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レイブン公爵邸、中庭。
そこには、平和な昼下がりの光景が広がっていた。
「レオン! 見てごらん! パパがお土産を買ってきたぞー!」
宰相アーク・レイブンが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
その手綱には、白く輝く毛並みをした、可愛らしいポニーが引かれていた。
「どうだ、かっこいいだろう? 今日からこの子が君の友達だ!」
アークは期待に満ちた目で、愛息子を見下ろした。
そこに立っていたのは、4歳になったレオン・レイブン。
アーク譲りの氷青色の瞳と、ドール譲りの漆黒の髪。
そして何より、ドールと瓜二つの「能面フェイス(無表情)」を持つ少年だった。
レオンは、目の前のポニーを見上げ、そしてアークを見た。
「……お父様」
「なんだい? 嬉しくて言葉が出ないかな?」
「この生物(ポニー)の導入目的は何ですか?」
「……え?」
アークの笑顔が固まる。
レオンは無表情のまま、小さな手帳(ドールの手帳のお下がり)を取り出した。
「愛玩用ですか? それとも移動用ですか?」
「え、えっと……お友達用?」
「愛玩用と定義します。……では、維持費(ランニングコスト)の試算は?」
4歳児の口から出る単語ではなかった。
アークが助けを求めるように振り返ると、テラスでお茶を飲んでいたドールが満足げに頷いていた。
「……さすが私の息子です。視点が鋭いですね」
「ドール! 教育方針どうなってるの!?」
アークが泣きつく。
「まだ4歳だよ!? 『わーい、おうまさんだー!』って喜ぶ年齢じゃないのか!?」
「英才教育の結果です。……レオン、続きを」
ドールが促すと、レオンはスラスラと(舌足らずだが)述べ始めた。
「はい、お母様。……このポニー、毛並みからして良血統と推測されます。よって餌代、獣医代、蹄鉄代などの維持費は年間で金貨50枚は下りません」
レオンはポニーを指差した。
「対して、僕がこのポニーに乗って遊ぶ時間は、週に数時間程度。……費用対効果(コスパ)が悪すぎます」
「ぐふっ……!」
アークが胸を押さえて後退る。
妻と同じ論法で、息子に論破される日が来るとは。
「そ、そこを何とか! 情操教育には動物が必要なんだよ!」
「情操教育なら、中庭の『雑草抜き』で十分です」
レオンは真顔で答えた。
「雑草を抜くことで『忍耐力』が養われ、さらに庭師の人件費削減により『家計への貢献』も実感できます。……合理的です」
「可愛くない! 論理的すぎて可愛くないよレオン!」
アークはポニーの首に抱きついて嘆いた。
ドールはカップを置き、ゆっくりと歩み寄った。
「……レオン。お父様が可哀想でしょう」
「お母様」
「お父様は、あなたの喜ぶ顔が見たくて、無駄遣い(これ)をしたのです。……その『投資』に対する『リターン(笑顔)』を返してあげなさい」
ドールのアドバイス。
レオンは「なるほど」と小さく頷いた。
そして、アークに向き直り、口角をクイクイッと指で持ち上げた。
「……おとうさま、ありがとう。とってもうれしいです(棒読み)」
「目が笑ってない! 完全に『業務連絡』の顔だ!」
アークは崩れ落ちた。
しかし、レオンはアークの服の裾をキュッと掴んだ。
「……でも」
「ん?」
「維持費は無駄ですが……お父様が僕のために選んでくれた時間は、プライスレス(評価不能)です」
「……!」
「だから、大切にします。……餌代は、僕のお小遣い(雑草抜きの報酬)から出しますので」
レオンは少しだけ、本当に少しだけ頬を染めて言った。
アークの涙腺が崩壊した。
「レオォォォン!! なんていい子なんだぁぁぁ!」
アークは息子を抱きしめ、ポニーごと揉みくちゃにした。
「いいよ! 餌代なんてパパが払う! 牧場ごと買ってやる!」
「それは過剰投資です。却下します」
ドールはその様子を眺めながら、こっそりと計算していた。
(……ふふ。あの子、最後に『お小遣いから出す』と言った時、アーク様が感動して『全額負担』を申し出ることを予測してたな)
(最初に厳しい条件(維持費)を突きつけ、最後に感情に訴えて譲歩を引き出す。……完璧な交渉術(ネゴシエーション)や)
ドールはニヤリとした。
(末恐ろしい子……。これは将来、国庫の管理を任せられる逸材になるで)
「……よし、レオン。ご褒美に今日の夕食はステーキですよ」
「輸入牛ですか? 国産牛ですか?」
「特選和牛です」
「承認します」
レイブン家の庭には、今日も幸せな(そして計算高い)会話が響き渡るのであった。
そこには、平和な昼下がりの光景が広がっていた。
「レオン! 見てごらん! パパがお土産を買ってきたぞー!」
宰相アーク・レイブンが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
その手綱には、白く輝く毛並みをした、可愛らしいポニーが引かれていた。
「どうだ、かっこいいだろう? 今日からこの子が君の友達だ!」
アークは期待に満ちた目で、愛息子を見下ろした。
そこに立っていたのは、4歳になったレオン・レイブン。
アーク譲りの氷青色の瞳と、ドール譲りの漆黒の髪。
そして何より、ドールと瓜二つの「能面フェイス(無表情)」を持つ少年だった。
レオンは、目の前のポニーを見上げ、そしてアークを見た。
「……お父様」
「なんだい? 嬉しくて言葉が出ないかな?」
「この生物(ポニー)の導入目的は何ですか?」
「……え?」
アークの笑顔が固まる。
レオンは無表情のまま、小さな手帳(ドールの手帳のお下がり)を取り出した。
「愛玩用ですか? それとも移動用ですか?」
「え、えっと……お友達用?」
「愛玩用と定義します。……では、維持費(ランニングコスト)の試算は?」
4歳児の口から出る単語ではなかった。
アークが助けを求めるように振り返ると、テラスでお茶を飲んでいたドールが満足げに頷いていた。
「……さすが私の息子です。視点が鋭いですね」
「ドール! 教育方針どうなってるの!?」
アークが泣きつく。
「まだ4歳だよ!? 『わーい、おうまさんだー!』って喜ぶ年齢じゃないのか!?」
「英才教育の結果です。……レオン、続きを」
ドールが促すと、レオンはスラスラと(舌足らずだが)述べ始めた。
「はい、お母様。……このポニー、毛並みからして良血統と推測されます。よって餌代、獣医代、蹄鉄代などの維持費は年間で金貨50枚は下りません」
レオンはポニーを指差した。
「対して、僕がこのポニーに乗って遊ぶ時間は、週に数時間程度。……費用対効果(コスパ)が悪すぎます」
「ぐふっ……!」
アークが胸を押さえて後退る。
妻と同じ論法で、息子に論破される日が来るとは。
「そ、そこを何とか! 情操教育には動物が必要なんだよ!」
「情操教育なら、中庭の『雑草抜き』で十分です」
レオンは真顔で答えた。
「雑草を抜くことで『忍耐力』が養われ、さらに庭師の人件費削減により『家計への貢献』も実感できます。……合理的です」
「可愛くない! 論理的すぎて可愛くないよレオン!」
アークはポニーの首に抱きついて嘆いた。
ドールはカップを置き、ゆっくりと歩み寄った。
「……レオン。お父様が可哀想でしょう」
「お母様」
「お父様は、あなたの喜ぶ顔が見たくて、無駄遣い(これ)をしたのです。……その『投資』に対する『リターン(笑顔)』を返してあげなさい」
ドールのアドバイス。
レオンは「なるほど」と小さく頷いた。
そして、アークに向き直り、口角をクイクイッと指で持ち上げた。
「……おとうさま、ありがとう。とってもうれしいです(棒読み)」
「目が笑ってない! 完全に『業務連絡』の顔だ!」
アークは崩れ落ちた。
しかし、レオンはアークの服の裾をキュッと掴んだ。
「……でも」
「ん?」
「維持費は無駄ですが……お父様が僕のために選んでくれた時間は、プライスレス(評価不能)です」
「……!」
「だから、大切にします。……餌代は、僕のお小遣い(雑草抜きの報酬)から出しますので」
レオンは少しだけ、本当に少しだけ頬を染めて言った。
アークの涙腺が崩壊した。
「レオォォォン!! なんていい子なんだぁぁぁ!」
アークは息子を抱きしめ、ポニーごと揉みくちゃにした。
「いいよ! 餌代なんてパパが払う! 牧場ごと買ってやる!」
「それは過剰投資です。却下します」
ドールはその様子を眺めながら、こっそりと計算していた。
(……ふふ。あの子、最後に『お小遣いから出す』と言った時、アーク様が感動して『全額負担』を申し出ることを予測してたな)
(最初に厳しい条件(維持費)を突きつけ、最後に感情に訴えて譲歩を引き出す。……完璧な交渉術(ネゴシエーション)や)
ドールはニヤリとした。
(末恐ろしい子……。これは将来、国庫の管理を任せられる逸材になるで)
「……よし、レオン。ご褒美に今日の夕食はステーキですよ」
「輸入牛ですか? 国産牛ですか?」
「特選和牛です」
「承認します」
レイブン家の庭には、今日も幸せな(そして計算高い)会話が響き渡るのであった。
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