婚約破棄。つきましては、こちらに残業代と慰謝料の請求書を

ちゅんりー

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王都の地下牢、尋問室。

薄暗い部屋の中、椅子に縛り付けられたガリオン男爵は、ガタガタと震えていた。

目の前には、冷徹な表情のギルバートと、電卓を片手に持ったアムリーが座っている。

「……さて、ガリオンさん」

アムリーが口を開いた。

「通常、このような場では『カツ丼』が出されるのが相場ですが、我が国にはそのような予算はありません。代わりに、こちらを用意しました」

アムリーがテーブルに置いたのは、一枚の紙だった。

「これは……?」

「貴方の『人生の損益計算書(予測版)』です」

アムリーはペンで紙を指し示した。

「パターンA:このまま黙秘を続ける。→ 黒幕に口封じで殺される確率九八%。または、国家反逆罪で極刑。遺族には借金のみが残り、一家離散。……利益ゼロ、損失無限大です」

「ひぃっ……!」

「パターンB:全てを自白し、司法取引に応じる。→ 刑期は短縮され、私が貴方の資産運用のアドバイスを行い、出所後の生活資金を確保する。……ローリスク・ミドルリターンです」

アムリーは眼鏡を光らせた。

「どちらが『お得』か、元造幣局長の貴方なら計算できますよね?」

「……」

ガリオンは脂汗を流し、数秒間の葛藤の末、崩れ落ちるように頭を垂れた。

「……Bでお願いします」

「賢明な判断です。では、質問します。『あの方』とは誰ですか?」

ガリオンは震える声で、その名を告げた。

「……財務大臣、ゼオス侯爵だ」

「ゼオス侯爵……?」

ギルバートが眉をひそめる。

「まさか。彼は国の財政を長年支えてきた重鎮だぞ? 先日のアムリーへの報奨金も、彼が決済したはずだ」

「表向きは清廉潔白な古狸(ふるだぬき)です」

ガリオンが吐き捨てるように言った。

「だが裏では、国の予算を私的に流用し、巨額の借金を抱えている。その穴埋めのために、俺に偽造通貨を作らせたんだ……! 『バレたらお前のせいにする』と脅されてな!」

「なるほど。動機は『借金返済』。……陳腐ですね」

アムリーは呆れたようにメモを取った。

「一国の財務大臣が、自分の財布の紐も管理できないとは。資質に欠けます」

「証拠はあるのか?」

ギルバートが問う。

「ない。指示書は全て燃やされた。俺の証言だけじゃ、あの大物を失脚させるのは無理だ……。逆に握りつぶされるぞ」

ガリオンが絶望的な顔をする。

しかし、アムリーはニヤリと笑った。

「ご心配なく。……お金の流れは、水と同じです。隠そうとしても、必ずどこかから漏れ出し、痕跡を残します」

アムリーは立ち上がった。

「ターゲットは財務省。……これより『特別監査』を行います。ゼオス侯爵の裏帳簿を掘り起こし、完膚なきまでに叩き潰します」

          ◇

翌日。

財務省の正門前に、一台の馬車が止まった。

降り立ったのは、アムリーとギルバート。そして、武装した数名の衛兵(監査チーム)だ。

「……アムリー、本当に正面から行くのか?」

「当然です。コソコソするのは性に合いません」

アムリーはバインダーを小脇に抱え、堂々と歩き出した。

「止まれ! ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」

門番が槍を交差させる。

「関係者です。宰相閣下と、その補佐官です」

アムリーはギルバートの身分証(紋章)を水戸黄門の印籠のように掲げた。

「さ、宰相閣下!? し、失礼しました!」

門番が慌てて道を開ける。

二人は財務省の長い廊下を、カツカツとヒールを鳴らして進んだ。

すれ違う文官たちが、ギョッとして振り返る。

「おい、あれは『氷の女王(アムリー)』じゃないか?」

「昨日の偽金工場の件で乗り込んできたのか?」

噂話が広まる中、アムリーたちは大臣室の前までたどり着いた。

「失礼します」

ノックもそこそこに、アムリーが扉を開ける。

「なんだ、騒々しい……」

重厚な執務机の奥に座っていたのは、白髪の上品な老紳士、ゼオス侯爵だった。

彼はアムリーたちを見ると、好々爺(こうこうや)のような笑みを浮かべた。

「おや、ライオット公爵に、ベルンシュタイン夫人。昨日は大変だったそうですな。怪我はありませんかな?」

「おかげさまで無傷です。……弾薬(ナット)の補充が必要になりましたが」

アムリーはニコリともせずに答える。

「今日は何の用ですかな? 報奨金の追加申請でも?」

「いいえ。貴方の『引退勧告』に来ました」

アムリーは単刀直入に切り込んだ。

ゼオス侯爵の目が、スッと細められる。

「……穏やかではありませんな。私が何か?」

「トボけないでください。ガリオン男爵が全て話しましたよ。貴方が偽造通貨の黒幕であると」

ギルバートが告げる。

しかし、ゼオス侯爵は動じない。

「ほっほっほ。罪人が刑を軽くするために、適当な嘘をついたのでしょう。私のような老骨が、そんな大それたことを」

「嘘ではありません。状況証拠は揃っています」

アムリーが一歩前に出る。

「ここ数年、財務省が発表している『国家予算決算書』。……数字が美しすぎます」

「美しい? 褒め言葉ですかな?」

「いいえ。作為的な『修正』が加えられた数字特有の、不自然な整合性です。特に『雑費』と『予備費』の項目。……桁が不自然に丸められていますね?」

アムリーは自分の手帳を開いた。

「私が独自に試算した結果、帳簿上の数字と、実際の国庫残高には、金貨約五万枚の乖離(ズレ)があります。……ゼオス侯爵、その五万枚はどこへ消えたのですか?」

ゼオス侯爵の表情から、笑みが消えた。

「……小娘が。数字遊びで私を追い詰められるとでも?」

「数字遊びではありません。監査です」

アムリーは大臣室の奥にある、巨大な金庫を指差した。

「その金庫の中に『裏帳簿』があるはずです。開示してください。拒否する場合は、公務執行妨害および証拠隠滅の疑いで、強制開披(こじあけ)します」

「……ふん」

ゼオス侯爵はゆっくりと立ち上がった。

「強制開披、ねぇ。……やれるものならやってみなさい」

彼がパチンと指を鳴らすと、大臣室の隠し扉が開き、武装した私兵たちが雪崩れ込んできた。

「ここは私の城だ。宰相といえど、生きて帰れると思うなよ?」

本性を現したゼオス侯爵。その顔は、強欲な古狸そのものだった。

「口封じですか。……ワンパターンですね」

アムリーは呆れたように溜息をついた。

「学習能力がないのでしょうか。私たちが帝国で何をシメてきたか、ご存知ないようで」

「ふん、所詮は若造と小娘だ! やれ!」

私兵たちが襲いかかる。

ギルバートが剣を抜こうとした時、アムリーが制した。

「閣下、ここは私が」

「えっ?」

アムリーは鞄から、一束の羊皮紙を取り出した。

そして、私兵たちに向かって掲げた。

「皆さん! 業務連絡です!」

アムリーのよく通る声が響く。

「現在、ゼオス侯爵は巨額の借金を抱えており、来月の給与支払いが不可能な状態です! つまり、貴方たちはタダ働きさせられる運命にあります!」

「なっ……!?」

私兵たちの動きが止まる。

「さらに! 今ここで剣を収め、監査に協力した方には、私がポケットマネーから『特別協力金』として金貨五枚を即日支給します! 加えて、宰相府への再就職も斡旋します!」

アムリーは金貨の袋をジャラリと鳴らした。

「さあ、どちらを選びますか!? 破産寸前の上司と心中するか、ホワイトな転職を果たすか!」

「……」

私兵たちは顔を見合わせた。

そして、全員が武器を捨て、ゼオス侯爵の方を向いた。

「……すんません、大臣。俺たちも生活があるんで」

「な、なにいぃぃぃ!?」

ゼオス侯爵が絶叫する。

「金で寝返っただと!? 貴様ら、忠誠心はないのか!」

「忠誠心で家賃は払えません」

アムリーが冷たく言い放つ。

「これが『市場原理』です、侯爵。……貴方の負けです」

私兵たちはアムリーの指示に従い、ゼオス侯爵を取り押さえた。

「は、離せ! 私は大臣だぞ!」

「元大臣、ですね」

アムリーは悠々と金庫の前へ進み、暗証番号の解析(指紋の付着具合と使用頻度から推測)を始めた。

「……3、8、1、0。……開きました」

ガチャリ。

重い扉が開くと、そこには予想通り、汚職の証拠となる裏帳簿の山が眠っていた。

「ビンゴです。……わぁ、ひどい使途不明金。愛人手当にギャンブルの負け分……。呆れて物も言えません」

アムリーは帳簿をパラパラとめくり、哀れな目つきでゼオス侯爵を見た。

「監査終了です。評価は『F(論外)』。……退場願います」

こうして。

国の財政を蝕んでいた巨悪は、アムリーの「ヘッドハンティング(買収)」によって、あっけなく自滅した。

財務省の廊下に、ゼオス侯爵の情けない連行シーンが展開される。

「アムリー、君は本当に……」

ギルバートが苦笑する。

「金で解決するとは、ある意味一番恐ろしいよ」

「最短ルートを選んだだけです。……さあ、これで国内の膿は出し切りましたね」

アムリーはスッキリとした顔で、財務省を後にした。

しかし。

彼女はまだ知らなかった。

この事件の裏で、さらに大きな、そして最後の敵が動き出そうとしていることを。

それは、アムリーの「過去」に関わる人物だった。
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