婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「開けろ! 王家からの正式な視察団だぞ!」

「聞こえんのか! この不敬者どもめ!」

リゾートの正門前は、怒号と松明の明かりで騒然としていた。

巨大な鉄門の前で唾を飛ばしているのは、きらびやかだがどこか品のない衣装を纏った貴族の男。

そして、その背後には十数名の護衛兵と、数人の役人風の男たちが控えている。

私はリュカと共に、門の櫓(やぐら)の上に立った。

夜風がドレスの裾を揺らす。

せっかくの「いい雰囲気」を台無しにされた苛立ちを、私は営業スマイルの下に隠した。

「こんばんは。随分と熱心なご来訪ですね。チェックインのお時間はとっくに過ぎておりますが?」

私が声をかけると、男が顔を真っ赤にして見上げてきた。

「貴様か、シスイ! 私は財務省のドーラン子爵だ! 王太子殿下の命により、この土地の不正使用の査察に来た!」

ドーラン子爵。

記憶にある。

王太子ジュリアンの太鼓持ちで、税金の着服疑惑が絶えない「ハイエナ」のような男だ。

(なるほど。ジュリアン殿下も、自分の手は汚さず、まずは小物を使って様子見というわけね)

私は冷ややかに見下ろした。

「不正使用とは心外ですね。この土地は正規の手続きを経て、私シスイ・ランカスターに譲渡されています。権利書もお見せしましょうか?」

「黙れ! 『死の荒野』などという危険地帯に人を住まわせ、怪しげな施設を作っているとの報告がある! 反乱の拠点にしている疑いもあるのだぞ!」

「反乱? まさか。ここはただの保養地です」

「言い訳は聞かん! 直ちに門を開けろ! さもなくば武力で制圧する!」

ドーランが合図を送ると、護衛兵たちが槍を構えた。

その瞬間。

「……誰を制圧するだと?」

私の隣で、今まで黙っていたリュカが一歩前に出た。

月明かりの下、「氷の公爵」の冷徹な眼光がドーランを射抜く。

「ヒッ……! バ、バルバトス辺境伯閣下!?」

「私の領地内で、私の許可なく武力行使をちらつかせるとは。……王家への反逆と見なして斬り捨てても良いのだぞ?」

リュカの手が剣の柄にかかる。

チャリ……という金属音が、夜の静寂に大きく響いた。

ドーランたちは総毛立ったように震え上がり、数歩後退した。

「め、滅相もない! 我々はただ、調査を……!」

「帰れ。ここは私有地だ。招かれざる客を通す義理はない」

リュカが吐き捨てる。

最高だ。

最強の門番(セキュリティ)である。

だが、ここで追い返してしまっては面白くない。

「まあまあ、閣下。落ち着いてください」

私はリュカの前に手をかざした。

「彼らも仕事で来ているのです。それに、王都からわざわざこんな辺境まで……旅費もかかったでしょうに」

「シスイ、お前……」

私はドーランに向かって、満面の笑みを向けた。

「子爵様。本来なら営業時間外の入場はお断りしているのですが、王家からの使いとあれば特別です」

「ふ、ふん! 分かればいいのだ! さあ開けろ!」

「ただし」

私は人差し指を立てた。

「当リゾートは会員制となっております。ご入場の際には、お一人様につき金貨五枚の『深夜特別入場料』を頂戴いたします」

「はあああ!? き、金貨五枚だと!? ふざけるな!」

ドーランが素っ頓狂な声を上げた。

金貨五枚といえば、平民の年収に匹敵する額だ。

「高いとおっしゃるなら、どうぞお引き取りを。門の外で野営なさるのも自由ですが……この辺りは夜になると『腹を空かせた魔物』が徘徊しますので」

タイミングよく、門の向こうから「グルルルゥ……」という低い唸り声が聞こえた。

(ナイスよ、トンカツ)

ドーランたちの顔色が一瞬で青ざめる。

「く、くそっ……! 足元を見やがって……! 払う! 払えばいいんだろう!」

「ありがとうございます。では、そちらの護衛の方々も含めて二十名様……しめて金貨百枚ですね。前払いでお願いします」

「ぐぬぬぬ……ッ!」

ドーランは震える手で革袋を取り出し、門の隙間から投げ入れた。

私はそれをキャッチし、中身を確認する。

重い。

いい音だ。

「確認いたしました。ようこそ、『リゾート・エデン』へ!」

ギギギギ……と重苦しい音を立てて、鉄門が開かれた。

ドーランたちは、勝ち誇ったように、しかしどこか悔しげに中へとなだれ込んでくる。

「見ていろ! 違法建築の証拠を見つけて、必ずこのふざけた施設を取り潰してやる!」

彼らは鼻息荒く、一歩を踏み出した。

その瞬間だった。

パァァァンッ!!

視界が一気に開け、眩い光が彼らを包み込んだ。

「な、なんだッ!?」

彼らが目にしたのは、荒野の廃墟などではなかった。

魔石ランプによるイルミネーションで彩られた、幻想的なメインストリート。

美しく舗装された石畳。

両脇に立ち並ぶ、ログハウス風の洗練されたショップや宿泊棟。

そして中央広場には、湯気を上げる巨大な噴水が、七色にライトアップされて輝いている。

「な……ななな……」

ドーランたちは口をあんぐりと開け、言葉を失った。

「こ、ここが……荒野だと……?」

「まるで王都の……いや、それ以上に豪華じゃないか……」

そこへ、正装(蝶ネクタイ着用)したトンカツたち魔物スタッフが、整列して出迎える。

「ブヒィッ!(いらっしゃいませ)」

「ギューッ!(お荷物お持ちします)」

「ヒィィッ!? ま、魔物が接客をしている!?」

パニックになりかける彼らの前に、私は優雅に降り立った。

「驚かせて申し訳ありません。当リゾート自慢の『魔物コンシェルジュ』です。荷物をお預かりしますので、どうぞチェックインカウンターへ」

私は呆然とするドーランの腕を取り、強引にエスコートした。

「さあ、まずは旅の疲れを癒やすために、最高級のスイートルームへご案内しますわ。一泊金貨五十枚ですが、今なら朝食付きです」

「ご、五十枚……!? 待て、我々は調査に……」

「調査をするにも、拠点は必要でしょう? それとも、この美しい景観の中で野宿を?」

「ぐっ……」

「それに、当リゾートの温泉は『真実を映す鏡』とも呼ばれています。湯に浸かれば、曇った眼もクリアになり、正しい調査ができるはずですよ?」

私は耳元で悪魔の囁きをした。

ドーランは、イルミネーションの輝きと、漂ってくる極上の料理の香り、そしてふかふかのベッドへの誘惑に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

長旅で疲れ切った体に、この「楽園」の光景は毒すぎる。

「……わ、分かった。泊まってやる。ただし! これは潜入調査だ! 決して楽しむためではない!」

「ええ、存じておりますとも」

私は満面の笑みで頷いた。

「では、こちらの誓約書にサインをお願いします。『施設内での破損行為は実費の十倍請求』『スタッフ(魔物)への暴言は即退場』ですので、ご注意くださいね」

ドーランは震える手でサインをした。

これで契約完了。

彼らはもう、私の掌の上だ。

「リュカ様」

私はこっそりとリュカに耳打ちした。

「彼らをVIPルーム……通称『黄金の間』へ案内して。一番高い酒と料理を、頼まれてもいないのに次々と運ばせて」

「……お前、彼らを破産させる気か?」

「いいえ。王太子殿下の経費で落とさせるのです。請求書を見て殿下が青ざめる顔が、今から楽しみですわ」

リュカはやれやれと首を振ったが、その目は楽しそうだった。

「分かった。……しかし、俺とのダンスを中断させた罪は重いぞ。後で高くつくと思え」

「あら、怖い。では、特別に追加のマッサージサービスをお付けしましょうか?」

「……検討しておく」

私たちは視線を交わし、小さく笑い合った。

こうして、王都からの「視察団」という名のカモたちは、自ら檻(リゾート)の中へと入っていった。

彼らはまだ知らない。

この楽園が、一度入ったら二度と抜け出せない「散財の沼」であることを。

そして、彼らが必死に探そうとしている「不正の証拠」など、私の完璧な帳簿管理の前では塵ひとつ見つからないことを。

「さあ、宴の第二幕の始まりよ」

私は扇子を広げ、煌めくリゾートの夜景を見渡した。

今夜の売上は、過去最高を記録する予感がした。
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