婚約破棄。つきましては、こちらに残業代と慰謝料の請求書を

ちゅんりー

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ハネムーンから戻った宰相邸の執務室。

そこには、山積みになった金貨の塔と、それを一枚ずつ指先で弾くアムリーの姿があった。

ピンッ、ピンッ、ピンッ。

小気味良い金属音が響く。

「……アムリー? 何をしているんだ?」

ギルバートが不思議そうに覗き込む。

「帰国後の資産棚卸しです。領地の売り上げ、帝国の賠償金、そしてハネムーンでのコンサル料。……全てを再計算しています」

アムリーは目を閉じたまま、指先の感覚だけで金貨を選別していく。

まるで熟練の職人のようだ。

「ふむ。君が楽しそうで何よりだ」

ギルバートが微笑んで立ち去ろうとした、その時。

ピタッ。

アムリーの指が止まった。

室内の空気が、一瞬にして凍りつく。

アムリーが目を開けた。

その瞳から、一切の感情が消えていた。

「……閣下。至急、計量器を持ってきてください」

「え? どうした?」

「誤差が発生しました。……許されざる誤差です」

ギルバートが慌てて精密天秤を持ってくる。

アムリーは手にした一枚の金貨を皿に乗せた。

『14.98グラム』

正規の金貨は15.00グラム。

わずか0.02グラムの差。

普通なら「摩耗」や「製造誤差」で済まされる範囲だ。

だが、アムリーは震えていた。

「違います……。これは摩耗ではありません」

彼女は金貨を指で強く擦った。

「重心の位置がズレています。そして、弾いた時の周波数が、純金よりも0.5ヘルツ高い。……つまり」

アムリーは金貨を机に叩きつけた。

「これは『混ぜ物』です。中心部に鉛を仕込み、表面だけを精巧に金メッキした、極めて悪質な偽造通貨(贋金)です!」

「なっ……!?」

ギルバートが金貨を手に取る。

「見た目も重さも、本物と区別がつかないぞ? 魔法による鑑定でもパスするレベルだ」

「はい。だからこそ、タチが悪いのです」

アムリーが立ち上がり、執務室の中をウロウロと歩き始めた。

その足取りは荒く、怒りに満ちている。

「許せません……。絶対に許せません!」

「アムリー、落ち着いて。偽金は重罪だが、そこまで怒ることか?」

「閣下は分かっておられません!」

アムリーが叫んだ。

「通貨とは『信用』そのものです! 人々が『これには価値がある』と信じているからこそ、経済は回るのです! 偽金が蔓延すれば、貨幣価値は暴落し、ハイパーインフレが起き、真面目に働く人々が馬鹿を見ることになる!」

アムリーにとって、金貨は神聖なものだ。

それを汚す行為は、彼女の信仰(経済合理性)に対する最大の冒涜だった。

「0.02グラムの不正。……これを流通させた犯人は、国の根幹を腐らせるシロアリです。一匹残らず駆除しなければなりません」

アムリーの眼鏡が、ギラリと殺気を放った。

「……分かった」

ギルバートの表情も、宰相のものへと変わる。

「アムリーの感覚(センサー)がそう言うなら、間違いはないだろう。直ちに極秘捜査を開始する」

「いいえ、捜査ではありません」

アムリーは上着を羽織った。

「『殲滅戦』です。この偽金がどこから紛れ込んだのか……金の流れを逆流して、源流を叩き潰します」

          ◇

翌日。

アムリーは変装(庶民風のワンピースに丸眼鏡)をして、王都の下町に降り立った。

「まずは市場調査です」

隣には、同じく商人の格好をしたギルバートがいる。

「アムリー、その格好も似合うな」

「お世辞は結構です。今は一刻を争います」

アムリーは八百屋、肉屋、雑貨屋を次々と回り、買い物をした。

「このリンゴください。お釣りは細かいのでいいですよ」

「へい、毎度!」

アムリーは受け取った小銭を、ポケットの中で瞬時に選別する。

(……シロ。……シロ。……クロ!)

雑貨屋で受け取った銀貨の中に、不純物が混じっていた。

「おじさん」

アムリーはニッコリと笑って店主に話しかけた。

「この銀貨、少し珍しい手触りですね。最近、どこかでお釣りとしてもらったんですか?」

「ん? ああ、それはさっき来た『黒い馬車の商人』が置いてったやつだな。気前のいい客だったよ」

「黒い馬車。……どちらへ向かいましたか?」

「港の方へ行ったけど……」

「ありがとうございます。お礼にこの銀貨はお返ししますね(偽物は回収します)」

アムリーは店を出ると、ギルバートに目配せした。

「港です。……物流ルートを使って、大規模に散布している可能性があります」

          ◇

王都の港湾地区。

巨大な倉庫が立ち並ぶエリアに、二人は潜入した。

夜の帳が下り、人影はない。

だが、一つの倉庫からだけ、微かな明かりと、ガシャン、ガシャンという規則的な機械音が漏れていた。

「……プレスの音ですね」

アムリーが耳を澄ます。

「あのリズム、最新型の魔導プレス機です。一分間に六〇枚のペースで製造しています」

「そんなことまで分かるのか?」

ギルバートが驚愕する中、二人は倉庫の天窓から中を覗き込んだ。

そこには、驚くべき光景が広がっていた。

数十人の男たちが、巨大な機械の前で働いている。

溶かした鉛を型に流し込み、魔法でコーティングし、最後に王家の刻印を打つ。

精巧な偽造工場(プラント)が、そこにあった。

「……規模が大きいな。単なる犯罪組織レベルじゃない」

ギルバートが眉をひそめる。

「背後に国家、あるいは貴族がついている可能性がありますね」

アムリーが観察を続けると、工場の奥から一人の男が現れた。

派手なスーツを着た、小太りの男。

「おい! ペースを上げろ! 今夜中にもう一万枚作れ!」

「し、しかしボス。機械がオーバーヒート気味で……」

「知るか! 冷却魔法をかけ続けろ! 『あの方』への納期が迫ってるんだ!」

『あの方』。

黒幕の存在。

アムリーは手帳にメモを取る。

(ボス:小太り。推定年齢四十五歳。性格:短気。……そして、あの顔に見覚えがあります)

アムリーの脳内データベースが検索をかける。

ヒットした。

「……思い出しました。彼は元・王立造幣局の局長、ガリオン男爵です。三年前に公金横領で解雇されたはずですが」

「なるほど。元局長なら、王家の刻印の型を持っていても不思議はない」

「技術と知識を悪用して、リベンジのつもりでしょうか。……愚かしい」

アムリーは冷たく言い放つと、懐から電卓を取り出した。

「閣下。突入しましょう。現行犯逮捕です」

「ああ。……だが、人数が多い。アムリーは私の後ろに……」

「いいえ。私も戦います」

アムリーは足元の木箱から、ナットとボルトを掴み取った。

「これだけの金属があれば、十分な弾薬になります」

          ◇

ガシャーン!!!

天窓を突き破り、二人が工場内に降り立った。

「な、何者だ!?」

作業員たちが慌てふためく。

「こんばんは。国税局……いえ、宰相府の特別監査です」

アムリーは埃を払いながら、ガリオン男爵を指差した。

「ガリオン男爵。貴方の製造している製品について、重大なコンプライアンス違反が確認されました。即時、操業停止を命じます」

「ア、アムリー・ベルンシュタイン!? なぜここに!?」

ガリオンが叫ぶ。

「ここを知られたからには生かして帰さん! やれ! 侵入者をミンチにしろ!」

作業員たちが武器(スパナや鉄パイプ)を持って襲いかかる。

「野蛮ですね」

アムリーは溜息をつくと、手に持ったナットを弾いた。

ヒュンッ!

「痛っ!」

先頭の男の額に、ナットがめり込む。

「計算通りの弾道です。次は急所を狙いますよ?」

アムリーの正確無比な投擲と、ギルバートの圧倒的な剣技。

工場内は大混乱に陥った。

「くそっ! 化け物か!」

ガリオンが逃げ出そうとする。

「逃がしません」

アムリーは落ちていた鎖を拾い上げ、カウボーイのように回して投げた。

ジャララッ!

鎖はガリオンの足に絡みつき、彼を転倒させた。

「ぐわっ!」

「確保です」

アムリーは倒れたガリオンの背中にヒールを乗せた。

「さて、ガリオンさん。洗いざらい吐いていただきますよ」

「ひ、ひぃぃ!」

「誰の指示ですか? 資金源は? そして、『あの方』とは誰のことですか?」

アムリーが問い詰める。

ガリオンは震えながら、視線を泳がせた。

「い、言えない……! 言ったら殺される……!」

「言わなくても、私が社会的に殺しますよ? 全財産没収、一族郎党路頭に迷わせるコースと、どちらがいいですか?」

アムリーの笑顔は、悪魔よりも恐ろしかった。

「は、吐きます! 『あの方』は……!」

ガリオンが口を開きかけた、その時。

ドォォォォン!!!

工場の壁が爆発した。

「!?」

黒煙と共に、数体の黒い人影が侵入してきた。

彼らはガリオンを助けるのではなく、躊躇なく彼に向けて魔法を放った。

「口封じか!」

ギルバートが瞬時にガリオンを庇う。

バシュッ!

魔法弾を防いだが、その隙に黒い人影たちは工場の重要部品(刻印の型)を奪い、撤収していく。

「追いますか!?」

「いや、深追いは危険だ。まずはこいつ(ガリオン)の身柄確保が優先だ!」

黒い人影たちは、闇に溶けるように消えていった。

「……プロの暗殺者ですね。帝国(ガルニア)の手口とは違います」

アムリーは悔しそうに唇を噛んだ。

工場の火災、気絶したガリオン。

偽造拠点は潰したが、事件の根はもっと深く、暗い場所に繋がっているようだった。

「……私の神聖な金貨を汚した黒幕。絶対に許しません」

燃え上がる炎の前で、アムリーの瞳は静かに、そして激しく燃えていた。
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