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翌朝、宰相執務室。
アムリーはデスクの上で、古びた鍵(管理番号099)を虫眼鏡で観察していた。
「……何の変哲もない鉄の鍵ですね」
「ああ。だが、襲撃者たちはこれを狙っていた可能性が高い」
ギルバートがコーヒーを飲みながら頷く。
「昨夜、王家の古文書を調べてみた。この鍵は『封印の間の鍵』と呼ばれているらしい」
「封印の間? ファンタジーな響きですね。中身は何ですか? 古代兵器? それとも莫大な財宝?」
アムリーの目が「財宝」という単語で一瞬輝いた。
「残念ながら、記録は途絶えている。だが、初代国王が『決して開けてはならぬ』と遺言を残した場所だそうだ」
「開けてはならぬ場所の鍵を、なぜセキュリティレベルの低い宝物庫に放置していたのですか。リスク管理がなっていません」
アムリーは呆れて鍵を放り投げ、空中でキャッチした。
「まあとにかく、これが敵の狙いなら、厳重に保管する必要がありますね。貸金庫の費用を経費で落としても?」
「構わない。……だが、嫌な予感がするな」
ギルバートが窓の外を見る。
その予感は、わずか数分後に的中した。
バンッ!
執務室の扉が勢いよく開かれ、顔面蒼白の衛兵が飛び込んできたのである。
「ほ、報告します! 大変です!」
「騒々しい。ノックは三回と教えたはずだが?」
アムリーが冷静に注意する。
しかし、衛兵はそれどころではない様子で叫んだ。
「地下牢の囚人が……カイル殿下とミナ嬢が、消えました!」
時が止まった。
アムリーの手から、ペンがころりと落ちる。
「……消えた? 神隠しですか?」
「い、いえ! 牢の鍵が開けられ、看守たちが全員眠らされていたのです! 外部からの侵入者の手引きと思われます!」
「……はぁ」
アムリーは今日一番の、深いため息をついた。
それは恐怖や焦りではない。
徒労感だ。
「面倒くさい……。非常に面倒くさいです」
アムリーはこめかみを揉んだ。
「あの二人を捕まえるのに費やした私の労力と時間。そして彼らが支払うべき賠償金。……脱獄されたら、回収不能(デフォルト)になるではありませんか」
「そこか」
ギルバートは苦笑しつつ、鋭い眼光を衛兵に向けた。
「侵入経路は?」
「はっ! 下水道からの侵入と思われます! 鉄格子が魔法で切断されていました!」
「魔法か。……昨夜の『黒鷲』の残党か、あるいは別の協力者か」
ギルバートは立ち上がり、剣帯を締めた。
「アムリー、緊急事態だ。国中に指名手配を敷く。君は被害額の再計算と、彼らの逃走ルートの予測を頼む」
「了解しました。……逃げ得は許しません。地の果てまで追いかけて、耳を揃えて払わせます」
アムリーは眼鏡を光らせ、壁に掛けてある王都の地図を睨みつけた。
「カイル殿下の行動パターンは単純です。『楽な方』『豪華な方』へ流れる。所持金ゼロの彼らが逃亡生活を続けるには、資金源が必要です」
「つまり、また何かを盗むか、支援者を頼るか」
「支援者……。あのミナ様に、そんなコネがあるとは思えません。となると、やはり『黒幕』の存在ですね」
アムリーは地図上の一点を指差した。
「もし私が黒幕なら、脱獄させた二人を即座に国外へ逃がします。王都から最も近い国境へ抜けるルート……『北の街道』です」
「なるほど。だが、そこには関所がある」
「関所を突破するのではなく、裏道を使うでしょう。……かつて殿下が『お忍び』で遊びに行く時に使っていた、抜け道を」
「そんなものがあったのか?」
「はい。私が埋めさせましたが、掘り返されている可能性があります」
アムリーの情報収集能力は、王家の暗部すら網羅している。
「よし。騎士団を北へ向かわせよう」
「お待ちください、閣下」
アムリーが制止した。
「ただ捕まえるだけでは面白くありません……いえ、非効率です。彼らは『泳がせる』ことで、黒幕の正体に辿り着くための餌になります」
「……囮(おとり)にする気か?」
「はい。GPS……いえ、追跡魔法をかけた発信機を、彼らに持たせることができれば」
「持たせる? どうやって? 彼らはもう逃げているぞ」
アムリーはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「カイル殿下とミナ様の性格を利用するのです。彼らは今、無一文でお腹を空かせているはず。そこへ『魅力的な罠』があれば、必ず食いつきます」
◇
王都の郊外。
薄汚れた路地裏を、ボロ布を被った二つの影が歩いていた。
「お腹空いたぁ……。もう歩けませんぅ……」
「頑張れミナ。国境まで行けば、あのフードの男が美味い飯を用意してくれると言っていた」
カイルとミナである。
二人は看守の目を盗んで(というか眠らされて)脱出したものの、案内人は「先に行っている」と言い残して消えてしまったのだ。
「でもぉ、ここ臭いですぅ。泥水しかないですぅ」
「くそっ、なんで俺がこんな目に……! 全部アムリーのせいだ!」
カイルが石ころを蹴り飛ばした。
その時。
風に乗って、甘い香りが漂ってきた。
「くんくん……。あ! カイル様! いい匂いがします!」
「こ、これは……焼きたてのパンの匂い!?」
二人は顔を見合わせ、匂いの元へとフラフラ引き寄せられた。
そこには、一軒の小さな小屋があった。
入り口には、『ご自由にお取りください』と書かれた看板と、山積みの高級パン、そして煌びやかな宝石(イミテーション)が置かれている。
「な、なんだこれは!? 天の恵みか!?」
「すごいですぅ! パンだけじゃなくて、宝石までありますぅ!」
普通なら怪しすぎて警戒する場面だ。
しかし、彼らは空腹と強欲のあまり、理性が蒸発していた。
「いただきだ!」
「わぁい!」
二人はパンにかぶりつき、宝石をポケットに詰め込んだ。
ガツガツ、ムシャムシャ。
「うめぇ! 生き返る!」
「この宝石、売ればドレスが買えますよぉ!」
夢中で貪る二人。
その様子を、遠く離れた丘の上から、望遠鏡で見下ろす影があった。
「……予想通り(案の定)ですね。IQが低下しているのでしょうか」
アムリーである。
彼女の隣で、ギルバートが呆れた顔をしている。
「あれほど分かりやすい罠に、警戒心ゼロで飛び込むとは……」
「あの宝石(イミテーション)の中には、発信機代わりの魔石が埋め込んであります。これで彼らの位置情報は筒抜けです」
アムリーは手元の受信機(魔道具)を確認した。
画面上の光点が、点滅を開始する。
「ペアリング完了。……さあ、案内してもらいましょうか。貴方たちの『飼い主』の元へ」
「性格が悪いな、アムリー」
「お褒めの言葉と受け取ります。……これは投資です。パン代とイミテーション代、きっちり経費計上させていただきますので」
◇
お腹を満たしたカイルたちは、再び歩き出した。
「ふぅ、食った食った。元気が出たぞ!」
「やっぱりミナは運がいいんですぅ! 神様に愛されてますぅ!」
二人は意気揚々と北を目指す。
自分たちが『歩く発信機』になっているとも知らずに。
そして、その背後には、アムリーとギルバート率いる精鋭部隊が、一定の距離を保ちながら静かに追跡を開始していた。
「ターゲット、移動開始」
「追跡班、距離を維持せよ。……決して気づかれるな」
狩りの時間が始まった。
アムリーにとって、これは単なる『債権回収業務』の一環に過ぎない。
「逃げられると思わないでくださいね。延滞金はトイチ(十日で一割)で計算しますから」
冷たい風の中、アムリーのつぶやきが溶けていった。
アムリーはデスクの上で、古びた鍵(管理番号099)を虫眼鏡で観察していた。
「……何の変哲もない鉄の鍵ですね」
「ああ。だが、襲撃者たちはこれを狙っていた可能性が高い」
ギルバートがコーヒーを飲みながら頷く。
「昨夜、王家の古文書を調べてみた。この鍵は『封印の間の鍵』と呼ばれているらしい」
「封印の間? ファンタジーな響きですね。中身は何ですか? 古代兵器? それとも莫大な財宝?」
アムリーの目が「財宝」という単語で一瞬輝いた。
「残念ながら、記録は途絶えている。だが、初代国王が『決して開けてはならぬ』と遺言を残した場所だそうだ」
「開けてはならぬ場所の鍵を、なぜセキュリティレベルの低い宝物庫に放置していたのですか。リスク管理がなっていません」
アムリーは呆れて鍵を放り投げ、空中でキャッチした。
「まあとにかく、これが敵の狙いなら、厳重に保管する必要がありますね。貸金庫の費用を経費で落としても?」
「構わない。……だが、嫌な予感がするな」
ギルバートが窓の外を見る。
その予感は、わずか数分後に的中した。
バンッ!
執務室の扉が勢いよく開かれ、顔面蒼白の衛兵が飛び込んできたのである。
「ほ、報告します! 大変です!」
「騒々しい。ノックは三回と教えたはずだが?」
アムリーが冷静に注意する。
しかし、衛兵はそれどころではない様子で叫んだ。
「地下牢の囚人が……カイル殿下とミナ嬢が、消えました!」
時が止まった。
アムリーの手から、ペンがころりと落ちる。
「……消えた? 神隠しですか?」
「い、いえ! 牢の鍵が開けられ、看守たちが全員眠らされていたのです! 外部からの侵入者の手引きと思われます!」
「……はぁ」
アムリーは今日一番の、深いため息をついた。
それは恐怖や焦りではない。
徒労感だ。
「面倒くさい……。非常に面倒くさいです」
アムリーはこめかみを揉んだ。
「あの二人を捕まえるのに費やした私の労力と時間。そして彼らが支払うべき賠償金。……脱獄されたら、回収不能(デフォルト)になるではありませんか」
「そこか」
ギルバートは苦笑しつつ、鋭い眼光を衛兵に向けた。
「侵入経路は?」
「はっ! 下水道からの侵入と思われます! 鉄格子が魔法で切断されていました!」
「魔法か。……昨夜の『黒鷲』の残党か、あるいは別の協力者か」
ギルバートは立ち上がり、剣帯を締めた。
「アムリー、緊急事態だ。国中に指名手配を敷く。君は被害額の再計算と、彼らの逃走ルートの予測を頼む」
「了解しました。……逃げ得は許しません。地の果てまで追いかけて、耳を揃えて払わせます」
アムリーは眼鏡を光らせ、壁に掛けてある王都の地図を睨みつけた。
「カイル殿下の行動パターンは単純です。『楽な方』『豪華な方』へ流れる。所持金ゼロの彼らが逃亡生活を続けるには、資金源が必要です」
「つまり、また何かを盗むか、支援者を頼るか」
「支援者……。あのミナ様に、そんなコネがあるとは思えません。となると、やはり『黒幕』の存在ですね」
アムリーは地図上の一点を指差した。
「もし私が黒幕なら、脱獄させた二人を即座に国外へ逃がします。王都から最も近い国境へ抜けるルート……『北の街道』です」
「なるほど。だが、そこには関所がある」
「関所を突破するのではなく、裏道を使うでしょう。……かつて殿下が『お忍び』で遊びに行く時に使っていた、抜け道を」
「そんなものがあったのか?」
「はい。私が埋めさせましたが、掘り返されている可能性があります」
アムリーの情報収集能力は、王家の暗部すら網羅している。
「よし。騎士団を北へ向かわせよう」
「お待ちください、閣下」
アムリーが制止した。
「ただ捕まえるだけでは面白くありません……いえ、非効率です。彼らは『泳がせる』ことで、黒幕の正体に辿り着くための餌になります」
「……囮(おとり)にする気か?」
「はい。GPS……いえ、追跡魔法をかけた発信機を、彼らに持たせることができれば」
「持たせる? どうやって? 彼らはもう逃げているぞ」
アムリーはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「カイル殿下とミナ様の性格を利用するのです。彼らは今、無一文でお腹を空かせているはず。そこへ『魅力的な罠』があれば、必ず食いつきます」
◇
王都の郊外。
薄汚れた路地裏を、ボロ布を被った二つの影が歩いていた。
「お腹空いたぁ……。もう歩けませんぅ……」
「頑張れミナ。国境まで行けば、あのフードの男が美味い飯を用意してくれると言っていた」
カイルとミナである。
二人は看守の目を盗んで(というか眠らされて)脱出したものの、案内人は「先に行っている」と言い残して消えてしまったのだ。
「でもぉ、ここ臭いですぅ。泥水しかないですぅ」
「くそっ、なんで俺がこんな目に……! 全部アムリーのせいだ!」
カイルが石ころを蹴り飛ばした。
その時。
風に乗って、甘い香りが漂ってきた。
「くんくん……。あ! カイル様! いい匂いがします!」
「こ、これは……焼きたてのパンの匂い!?」
二人は顔を見合わせ、匂いの元へとフラフラ引き寄せられた。
そこには、一軒の小さな小屋があった。
入り口には、『ご自由にお取りください』と書かれた看板と、山積みの高級パン、そして煌びやかな宝石(イミテーション)が置かれている。
「な、なんだこれは!? 天の恵みか!?」
「すごいですぅ! パンだけじゃなくて、宝石までありますぅ!」
普通なら怪しすぎて警戒する場面だ。
しかし、彼らは空腹と強欲のあまり、理性が蒸発していた。
「いただきだ!」
「わぁい!」
二人はパンにかぶりつき、宝石をポケットに詰め込んだ。
ガツガツ、ムシャムシャ。
「うめぇ! 生き返る!」
「この宝石、売ればドレスが買えますよぉ!」
夢中で貪る二人。
その様子を、遠く離れた丘の上から、望遠鏡で見下ろす影があった。
「……予想通り(案の定)ですね。IQが低下しているのでしょうか」
アムリーである。
彼女の隣で、ギルバートが呆れた顔をしている。
「あれほど分かりやすい罠に、警戒心ゼロで飛び込むとは……」
「あの宝石(イミテーション)の中には、発信機代わりの魔石が埋め込んであります。これで彼らの位置情報は筒抜けです」
アムリーは手元の受信機(魔道具)を確認した。
画面上の光点が、点滅を開始する。
「ペアリング完了。……さあ、案内してもらいましょうか。貴方たちの『飼い主』の元へ」
「性格が悪いな、アムリー」
「お褒めの言葉と受け取ります。……これは投資です。パン代とイミテーション代、きっちり経費計上させていただきますので」
◇
お腹を満たしたカイルたちは、再び歩き出した。
「ふぅ、食った食った。元気が出たぞ!」
「やっぱりミナは運がいいんですぅ! 神様に愛されてますぅ!」
二人は意気揚々と北を目指す。
自分たちが『歩く発信機』になっているとも知らずに。
そして、その背後には、アムリーとギルバート率いる精鋭部隊が、一定の距離を保ちながら静かに追跡を開始していた。
「ターゲット、移動開始」
「追跡班、距離を維持せよ。……決して気づかれるな」
狩りの時間が始まった。
アムリーにとって、これは単なる『債権回収業務』の一環に過ぎない。
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