婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー

文字の大きさ
13 / 29

13

「おーっほっほっほ! マリアンヌ様、貴女のその空っぽな頭には驚かされますわ! そんな知識量でよくもまあ、社交界に顔を出せましたこと!」

公爵邸の図書室に、リペの鋭い高笑いと、分厚い本の山を机に叩きつける重苦しい音が響き渡った。

目の前で震えているマリアンヌを見下ろし、リペは内心で「今度こそ……!」と勝利を確信していた。

「見てなさい! この『王国の歴史・全十巻』と『貴族の経済学・上中下』、さらに『高度な外交辞令集』! これらを明日の朝までにすべて叩き込んで差し上げますわ!」

リペは扇子でマリアンヌの鼻先を指した。

「一睡もさせませんわよ! 私が直々に、貴女の無知を徹底的に罵りながら指導して差し上げますわ! これぞ、悪役令嬢による地獄の教育的指導ですわよ!」

(ふふん、これなら完璧ですわ! 睡眠不足という肉体的苦痛に加え、知性を否定するという精神的屈辱! マリアンヌ様、今すぐ泣き叫んで逃げ出しなさい!)

セバスが背後で「お嬢様、ご自分も徹夜する羽目になるのですが、よろしいのですか?」と小声で指摘したが、リペはそれを無視した。

しかし、マリアンヌは逃げ出すどころか、目をキラキラと輝かせてリペを見つめた。

「お、お姉様……! 私のために、これほど貴重な時間を割いて、個人教授をしてくださるのですか……!?」

「個人教授じゃありませんわ! 公開処刑ですわ!」

「私……実は、家庭教師の先生が厳しすぎて、勉強が嫌いになりかけていたんです。でも、お姉様のように情熱的で、歯に衣着せぬ指摘をしてくださる方は初めてです! 私、頑張りますわ!」

マリアンヌは猛然とペンを取り、リペが適当に開いた難しいページを書き写し始めた。

「ほ、ほら、ここですわ! この三代前の国王様の貿易政策、貴女のような無知な子には理解できないでしょうけれど……!」

「はい、お姉様! その貿易政策が現在の関税にどう影響しているのか、詳しく教えてくださいまし!」

「……っ。それは、その……ええい、話を聞きなさいな!」

リペは必死に知識を絞り出し、マリアンヌを罵り(教え)続けた。

気がつくと、図書室の窓からは朝日が差し込んでいた。

リペは机に突っ伏し、マリアンヌは逆に、今までにないほど晴れやかな顔でペンを置いた。

「素晴らしい……! お姉様の教え方は、どんな学者の講義よりも分かりやすかったです! 私、今までわからなかった経済の仕組みが、すべて一本の線で繋がりましたわ!」

そこへ、朝日と共に、爽やかすぎて直視できないカイル殿下が現れた。

「やあ、二人とも。一晩中勉強に励んでいたと聞いて、夜食を持って……おや、もう朝だね」

カイルは、疲れ果てたリペと、覚醒したマリアンヌを交互に見た。

「殿下! 見てくださいまし、私のこのクマを! この女をいたぶるために、私は一睡もできなかったのですわよ!」

リペは自分の目の下を指差して訴えた。

カイルは感極まった様子で、リペのその「クマ」にそっと指を触れた。

「……なんて尊いクマなんだ。リペ、君はマリアンヌ嬢の才能を見抜き、彼女を一人前の淑女に育てるために、自らの美貌を削ってまで献身したんだね」

「削っていませんわ! 勝手に削れたんですわ!」

「『罵る』という形で彼女の闘争心に火をつけ、極限状態での集中力を引き出す……。君の教育メソッドは、王立アカデミーでも採用すべき画期的なものだよ。リペ、君がいれば、この国の次世代を担う女性たちは安泰だね」

カイルはリペを優しく抱き上げ、マリアンヌに向かって微笑んだ。

「マリアンヌ嬢。リペは少し疲れているようだ。彼女の教育の成果、今後の夜会で存分に発揮してくれたまえ」

「はい、カイル殿下! お姉様の教えに恥じぬよう、精進いたしますわ!」

(なんで……。なんで私が徹夜して頑張った結果、教え子の成績が上がって、私は『教育界の聖母』みたいに扱われているんですの!?)

リペは、カイルの腕の中で半分意識を失いながら、図書室の天井を見つめた。

「お嬢様、お疲れ様です。マリアンヌ様、今さっきのテストで満点を取っていましたよ。お嬢様は、悪役どころか、稀代の名教師(ティーチャー)ですね」

セバスの冷静なツッコミも、今のリペには遠い世界の出来事のように聞こえた。

「……セバス。私、もう二度と勉強なんて教えませんわ……。寝かせて……永遠に寝かせてちょうだい……」

リペの悪役令嬢としての野望は、またしても「他人の成長」という輝かしい功績に飲み込まれてしまったのである。
感想 0

あなたにおすすめの小説

「贅沢不倫夫に「実家の支援は要らん」と言われたので屋敷の維持費を全額請求しました。――支払えない?なら体で払っていただきますわ」

まさき
恋愛
「お前の実家の支援など要らん」 贅沢三昧の不倫夫にそう言い放たれた侯爵夫人レイラは、動じるどころか翌朝、12年分・総額4万2千ルークの請求書を夫の朝食の隣に置いた。 用意周到な彼女は、万が一に備えてすべての支出を「貸付金」として記録していた。 支払えない夫が向かう先は、レイラの実家が経営する矯正労働施設。傍らには、元暗殺者にして絶対の忠誠を誓う執事・シオンが静かに控えている。 これは、完璧な清算と――思いがけない愛の物語。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

仏の顔も六百六十六回まで ~聖女の許しが尽きた日、義母と婚約者と神殿の“借り物の幸運”が消えたので、法廷で断罪します~

他力本願寺
ファンタジー
聖女ルナリアは、義母に蔑まれても、婚約者に裏切られても、父に見捨てられても、ただ許し続けてきた。 だが聖女の加護には上限があった――六百六十六回。 最後の一回が尽きた朝、義母の美貌は崩れ、婚約者の才能は消え、父の領地の幸運も枯れた。 それらはすべて、彼女が許すたびに分け与えていた“借り物の幸運”だったのだ。 加護を失い、初めて怒りを知った聖女は、宮廷法院の法務調査官カイルと共に、家族・婚約者・神殿を法廷へ引きずり出す。

婚約破棄された悪役令嬢、最強の男に敗北して五年…彼に求婚しています。

れぐまき
恋愛
魔術師の名門、エカルテ公爵家。 領内最強を誇っていた公爵令嬢・シルビアは、婚約破棄を言い渡されたその場で、隣国の王・ランドルフに出会い人生初の敗北を知る。 彼を唯一のライバルと定めたシルビアは身分を隠して隣国に渡り、魔術師長として彼のもとで働いていた。 何度挑んでも勝てない彼を倒すことを目指して。 だがある日、実家から彼女に、結婚を迫る手紙が届く。 シルビアは思った。 どうせ結婚するなら自分より強い相手がいいと。 そうして彼女は、ただ一人の該当者へ求婚するが… 「結婚は契約でしょう?」 「……それは違うだろ」 噛み合わないまま始まる、脳筋2人の恋の物語。 戦いしかなかったはずの関係が少しずつ変わり始める。 最強国王(脳筋)×悪役令嬢(脳筋)のラブコメ…だといいな… 本編完結。 おまけの聖女編(全3話、5/2更新予定)連載中。

愛さないと言われた妻、侍女と出て行く

菜花
ファンタジー
お前を愛することはないと夫に言われたコレットは、その日のうちに侍女のイネスと屋敷を出て行った。カクヨム様でも投稿しています。

悪役とは誰が決めるのか。

SHIN
恋愛
ある小さな国の物語。 ちょっとした偶然で出会った平民の少女と公爵子息の恋物語。 二人には悪役令嬢と呼ばれる壁が立ちふさがります。 って、ちょっと待ってよ。 悪役令嬢だなんて呼ばないでよ。確かに公爵子息とは婚約関係だけど、全く興味は無いのよね。むしろ熨斗付けてあげるわよ。 それより私は、昔思い出した前世の記憶を使って色々商売がしたいの。 そもそも悪役って何なのか説明してくださらない? ※婚約破棄物です。