婚約破棄で自由になった悪役令嬢カタールは、趣味で無双?

ちゅんりー

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「……ゼスト様。この試作第十四号の『岩塩キャラメル』、テクスチャは完璧ですが、原材料費が想定を五パーセント上回っていますわ。これではラグジュアリー層向けの価格設定にしても、損益分岐点に達するのが三ヶ月遅れます」

仮設事務所として建てられた石造りの部屋に、私の鋭い声が響いた。

机の上には、貴重な砂糖と地元の岩塩、そしてゼスト様が隣国から取り寄せた最高級の生クリームを使った試作品が並んでいる。

「カタール、君は少し妥協という言葉を知るべきだね。この味なら、多少利益率を下げても飛ぶように売れる。顧客満足度を優先して、まずは市場を独占するのが先決じゃないか?」

ゼスト様が、キャラメルを一口運んで幸せそうな顔をしながら反論する。

「甘いですわ、ゼスト様! その甘さはキャラメルだけで十分です! 顧客満足度は『継続的な供給』があってこそ。赤字覚悟の安売りは、長期的に見れば従業員の給与……つまり福利厚生を圧迫する悪手ですわ!」

私は計算尺を突き出し、ゼスト様の鼻先でピタリと止めた。

「見てください、この砂糖の輸送コスト。隣国の関税率が変わった影響を考慮していませんわね? あなたの商会の物流網をもう一度精査すれば、あと三パーセントは圧縮できるはずです」

「……君と話していると、自分が商会長であることを忘れそうになるよ。分かった、物流ルートの再調整は僕がやろう。その代わり、キャラメルのパッケージデザインは僕に任せてくれないか?」

ゼスト様が、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて身を乗り出してきた。

「デザイン? それは広告宣伝費に含まれますけれど、美感より視認性と情報の正確さを優先してくださいませ」

「いや、もっとエモーショナルなものにするよ。例えば……『不毛の地に咲いた、孤独な令嬢の情熱』というキャッチコピーはどうだい?」

「却下ですわ! そんな情緒的な表現、一銭の得にもなりません! 『純度九十九パーセントの天然岩塩使用』の方が、健康意識の高い富裕層の購買意欲をそそりますわ」

私は即座にバツ印を書き込んだが、ゼスト様はめげずに笑っている。

「君は本当にロマンがないな。だが、そんな風に数字を語る時の君の目は、どんな宝石よりも綺麗だ。……僕にとっては、その真剣な眼差しこそが最大の付加価値なんだけどね」

「……? 付加価値? 私の視覚情報が売上に寄与するとでも? 残念ながら、私は接客には出ませんので、その計算は成り立ちませんわ」

私が首を傾げると、ゼスト様は大きくため息をつき、頭を抱えた。

「……ああ、もういい。君のその鉄壁の合理性が、僕の最大の障壁(ライバル)だよ。でも、嫌いじゃない。むしろ、もっと攻略したくなる」

「攻略……? 私の事業計画の脆弱性を指摘するおつもりですか? 望むところですわ、徹底的にディベートいたしましょう!」

「……違う。そうじゃないんだ、カタール」

私たちはそれから数時間、窓の外が暗くなるまで、新作スイーツの原価計算とマーケティング戦略について、熱く(そして若干の温度差を抱えたまま)議論を戦わせた。

傍目には、若き美男美女が親密に寄り添って語り合っているように見えたかもしれない。だが、その内容は「シュガーショック時の在庫処理」や「賞味期限延長のための魔法銀フィルムのコスト比較」といった、極めて即物的なものだった。

「……ふぅ。これでようやく、一個あたりの純利益が目標値に乗りましたわね」

私は満足げに、真っ黒に数字が書き込まれた羊皮紙を眺めた。

「お疲れ様、カタール。……君とこうして頭を突き合わせている時間は、不思議と疲れを感じないよ。むしろ、隣国で退屈な会議に出ているより、ずっと生きてる心地がする」

「それは良かったですわ。アドレナリンの分泌は、仕事の効率を最大三割向上させますから」

私が事務的に答えると、ゼスト様はそっと私の肩に手を置いた。

「いつか、この街が完成して、君が満足するだけの利益を上げた時……。その時は、数字以外の話も聞いてくれるかい?」

「数字以外の話……? ああ、新しい法整備や領地の境界線の話ですね。もちろんですわ、それは経営者の義務ですから」

「……はは、やっぱりそう来るか」

ゼスト様が力なく笑ったその時、事務所の扉が勢いよく開いた。

「お嬢様……大変です! 王都のアンナから緊急の伝書鳩が届きました!」

バルトが青い顔をして飛び込んできた。その手には、震える文字で書かれた小さな手紙が握られている。

「アンナから? ……嫌な予感がしますわね。ゼスト様、一旦計算を中断します。……どれどれ?」

手紙を開いた私の口角が、ゆっくりと、しかし凶悪な角度で上がっていった。

『お嬢様。エリック殿下が、予算不足で王宮の晩餐会を中止したそうです。それどころか、ミルフイユ様が間違えて“国の備蓄米”を全部お菓子に変えてしまったとかで……王都が暴動寸前です』

「……ふふ、ふふふふふ! あのお花畑共、ついにやってくれましたわね!」

「カタール……顔が、さっきまでの百倍『悪役』になってるよ」

ゼスト様が引きつった顔で後退りしたが、私の耳には届かない。

「これはチャンスですわ! わが街『ガラガラ』の保存食と温泉資源を、王都に高値で売りつける絶好の商機! ゼスト様、今すぐ輸送船の準備を! 救援物資という名の『超高利貸し』の始まりですわよ!」

「……君の『ざまぁ』は、常に経済的な破滅を伴うんだね……」

私の野心と復讐心、そして商魂が、温泉の熱気よりも熱く燃え上がった夜だった。
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