婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「ここよ! ここを掘って! もっと深く!」

私の指示が飛ぶ。

場所は、荒野の奥地にそびえる岩山の麓。

地質調査の結果、ここが最もマグマだまりに近く、かつ地下水脈が交差している「特異点」だと判明した場所だ。

「ブヒィィィッ!!」

トンカツが全身を回転させながら、ドリルのように地面を掘り進んでいく。

その周りでは、騎士たちがツルハシを持って土砂をかき出している。

「シスイ、本当にここなのか? もう地下二十メートルは掘っているぞ」

リュカが不安そうに穴の底を覗き込んだ。

「間違いありません。計算では、あと三メートル以内に水脈に到達します」

「水脈と言っても、ただの地下水だろう? そんなに必死になる価値があるのか」

「ただの水ではありません。地球のエネルギーをたっぷり吸い込んだ、命のスープです」

私は握りしめた拳に力を込めた。

この数日、莫大な資金(私の全財産)と労力をつぎ込んできた。

もし外れれば、私はただの無一文の元公爵令嬢として、荒野で野垂れ死ぬことになる。

だが、私の直感(と計算)が告げている。

ここには、ある。

「……ブッ?」

その時、穴の底で作業していたトンカツが、急に動きを止めた。

鼻をヒクヒクさせ、何かを警戒するように後ずさりする。

「どうした、トンカツ!」

「来る……!」

私は叫んだ。

「総員、退避ッ!!」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに。

ドォォォンッ!!

地面の底から、雷鳴のような音が響いた。

直後、トンカツが慌てて穴から飛び出してくる。

そして――。

シューーーッ!!

白い蒸気とともに、熱湯の柱が空高く噴き上がった。

それは太陽の光を浴びてキラキラと輝き、荒涼とした大地に降り注ぐ。

「熱っ!? なんだこれ!?」

「水だ! いや、お湯だぞ!?」

騎士たちが大騒ぎで逃げ惑う。

リュカも驚愕の表情で、降り注ぐ熱湯の雨を見上げている。

「……馬鹿な。こんな荒野の真ん中で、湯が湧いただと……?」

私は両手を広げ、全身でその雨を受け止めた。

硫黄の香りが鼻孔をくすぐる。

肌に触れた瞬間に感じる、滑らかな感触。

「……勝った」

私は震える声で呟いた。

「勝ったわ! 私の勝ちよ! 見てください閣下! これが『温泉』です!」

私はリュカに駆け寄り、その肩を揺さぶった。

「温泉……?」

「そうです! ただのお湯ではありません。豊富なミネラルを含み、疲労回復、美肌効果、神経痛の緩和など、あらゆる効能を持つ奇跡の水です!」

私は急いで水温計(自作)を湯溜まりに突っ込んだ。

「温度、四十二度! 奇跡的な適温! 加水も加温も必要なし! 源泉かけ流し確定です!」

「お、おい落ち着けシスイ。目が血走っているぞ」

「落ち着いてなどいられません! さあ、すぐに簡易浴槽を作りますよ! トンカツ、岩を並べて!」

私の興奮が伝染したのか、トンカツも「ブヒィ!」と鳴いて岩を運び始めた。

あっという間に、岩で囲まれた露天風呂が完成した。

「さあ閣下、騎士の皆様。騙されたと思って入ってみてください。これが私のビジネスの『商品』です」

「……入るのか? この野外で?」

「男だらけなんですから恥ずかしくないでしょう。私は向こうでデータをまとめていますから、ごゆっくり」

私は彼らを残して、少し離れた場所に移動した。

しばらくすると、岩陰から「うおぉぉ……」「あっつ! でも気持ちいい……」「極楽だ……」という、なんとも締まりのない声が聞こえてきた。

(ふふふ、落ちたわね)

あの反応なら間違いない。

この世界の住人にとって、湯に浸かる習慣はあまりない。

せいぜい蒸し風呂か、たらいで行水程度だ。

肩まで浸かる「入浴」の快感を知ってしまえば、もう後戻りはできない。

三十分後。

湯上がりのリュカたちが戻ってきた。

全員、顔色が薔薇色に輝き、肌がツヤツヤしている。

憑き物が落ちたように、表情がふやけていた。

「……どうでしたか、閣下」

「……危険だ」

リュカが真顔で言った。

「え?」

「あの湯は危険だ。あの中にいると、日々の激務も、魔物の脅威も、領地経営の悩みも、すべてどうでもよくなってしまう。……人間を駄目にする水だ」

「最高の褒め言葉ですね。それを『リラクゼーション効果』と呼びます」

リュカは濡れた髪をかき上げ、私の目をじっと見つめた。

「シスイ。お前は、これを使って何をするつもりだ」

私はニヤリと笑った。

いよいよ、本題だ。

私は懐から、一枚の巨大な図面を取り出し、岩の上に広げた。

「これをご覧ください。これが私の構想する、最終事業計画です」

図面には、荒野全体を使った壮大な施設の完成予想図が描かれていた。

「名付けて『魔境リゾート・エデン』計画」

「エデン……?」

「はい。この温泉を核として、宿泊施設、レストラン、マッサージサロン、カジノ、そして魔物と触れ合えるサファリパークを建設します」

私はペンで図面を指し示した。

「ターゲット層は、王都の富裕層と、日々のストレスに疲れた貴族たち。彼らに『非日常』と『癒やし』を高単価で提供します。キャッチコピーは『死の荒野で、死ぬほど癒やされませんか?』」

「……」

「さらに、トンカツたち魔物をスタッフとして雇用し、人件費を圧縮。排熱を利用した地熱発電でエネルギーコストもゼロ。利益率は驚異の八十パーセントを見込んでいます」

リュカは図面を凝視し、それから天を仰いだ。

「……お前、本当に恐ろしい女だな」

「ありがとうございます」

「だが……悪くない」

リュカの口元が、微かに緩んだ。

「俺の領地は、ずっと北の防衛線として、戦うことしか知らなかった。だが、お前の言う通り、人々が求めているのは『安らぎ』なのかもしれない」

彼は私に向き直り、右手を差し出した。

「シスイ・ランカスター。改めて申し入れる。バルバトス辺境伯家は、お前の事業に全面的に協力する。……俺たちにも、その夢を見せてくれ」

私は彼の手をしっかりと握り返した。

大きく、温かく、そして力強い手だった。

「ええ、お任せください。必ずやこの地を、世界一金を生む……じゃなかった、世界一の楽園にしてみせますわ」

夕陽が沈み、荒野が茜色に染まる。

湯けむりの向こうに、まだ見ぬ巨大リゾートの幻影が見えた気がした。

こうして、婚約破棄から始まった私の「死の荒野」開拓記は、第一章の幕を閉じた。

だが、これはまだ序章に過ぎない。

リゾート建設、客の誘致、そして王都からの妨害工作……。

私の前には、まだまだ多くの「商機(トラブル)」が待ち受けているのだから。

(待っていなさい、元婚約者殿。いつかあなたにも、正規料金の三倍で招待状を送って差し上げますわ)

私は心の中でそう呟き、湧き出る黄金の湯を見つめ続けた。
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