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「オーナー! 見てください、この造形美を!」
早朝、私が執務室の窓を開けるなり、下から威勢のいい声が響きました。
庭を見下ろすと、そこには軍手(自作)をはめ、泥だらけになったギルバート――今は雑用係の「ギル」が立っていました。
彼の足元には、裏庭から引き抜いてきたであろう大量の雑草が、これまた器用に編み込まれ、巨大な「草の塊」になっています。
「……ギル。それは何かしら? 新しい害虫の巣?」
「失礼な! これは、私の君への想いを形にした『愛のフローラル・タワー』です!」
ギルバートは胸を張り、ドヤ顔で言い放ちました。
「君が言った通り、私は今、金を持っていません。だが、労働力ならある! このタワーは、私が睡眠時間を三時間削り、不眠不休で庭の雑草を刈り取り、編み上げた結晶なのです!」
「……セオドア」
「はい、お嬢様。ただちに廃棄物処理業者を呼びますか?」
「待って。ギル、そのタワーに使ったのは、もしかして……北側の斜面に生えていた、あの紫色の草かしら?」
「そうです! ひときわ生命力が強く、刈り取るのに苦労しましたよ!」
私は深く、深いため息をつきました。
「……あれは、私がアルヴィンに命じて『強力な除草剤』の実験用に育てさせていた、猛毒の雑草よ」
「……え?」
「素手で触れば一時間以内に全身が腫れ上がり、編み込む際に吸い込んだ花粉で、喉が焼け付くような痛みに襲われるはずだわ。……三、二、一」
「……ア、アブババババッ!?」
カウントダウン通り、ギルバートの顔がナスのように紫色に変色し、彼は自分の喉を押さえて悶絶し始めました。
「セオドア、彼を裏の消毒槽へ放り込んで。ついでに、あのゴミ……いえ、タワーは焼却処分よ」
「御意」
セオドアが長いマジックハンド(魔道具)でギルバートの襟首を掴み、ズルズルと引きずっていきました。
◇
数時間後。
全身を包帯でぐるぐる巻きにされたギルバートが、這うようにして再び私の前に現れました。
懲りない男です。
「ハァ、ハァ……。リズナ……いや、オーナー。まだ、私の……アピールは、終わって……」
「聞きなさい、ギル。貴方の行動は、経営学的に見て『最悪の投資』よ」
私はペンを置き、冷徹に数字を叩きつけました。
「まず、貴方は指示されていない『タワー制作』という無駄な作業に、労働時間と体力を浪費した。これにより、本来行うべきだった『倉庫の整理』が停滞した。これが第一の損失よ」
「……うっ」
「次に、貴方は私の実験植物を勝手に消費した。あれを育てるのにかかった魔力水とアルヴィンの時給、締めて金貨三枚分。これが第二の損失。そして今、貴方の治療にセオドアの手を借りた。彼の時給は高いわよ。これが第三の損失」
私は冷ややかに彼を見据えました。
「貴方の『想い』とやらが、合計金貨十枚分以上の実害を我が社に与えた。……これでも、求愛だと言い張るつもり?」
「だ、だが、私は君を喜ばせようと……!」
「私が喜ぶのは、貴方が一秒でも早く業務を覚え、一セントでも多くの利益を私にもたらした時だけよ。感情を資産価値に変換できないなら、その感情はただのゴミ……いえ、負債(デット)よ」
ギルバートは包帯に包まれた顔で、愕然としていました。
しかし、彼はそこで折れる男ではありませんでした。
逆に、その目はキラキラと輝き始めたのです。
「……なるほど! つまり、私が君を上回る『利益』を出せば、君は私の愛を受け取ってくれるということだな!?」
「話を聞きなさい。……セオドア、もう一度消毒槽へ」
「承知いたしました」
「待て! 私はやるぞ! 今に見ていろ、リズナ! 私はこの商会を世界一にしてみせる!」
再びズルズルと引きずられていく王子。
私はこめかみを押さえ、残った紅茶を飲み干しました。
「お嬢様……あの方、ある意味では無敵ですね」
「……ああいうのを『論理の通じないバカ』と呼ぶのよ。計算式にゼロをかけても、彼自身が無限大(のポジティブ)を足してくるから、結果が予測できないわ」
私は窓の外を見ました。
焼却炉から、ギルバートの作った「愛のタワー」が黒い煙を上げて燃え尽きていくのが見えます。
私の心も、あれくらいスッキリと整理できればいいのですが。
まさか、この王子の「勘違いの努力」が、本当に商会の危機を救うことになるとは、この時の私は一ミリも予測していませんでした。
早朝、私が執務室の窓を開けるなり、下から威勢のいい声が響きました。
庭を見下ろすと、そこには軍手(自作)をはめ、泥だらけになったギルバート――今は雑用係の「ギル」が立っていました。
彼の足元には、裏庭から引き抜いてきたであろう大量の雑草が、これまた器用に編み込まれ、巨大な「草の塊」になっています。
「……ギル。それは何かしら? 新しい害虫の巣?」
「失礼な! これは、私の君への想いを形にした『愛のフローラル・タワー』です!」
ギルバートは胸を張り、ドヤ顔で言い放ちました。
「君が言った通り、私は今、金を持っていません。だが、労働力ならある! このタワーは、私が睡眠時間を三時間削り、不眠不休で庭の雑草を刈り取り、編み上げた結晶なのです!」
「……セオドア」
「はい、お嬢様。ただちに廃棄物処理業者を呼びますか?」
「待って。ギル、そのタワーに使ったのは、もしかして……北側の斜面に生えていた、あの紫色の草かしら?」
「そうです! ひときわ生命力が強く、刈り取るのに苦労しましたよ!」
私は深く、深いため息をつきました。
「……あれは、私がアルヴィンに命じて『強力な除草剤』の実験用に育てさせていた、猛毒の雑草よ」
「……え?」
「素手で触れば一時間以内に全身が腫れ上がり、編み込む際に吸い込んだ花粉で、喉が焼け付くような痛みに襲われるはずだわ。……三、二、一」
「……ア、アブババババッ!?」
カウントダウン通り、ギルバートの顔がナスのように紫色に変色し、彼は自分の喉を押さえて悶絶し始めました。
「セオドア、彼を裏の消毒槽へ放り込んで。ついでに、あのゴミ……いえ、タワーは焼却処分よ」
「御意」
セオドアが長いマジックハンド(魔道具)でギルバートの襟首を掴み、ズルズルと引きずっていきました。
◇
数時間後。
全身を包帯でぐるぐる巻きにされたギルバートが、這うようにして再び私の前に現れました。
懲りない男です。
「ハァ、ハァ……。リズナ……いや、オーナー。まだ、私の……アピールは、終わって……」
「聞きなさい、ギル。貴方の行動は、経営学的に見て『最悪の投資』よ」
私はペンを置き、冷徹に数字を叩きつけました。
「まず、貴方は指示されていない『タワー制作』という無駄な作業に、労働時間と体力を浪費した。これにより、本来行うべきだった『倉庫の整理』が停滞した。これが第一の損失よ」
「……うっ」
「次に、貴方は私の実験植物を勝手に消費した。あれを育てるのにかかった魔力水とアルヴィンの時給、締めて金貨三枚分。これが第二の損失。そして今、貴方の治療にセオドアの手を借りた。彼の時給は高いわよ。これが第三の損失」
私は冷ややかに彼を見据えました。
「貴方の『想い』とやらが、合計金貨十枚分以上の実害を我が社に与えた。……これでも、求愛だと言い張るつもり?」
「だ、だが、私は君を喜ばせようと……!」
「私が喜ぶのは、貴方が一秒でも早く業務を覚え、一セントでも多くの利益を私にもたらした時だけよ。感情を資産価値に変換できないなら、その感情はただのゴミ……いえ、負債(デット)よ」
ギルバートは包帯に包まれた顔で、愕然としていました。
しかし、彼はそこで折れる男ではありませんでした。
逆に、その目はキラキラと輝き始めたのです。
「……なるほど! つまり、私が君を上回る『利益』を出せば、君は私の愛を受け取ってくれるということだな!?」
「話を聞きなさい。……セオドア、もう一度消毒槽へ」
「承知いたしました」
「待て! 私はやるぞ! 今に見ていろ、リズナ! 私はこの商会を世界一にしてみせる!」
再びズルズルと引きずられていく王子。
私はこめかみを押さえ、残った紅茶を飲み干しました。
「お嬢様……あの方、ある意味では無敵ですね」
「……ああいうのを『論理の通じないバカ』と呼ぶのよ。計算式にゼロをかけても、彼自身が無限大(のポジティブ)を足してくるから、結果が予測できないわ」
私は窓の外を見ました。
焼却炉から、ギルバートの作った「愛のタワー」が黒い煙を上げて燃え尽きていくのが見えます。
私の心も、あれくらいスッキリと整理できればいいのですが。
まさか、この王子の「勘違いの努力」が、本当に商会の危機を救うことになるとは、この時の私は一ミリも予測していませんでした。
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