婚約破棄で自由になった悪役令嬢カタールは、趣味で無双?

ちゅんりー

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「カタール・ド・オシエル! 私は今日、貴様との婚約を破棄することをここに宣言する!」

豪華なシャンデリアが燦然と輝く、王立アカデミーの卒業パーティー会場。その中心で、我が国の第一王子であるエリック殿下が、喉が千切れんばかりの大声で叫んだ。

彼に腕を絡めているのは、ふわふわとした桃色の髪が特徴的な男爵令嬢、ミルフイユ様だ。彼女は「怖いですわ、エリック様ぁ」と言いながら、これでもかというほど殿下に密着している。

それを見つめる私、カタール・ド・オシエルは、手に持っていたシャンパングラスを静かに給仕のトレイへと戻した。

「……婚約、破棄。左様でございますか」

私の口から漏れたのは、悲鳴でも絶望の嘆きでもなかった。

むしろ、長年の重荷から解放された時にだけ出る、深い安堵の吐息に近いものだった。

「そうだ! 貴様がミルフイユに行った陰湿な嫌がらせの数々、すべて把握しているぞ! あんな可愛らしい彼女に対して、公爵家の権力を使って教科書を隠し、噴水に突き落とすなど……あまりに卑劣ではないか!」

エリック殿下は得意げに指を突き出し、周囲の視線を集めている。

観衆からは「あの完璧なカタール様が?」「信じられないわ」といった小声のざわめきが聞こえてくる。

しかし、私の頭の中では別の計算が始まっていた。

(教科書を隠す……? そんな生産性のないことに私の貴重な労働時間を割くはずがないでしょう。噴水に突き落とす? 水質汚染の原因になりますし、彼女の着衣の乾燥コストを考えれば非効率の極みですわ)

私はゆっくりとドレスのポケットに手を伸ばした。そこには、万が一の事態に備えて常に携帯している「魔法の速記用羊皮紙」と「高級万年筆」が入っている。

「エリック殿下。まず確認ですが、その『婚約破棄』という言葉に二言はございませんね?」

「ふん、何を今さら! 往往生際が悪いぞ! 私の真実の愛は、このミルフイユだけなのだ!」

「エリック様……うれしい……っ」

ミルフイユ様がうっとりと殿下を見上げている。

私はその光景を無視して、サラサラと手元の羊皮紙に文字を書き込ませた。文字数は多いが、公爵令嬢として叩き込まれた実務能力をもってすれば、十秒もかからない。

「……はい、できました。こちらにサインをお願いいたします」

「な……なんだ、これは」

差し出された紙を、エリック殿下が不審そうに受け取る。

「『婚約解消合意書』でございます。第1条、本日付でエリック・フォン・アルフレッドとカタール・ド・オシエルの婚約を、双方の合意(厳密には殿下の一方的な破棄申し立て)に基づき解消する。第2条、以後、互いに一切の接触を禁じ、オシエル公爵家から王家への寄付金、および私が代行していた公務の全停止を認める……」

「な、なんだと!? 公務の停止だと!?」

「当然ではございませんか。私はこれまで、殿下の『婚約者』という役職に対する職務として、夜な夜な殿下の代わりに予算編成案を書き、外交文書の翻訳を行い、挙句の果てには殿下の領地における下水道整備の進捗管理まで行ってきました」

会場が、しんと静まり返った。

エリック殿下の顔が、みるみるうちに青ざめていく。

「しかし、本日をもって私はその『役職』をクビになったわけです。無資格の人間が王宮の機密文書に触れるのは法に触れますもの。今後はどうぞ、そちらの可愛らしいミルフイユ様と一緒に、楽しく予算案を作ってくださいませ」

「そんな……ミルフイユに、そんなことができるわけがないだろう!」

「ええっ!? 私、算数はリンゴ三つまでしか数えられませんわ、エリック様ぁ!」

ミルフイユ様が、誇らしげに胸を張って言い切った。

私は彼女に、慈愛に満ちた(哀れみの)微笑みを向けた。

「安心してください、殿下。この書類にサインさえいただければ、私は今夜中にでも荷物をまとめて王都を去ります。殿下の仰る通り、私は『悪役』として国外追放処分も謹んでお受けいたしましょう。……ああ、追放先はできれば、北の果ての不毛の地と言われている『ガラガラ地方』でお願いできますか?」

「が、ガラガラ地方だと? あそこは何もない岩場だぞ! なぜそんな場所を望む!」

「何も……ない? ふふっ、殿下は相変わらず視察の報告書を読んでいらっしゃらないのですね。あそこは地質学的に見て、特殊な鉱石が眠っている可能性が極めて高いのです。それに、近くには休火山があります。つまり、掘れば温泉が湧く。観光資源と鉱山資源の宝庫ですわ」

私はペンを差し出し、殿下の手を強引に取ってサインを促した。

「さあ、殿下。自由な愛をその手に。私は自由な領地経営をこの手に。Win-Winの関係ではございませんか」

「う、うむ……。貴様がそこまで言うなら、望み通りにしてやる!」

エリック殿下は、逃げるように書類にサインを書き殴った。

「受理いたしました。ありがとうございます、エリック元殿下(・・・・)。あ、もう殿下と呼ぶ必要もありませんわね。……エリック様、短い間でしたけれど、無能な上司の下で働く苦労を教えてくださって感謝しております。二度とお会いしませんように!」

私は完璧なカーテシーを披露すると、唖然とする観衆の中を颯爽と歩き出した。

(やった……! ついに終わったわ! これからは毎日十八時間働いても、誰にも文句を言われない! 私の、私による、私のためのガチ勢領地経営が始まるのよ!)

私の心は、まだ見ぬ岩場への期待感で、これまでにないほど激しく燃え上がっていた。

この時、会場の隅で一人の男性が、面白そうに私を見つめていたことには、まだ気づいていなかった。
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