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「……ちょっと! 何なんですの、この重たい棒は! ミルフイユの繊細な指先が、タコだらけになってしまいますわ!」
王都アルフレッド、かつて「愛の記念碑」が建っていた広場の隅。
そこに、色褪せた麻の服を纏い、竹ぼうきを手に絶叫するミルフイユの姿があった。
その隣では、かつての第一王子エリックが、慣れない手つきで溝の泥を掬い上げている。
「静かにしろ、ミルフイユ。……これを今日中に終わらせないと、あの『経営管理部』のアンナとかいう女が、夕食のパンを半分に減らすと言っていたんだ」
「パンだなんて嫌ですわ! ミルフイユはダイヤモンドが散りばめられたマカロンが食べたいんですのぉー!」
二人の周囲を、王都の住民たちが冷ややかな、あるいは失笑混じりの目で見守りながら通り過ぎていく。
かつて国を破綻させた「お花畑コンビ」に、同情する者は一人もいなかった。
そこへ、カツカツと規則正しい、知性を感じさせる靴音が響いてきた。
「……清掃効率が昨日に比べて十五パーセント低下していますわね。エリックさん、ミルフイユさん。サボる時間は、あなたたちの『借金返済期間』を永続的に延長させるだけだと、何度申し上げれば理解してくださるのかしら」
私がバルトを従えて歩み寄ると、二人は弾かれたように顔を上げた。
「カ、カタール……! 貴様、よくも私をこのような……清掃員などという卑賎な職に!」
「卑賎? 失礼ね。街の衛生管理は、疫病リスクを抑制し、市民の労働生産性を支える極めて重要な『基幹事業』ですわ。それを無能なあなたたちに任せているのは、これまでの罪を『肉体労働』という名の資本で償わせるための、私なりの最大限の温情ですのよ?」
私は扇子で口元を隠し、泥まみれのエリックを見下ろした。
「それに見てください、その筋肉。王宮で遊んでいた頃より、よっぽど健康的で資産価値が上がっているではありませんか。……あ、ミルフイユさんも。その激しい労働による発汗、デトックス効果で肌のキメが整ってよろしくてよ?」
「そんなデトックスいりませんわ! 早くミルフイユを、あのフカフカのベッドに戻してくださいまし!」
ミルフイユが泣きつこうと一歩踏み出した瞬間、バルトが音もなく剣の鞘で彼女を押し留めた。
「……お嬢様に近付かないでください。汚れます(物理的にも、経営学的にも)」
「バルト、ナイスなフォローですわ。……さて、ゼスト様。彼らの今日の労働成果、時給換算でいくらになりますかしら?」
私の隣で、既に王都の商業ギルドを完全に掌握したゼスト様が、手帳を閉じながら冷淡に告げた。
「そうだね……。溝の泥さらいが不完全、掃き掃除に無駄な動きが多い。……差し引きで、銅貨三枚といったところかな。パン一個分にも満たないよ」
「なっ……! これだけ働いて、パン一つ買えないというのか!」
エリックが絶望に顔を歪める。
「当然ですわ。あなたたちのこれまでの『浪費』という負債の利息を考えれば、むしろ働かせていただけるだけありがたいと思って頂戴。……あ、そうだわ。今夜、我が社の温泉リゾートで、隣国のシリウス殿下を招いた豪華な晩餐会が開かれるのですけれど……」
私はわざとらしく、キラキラと輝く招待状を彼らの前でチラつかせた。
「もし良ければ、会場の外で『ゴミ拾いスタッフ』として参加なさる? お客様が食べ残した高級フォアグラの『廃棄処理(実食)』を許可して差し上げてもよろしくてよ?」
「……っ! カタール、貴様ぁぁ!」
「あ、今の暴言でさらに銅貨二枚の減額ですわ。……さあ、仕事に戻りなさい。無駄口を叩く余裕があるなら、腕を動かした方がマシですわよ!」
私は彼らの叫びを背に、優雅に背を向けて歩き出した。
「……カタール、君は本当に、彼らにとっての『地獄の管理人』だね」
ゼスト様が呆れ半分、賞賛半分で私に並んで歩く。
「失礼ね。私はただ、彼らに『お金を稼ぐことの厳しさ』と『労働の尊さ』を教えて差し上げているだけですわ。……さあ、次は王都の新しい『温泉配管システム』の投資家向け説明会ですわよ。時間は金なり、ですわ!」
王都の再建は順調。
不毛の地から始まった私の「ガチ勢経営」は、今や一つの国を完全に正しく、そして残酷なまでに効率的に作り変えようとしていた。
(見ていなさい、エリック殿下。真実の愛とやらが、空腹という名の『現実』にどこまで耐えられるか……。最高のデータが取れそうですわ!)
私の計算通り、王都の空は今日も、私の野望という名の澄み切った青色に染まっていた。
王都アルフレッド、かつて「愛の記念碑」が建っていた広場の隅。
そこに、色褪せた麻の服を纏い、竹ぼうきを手に絶叫するミルフイユの姿があった。
その隣では、かつての第一王子エリックが、慣れない手つきで溝の泥を掬い上げている。
「静かにしろ、ミルフイユ。……これを今日中に終わらせないと、あの『経営管理部』のアンナとかいう女が、夕食のパンを半分に減らすと言っていたんだ」
「パンだなんて嫌ですわ! ミルフイユはダイヤモンドが散りばめられたマカロンが食べたいんですのぉー!」
二人の周囲を、王都の住民たちが冷ややかな、あるいは失笑混じりの目で見守りながら通り過ぎていく。
かつて国を破綻させた「お花畑コンビ」に、同情する者は一人もいなかった。
そこへ、カツカツと規則正しい、知性を感じさせる靴音が響いてきた。
「……清掃効率が昨日に比べて十五パーセント低下していますわね。エリックさん、ミルフイユさん。サボる時間は、あなたたちの『借金返済期間』を永続的に延長させるだけだと、何度申し上げれば理解してくださるのかしら」
私がバルトを従えて歩み寄ると、二人は弾かれたように顔を上げた。
「カ、カタール……! 貴様、よくも私をこのような……清掃員などという卑賎な職に!」
「卑賎? 失礼ね。街の衛生管理は、疫病リスクを抑制し、市民の労働生産性を支える極めて重要な『基幹事業』ですわ。それを無能なあなたたちに任せているのは、これまでの罪を『肉体労働』という名の資本で償わせるための、私なりの最大限の温情ですのよ?」
私は扇子で口元を隠し、泥まみれのエリックを見下ろした。
「それに見てください、その筋肉。王宮で遊んでいた頃より、よっぽど健康的で資産価値が上がっているではありませんか。……あ、ミルフイユさんも。その激しい労働による発汗、デトックス効果で肌のキメが整ってよろしくてよ?」
「そんなデトックスいりませんわ! 早くミルフイユを、あのフカフカのベッドに戻してくださいまし!」
ミルフイユが泣きつこうと一歩踏み出した瞬間、バルトが音もなく剣の鞘で彼女を押し留めた。
「……お嬢様に近付かないでください。汚れます(物理的にも、経営学的にも)」
「バルト、ナイスなフォローですわ。……さて、ゼスト様。彼らの今日の労働成果、時給換算でいくらになりますかしら?」
私の隣で、既に王都の商業ギルドを完全に掌握したゼスト様が、手帳を閉じながら冷淡に告げた。
「そうだね……。溝の泥さらいが不完全、掃き掃除に無駄な動きが多い。……差し引きで、銅貨三枚といったところかな。パン一個分にも満たないよ」
「なっ……! これだけ働いて、パン一つ買えないというのか!」
エリックが絶望に顔を歪める。
「当然ですわ。あなたたちのこれまでの『浪費』という負債の利息を考えれば、むしろ働かせていただけるだけありがたいと思って頂戴。……あ、そうだわ。今夜、我が社の温泉リゾートで、隣国のシリウス殿下を招いた豪華な晩餐会が開かれるのですけれど……」
私はわざとらしく、キラキラと輝く招待状を彼らの前でチラつかせた。
「もし良ければ、会場の外で『ゴミ拾いスタッフ』として参加なさる? お客様が食べ残した高級フォアグラの『廃棄処理(実食)』を許可して差し上げてもよろしくてよ?」
「……っ! カタール、貴様ぁぁ!」
「あ、今の暴言でさらに銅貨二枚の減額ですわ。……さあ、仕事に戻りなさい。無駄口を叩く余裕があるなら、腕を動かした方がマシですわよ!」
私は彼らの叫びを背に、優雅に背を向けて歩き出した。
「……カタール、君は本当に、彼らにとっての『地獄の管理人』だね」
ゼスト様が呆れ半分、賞賛半分で私に並んで歩く。
「失礼ね。私はただ、彼らに『お金を稼ぐことの厳しさ』と『労働の尊さ』を教えて差し上げているだけですわ。……さあ、次は王都の新しい『温泉配管システム』の投資家向け説明会ですわよ。時間は金なり、ですわ!」
王都の再建は順調。
不毛の地から始まった私の「ガチ勢経営」は、今や一つの国を完全に正しく、そして残酷なまでに効率的に作り変えようとしていた。
(見ていなさい、エリック殿下。真実の愛とやらが、空腹という名の『現実』にどこまで耐えられるか……。最高のデータが取れそうですわ!)
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