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一方その頃、王都の王宮では。
第一王子エドワードは、執務机に肘をつき、窓の外を憂鬱そうに眺めていた。
「……シナモンが王都を去ってから、一週間か」
彼の呟きに、側近が恭しく頷く。
「左様でございます、殿下」
「今頃、あいつはどうしているだろうか。辺境の寒風に吹きさらされ、カビの生えた黒パンを泣きながら齧っているのだろうか」
エドワードの脳裏には、ボロボロの服を着て、煤(すす)にまみれて「殿下、ごめんなさい……私が間違っていました……」と涙を流すシナモンの姿が浮かんでいた。
完全なる妄想である。
「ふっ……自業自得とはいえ、少し可哀想なことをしたかもしれん」
彼は自分に酔っていた。
厳しくも慈悲深い、理想の君主像。
そこに、婚約者となったリリィ男爵令嬢がやってきた。
「あ、あの……殿下……」
リリィは顔色が悪い。
目の下に隈(くま)ができている。
「おお、リリィ! どうした、そんなにやつれて! まさかシナモンの呪いか!?」
「いえ、あのお……パンが……」
「パン?」
「王都のパンが……不味くなった気がして……」
リリィは消え入りそうな声で言った。
実は、リリィは小食で米派だが、シナモンが焼いていたパンだけは「美味しい」と食べていたのだ。
しかしシナモンがいなくなった今、王宮の食卓に並ぶのは、パサパサで喉に詰まる従来のパンだけ。
「何を言う。王宮のシェフが焼いたパンだぞ? 最高級品だ」
「でも……シナモン様がくれたパンは、もっとこう、口の中で溶けたんです……」
「リリィ、お前まで毒されていたのか! あの女の『小麦洗脳』に!」
エドワードは机をバンと叩いた。
「許せぬシナモン! 追放されてなお、罪なき人々の味覚を狂わせるとは!」
側近が気まずそうに口を挟む。
「し、しかし殿下。巷(ちまた)でも噂になっております。『最近、美味しい小麦が入荷しない』と。なんでも、クラスツ領からの供給がストップしているとか」
「なんだと?」
「クラスツ辺境伯が『娘を傷つけた王都になんぞ、一粒の麦もやらん! 全部娘の店で使う!』と激怒して、流通を止めたそうです」
「ぬおおお! あの親バカめ!」
エドワードは頭を抱えた。
王都のパン事情は悪化の一途を辿っている。
このままでは暴動が起きかねない(パン不足は歴史的にも革命のトリガーだ)。
「……決めたぞ」
エドワードは立ち上がった。
マントを翻し、ビシッと指を差す。
「私が直々に辺境へ向かう! シナモンに反省の色が見えるなら、許して連れ戻してやろう! ついでに小麦の流通も再開させる!」
「おお、なんと寛大な!」
側近たちが拍手喝采する。
リリィだけが「えっ、あの怖い人のところに行くんですか……?」と震えていたが、無視された。
こうして、勘違いの塊(王子)が動き出した。
***
同時刻。
辺境の『ベーカリー・シナモン』では。
「焼きたてでーす! 新作『悪魔の誘惑・チーズフォンデュパン』はいかがですかー!」
「きゃあああ! チーズが! チーズが雪崩のように!」
「一つください! いや、三つ!」
店内は、悲惨どころか熱狂の渦(うず)にあった。
私、シナモン・クラスツは、焼き上がったばかりのパンをトレイに乗せて、華麗にターンを決める。
「お待たせしました! とろとろチーズと、ブラックペッパーの刺激がたまりませんよ!」
「ああっ、シナモン様! なんて罪深い香りを……!」
お客さんたちが幸せそうに頬張る姿を見て、私はニマリと笑った。
王都のパン不足?
知ったことではない。
最高の小麦は、最高の職人(私)が使うべきなのだ。
「クラウスさん、追加のチーズをおろしてください! グリュイエールとエメンタールを1対1で!」
「御意」
厨房の奥で、元公爵のクラウスが黙々とチーズをおろしている。
その手つきは高速すぎて残像が見えるほどだ。
「……ふう。シナモン、チーズの準備は完了した。ついでにワインに合うハード系の生地も仕込んでおいた」
「仕事が早いわ! あなた、前世はチーズおろし器だったの?」
「いいや、人間だ。たぶん」
クラウスは額の汗を拭った。
粉まみれの姿だが、それが逆にワイルドな魅力を引き立てており、カウンターの女性客たちが「はわわ……」と卒倒しかけている。
ここ数日、クラウスの働きぶりは目覚ましいものがあった。
最初は火力調整だけだったのが、今では計量、成形、そして接客(無表情スマイル)までこなしている。
休憩時間。
私たちは店の裏手にあるベンチに座り、賄(まかな)いのチーズパンを食べていた。
青空の下、焼きたてのパンを齧る。
これ以上の贅沢があるだろうか。
「……美味い」
クラウスがしみじみと呟いた。
「毎日食べているのに、飽きないな。君のパンは」
「酵母は生き物ですからね。毎日表情が違うのです」
「俺は……王都にいた頃、食事はただの燃料補給だと思っていた。だが今は違う。食事とは、喜びなのだな」
彼のアイスブルーの瞳が、優しく細められる。
その表情を見て、私の心臓がトクンと跳ねた。
(……あら? 何かしら、この動悸)
(不整脈? それとも、さっき食べたチーズの塩分が強すぎた?)
私が胸を押さえていると、クラウスが心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「い、いえ。なんでもありません。発酵熱です」
「そうか。ならいいが」
彼は自然な動作で、私の頬についたパン粉を指で拭った。
そして、その指を自分の口へ。
「!!!」
私は硬直した。
「も、もったいない精神ですね!」
「ああ。君が作ったものは、パン粉一粒たりとも無駄にはできない」
彼は真顔で言った。
天然なのか、計算なのか。
もし計算なら、彼は王子以上のタラシである。
その時、店の方からお客さんたちの噂話が聞こえてきた。
「ねえ、聞いた? 隣国の『冷徹公爵』様が行方不明なんですって」
「ええ、ライ麦公爵家の! なんでも、視察の途中で忽然と姿を消したとか」
「怖いわねえ。暗殺されたんじゃないかって噂よ」
「あんなに冷酷で強い方が? 魔物に食べられたのかしら」
ベンチの空気が凍りついた。
私はゆっくりと視線を横に向けた。
噂の『暗殺されたかもしれない公爵様』は、口の端にチーズをつけたまま、気まずそうに空を見上げている。
「……クラウスさん」
「……なんだ」
「死んだことになってますよ」
「……その方が都合がいい」
彼はボソッと言った。
「公爵家には、優秀な弟がいる。俺がいなくなっても、家督はなんとかなるだろう。それに、あの堅苦しい城に戻って、また『味のしない食事』をする日々に耐えられる自信がない」
彼の声には、切実な響きがあった。
「俺はここで、パンを焼いていたいんだ。君と一緒に」
「クラウスさん……」
私は感動した。
そこまでパン作り(と私のパン)に情熱を注いでくれるなんて。
「わかりました! なら、徹底的に隠蔽しましょう! 幸い、あなたは粉まみれで誰だか分かりにくいですし、髪型もリーゼントにすればバレないかもしれません!」
「リーゼントは遠慮したいが……変装は考えよう」
「あ、そうだ。名前も変えましょうか。『パン・ド・ミ』とかどうです?」
「食パンか。却下だ」
そんな暢気(のんき)な会話をしていた時だった。
「ごめんください」
店の裏口に、一人の初老の男性が現れた。
仕立ての良い服を着た、執事風の男だ。
鋭い眼光が、私とクラウスを交互に見る。
クラウスの体が、ビクッと強張った。
「……セバス」
クラウスが呻くように名を呼ぶ。
執事セバスは、眼鏡の位置をクイッと直すと、深い溜め息をついた。
「やっと見つけましたぞ、クラウス様。まさかこのような場所で、口の周りをチーズだらけにして油を売っているとは」
「油ではない。パンを売っているんだ」
「減らず口は結構です。さあ、帰りますぞ。大公妃殿下がお待ちです」
「断る!」
クラウスは私の後ろに隠れた。
180センチを超える大男が、160センチの私の背中に隠れる姿は情けないが、必死さは伝わってくる。
「私は帰らん! ここが私の新しい戦場(職場)だ!」
「戦場? ただのパン屋ではありませんか」
「ただのパン屋ではない! ここは『聖域』だ!」
セバスは呆れたように首を振った。
そして、私の方を見て丁寧に一礼した。
「お初にお目にかかります、シナモン・クラスツ様。我が主人がご迷惑をおかけしております。……ところで」
セバスの鼻がヒクヒクと動いた。
「この香り……もしや、先ほど焼き上がったばかりの『チーズフォンデュパン』ですか?」
「……はい、そうですけど」
「一つ、いただけますか? 長旅で腹が減っておりまして」
「……銀貨二枚です」
「商魂たくましいですな」
セバスはパンを受け取ると、優雅に一口食べた。
瞬間。
カッ!!
セバスの眼鏡が割れた。
「なっ……!?」
「う、美味(うま)あああああッ!!!」
執事は絶叫し、その場でブリッジした。
「なんという破壊力! 濃厚なチーズのコクと、それを支えるパン生地の弾力! 口の中でマリアージュが起きている! これこそ、私が長年探し求めていた『究極の軽食』……!」
セバスは立ち上がると、クラウスではなく私に跪いた。
「シナモン様! どうぞ私めもここで雇ってください! 皿洗いでも床掃除でも何でもします!」
「セバス、お前もか!」
クラウスが叫んだ。
「お前の主人は私だろう!」
「今はパンが主人です」
「裏切り者!」
こうして、公爵家からの追っ手第一号(筆頭執事)は、一口で陥落した。
我が『ベーカリー・シナモン』の戦力は増強される一方だが、それは同時に、王都からの注目度が上がってしまうことも意味していた。
そして、運命の歯車は回り出す。
「シナモーン! 迎えに来たぞー!」という、あのアホ王子の馬車が、国境を越えようとしていることに、私たちはまだ気づいていなかった。
第一王子エドワードは、執務机に肘をつき、窓の外を憂鬱そうに眺めていた。
「……シナモンが王都を去ってから、一週間か」
彼の呟きに、側近が恭しく頷く。
「左様でございます、殿下」
「今頃、あいつはどうしているだろうか。辺境の寒風に吹きさらされ、カビの生えた黒パンを泣きながら齧っているのだろうか」
エドワードの脳裏には、ボロボロの服を着て、煤(すす)にまみれて「殿下、ごめんなさい……私が間違っていました……」と涙を流すシナモンの姿が浮かんでいた。
完全なる妄想である。
「ふっ……自業自得とはいえ、少し可哀想なことをしたかもしれん」
彼は自分に酔っていた。
厳しくも慈悲深い、理想の君主像。
そこに、婚約者となったリリィ男爵令嬢がやってきた。
「あ、あの……殿下……」
リリィは顔色が悪い。
目の下に隈(くま)ができている。
「おお、リリィ! どうした、そんなにやつれて! まさかシナモンの呪いか!?」
「いえ、あのお……パンが……」
「パン?」
「王都のパンが……不味くなった気がして……」
リリィは消え入りそうな声で言った。
実は、リリィは小食で米派だが、シナモンが焼いていたパンだけは「美味しい」と食べていたのだ。
しかしシナモンがいなくなった今、王宮の食卓に並ぶのは、パサパサで喉に詰まる従来のパンだけ。
「何を言う。王宮のシェフが焼いたパンだぞ? 最高級品だ」
「でも……シナモン様がくれたパンは、もっとこう、口の中で溶けたんです……」
「リリィ、お前まで毒されていたのか! あの女の『小麦洗脳』に!」
エドワードは机をバンと叩いた。
「許せぬシナモン! 追放されてなお、罪なき人々の味覚を狂わせるとは!」
側近が気まずそうに口を挟む。
「し、しかし殿下。巷(ちまた)でも噂になっております。『最近、美味しい小麦が入荷しない』と。なんでも、クラスツ領からの供給がストップしているとか」
「なんだと?」
「クラスツ辺境伯が『娘を傷つけた王都になんぞ、一粒の麦もやらん! 全部娘の店で使う!』と激怒して、流通を止めたそうです」
「ぬおおお! あの親バカめ!」
エドワードは頭を抱えた。
王都のパン事情は悪化の一途を辿っている。
このままでは暴動が起きかねない(パン不足は歴史的にも革命のトリガーだ)。
「……決めたぞ」
エドワードは立ち上がった。
マントを翻し、ビシッと指を差す。
「私が直々に辺境へ向かう! シナモンに反省の色が見えるなら、許して連れ戻してやろう! ついでに小麦の流通も再開させる!」
「おお、なんと寛大な!」
側近たちが拍手喝采する。
リリィだけが「えっ、あの怖い人のところに行くんですか……?」と震えていたが、無視された。
こうして、勘違いの塊(王子)が動き出した。
***
同時刻。
辺境の『ベーカリー・シナモン』では。
「焼きたてでーす! 新作『悪魔の誘惑・チーズフォンデュパン』はいかがですかー!」
「きゃあああ! チーズが! チーズが雪崩のように!」
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私、シナモン・クラスツは、焼き上がったばかりのパンをトレイに乗せて、華麗にターンを決める。
「お待たせしました! とろとろチーズと、ブラックペッパーの刺激がたまりませんよ!」
「ああっ、シナモン様! なんて罪深い香りを……!」
お客さんたちが幸せそうに頬張る姿を見て、私はニマリと笑った。
王都のパン不足?
知ったことではない。
最高の小麦は、最高の職人(私)が使うべきなのだ。
「クラウスさん、追加のチーズをおろしてください! グリュイエールとエメンタールを1対1で!」
「御意」
厨房の奥で、元公爵のクラウスが黙々とチーズをおろしている。
その手つきは高速すぎて残像が見えるほどだ。
「……ふう。シナモン、チーズの準備は完了した。ついでにワインに合うハード系の生地も仕込んでおいた」
「仕事が早いわ! あなた、前世はチーズおろし器だったの?」
「いいや、人間だ。たぶん」
クラウスは額の汗を拭った。
粉まみれの姿だが、それが逆にワイルドな魅力を引き立てており、カウンターの女性客たちが「はわわ……」と卒倒しかけている。
ここ数日、クラウスの働きぶりは目覚ましいものがあった。
最初は火力調整だけだったのが、今では計量、成形、そして接客(無表情スマイル)までこなしている。
休憩時間。
私たちは店の裏手にあるベンチに座り、賄(まかな)いのチーズパンを食べていた。
青空の下、焼きたてのパンを齧る。
これ以上の贅沢があるだろうか。
「……美味い」
クラウスがしみじみと呟いた。
「毎日食べているのに、飽きないな。君のパンは」
「酵母は生き物ですからね。毎日表情が違うのです」
「俺は……王都にいた頃、食事はただの燃料補給だと思っていた。だが今は違う。食事とは、喜びなのだな」
彼のアイスブルーの瞳が、優しく細められる。
その表情を見て、私の心臓がトクンと跳ねた。
(……あら? 何かしら、この動悸)
(不整脈? それとも、さっき食べたチーズの塩分が強すぎた?)
私が胸を押さえていると、クラウスが心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「い、いえ。なんでもありません。発酵熱です」
「そうか。ならいいが」
彼は自然な動作で、私の頬についたパン粉を指で拭った。
そして、その指を自分の口へ。
「!!!」
私は硬直した。
「も、もったいない精神ですね!」
「ああ。君が作ったものは、パン粉一粒たりとも無駄にはできない」
彼は真顔で言った。
天然なのか、計算なのか。
もし計算なら、彼は王子以上のタラシである。
その時、店の方からお客さんたちの噂話が聞こえてきた。
「ねえ、聞いた? 隣国の『冷徹公爵』様が行方不明なんですって」
「ええ、ライ麦公爵家の! なんでも、視察の途中で忽然と姿を消したとか」
「怖いわねえ。暗殺されたんじゃないかって噂よ」
「あんなに冷酷で強い方が? 魔物に食べられたのかしら」
ベンチの空気が凍りついた。
私はゆっくりと視線を横に向けた。
噂の『暗殺されたかもしれない公爵様』は、口の端にチーズをつけたまま、気まずそうに空を見上げている。
「……クラウスさん」
「……なんだ」
「死んだことになってますよ」
「……その方が都合がいい」
彼はボソッと言った。
「公爵家には、優秀な弟がいる。俺がいなくなっても、家督はなんとかなるだろう。それに、あの堅苦しい城に戻って、また『味のしない食事』をする日々に耐えられる自信がない」
彼の声には、切実な響きがあった。
「俺はここで、パンを焼いていたいんだ。君と一緒に」
「クラウスさん……」
私は感動した。
そこまでパン作り(と私のパン)に情熱を注いでくれるなんて。
「わかりました! なら、徹底的に隠蔽しましょう! 幸い、あなたは粉まみれで誰だか分かりにくいですし、髪型もリーゼントにすればバレないかもしれません!」
「リーゼントは遠慮したいが……変装は考えよう」
「あ、そうだ。名前も変えましょうか。『パン・ド・ミ』とかどうです?」
「食パンか。却下だ」
そんな暢気(のんき)な会話をしていた時だった。
「ごめんください」
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仕立ての良い服を着た、執事風の男だ。
鋭い眼光が、私とクラウスを交互に見る。
クラウスの体が、ビクッと強張った。
「……セバス」
クラウスが呻くように名を呼ぶ。
執事セバスは、眼鏡の位置をクイッと直すと、深い溜め息をついた。
「やっと見つけましたぞ、クラウス様。まさかこのような場所で、口の周りをチーズだらけにして油を売っているとは」
「油ではない。パンを売っているんだ」
「減らず口は結構です。さあ、帰りますぞ。大公妃殿下がお待ちです」
「断る!」
クラウスは私の後ろに隠れた。
180センチを超える大男が、160センチの私の背中に隠れる姿は情けないが、必死さは伝わってくる。
「私は帰らん! ここが私の新しい戦場(職場)だ!」
「戦場? ただのパン屋ではありませんか」
「ただのパン屋ではない! ここは『聖域』だ!」
セバスは呆れたように首を振った。
そして、私の方を見て丁寧に一礼した。
「お初にお目にかかります、シナモン・クラスツ様。我が主人がご迷惑をおかけしております。……ところで」
セバスの鼻がヒクヒクと動いた。
「この香り……もしや、先ほど焼き上がったばかりの『チーズフォンデュパン』ですか?」
「……はい、そうですけど」
「一つ、いただけますか? 長旅で腹が減っておりまして」
「……銀貨二枚です」
「商魂たくましいですな」
セバスはパンを受け取ると、優雅に一口食べた。
瞬間。
カッ!!
セバスの眼鏡が割れた。
「なっ……!?」
「う、美味(うま)あああああッ!!!」
執事は絶叫し、その場でブリッジした。
「なんという破壊力! 濃厚なチーズのコクと、それを支えるパン生地の弾力! 口の中でマリアージュが起きている! これこそ、私が長年探し求めていた『究極の軽食』……!」
セバスは立ち上がると、クラウスではなく私に跪いた。
「シナモン様! どうぞ私めもここで雇ってください! 皿洗いでも床掃除でも何でもします!」
「セバス、お前もか!」
クラウスが叫んだ。
「お前の主人は私だろう!」
「今はパンが主人です」
「裏切り者!」
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