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カイルとミナが地下ダンジョンへ「永久就職」してから数週間。
王都には平和が戻っていたが、宰相執務室には新たな戦場が出現していた。
「――却下です」
アムリーが赤いペンで書類にバツをつける。
「えっ? 却下? このケーキ入刀の演出も?」
向かいに座るギルバートが、目を白黒させている。
机の上に広げられているのは、二人の『結婚披露宴進行表(ドラフト版)』だ。
「当たり前です、閣下。高さ五メートルのウェディングケーキ? 倒壊リスクがありますし、何より上の方は脚立がないと切れません。労働安全衛生法上、新婦に高所作業をさせる気ですか?」
「いや、そこは私が君を抱き上げて……」
「さらに、この『愛の誓いのキス・三分間』という項目。長すぎます。酸欠になります。五秒に短縮してください」
「五秒……! 挨拶程度じゃないか……」
ギルバートががっくりと肩を落とす。
国を救った英雄である宰相閣下も、結婚式の準備においては、ただの「夢見がちな花婿」でしかなかった。
対してアムリーは、敏腕プロジェクトマネージャーの顔をしている。
「いいですか、閣下。結婚式とは、親族および関係者への『お披露目』であり、今後の外交・派閥調整のための『政治的式典』です。ロマンチックな演出よりも、スケジュールの遵守と予算管理が最優先事項です」
アムリーは電卓を叩きながら力説する。
「お色直しも三回は多すぎます。着替え時間のロスだけで四五分。その間、ゲストを放置することになります。一回に削減し、その分、各テーブルへの挨拶回りに充てるべきです」
「……君は、私との結婚式が楽しみじゃないのか?」
ギルバートが少し拗ねたように唇を尖らせた。
その表情は、冷徹公爵とは思えないほど幼く、そして破壊的に美形だった。
周囲の文官たちが「尊い……」と拝む中、アムリーのペンがピタリと止まる。
(……っ! 出たわね、顔面攻撃)
アムリーは眼鏡の位置を直して動揺を隠した。
この男、最近自分の顔が良いことを自覚して、交渉(おねだり)に使ってくるようになったのだ。
「た、楽しみではないとは言っていません。ただ、非効率なのが嫌なだけです」
「じゃあ、この『新郎新婦によるキャンドルサービス』はどうだ? 君の美しいドレス姿を、皆に近くで見てもらえる」
「火気取り扱いには注意が必要ですが……まあ、ゲスト満足度の向上には繋がるでしょう。採用します」
「やった!」
ギルバートが無邪気に喜ぶ。
アムリーは小さくため息をついたが、その口元は緩んでいた。
(まあ、予算内で収まるなら、多少のワガママは聞いてあげてもいいわね。……一応、スポンサー(旦那様)だし)
◇
そんな平和な攻防が繰り広げられていた時。
「失礼します」
秘書官が、恭しく一通の封書を持ってきた。
「閣下、ベルンシュタイン嬢。隣国『ガルニア帝国』より、親書が届いております」
「ガルニア?」
ギルバートの表情が一瞬にして公爵のものに戻る。
ガルニア帝国。
先日捕縛した工作員を送り込んできた、軍事大国である。
「……何の用だ? 工作員の引き渡し交渉か?」
ギルバートがペーパーナイフで封を切る。
中に入っていたのは、豪華な金箔押しの招待状だった。
「……『この度の我が国国民による不始末、誠に遺憾である。つきましては、謝罪と友好の証として、両国合同の親善パーティーを開催したい。宰相閣下と、その賢明なる婚約者を招待する』……だと」
「謝罪パーティーですか」
アムリーが招待状を覗き込む。
「白々しいですね。工作員を蜥蜴(トカゲ)の尻尾切りにして、『国は関与していない、あれは個人の暴走だ』と主張する気満々です」
「ああ。その上で、我々を自国に呼びつけ、懐柔するか、あるいは……」
「始末するか」
ギルバートとアムリーの声が重なる。
敵地への招待状。
普通なら「危険すぎる」と即座に破り捨てるところだ。
だが。
アムリーの目は違った。
キラリ。
眼鏡の奥で、瞳が肉食獣のように輝いたのである。
「……閣下。これはチャンスです」
「チャンス?」
「はい。向こうから『謝罪したい』と言ってきたのです。つまり、『賠償金を払う意思がある』と解釈できます」
アムリーは立ち上がり、空中(妄想)に計算式を描き始めた。
「今回の事件による被害総額、機竜のメンテナンス費用、馬車の修理代、そして私のモンブラン代……。これらを隣国に請求する絶好の機会!」
「……君は、敵地に乗り込んで金をむしり取る気か?」
「当然です。国内(カイル殿下)からはもう搾り取れませんから、新規開拓が必要です」
アムリーは拳を握りしめた。
「行きましょう、ガルニア帝国へ! 向こうが用意した豪華なパーティー料理を食べ尽くし、手土産に賠償金を持ち帰るのです! これぞ『外交(カツアゲ)』です!」
「……ははは!」
ギルバートが爆笑した。
「最高だ、アムリー。君なら皇帝相手でも一歩も引かないだろうな」
「引きませんとも。一歩下がるごとに金貨百枚頂きます」
「よし、決まりだ」
ギルバートは立ち上がり、アムリーの腰を引き寄せた。
「結婚式前の『ハネムーン(前哨戦)』といこうか。……私の妻を狙った落とし前、帝国にもきっちりつけてもらう」
「はい! 出張旅費規程の確認をしておきますね!」
こうして。
アムリーとギルバートは、新たな戦場――隣国ガルニア帝国へと向かうことになった。
待ち受けているのは、狡猾な皇帝か、それとも新たなライバルか。
アムリーの電卓が、国境を超えて火を吹く時が来た。
王都には平和が戻っていたが、宰相執務室には新たな戦場が出現していた。
「――却下です」
アムリーが赤いペンで書類にバツをつける。
「えっ? 却下? このケーキ入刀の演出も?」
向かいに座るギルバートが、目を白黒させている。
机の上に広げられているのは、二人の『結婚披露宴進行表(ドラフト版)』だ。
「当たり前です、閣下。高さ五メートルのウェディングケーキ? 倒壊リスクがありますし、何より上の方は脚立がないと切れません。労働安全衛生法上、新婦に高所作業をさせる気ですか?」
「いや、そこは私が君を抱き上げて……」
「さらに、この『愛の誓いのキス・三分間』という項目。長すぎます。酸欠になります。五秒に短縮してください」
「五秒……! 挨拶程度じゃないか……」
ギルバートががっくりと肩を落とす。
国を救った英雄である宰相閣下も、結婚式の準備においては、ただの「夢見がちな花婿」でしかなかった。
対してアムリーは、敏腕プロジェクトマネージャーの顔をしている。
「いいですか、閣下。結婚式とは、親族および関係者への『お披露目』であり、今後の外交・派閥調整のための『政治的式典』です。ロマンチックな演出よりも、スケジュールの遵守と予算管理が最優先事項です」
アムリーは電卓を叩きながら力説する。
「お色直しも三回は多すぎます。着替え時間のロスだけで四五分。その間、ゲストを放置することになります。一回に削減し、その分、各テーブルへの挨拶回りに充てるべきです」
「……君は、私との結婚式が楽しみじゃないのか?」
ギルバートが少し拗ねたように唇を尖らせた。
その表情は、冷徹公爵とは思えないほど幼く、そして破壊的に美形だった。
周囲の文官たちが「尊い……」と拝む中、アムリーのペンがピタリと止まる。
(……っ! 出たわね、顔面攻撃)
アムリーは眼鏡の位置を直して動揺を隠した。
この男、最近自分の顔が良いことを自覚して、交渉(おねだり)に使ってくるようになったのだ。
「た、楽しみではないとは言っていません。ただ、非効率なのが嫌なだけです」
「じゃあ、この『新郎新婦によるキャンドルサービス』はどうだ? 君の美しいドレス姿を、皆に近くで見てもらえる」
「火気取り扱いには注意が必要ですが……まあ、ゲスト満足度の向上には繋がるでしょう。採用します」
「やった!」
ギルバートが無邪気に喜ぶ。
アムリーは小さくため息をついたが、その口元は緩んでいた。
(まあ、予算内で収まるなら、多少のワガママは聞いてあげてもいいわね。……一応、スポンサー(旦那様)だし)
◇
そんな平和な攻防が繰り広げられていた時。
「失礼します」
秘書官が、恭しく一通の封書を持ってきた。
「閣下、ベルンシュタイン嬢。隣国『ガルニア帝国』より、親書が届いております」
「ガルニア?」
ギルバートの表情が一瞬にして公爵のものに戻る。
ガルニア帝国。
先日捕縛した工作員を送り込んできた、軍事大国である。
「……何の用だ? 工作員の引き渡し交渉か?」
ギルバートがペーパーナイフで封を切る。
中に入っていたのは、豪華な金箔押しの招待状だった。
「……『この度の我が国国民による不始末、誠に遺憾である。つきましては、謝罪と友好の証として、両国合同の親善パーティーを開催したい。宰相閣下と、その賢明なる婚約者を招待する』……だと」
「謝罪パーティーですか」
アムリーが招待状を覗き込む。
「白々しいですね。工作員を蜥蜴(トカゲ)の尻尾切りにして、『国は関与していない、あれは個人の暴走だ』と主張する気満々です」
「ああ。その上で、我々を自国に呼びつけ、懐柔するか、あるいは……」
「始末するか」
ギルバートとアムリーの声が重なる。
敵地への招待状。
普通なら「危険すぎる」と即座に破り捨てるところだ。
だが。
アムリーの目は違った。
キラリ。
眼鏡の奥で、瞳が肉食獣のように輝いたのである。
「……閣下。これはチャンスです」
「チャンス?」
「はい。向こうから『謝罪したい』と言ってきたのです。つまり、『賠償金を払う意思がある』と解釈できます」
アムリーは立ち上がり、空中(妄想)に計算式を描き始めた。
「今回の事件による被害総額、機竜のメンテナンス費用、馬車の修理代、そして私のモンブラン代……。これらを隣国に請求する絶好の機会!」
「……君は、敵地に乗り込んで金をむしり取る気か?」
「当然です。国内(カイル殿下)からはもう搾り取れませんから、新規開拓が必要です」
アムリーは拳を握りしめた。
「行きましょう、ガルニア帝国へ! 向こうが用意した豪華なパーティー料理を食べ尽くし、手土産に賠償金を持ち帰るのです! これぞ『外交(カツアゲ)』です!」
「……ははは!」
ギルバートが爆笑した。
「最高だ、アムリー。君なら皇帝相手でも一歩も引かないだろうな」
「引きませんとも。一歩下がるごとに金貨百枚頂きます」
「よし、決まりだ」
ギルバートは立ち上がり、アムリーの腰を引き寄せた。
「結婚式前の『ハネムーン(前哨戦)』といこうか。……私の妻を狙った落とし前、帝国にもきっちりつけてもらう」
「はい! 出張旅費規程の確認をしておきますね!」
こうして。
アムリーとギルバートは、新たな戦場――隣国ガルニア帝国へと向かうことになった。
待ち受けているのは、狡猾な皇帝か、それとも新たなライバルか。
アムリーの電卓が、国境を超えて火を吹く時が来た。
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