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ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は膝の上に広げた「ガラガラ地方」の地図を睨みつけていた。
正確には、地図というよりは等高線すら怪しい古い測量図だ。しかし、私の目にはそれが純金で編まれたタペストリーのように輝いて見えている。
「ふふ……ふふふ。素晴らしいわ。この断層の走り方、そして周囲の植生。どこからどう見ても、地下に熱源と鉱脈が眠っているとしか思えませんわ」
私は羽ペンを走らせ、図面にバツ印や計算式を書き込んでいく。
公務で培った地質学と経済学の知識が、今この瞬間のためにあったのだと実感する。これまでの残業生活は、すべてこの「独立」のためのチュートリアルだったのだ。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか」
御者台との仕切り窓が開き、護衛騎士のバルトが困惑したような声をかけてきた。
「どうしたの、バルト。まだ国境までは距離があるはずだけれど」
「いえ、その……お嬢様が先ほどから『宝の山だわ』とか『労働力が足りないわ』と独り言を仰っているので、もしや追放のショックで精神に異常をきたしたのではないかと心配になりまして」
バルトは父が付けてくれた腕利きの騎士だが、いかんせん真面目すぎるのが玉に瑕だ。
「失礼ね。私はいたって正常よ。むしろこれまでの人生で今が一番、脳内物質が活性化しているわ。見て、このガラガラ地方の年間平均気温。冬でも地熱の影響で温暖だなんて、通年で特産品が作れる最高の環境じゃない!」
「ですがお嬢様。あそこは『魔物が住む不毛の地』として有名です。作物を植えても芽が出る前に魔物に食い荒らされると言われておりますが……」
バルトの指摘は、一般的な常識からすれば正しい。
しかし、私の「合理性」は別の答えを導き出していた。
「バルト、視点を変えなさい。魔物が住んでいるということは、そこには彼らを養えるだけのエネルギー源……つまり豊かな生態系のベースがあるということよ。何もない砂漠に魔物は住み着かないわ。それから、魔物の毛皮や角は高価な魔法素材になるでしょう?」
「それは……まあ、確かに」
「つまり、魔物は『勝手に増えてくれる動く資産』なのよ。害獣駆除をエンターテインメント化して冒険者を募れば、宿泊費と飲食費で外貨が稼げるわ。不毛の地? とんでもない。フロンティアスピリットを刺激する最高の観光地ですわ!」
私は拳を握り、鼻息を荒くした。
エリック殿下は私を苦しめるつもりでここを選んだのだろうけれど、彼のリサーチ不足には感謝しかない。あの「お花畑」な頭脳では、地政学的な価値など一生理解できないだろう。
数時間後、馬車は国境の検問所に到着した。
そこには、国外追放の立ち会いとして派遣された王宮の役人と、数人の兵士が冷ややかな笑みを浮かべて待っていた。
「やあやあ、カタール・ド・オシエル元令嬢。ずいぶんと晴れやかな顔をしているが、ここから先は地獄だぞ。二度と我が国の土は踏めないと思え」
役人が嫌味たらしく、国外追放の証明書を私の鼻先に突きつけてきた。
「ええ、二度と踏みませんわ。あんなに効率の悪い税制と、無能な上司がのさばる国に未練なんてこれっぽっちもございませんもの。どうぞ、その紙は殿下に『おかげさまで最高の再就職先が見つかりました』と伝えて返しておいてください」
「な……貴様、強がりを!」
「強がりか、それとも事実か。一年後の帳簿が証明してくれるわ。あ、ついでにこれ。王宮の予算案の修正箇所を付箋で貼っておきましたから。これを直さないと、来期の冬には国庫が空になりますわよ」
私は馬車の窓から、大量の付箋が貼られた書類の束を役人の顔面に叩きつけるように手渡した。
「じゃあバルト、出発してちょうだい。時間は金なりよ!」
「は、はっ! 御意!」
馬車が再び動き出す。
背後で「なんだこの修正の数は!」「字が細かすぎて読めないぞ!」という役人の悲鳴が聞こえてきたが、私は窓を閉めて完全に遮断した。
「さて、バルト。次の課題は、ガラガラ地方に到着するまでの間に、現地住民……といっても数人の隠者しかいないようだけれど、彼らをどうやって『効率的な労働力』に教育するかね」
「お嬢様、まずは無事に到着することだけを考えませんか……」
バルトの溜息をBGMに、私は新事業の組織図を描き始めた。
この時の私は知らなかった。
ガラガラ地方へ向かう唯一の街道の先で、一人の男が崖の上から私の馬車を見下ろしていることに。
そして彼もまた、私と同じように「数字」と「商機」に異常なまでの執着を持つ、同類であるということに。
正確には、地図というよりは等高線すら怪しい古い測量図だ。しかし、私の目にはそれが純金で編まれたタペストリーのように輝いて見えている。
「ふふ……ふふふ。素晴らしいわ。この断層の走り方、そして周囲の植生。どこからどう見ても、地下に熱源と鉱脈が眠っているとしか思えませんわ」
私は羽ペンを走らせ、図面にバツ印や計算式を書き込んでいく。
公務で培った地質学と経済学の知識が、今この瞬間のためにあったのだと実感する。これまでの残業生活は、すべてこの「独立」のためのチュートリアルだったのだ。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか」
御者台との仕切り窓が開き、護衛騎士のバルトが困惑したような声をかけてきた。
「どうしたの、バルト。まだ国境までは距離があるはずだけれど」
「いえ、その……お嬢様が先ほどから『宝の山だわ』とか『労働力が足りないわ』と独り言を仰っているので、もしや追放のショックで精神に異常をきたしたのではないかと心配になりまして」
バルトは父が付けてくれた腕利きの騎士だが、いかんせん真面目すぎるのが玉に瑕だ。
「失礼ね。私はいたって正常よ。むしろこれまでの人生で今が一番、脳内物質が活性化しているわ。見て、このガラガラ地方の年間平均気温。冬でも地熱の影響で温暖だなんて、通年で特産品が作れる最高の環境じゃない!」
「ですがお嬢様。あそこは『魔物が住む不毛の地』として有名です。作物を植えても芽が出る前に魔物に食い荒らされると言われておりますが……」
バルトの指摘は、一般的な常識からすれば正しい。
しかし、私の「合理性」は別の答えを導き出していた。
「バルト、視点を変えなさい。魔物が住んでいるということは、そこには彼らを養えるだけのエネルギー源……つまり豊かな生態系のベースがあるということよ。何もない砂漠に魔物は住み着かないわ。それから、魔物の毛皮や角は高価な魔法素材になるでしょう?」
「それは……まあ、確かに」
「つまり、魔物は『勝手に増えてくれる動く資産』なのよ。害獣駆除をエンターテインメント化して冒険者を募れば、宿泊費と飲食費で外貨が稼げるわ。不毛の地? とんでもない。フロンティアスピリットを刺激する最高の観光地ですわ!」
私は拳を握り、鼻息を荒くした。
エリック殿下は私を苦しめるつもりでここを選んだのだろうけれど、彼のリサーチ不足には感謝しかない。あの「お花畑」な頭脳では、地政学的な価値など一生理解できないだろう。
数時間後、馬車は国境の検問所に到着した。
そこには、国外追放の立ち会いとして派遣された王宮の役人と、数人の兵士が冷ややかな笑みを浮かべて待っていた。
「やあやあ、カタール・ド・オシエル元令嬢。ずいぶんと晴れやかな顔をしているが、ここから先は地獄だぞ。二度と我が国の土は踏めないと思え」
役人が嫌味たらしく、国外追放の証明書を私の鼻先に突きつけてきた。
「ええ、二度と踏みませんわ。あんなに効率の悪い税制と、無能な上司がのさばる国に未練なんてこれっぽっちもございませんもの。どうぞ、その紙は殿下に『おかげさまで最高の再就職先が見つかりました』と伝えて返しておいてください」
「な……貴様、強がりを!」
「強がりか、それとも事実か。一年後の帳簿が証明してくれるわ。あ、ついでにこれ。王宮の予算案の修正箇所を付箋で貼っておきましたから。これを直さないと、来期の冬には国庫が空になりますわよ」
私は馬車の窓から、大量の付箋が貼られた書類の束を役人の顔面に叩きつけるように手渡した。
「じゃあバルト、出発してちょうだい。時間は金なりよ!」
「は、はっ! 御意!」
馬車が再び動き出す。
背後で「なんだこの修正の数は!」「字が細かすぎて読めないぞ!」という役人の悲鳴が聞こえてきたが、私は窓を閉めて完全に遮断した。
「さて、バルト。次の課題は、ガラガラ地方に到着するまでの間に、現地住民……といっても数人の隠者しかいないようだけれど、彼らをどうやって『効率的な労働力』に教育するかね」
「お嬢様、まずは無事に到着することだけを考えませんか……」
バルトの溜息をBGMに、私は新事業の組織図を描き始めた。
この時の私は知らなかった。
ガラガラ地方へ向かう唯一の街道の先で、一人の男が崖の上から私の馬車を見下ろしていることに。
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