婚約破棄。つきましては、こちらに残業代と慰謝料の請求書を

ちゅんりー

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北の街道を外れた、鬱蒼とした森の中。

朽ち果てた古い教会跡地が、闇の中に浮かび上がっていた。

「……ここが、アジトですか」

木陰に身を潜めたアムリーが、眼鏡の位置を直しながら呟く。

「随分と古びた物件ですね。耐震基準を満たしているか怪しいものです」

「アムリー、今は建物の査定をしている場合じゃない」

隣でギルバートが苦笑する。

二人の視線の先には、ボロボロになりながらたどり着いたカイルとミナの姿があった。

「はぁ、はぁ……ついたぞ、ミナ」

「こ、ここですかぁ? お化けが出そうですぅ……」

二人が教会の扉をギイと開けると、中から数人の人影が現れた。

中心にいるのは、牢獄に現れたあのフードの男だ。

「よく来ましたね、殿下」

「おお! 約束通り来たぞ! さあ、美味い飯とフカフカのベッドを用意してくれ!」

カイルが駆け寄ろうとする。

しかし、フードの男は冷徹に手をかざし、それを制した。

「その前に、確認させていただきたい。……『ブツ』は?」

「ブツ?」

「王家の宝物庫から持ち出した『鍵』ですよ。あれがないと、計画が進まない」

男の声が低くなる。

カイルとミナは顔を見合わせた。

「鍵? ああ、あの薄汚い鉄屑のことか?」

「鉄屑とはなんだ! あれこそが封印を解くための……!」

「そんなもの、アムリーに奪われちまったよ!」

カイルは悪びれもせずに言い放った。

「質屋で全部没収されたんだ! 俺たちの手元にあるのは、さっき拾ったこのパンと偽物の宝石だけだ!」

「……は?」

フードの男が凍りついた。

「奪われた? あの女にか?」

「そうだ! あいつは悪魔だ! 俺の小遣いも、ミナのドレスも、全部奪っていきやがった!」

「なんてことだ……。役立たずめ……!」

男の肩が震えている。

「鍵がなければ、貴様らに用はない。……始末しろ」

男が指を鳴らすと、周囲に潜んでいた傭兵たちが剣を抜いた。

「ひぃっ!?」

「きゃあああ! 話が違いますぅ!」

カイルとミナが抱き合って震える。

「馬鹿め。鍵を持っていない王族など、ただの金食い虫だ。ここで死んでもらおう」

傭兵たちがジリジリと距離を詰める。

絶体絶命。

カイルが情けなく叫んだ。

「だ、誰か! 助けてくれ! アムリー! ギルバート!」

その悲鳴が、廃教会に響き渡った瞬間。

「――お呼びでしょうか?」

頭上から、凛とした声が降ってきた。

ガシャーン!!!

教会のステンドグラス(すでに割れていたが)を突き破り、二つの影が着地した。

土煙の中から現れたのは、仁王立ちするアムリーと、剣を構えたギルバート。

「へ!?」

「アムリー!?」

カイルとミナが目を丸くする。

アムリーはパンパンと服の埃を払い、冷ややかな視線をフードの男に向けた。

「こんばんは。ベルンシュタイン商会……いえ、宰相補佐のアムリーです」

彼女は懐から一枚の請求書を取り出した。

「カイル殿下およびミナ様のご利用代金(パン・宝石代および追跡経費)の回収に参りました。……そちらの『飼い主』様にお支払いいただけるのでしょうか?」

「き、貴様は……! あの時の!」

フードの男が後ずさる。

ギルバートが一歩前に出た。

「私の婚約者が計算したところ、君たちがこの国に与えた損害は計り知れないそうだ。……そのフードの下の顔、拝ませてもらおうか」

「チッ……! バレたか! やれ! 殺せ!」

フードの男が叫ぶ。

傭兵たちが一斉に襲いかかる。

「数は二十……。多いな」

ギルバートが剣を振るう。

「アムリー、下がっていろ!」

「いいえ、私も戦います。残業時間を短縮するために!」

アムリーはスカートを翻し、隠し持っていた『お手玉(中身は鉛)』を豪速球で投げつけた。

ドスッ!

「ぐべっ!」

「命中。眉間です」

アムリーの投擲スキルは、王妃教育のストレス発散(的当て)で鍛え上げられた賜物だ。

ギルバートが剣で道を切り開き、アムリーが遠距離から支援射撃を行う。

最強のコンビネーションに、傭兵たちは次々と倒れていく。

「つ、強い……!」

「化け物か、あのカップルは!」

戦況は圧倒的だった。

追い詰められたフードの男は、舌打ちをしてカイルの方を見た。

「ええい、鍵がないなら、こいつを人質にするしかない!」

男はカイルの襟首を掴み、ナイフを突きつけた。

「動くな! このバカ王子の命が惜しくなければ武器を捨てろ!」

「ひぃぃぃ! 助けてくれぇ!」

動きが止まる。

ギルバートが剣を下ろした。

「……卑怯な真似を」

「ハハハ! 勝てばいいんだよ! さあ、その女が持っている鍵を渡せ! さもなくば王太子の喉を掻っ切るぞ!」

緊張が走る。

カイルの命か、国宝の鍵か。

究極の選択。

しかし、アムリーは動じなかった。

彼女はゆっくりと電卓を取り出し、何やら計算を始めたのだ。

「……あの、何をしておられるので?」

フードの男が困惑して尋ねる。

「損益分岐点の計算です」

アムリーは真顔で答えた。

「カイル殿下の『将来的価値(王族としての働き)』と、鍵の『資産価値(国宝)』および『リスク(封印解放による被害)』を天秤にかけております」

「て、天秤だと!?」

「計算終了」

アムリーはパタンと電卓を閉じた。

そして、ニッコリと笑った。

「どうぞ、やってください」

「は?」

全員が固まった。

カイルが一番驚いた顔をしている。

「ア、アムリー!? 俺を見捨てるのか!?」

「殿下、貴方は赤字(不良債権)です。これ以上の投資は無駄と判断しました。どうぞ、そちらの方と心中なさってください」

アムリーの言葉は、氷の刃よりも鋭くカイルの心を抉った。

「そ、そんな……」

フードの男も動揺している。

「お、おい! 本気か!? 王太子だぞ!?」

「代わりはいます。ギルバート様も王族の血を引いていますから、彼が王になればいいだけの話です。むしろその方が、国のGDPは三倍になります」

「合理的すぎる……!」

男が怯んだ、その一瞬の隙。

「今だ!」

ギルバートが疾走した。

人質の価値がないと言われ、動揺してナイフが離れた瞬間を見逃さなかったのだ。

銀閃。

フードの男の手からナイフが弾き飛ばされる。

「ぐわっ!」

ギルバートは男を組み伏せ、そのフードを剥ぎ取った。

露わになったその素顔。

それは、浅黒い肌に特徴的な入れ墨を持つ、異国の男だった。

「……やはり、隣国の工作員か」

ギルバートが冷たく見下ろす。

「カイル殿下を利用して、この国を内部から崩壊させるつもりだったな?」

「クックック……。バレてしまっては仕方がない」

男は不敵に笑った。

「だが、遅いぞ。我々の『真の目的』は、すでに達成されつつある……」

「何?」

ズズズズズ……。

突然、教会の床が揺れ始めた。

祭壇の奥から、不気味な光が漏れ出している。

「鍵がなくとも、王族の血(カイル)が近くにあれば、封印は共鳴して緩むのだよ!」

「なっ……!?」

アムリーがカイルを見る。

カイルは腰を抜かして座り込んでいるが、その体からは微かに光が立ち上っていた。

「殿下がWi-Fiルーター代わりになったのですか!?」

アムリーが叫ぶ。

「封印の間が開くぞ! 古代の魔獣が目覚める!」

工作員が高笑いする中、教会の床が割れ、地下への入り口が口を開けた。

そこから溢れ出る瘴気。

どうやら、ただの横領事件では済まなくなってきたようだ。

「……閣下」

アムリーがギルバートを見る。

「残業確定ですね」

「ああ。手当は弾むよ」

二人は頷き合い、未知なる地下ダンジョン(違法建築物)へと視線を向けた。

カイルとミナは、すでに恐怖で気絶していた。
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