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「……却下ですわ! この祝賀パーティーのキャビアの仕入れ値、相場より五パーセント高いではありませんか。ゼスト様、提携先の商会に圧力を……いえ、『価格の適正化の再協議』を要求してくださいませ!」
ガラガラ地方、独立記念および婚約発表パーティーを数日後に控えた執務室。
私は、山積みになった発注書の一枚をゼスト様の鼻先に突きつけた。
「カタール……。君の婚約披露宴なんだよ? 一生に一度の晴れ舞台くらい、多少の予算オーバーは『幸福への必要経費』として計上してもいいんじゃないかな」
ゼスト様は困ったように眉を下げながらも、私の手から書類を優しく奪い取った。
「幸福は数字で定義できませんが、赤字は確実に通帳に刻まれますわ。私は、自分の結婚式ですら黒字決済にするという目標を立てているのです。妥協は許しません!」
「お嬢様……。その意気込みは立派ですが、招待客に『このマカロンの原価はいくらだ』と説明して回るのだけはやめてくださいね。品位の暴落は、我が国のブランド価値を損ないますから」
壁際で、招待リストの最終チェックをしていたバルトが、感情を殺した声で付け加えた。
私はフンと鼻を鳴らし、再び計算尺を手に取った。
前世の記憶などという不確かなオカルトに頼らずとも、私はこの地頭の良さと実務能力だけで、不毛の地を一つの国家に匹敵する「経済特区」へと変貌させたのだ。
その成功の絶頂で迎える結婚。
私にとってそれは、人生最大の「共同事業(ジョイント・ベンチャー)」の始まりに他ならない。
「……さて。カタール。数字の話はひとまず置いといて、僕からの『最終的な契約条件』を確認してくれないか?」
ゼスト様が、真剣な眼差しで懐から一通の書状を取り出した。
それは、公的な婚約誓約書。……だが、その中身は一般的な婚姻のそれとは、あまりにかけ離れていた。
「……第1条:ゼスト・グランツは、カタール・ド・オシエルに対し、生涯にわたり『ガラガラ経済連合』の最高意思決定権を保障する……?」
私は書状の一節を読み上げ、目を丸くした。
「第2条:カタールは、その生涯において『好きなだけ、好きな場所で、好きなだけ働き、経営する権利』を享受するものとし、ゼストはそれを全力で支援、および資金提供を行う……」
私は震える手で、その後の条項を読み進めた。
そこには、私がこれまで夢見てきた「全大陸の市場を牛耳るための全リソース」が、婚姻という名のパッケージで私に贈られることが記されていた。
「ゼスト様……。これは、つまり……」
「君は、誰かの妻として家庭に収まるような女性(ひと)じゃない。君の真の輝きは、数字を操り、無から有を生み出すその瞬間にこそある」
ゼスト様が、私の手を取り、その指先にそっと唇を寄せた。
「僕が君に贈る『愛』は、君を縛る鎖じゃない。君がどこまでも高く飛ぶための、無限の滑走路だ。……一生、僕の隣で、思う存分この世界を経営してくれないか?」
「……一生、働き放題。……公務の残業も、誰にも文句を言われずに、むしろ支援されながら……」
私は、感極まって絶句した。
ダイヤモンドの指輪よりも、愛の詩よりも、これほどまでに私の心(と利益計算脳)を震わせるプロポーズがあるだろうか。
「……メリットしかございませんわ、ゼスト様! いいえ、代表公! この契約、一秒でも早く締結いたしましょう!」
「あはは、やっぱりそう来るか。……でも、最後の一条を忘れないで。第28条:一日のうち最低三時間は、僕と愛を語り合い、休息をとること。……これは厳守だよ?」
「……三時間。……ふむ。その間に明日の戦略会議を並行して行えば、実質的な損失はゼロに抑えられますわね」
「……バルト、聞こえたかい? 僕の未来の妻は、愛を語る時間すらマルチタスクで処理しようとしているよ」
「……ゼスト様、諦めてください。お嬢様はそういう生き物なのです」
バルトが深い溜息を吐く。
窓の外では、かつての元婚約者エリックとミルフイユが、パーティー会場の床を「一銭でも多く稼がないと食事が抜かれる!」と必死に磨いている姿が見えた。
それもまた、私の経営判断の結果である。
「さあ、始めましょう、ゼスト様! 世界で一番、収益性の高い、そして幸せな結婚披露宴を!」
私は最高の笑顔で、愛するパートナーの手を取り、まばゆい光が待つメインホールへと一歩を踏み出した。
ガラガラ地方、独立記念および婚約発表パーティーを数日後に控えた執務室。
私は、山積みになった発注書の一枚をゼスト様の鼻先に突きつけた。
「カタール……。君の婚約披露宴なんだよ? 一生に一度の晴れ舞台くらい、多少の予算オーバーは『幸福への必要経費』として計上してもいいんじゃないかな」
ゼスト様は困ったように眉を下げながらも、私の手から書類を優しく奪い取った。
「幸福は数字で定義できませんが、赤字は確実に通帳に刻まれますわ。私は、自分の結婚式ですら黒字決済にするという目標を立てているのです。妥協は許しません!」
「お嬢様……。その意気込みは立派ですが、招待客に『このマカロンの原価はいくらだ』と説明して回るのだけはやめてくださいね。品位の暴落は、我が国のブランド価値を損ないますから」
壁際で、招待リストの最終チェックをしていたバルトが、感情を殺した声で付け加えた。
私はフンと鼻を鳴らし、再び計算尺を手に取った。
前世の記憶などという不確かなオカルトに頼らずとも、私はこの地頭の良さと実務能力だけで、不毛の地を一つの国家に匹敵する「経済特区」へと変貌させたのだ。
その成功の絶頂で迎える結婚。
私にとってそれは、人生最大の「共同事業(ジョイント・ベンチャー)」の始まりに他ならない。
「……さて。カタール。数字の話はひとまず置いといて、僕からの『最終的な契約条件』を確認してくれないか?」
ゼスト様が、真剣な眼差しで懐から一通の書状を取り出した。
それは、公的な婚約誓約書。……だが、その中身は一般的な婚姻のそれとは、あまりにかけ離れていた。
「……第1条:ゼスト・グランツは、カタール・ド・オシエルに対し、生涯にわたり『ガラガラ経済連合』の最高意思決定権を保障する……?」
私は書状の一節を読み上げ、目を丸くした。
「第2条:カタールは、その生涯において『好きなだけ、好きな場所で、好きなだけ働き、経営する権利』を享受するものとし、ゼストはそれを全力で支援、および資金提供を行う……」
私は震える手で、その後の条項を読み進めた。
そこには、私がこれまで夢見てきた「全大陸の市場を牛耳るための全リソース」が、婚姻という名のパッケージで私に贈られることが記されていた。
「ゼスト様……。これは、つまり……」
「君は、誰かの妻として家庭に収まるような女性(ひと)じゃない。君の真の輝きは、数字を操り、無から有を生み出すその瞬間にこそある」
ゼスト様が、私の手を取り、その指先にそっと唇を寄せた。
「僕が君に贈る『愛』は、君を縛る鎖じゃない。君がどこまでも高く飛ぶための、無限の滑走路だ。……一生、僕の隣で、思う存分この世界を経営してくれないか?」
「……一生、働き放題。……公務の残業も、誰にも文句を言われずに、むしろ支援されながら……」
私は、感極まって絶句した。
ダイヤモンドの指輪よりも、愛の詩よりも、これほどまでに私の心(と利益計算脳)を震わせるプロポーズがあるだろうか。
「……メリットしかございませんわ、ゼスト様! いいえ、代表公! この契約、一秒でも早く締結いたしましょう!」
「あはは、やっぱりそう来るか。……でも、最後の一条を忘れないで。第28条:一日のうち最低三時間は、僕と愛を語り合い、休息をとること。……これは厳守だよ?」
「……三時間。……ふむ。その間に明日の戦略会議を並行して行えば、実質的な損失はゼロに抑えられますわね」
「……バルト、聞こえたかい? 僕の未来の妻は、愛を語る時間すらマルチタスクで処理しようとしているよ」
「……ゼスト様、諦めてください。お嬢様はそういう生き物なのです」
バルトが深い溜息を吐く。
窓の外では、かつての元婚約者エリックとミルフイユが、パーティー会場の床を「一銭でも多く稼がないと食事が抜かれる!」と必死に磨いている姿が見えた。
それもまた、私の経営判断の結果である。
「さあ、始めましょう、ゼスト様! 世界で一番、収益性の高い、そして幸せな結婚披露宴を!」
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