではなく、この一帯を統べる「主(ぬし)」と呼ばれる個体だったことを。
そして、彼を慕って、さらなる魔物たちが「就職希望」として押し寄せてくることになる未来を。
「さて、次は温泉の掘削ね。トンカツ、鼻で掘ってちょうだい」
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