27 / 28
27
しおりを挟む
「……計算通りですわ。この豪華客船『エス・エス・ガラガラ号』の建造費、および今回のパーティーの運営コスト。それら全てを、招待客からの『祝儀』という名のご祝儀価格チケットと、提携先企業からの『協賛金』で完全に相殺……いえ、現時点で十五パーセントの純利益(黒字)を叩き出しておりますわ!」
鏡の前で、私は純白のウェディングドレスを纏いながら、手元のクリスタル製バインダー(特注)を叩いた。
ドレスは隣国の最高級シルクを使用しているが、これも「ガラガラ地方の特産岩塩」とのバーター取引で仕入れたもの。つまり、実質的な仕入れコストはゼロ。むしろ、私がこれを着てメディアに露出することで、隣国の絹織物ギルドからの広告宣伝費が発生する仕組みになっている。
「……カタール。君は、自分の結婚式の数分前まで『損益分岐点』の確認をしていないと落ち着かないのかい?」
背後から、同じく最高級のタキシードに身を包んだゼスト様が、呆れたような、しかし熱烈に甘い眼差しを向けてきた。
「当然ですわ。結婚式は人生最大の『浪費』になりがちですが、それを『投資』へと変換してこそ、真の経営者。……見てください、ゼスト様。この客船のデッキに並ぶ、大陸中の富裕層たちの姿を。彼らは今日、私たちの門出を祝うと同時に、我が社の新しい『超長期債権』の契約書にサインをするために集まっているのですわよ?」
「はは、君らしいね。……でも、今日くらいは数字の代わりに、僕を見てくれないかな。……綺麗だよ、カタール。そのドレス、君の知性という名の輝きをさらに引き立てている」
ゼスト様が私の腰を引き寄せ、耳元で囁く。
その吐息に一瞬だけ脳の処理速度が落ちそうになったが、私は即座に再起動(リブート)した。
「……あ、ありがとうございます。ゼスト様のタキシードも、我が社の『騎士用防刃繊維』のプロトタイプを応用したものですわね。宣伝効果は抜群ですわ」
「……君の照れ隠しは、いつも物理的なスペックの話になるんだね」
ゼスト様が苦笑いしながら、私の指先に誓いのキスを落とした。
その時、客船の重厚な扉が開いた。
「代表公、お邪魔しますよ。……おやおや、新婚の甘い雰囲気よりも、金貨の匂いが立ち込めていますね」
現れたのは、隣国のシリウス殿下だ。彼はシャンパングラスを片手に、感心したように船内を見渡している。
「シリウス殿下! 本日はご多忙の折、当船の『進水式兼・結婚披露宴』にご出席いただき、誠にありがとうございます。……殿下、例の『関税撤廃に関する付帯条項』、ご祝儀として受理してもよろしくて?」
「くっ、ははは! 相変わらず隙がないな。……いいだろう。君のような合理的な支配者と友好を保つことは、我が国の長期的利益に繋がる。……サインは後で事務局へ回しておこう」
「素晴らしいわ! シリウス殿下、あなたは最高のビジネスパートナーですわね!」
私が満足げに頷いていると、ふと、甲板の隅で四つん這いになって床を磨いている二人の男女が目に入った。
ボロボロの作業着を纏い、歯を食いしばって床にワックスをかけているのは……かつて私を追放したエリック元殿下と、ミルフイユ様だ。
「……ミルフイユ、サボるな! あ、あの中年女性(アンナ)が見ているぞ! ここで手を抜いたら、今夜の賄いのパンが半分に減らされる!」
「分かっていますわぁ……! でも、この床、広すぎますわぁ! 宝石よりも床の方が光っているなんて、嫌ですわぁー!」
彼らの悲鳴に近い会話が、海風に乗って聞こえてくる。
「……あら。彼ら、随分と掃除の効率が上がりましたわね。バルト、彼らの時給、あと銅貨一枚くらい上げてあげてもよろしくてよ? モチベーション管理の一環として」
影から現れたバルトが、冷淡に答えた。
「承知いたしました。……ですがお嬢様、彼らの『負債』を完済するには、あと二百年ほどそのペースで働く必要がありますが」
「いいんですの。労働は最高の教育ですもの。……さて、ゼスト様」
私は、愛する夫となる人の腕に、そっと自分の腕を絡めた。
「いよいよ、披露宴の開始ですわ。……世界で一番、収益性が高く、そして誰もが羨むようなハッピーエンドを、市場に供給(リリース)しに行きましょう!」
「……ああ。君との人生という名の巨大プロジェクト、最高のスタートを切ろうじゃないか、カタール」
盛大なファンファーレが鳴り響き、豪華客船は黄金の夕日に向かってゆっくりと動き出した。
私の計算式には、もう一点の曇りもない。
これから始まる新しい日常。そこには、愛と、信頼と、そして……莫大な利益が待っているのですわ!
鏡の前で、私は純白のウェディングドレスを纏いながら、手元のクリスタル製バインダー(特注)を叩いた。
ドレスは隣国の最高級シルクを使用しているが、これも「ガラガラ地方の特産岩塩」とのバーター取引で仕入れたもの。つまり、実質的な仕入れコストはゼロ。むしろ、私がこれを着てメディアに露出することで、隣国の絹織物ギルドからの広告宣伝費が発生する仕組みになっている。
「……カタール。君は、自分の結婚式の数分前まで『損益分岐点』の確認をしていないと落ち着かないのかい?」
背後から、同じく最高級のタキシードに身を包んだゼスト様が、呆れたような、しかし熱烈に甘い眼差しを向けてきた。
「当然ですわ。結婚式は人生最大の『浪費』になりがちですが、それを『投資』へと変換してこそ、真の経営者。……見てください、ゼスト様。この客船のデッキに並ぶ、大陸中の富裕層たちの姿を。彼らは今日、私たちの門出を祝うと同時に、我が社の新しい『超長期債権』の契約書にサインをするために集まっているのですわよ?」
「はは、君らしいね。……でも、今日くらいは数字の代わりに、僕を見てくれないかな。……綺麗だよ、カタール。そのドレス、君の知性という名の輝きをさらに引き立てている」
ゼスト様が私の腰を引き寄せ、耳元で囁く。
その吐息に一瞬だけ脳の処理速度が落ちそうになったが、私は即座に再起動(リブート)した。
「……あ、ありがとうございます。ゼスト様のタキシードも、我が社の『騎士用防刃繊維』のプロトタイプを応用したものですわね。宣伝効果は抜群ですわ」
「……君の照れ隠しは、いつも物理的なスペックの話になるんだね」
ゼスト様が苦笑いしながら、私の指先に誓いのキスを落とした。
その時、客船の重厚な扉が開いた。
「代表公、お邪魔しますよ。……おやおや、新婚の甘い雰囲気よりも、金貨の匂いが立ち込めていますね」
現れたのは、隣国のシリウス殿下だ。彼はシャンパングラスを片手に、感心したように船内を見渡している。
「シリウス殿下! 本日はご多忙の折、当船の『進水式兼・結婚披露宴』にご出席いただき、誠にありがとうございます。……殿下、例の『関税撤廃に関する付帯条項』、ご祝儀として受理してもよろしくて?」
「くっ、ははは! 相変わらず隙がないな。……いいだろう。君のような合理的な支配者と友好を保つことは、我が国の長期的利益に繋がる。……サインは後で事務局へ回しておこう」
「素晴らしいわ! シリウス殿下、あなたは最高のビジネスパートナーですわね!」
私が満足げに頷いていると、ふと、甲板の隅で四つん這いになって床を磨いている二人の男女が目に入った。
ボロボロの作業着を纏い、歯を食いしばって床にワックスをかけているのは……かつて私を追放したエリック元殿下と、ミルフイユ様だ。
「……ミルフイユ、サボるな! あ、あの中年女性(アンナ)が見ているぞ! ここで手を抜いたら、今夜の賄いのパンが半分に減らされる!」
「分かっていますわぁ……! でも、この床、広すぎますわぁ! 宝石よりも床の方が光っているなんて、嫌ですわぁー!」
彼らの悲鳴に近い会話が、海風に乗って聞こえてくる。
「……あら。彼ら、随分と掃除の効率が上がりましたわね。バルト、彼らの時給、あと銅貨一枚くらい上げてあげてもよろしくてよ? モチベーション管理の一環として」
影から現れたバルトが、冷淡に答えた。
「承知いたしました。……ですがお嬢様、彼らの『負債』を完済するには、あと二百年ほどそのペースで働く必要がありますが」
「いいんですの。労働は最高の教育ですもの。……さて、ゼスト様」
私は、愛する夫となる人の腕に、そっと自分の腕を絡めた。
「いよいよ、披露宴の開始ですわ。……世界で一番、収益性が高く、そして誰もが羨むようなハッピーエンドを、市場に供給(リリース)しに行きましょう!」
「……ああ。君との人生という名の巨大プロジェクト、最高のスタートを切ろうじゃないか、カタール」
盛大なファンファーレが鳴り響き、豪華客船は黄金の夕日に向かってゆっくりと動き出した。
私の計算式には、もう一点の曇りもない。
これから始まる新しい日常。そこには、愛と、信頼と、そして……莫大な利益が待っているのですわ!
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―
鷹 綾
恋愛
男が学び、女は飾るだけ——
そんな世界に、ひとりの公爵令嬢が問いを投げた。
レクチャラー・トレイルブレイザー。
名門公爵家に生まれた彼女は、幼い頃に父から“学院”という御伽話を聞く。徒弟でも修道院でもない、講師を集め、制度として人を育てる場所。
この世界には、まだその言葉すら存在しなかった。
「講師を一か所に集めますわ」
家庭ごとに高額な家庭教師を雇う非効率。
才能があっても機会を得られない現実。
身分と財力だけが教育を決める社会構造。
彼女は合理性を武器に、貴族子弟のための“学院”を創設する。
複数の生徒から月謝を集めることで、家庭教師より安価に。
講師にはより高額な報酬を。
制度として成立する形で、教育を再設計する。
やがて学院は成果を出し、“学院出身”は優秀の証となる。
その基盤の上で、彼女は次の一歩を踏み出す。
——貴族女子学院。
「美しさと知性と教養を兼ね備えた令嬢。婚約先は、よりどりみどりですわ」
表向きは婚約戦略。
だが本当の狙いは、女性の地位向上。
男尊女卑が当然の世界で、女が学ぶことは前例なき挑戦。
保守派の反発、王太子からの婚約打診。
それでも彼女は揺れない。
「婚約は家同士の契約です。決定権は父にあります」
父を盾にしながら、順序を守り、世界を壊さず、底から上げる。
恋より制度。
革命ではなく積み重ね。
学院のない世界に、学院を。
これは、静かに世界を変えようとする公爵令嬢の物語。
下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。
やすぴこ
恋愛
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」
王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。
愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。
弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。
このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。
この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。
(なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!ー新たなる王室編ー
愚者 (フール)
恋愛
無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!
幼女編、こちらの続編となります。
家族の罪により王から臣下に下った代わりに、他国に暮らしていた母の違う兄がに入れ替わり玉座に座る。
新たな王族たちが、この国エテルネルにやって来た。
その後に、もと王族と荒れ地へ行った家族はどうなるのか?
離れて暮らすプリムローズとは、どんな関係になるのかー。
そんな彼女の成長過程を、ゆっくりお楽しみ下さい。
☆この小説だけでも、十分に理解できる様にしております。
全75話
全容を知りたい方は、先に書かれた小説をお読み下さると有り難いです。
前編は幼女編、全91話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる