婚約破棄。つきましては、こちらに残業代と慰謝料の請求書を

ちゅんりー

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国境を越え、馬車に揺られること三日。

アムリーとギルバートは、ガルニア帝国の帝都『ドラグニル』に到着した。

「……眩しいですね」

馬車の窓から街並みを見下ろし、アムリーがサングラス(紫外線対策用)をかけた。

「街全体が金ピカです。景観条例という概念がないのでしょうか?」

帝都の建物は、屋根から壁に至るまで派手な装飾で埋め尽くされていた。

黄金の像、巨大な噴水、無意味に高い塔。

それは圧倒的な富と軍事力を誇示していたが、アムリーの目には別のものとして映っていた。

「維持費の塊ですね」

アムリーは手帳にメモを取る。

「あの黄金像、雨風による劣化対策だけで年間金貨二百枚はかかります。あの噴水も、水道代の無駄遣い。……この国、見栄のために財政が火の車ではありませんか?」

「鋭いな」

向かいに座るギルバートが苦笑する。

「ガルニア帝国は『力こそ正義』を掲げる覇権国家だ。皇帝レグルスは、派手好きで好戦的な男だと聞く。……虚勢を張るのも外交戦略の一つだろう」

「虚勢に税金を使われる国民が不憫です。私なら即座に黄金像を溶かして、道路整備と教育費に充てますが」

アムリーにとって、この国は「反面教師」の宝庫だった。

          ◇

王城ならぬ『帝城』に到着すると、そこでは盛大な歓迎式典が待ち受けていた。

赤絨毯の両脇には、屈強な兵士たちがズラリと並び、槍を掲げている。

「ようこそ、我がガルニア帝国へ!」

玉座の間で彼らを出迎えたのは、獅子の毛皮を羽織った巨漢の男だった。

皇帝レグルス・フォン・ガルニア。

ギラギラとした野心に満ちた瞳と、圧倒的な威圧感。

まさに「肉食獣の王」といった風情だ。

「遠路はるばるご苦労だったな、ライオット公爵。そして、噂の『猛獣使い』の婚約者殿」

レグルスがニヤリと笑い、アムリーを見る。

「猛獣使い? 誰のことでしょうか」

アムリーは優雅にカーテシーをした。

「お初にお目にかかります、陛下。アムリー・ベルンシュタインです。猛獣使いではなく、ただの『事務処理係』です」

「ハッ! 謙遜するな。我が国の工作員を壊滅させ、古代兵器を手懐けた女傑だろう? ……俺は強い女が好きだ」

レグルスは玉座から立ち上がり、ドカドカと階段を降りてきた。

そして、アムリーの目の前で立ち止まり、その顔を覗き込む。

「どうだ? 俺の妃(キサキ)にならないか? 第五夫人のポストが空いているぞ」

爆弾発言。

周囲の家臣たちがザワつくが、ギルバートの殺気がそれを黙らせた。

「……皇帝陛下。冗談が過ぎますね」

ギルバートがアムリーの前に立ち塞がる。

その手は剣の柄にかかっていた。

「アムリーは私の婚約者だ。貴国に招待されたのは、友好のためであって、略奪されるためではない」

「怖い怖い。冷徹公爵の独占欲か」

レグルスは愉快そうに笑い、アムリーに視線を戻した。

「で、どうだ女? 公爵夫人より、皇帝の第五夫人の方が給料はいいぞ?」

給料。

その単語に、アムリーの眉がピクリと動いた。

彼女はギルバートの背中から顔を出し、皇帝を見上げた。

「条件の提示をお願いします。基本給、福利厚生、および『夫人の定員』について」

「アムリー!?」

ギルバートが驚いて振り返る。

レグルスは面白がって答えた。

「金ならいくらでもやる。ドレスも宝石も使い放題だ。ただし、俺の後宮にはすでに四人の妻と、三十人の愛人がいる。その中でのし上がり、俺を満足させれば、皇后にしてやってもいい」

アムリーは瞬時に計算した。

(ライバル多数。人間関係のトラブルリスク高。さらに『俺を満足させろ』という成果主義は、評価基準が曖昧でブラック企業の典型……)

「謹んでお断りします」

アムリーは即答した。

「理由を聞こう」

「コストパフォーマンスが悪すぎます」

「は?」

「三十四人の女性と一人の男性を共有する? 単純計算で、私が陛下を独占できる時間は年間約十日。残りの三五五日は放置されるわけです。その割に、後宮内の派閥争いという無駄な業務が発生する。……投資対効果(ROI)がマイナスです」

アムリーはバッサリと切り捨てた。

「それに比べて、ギルバート様は私一筋(独占率一〇〇%)。さらに私の業務(計算好き)を理解し、適切な報酬(称賛と現物支給)をくださいます。乗り換えるメリットが皆無です」

シン……と静まり返る玉座の間。

皇帝の求婚を「コスパが悪い」と断った女など、前代未聞だ。

「……ブッ、クククク!」

ギルバートが肩を震わせて笑い出した。

「聞いたか、皇帝陛下。これが私の自慢の婚約者だ」

レグルスは呆気にとられていたが、次第にその顔が紅潮し――。

「ガハハハハハ!!!」

腹を抱えて大爆笑した。

「面白い! 最高だ! 俺を『コスパが悪い』と言ったのは貴様が初めてだ!」

レグルスは涙を拭い、アムリーの肩をバンバンと叩いた(痛い)。

「気に入った! やはり貴様は俺の国に必要な人材だ。……だが、断られたのなら仕方ない」

レグルスは表情を引き締めた。

「さて、本題に入ろうか。……我が国に金をせびりに来たのだろう?」

「『せびる』のではありません。正当な損害賠償請求です」

アムリーは懐から分厚いファイルを取り出し、突きつけた。

「貴国の工作員による破壊活動、および機竜騒動への関与。証拠は全て揃っております。……しめて、金貨一万枚。一括払いでお願いします」

「一万枚か。安いもんだ」

レグルスは平然と言い放った。

「だが、ただ払うのでは面白くない」

「……と、おっしゃいますと?」

「俺はギャンブラーでな。勝負事には目がねぇんだ」

レグルスはニヤリと笑った。

「今夜のパーティーで、俺と『ゲーム』をしよう。もし貴様らが勝てば、倍の二万枚を払ってやる。だが、もし俺が勝てば……」

レグルスはギルバートを指差した。

「請求はチャラ。さらに、貴様(ギルバート)は我が国の属国化を認める条約にサインしろ」

「なっ……!?」

ギルバートの顔色が変わる。

「属国化だと? ふざけるな!」

「嫌なら帰れ。ただし、金は一銭も出さんし、国境に軍を送るかもしれんぞ?」

完全な脅迫。

外交交渉という名の恐喝だ。

ギルバートが剣を抜きかけた時、アムリーがその腕を掴んだ。

「……閣下。落ち着いてください」

「アムリー、しかし!」

「倍、とおっしゃいましたね?」

アムリーの眼鏡がキラリと光った。

「金貨二万枚。……それだけの資金があれば、我が国の国家予算の赤字を一掃し、さらに私の老後資金まで確保できます」

「アムリー……?」

アムリーは皇帝に向き直り、不敵に微笑んだ。

「受けて立ちます、その勝負。……ただし、ゲームの内容はこちらで指定させていただいても?」

「ほう? 何をする気だ?」

「陛下は『力こそ正義』とおっしゃいましたね。ならば、純粋な『力』の勝負ではありません」

アムリーは言った。

「『カジノ』です。今夜のパーティー会場で、私と陛下、どちらがより多くのチップを稼げるか。……経済戦争(マネーゲーム)で決着をつけましょう」

「カジノだと?」

レグルスは目を丸くし、そして凶悪な笑みを浮かべた。

「面白い! 俺がカジノのオーナーであることを知っての挑戦か? いいだろう、その度胸に免じて受けてやる!」

「交渉成立ですね」

アムリーとレグルスの視線がバチバチと火花を散らす。

ギルバートはため息をついた。

「……やれやれ。私の婚約者は、本当にギャンブラーだ」

「違います、閣下。ギャンブルとは『運』に頼るもの。私がするのは『確率論』と『心理戦』による確実な投資回収です」

アムリーは断言した。

今夜、帝国の夜会は、金と誇りを賭けた鉄火場となる。
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