婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー

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「おーっほっほっほ! マリアンヌ様、貴女のその空っぽな頭には驚かされますわ! そんな知識量でよくもまあ、社交界に顔を出せましたこと!」

公爵邸の図書室に、リペの鋭い高笑いと、分厚い本の山を机に叩きつける重苦しい音が響き渡った。

目の前で震えているマリアンヌを見下ろし、リペは内心で「今度こそ……!」と勝利を確信していた。

「見てなさい! この『王国の歴史・全十巻』と『貴族の経済学・上中下』、さらに『高度な外交辞令集』! これらを明日の朝までにすべて叩き込んで差し上げますわ!」

リペは扇子でマリアンヌの鼻先を指した。

「一睡もさせませんわよ! 私が直々に、貴女の無知を徹底的に罵りながら指導して差し上げますわ! これぞ、悪役令嬢による地獄の教育的指導ですわよ!」

(ふふん、これなら完璧ですわ! 睡眠不足という肉体的苦痛に加え、知性を否定するという精神的屈辱! マリアンヌ様、今すぐ泣き叫んで逃げ出しなさい!)

セバスが背後で「お嬢様、ご自分も徹夜する羽目になるのですが、よろしいのですか?」と小声で指摘したが、リペはそれを無視した。

しかし、マリアンヌは逃げ出すどころか、目をキラキラと輝かせてリペを見つめた。

「お、お姉様……! 私のために、これほど貴重な時間を割いて、個人教授をしてくださるのですか……!?」

「個人教授じゃありませんわ! 公開処刑ですわ!」

「私……実は、家庭教師の先生が厳しすぎて、勉強が嫌いになりかけていたんです。でも、お姉様のように情熱的で、歯に衣着せぬ指摘をしてくださる方は初めてです! 私、頑張りますわ!」

マリアンヌは猛然とペンを取り、リペが適当に開いた難しいページを書き写し始めた。

「ほ、ほら、ここですわ! この三代前の国王様の貿易政策、貴女のような無知な子には理解できないでしょうけれど……!」

「はい、お姉様! その貿易政策が現在の関税にどう影響しているのか、詳しく教えてくださいまし!」

「……っ。それは、その……ええい、話を聞きなさいな!」

リペは必死に知識を絞り出し、マリアンヌを罵り(教え)続けた。

気がつくと、図書室の窓からは朝日が差し込んでいた。

リペは机に突っ伏し、マリアンヌは逆に、今までにないほど晴れやかな顔でペンを置いた。

「素晴らしい……! お姉様の教え方は、どんな学者の講義よりも分かりやすかったです! 私、今までわからなかった経済の仕組みが、すべて一本の線で繋がりましたわ!」

そこへ、朝日と共に、爽やかすぎて直視できないカイル殿下が現れた。

「やあ、二人とも。一晩中勉強に励んでいたと聞いて、夜食を持って……おや、もう朝だね」

カイルは、疲れ果てたリペと、覚醒したマリアンヌを交互に見た。

「殿下! 見てくださいまし、私のこのクマを! この女をいたぶるために、私は一睡もできなかったのですわよ!」

リペは自分の目の下を指差して訴えた。

カイルは感極まった様子で、リペのその「クマ」にそっと指を触れた。

「……なんて尊いクマなんだ。リペ、君はマリアンヌ嬢の才能を見抜き、彼女を一人前の淑女に育てるために、自らの美貌を削ってまで献身したんだね」

「削っていませんわ! 勝手に削れたんですわ!」

「『罵る』という形で彼女の闘争心に火をつけ、極限状態での集中力を引き出す……。君の教育メソッドは、王立アカデミーでも採用すべき画期的なものだよ。リペ、君がいれば、この国の次世代を担う女性たちは安泰だね」

カイルはリペを優しく抱き上げ、マリアンヌに向かって微笑んだ。

「マリアンヌ嬢。リペは少し疲れているようだ。彼女の教育の成果、今後の夜会で存分に発揮してくれたまえ」

「はい、カイル殿下! お姉様の教えに恥じぬよう、精進いたしますわ!」

(なんで……。なんで私が徹夜して頑張った結果、教え子の成績が上がって、私は『教育界の聖母』みたいに扱われているんですの!?)

リペは、カイルの腕の中で半分意識を失いながら、図書室の天井を見つめた。

「お嬢様、お疲れ様です。マリアンヌ様、今さっきのテストで満点を取っていましたよ。お嬢様は、悪役どころか、稀代の名教師(ティーチャー)ですね」

セバスの冷静なツッコミも、今のリペには遠い世界の出来事のように聞こえた。

「……セバス。私、もう二度と勉強なんて教えませんわ……。寝かせて……永遠に寝かせてちょうだい……」

リペの悪役令嬢としての野望は、またしても「他人の成長」という輝かしい功績に飲み込まれてしまったのである。
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