婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「はい、そこの壁! 漆喰(しっくい)の塗りが甘いです! やり直し!」

「ひぃッ! す、すみません!」

「あちらの窓枠! 採光角度が設計図と二度ずれています! お客様が朝日で目覚める最高の瞬間を演出するための二度です! 修正!」

「りょ、了解ですぅぅ!」

荒野の一角に、怒号と槌音が響き渡る。

温泉の湧出から二週間。

「死の荒野」は、今や巨大な建築現場と化していた。

バルバトス領の城下町から募集した大工や左官職人たち。

土木作業のエキスパートとなった騎士団員たち。

そして、トンカツ(フレイムボア)を筆頭とする魔物スタッフたち。

種族も身分も超えた混成チームが、私の指揮の下、蟻のように働いている。

「シスイ、少し休んだらどうだ。朝から立ちっぱなしだぞ」

背後から、心配そうな声がかかった。

振り返ると、リュカが水筒を持って立っていた。

彼は今、私の専属護衛(という名目)で、一日中私の後ろに張り付いている。

「休んでいる暇はありません閣下。工期は待ってくれませんから」

私は図面と現場を交互に見比べながら答えた。

「第一期オープンまであと一ヶ月。宿泊棟の内装、大浴場の露天風呂、そしてレストランの厨房設備の搬入……やることは山積みです」

「だが、お前が倒れたら元も子もないだろう。……ほら、水だ」

リュカは無理やり私に水筒を握らせた。

中身は、疲労回復効果のある特製レモン水だ。

「……ありがとうございます。気が利きますね」

「お前の扱いに慣れてきただけだ」

リュカは苦笑しながら、私の頭に乗っていた木屑を払った。

その自然な動作に、周囲の女性職人たちから「キャーッ♡」「公爵様、お優しい~!」「お似合いよねぇ」という黄色い声が上がる。

私は咳払いをして、話題を逸らした。

「そ、それで閣下。お願いしていた資材の調達状況は?」

「ああ。『ロックリザード』の鱗で作った屋根瓦、予定数の八割を確保した。耐久性は鉄以上、断熱性も抜群だ」

「素晴らしい! さすが仕事が早いですね。では、次は家具の手配をお願いします。ベッドはスライムの粘液を加工した低反発マットレスを採用したいので、森の方へ行って……」

「待て。俺は領主だぞ? 使いっ走りにする気か?」

「あら、共同経営者(パートナー)でしょう? 現場を知らない経営者は無能と呼ばれますよ?」

「……口が減らない女だ」

リュカは渋々といった様子で、それでもメモを取り出した。

「スライムの粘液だな。分かった、騎士団の一部を回そう」

「いえ、鮮度が命なので、閣下が直接採取してきてください。閣下の剣技なら、スライムを殺さずに粘液だけを綺麗に削ぎ落とせるはずです」

「俺の剣技をそんなことに使うな!」

文句を言いながらも、リュカは私の指示には逆らわない。

彼もまた、このリゾート計画に本気なのだ。

この二週間で、私たちは「あうんの呼吸」のようなものを身につけていた。

私が無理難題を言う。

リュカが文句を言いながらも完璧にこなす。

私がそれを褒めて、さらに高い要求を出す。

このサイクルが、恐ろしいほどの速度で現場を回していた。

「おい、シスイ! 大変だ!」

現場監督を任せている騎士団の副長が、血相を変えて走ってきた。

「どうしました?」

「西側の造成地で、デカいのが出た! 作業が進まねぇ!」

「デカいの? 魔物ですか?」

「ああ! 『ギガント・モール』だ!」

ギガント・モール。

巨大なモグラの魔物だ。

地中を自在に移動し、鋭い爪で岩盤をも砕く。

性格は凶暴で、振動に敏感に反応して襲ってくる厄介な相手だ。

「作業の振動で目を覚ましたか……。俺が行く」

リュカが剣の柄に手をかけた。

その目つきが、一瞬で「現場監督補佐」から「氷の公爵」へと変わる。

「待ってください」

私はリュカの袖を掴んだ。

「殺すのは最終手段です。まずは交渉(スカウト)を試みます」

「相手はモグラだぞ? 肉で釣れるのか?」

「彼らの好物は、地中の鉱物とミミズです。ですが、もっと好きなものがあります」

私はマジックバッグを探り、あるアイテムを取り出した。

それは、金属製のタワシだった。

「……は?」

「行きましょう。彼を雇えば、地下ワインセラーの掘削が一瞬で終わります」

私たちは西側の現場へ急行した。

そこでは、体長三メートルほどの巨大なモグラが、地面から半身を出して暴れまわっていた。

「グルルルゥッ!!」

鋭い爪を振り回し、作業員たちを威嚇している。

「シスイ、離れていろ。あいつの爪は危険だ」

リュカが私を庇うように前に出る。

「大丈夫です。トンカツ、あの子を押さえて!」

「ブヒィィィッ!」

私の命令を受けたトンカツが、猪突猛進でギガント・モールに体当たりした。

ドゴォッ!

「ギュッ!?」

不意打ちを食らったモグラがよろめく。

その隙に、私はモグラの鼻先に駆け寄った。

「こんにちは! 背中、痒くないですか!?」

「ギュ?」

モグラが動きを止めた。

ギガント・モールは地中で生活するため、背中に寄生虫や汚れが溜まりやすい。

しかし、自分の短い手では背中をかけないのが悩みの種なのだ(シスイ調べ)。

「これを使えば、天国に行けますよ!」

私は金属タワシを構え、モグラの背中に飛び乗った。

そして、剛毛の生えた背中を、ゴシゴシと力強くこすり始めた。

「ギュ……ギュウゥゥン……♡」

モグラの凶悪な顔が、一瞬でとろけた。

「どう? 気持ちいいでしょう? ここ? それともここ?」

「ギュウゥッ! ギュウゥッ!」

モグラは完全に脱力し、地面にぺたりとへばりついた。

至福の表情で、足をバタバタさせている。

「……またか」

リュカが剣を収め、天を仰いだ。

「今度はマッサージで懐柔したのか……」

「交渉成立ですね」

私はタワシの手を止めずに、モグラの耳元で囁いた。

「ねえ、このマッサージを毎日してあげる。だから、私たちのために穴を掘ってくれない? 硬い岩盤も、あなたなら豆腐みたいに掘れるでしょう?」

「ギュ!」

モグラは力強く頷いた。

「よし、契約完了! あなたの名前は『モグオ』よ!」

「ギュウッ!」

こうして、地下工事のスペシャリストがチームに加わった。

モグオの掘削能力は凄まじかった。

騎士たちが三日かかる地下通路の掘削を、わずか三時間で貫通させたのだ。

「……恐ろしい効率だ」

夕方、進捗報告を受け取ったリュカが、呆然と呟いた。

「魔物を使役するテイマーは存在するが、ここまで実用的に、かつ安上がりに使いこなす奴は初めて見た」

「適材適所です。彼らも、ただ殺されるより、こうして役割を与えられた方が幸せでしょう?」

「……お前の『幸せ』の定義は、限りなく『労働』に近い気がするがな」

リュカは苦笑しながら、私の肩に手を置いた。

「だが、助かった。おかげで犠牲者を出さずに済んだ」

ふと、彼の手の温もりが服越しに伝わってきた。

夕陽に照らされた彼の横顔は、彫刻のように美しく、そしてどこか優しげだった。

「……シスイ」

「はい?」

「お前が来てから、この領地は毎日がお祭りのようだ。騒がしくて、問題ばかりで……だが、悪くない」

彼は私の方を向き、真剣な眼差しで見つめてきた。

「俺は、お前が来てくれてよかったと思っている」

「……っ」

不意打ちのデレに、私の計算機が一瞬フリーズした。

これは、営業トーク?

それとも、福利厚生の一環としてのモチベーションアップ?

いや、彼の性格上、お世辞は言わないはず。

ということは……。

(いけない、顔が熱い。これは温泉の湯気のせいよ)

私は慌てて視線を逸らし、図面を顔の前に掲げた。

「そ、そうですか。それは何よりです。……では、この調子で明日は客室のベッド搬入を行いますので! スライム狩り、よろしくお願いしますね!」

「……はあ。ムードのない奴だ」

リュカは肩をすくめ、それでも小さく笑った。

その夜。

私はテントの中で、事業計画書を見直していた。

順調だ。

建物はほぼ完成し、魔物スタッフの教育も進んでいる。

あとは、肝心の「集客」だ。

「そろそろ、都に噂を流す頃合いね」

私はペンを走らせた。

王都の新聞社に送るための、匿名の手紙(という名の宣伝広告)。

『北の果てに、極上の楽園現る。美肌の湯と、謎の美女オーナーが待つ夢のリゾート』

そして、もう一通。

実家の父と、元婚約者のジュリアン殿下宛てに。

『拝啓。野垂れ死んだとお思いでしょうが、残念ながら極楽浄土で暮らしております。……追伸、慰謝料代わりの土地、本当にありがとうございました(笑)』

私は悪戯っぽく笑い、封蝋を押した。

「さあ、ざまぁの準備運動といきましょうか」

窓の外では、トンカツとモグオが仲良く並んで寝息を立てている。

平和な夜だ。

だが、この静寂は嵐の前の静けさに過ぎないことを、私は知っていた。

王都からの「視察団」という名の招かれざる客たちが、動き出すのはもうすぐだ。
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