婚約破棄。つきましては、こちらに残業代と慰謝料の請求書を

ちゅんりー

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王都の路地裏にある質屋『強欲の壺』。

薄暗い店内で、カイルとミナはカウンターに戦利品(盗品)を並べていた。

「おい親父! これを金に換えろ! 今すぐだ!」

カイルがダイヤモンドの飾りをドンと置く。

店主のゴブリンのような男が、片眼鏡(モノクル)でそれを覗き込んだ。

「ヒヒッ……こりゃまた上玉ですな。しかし旦那、こんなご時世ですからねぇ。ダイヤの相場も暴落してまして」

「暴落? そんな話は聞いてないぞ」

「へぇ、市場は生き物ですから。……金貨十枚ってとこですかね」

「じゅ、十枚!? 安すぎるだろう! これは王家……いや、由緒正しい品なんだぞ!」

「嫌なら他を当たってください。まあ、こんな『出所不明の品』を買い取る店なんて、ウチくらいでしょうがねぇ」

店主が足元を見るようにニヤつく。

カイルは唇を噛んだ。

「くそっ……! 分かった、十枚でいい!」

「カイル様ぁ、それじゃあミナの新しい靴が買えませんよぉ」

「我慢しろミナ! とりあえず当面の資金が必要なんだ!」

カイルが震える手で金貨を受け取ろうとした、その時。

カランカラン♪

ドアベルが軽快に鳴り響いた。

「――異議あり」

凛とした声が、薄暗い店内に響き渡る。

「そのダイヤモンドの品質グレードはVVS1、カラーはD、カットはエクセレント。市場流通価格は最低でも金貨三百枚です。十枚での買取は、暴利取締法違反および詐欺罪に該当する可能性がありますよ?」

「な、なんだお前は!?」

店主がギョッとして入り口を見る。

そこに立っていたのは、男装(作業着)に身を包み、片手に分厚い六法全書、もう片手に電卓を持ったアムリーだった。

そしてその背後には、無数の憲兵と、殺気を放つギルバートの姿。

「ア、アムリー!?」

「げっ、お姉様!」

カイルとミナが悲鳴を上げる。

アムリーは二人を完全に無視し、カウンターの店主に向かってスタスタと歩み寄った。

「店主さん。貴方の帳簿、拝見してもよろしいですか?」

「な、何を勝手な……! ここは会員制だ! 帰れ!」

「『古物営業法第十四条、警察官等の立ち入り』。……閣下、お願いします」

アムリーが指を鳴らすと、ギルバートが剣の柄に手をかけた。

「宰相権限による強制捜査だ。……開けろ」

ドスッ。

剣の鞘がカウンターに突き立てられる。

店主は「ひぃっ!」と悲鳴を上げて腰を抜かした。

アムリーは悠々とカウンターの中に入り込み、帳簿をパラパラとめくり始めた。

「ふむ……。やはりずさんですね。買取履歴の記載漏れ、日付の改ざん、そして脱税の痕跡……」

「や、やめてくれ! それを見られたらおしまいだ!」

「おしまいにしたくなければ、取引をしましょう」

アムリーはニッコリと微笑んだ。

それは聖母の微笑みではなく、借金取りの微笑みだった。

「条件1。これまでにこの二人(カイルとミナ)から買い取った品物を、全て無償で返還すること」

「む、無償!? ふざけるな! 俺だって金を払って……」

「条件2。貴方がこれまでに脱税した金額、推計金貨一万枚を国庫に納付すること。さもなくば、この帳簿を国税局に提出し、貴方は向こう二十年は鉄格子の向こう側です」

「い、一万枚……!」

「どちらがいいですか? 即決してください。3、2、1……」

「返します! 全部返しますぅぅぅ!」

店主は泣きながら、店の奥から袋を運んできた。

中には、先日カイルたちが持ち込んだ王家の宝物がごっそりと入っている。

アムリーは袋の中身を素早く検品した。

「懐中時計、よし。宝剣、よし。……あれ? 一点足りませんね。『聖女のティアラ』がありません」

「そ、それは……もう売っちまいました……」

「売却先は?」

「隣国の商人に……」

アムリーの眉がピクリと動く。

「国外流出……。一番面倒なパターンですね。……閣下、至急、国境警備隊に連絡を。関所で差し止めます」

「了解した。すぐに手配する」

ギルバートが部下に指示を飛ばす。

見事な連携プレーに、カイルとミナはただ呆然と立ち尽くしていた。

「あ、あの……俺たちは……」

カイルがおずおずと声をかける。

ギルバートがゆっくりと振り返った。

その瞳は、絶対零度。

「……カイル殿下。ならびにミナ男爵令嬢」

「は、はい!」

「現行犯だ。王家の財産を勝手に持ち出し、不当な安値で売却しようとした罪。言い逃れができると思っているのか?」

「ち、違うんだ! これはその、一時的に預けようとしただけで……!」

「『金に換えろ』という発言を、憲兵全員が聞いていたが?」

「うっ……」

「それに」

アムリーが冷ややかに付け加える。

「殿下。貴方が売ろうとしたそのダイヤの飾り、初代王妃様が愛した『愛の証』なんですよ? それをミナ様の靴代にするとは……ご先祖様が草葉の陰で泣いています」

「そ、そんな大事なものとは……!」

「無知は罪です。……連れて行け」

ギルバートが手を振ると、憲兵たちがカイルとミナを取り囲んだ。

「嫌だ! 離せ! 俺は王太子だぞ!」

「ミナは聖女ですぅ! こんなことしてバチが当たりますよぉ!」

二人は暴れるが、屈強な憲兵には敵わない。

そのままズルズルと店の外へ引きずられていく。

「アムリー! 助けてくれ! 俺が悪かった! 復縁してくれ!」

カイルの往生際の悪い叫びが聞こえる。

アムリーは冷ややかに見送った。

「お断りします。私は不良債権を抱え込む趣味はありませんので」

          ◇

一時間後。

アムリーとギルバートは、回収した宝物の山と共に、王城への帰路についていた。

馬車の中で、アムリーは電卓を叩いている。

「……被害総額の九五%は回収できました。残り五%(ティアラ)も、関所での確保が間に合えば……」

「よくやった、アムリー」

ギルバートが満足げに頷く。

「君の交渉術……いや、脅迫術は見事だった。あの店主、二度と悪さはできないだろう」

「当然です。市場の健全性を守るのも宰相の務め……の補佐の務めですから」

「ふっ。頼もしい限りだ」

ギルバートは窓の外を見た。

「カイル殿下たちは、当面の間、離宮にて謹慎処分となるだろう。廃嫡は時間の問題だ」

「ですね。……でも閣下、一つ懸念があります」

アムリーは手を止めた。

「懸念?」

「ミナ様です。彼女、ただの愚かな令嬢にしては、行動が不自然すぎます」

「どういうことだ?」

「王家の宝物庫の鍵が開いていた件。そして、どれが高価な品かを的確に見抜く選球眼。……漢字も読めない彼女に、それが可能でしょうか?」

アムリーの脳内データベースが、警告を発していた。

ミナの背後に、誰か『入れ知恵』をしている黒幕がいるのではないか?

「……確かに。単独犯にしては手際が良すぎる」

「ええ。それに、あの質屋の店主が言っていた『隣国の商人』。……タイミングが良すぎます。まるで、横流しされるのを待っていたかのような」

アムリーの推理に、ギルバートの表情が引き締まる。

「まさか……国際的な窃盗団、あるいは他国の工作員が絡んでいると?」

「可能性は否定できません。単なるバカ騒ぎの裏で、何かが動いています」

アムリーは眼鏡の位置を直した。

「徹底的に洗い出しましょう。私の計算式に『不明な変数(X)』が混じるのは許せませんので」

「ああ。とことん付き合おう」

ギルバートがアムリーの手を取る。

「君となら、どんな陰謀も暴けそうだ」

「ふふ、残業代は弾んでくださいね?」

二人が微笑み合ったその時。

ドォォォォン!!!

突然、馬車が大きく揺れた。

爆発音。

そして、悲鳴。

「なっ……!?」

「敵襲!?」

馬車の外で、護衛騎士たちの怒号が飛び交う。

アムリーとギルバートの平穏な「退勤」は、唐突に終わりを告げた。

カイルとミナは捕まった。

だが、アムリーの予感通り、物語はまだ終わっていなかったのだ。

「……どうやら、追加料金が発生する事態のようですね」

アムリーは冷静に、スカートの隠しポケットから護身用の万年筆(投擲用)を取り出した。
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