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「見てください、クラウスさん! この素晴らしい小麦の海を!」
クラスツ領の秋。
それは一年で最も美しい季節であり、私にとっては正月よりもクリスマスよりも重要な「聖なる期間」だ。
収穫祭の当日。
広場には屋台が並び、黄金色の小麦の束が至る所に飾られている。
私は広場の真ん中で、両手を広げて深呼吸をした。
「ああ、素晴らしい……。空気中の粉塵濃度が高まっています。これは肺に取り込むべき聖なる粒子ですね」
「……ただの埃(ほこり)だと思うが」
隣に立つクラウスが、冷静にツッコミを入れる。
今日の彼は、いつもの店員エプロンではなく、少しカチッとしたシャツにベストという格好だ。
私が「祭りの日は正装でパンに敬意を払うべきです」と言って着せたのだが、素材が良いせいで、どこぞの貴公子が平民の祭りに忍び込んだようにしか見えない。
いや、実際そうなんだけど。
「それでシナモン。君が数日前から徹夜で作っていた『アレ』は、どこにある?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました」
私は広場の中央に設置された、白い布で覆われた巨大な物体を指差した。
「ジャーン! お披露目です!」
私は勢いよく布を引き下ろした。
そこに現れたのは、高さ三メートルを超える巨大な建造物だった。
「……なんだ、これは」
クラウスが絶句した。
「『パンの塔』です」
「塔?」
「ええ。土台は堅焼きのライ麦パン、中層はバゲットの柱、そして頂上にはブリオッシュの宮殿を配置しました。すべて食べられる素材でできています」
それは私の技術の結晶だった。
建築学とパン作りを融合させた、芸術作品(ピエスモンテ)。
周囲の領民たちからも「おおーっ!」と歓声が上がる。
「すげえ! 全部パンかよ!」
「お嬢様、また変な才能を開花させて……」
どよめきの中、私は胸を張った。
「この塔は、天の恵みへの感謝を表しています。名付けて『バベルのパン塔』!」
「……名前が不吉すぎないか? 崩壊するぞ」
「縁起でもないことを言わないでください! 接着には最強のアイシング(砂糖衣)を使っていますから、震度3までは耐えられます!」
「耐震構造まで計算済みか……」
クラウスは呆れつつも、その巨大なパンをしげしげと観察した。
「だが、見事だ。この細かい装飾、窓枠の一つ一つまでプレッツェルで再現しているとは」
「でしょう? クラウスさんも手伝ってくれたじゃないですか。この土台の石積み(角切りパン)、あなたが積んだんですよ」
「……ああ。城壁の修復作業を思い出して、つい夢中になってしまった」
彼は少し照れくさそうに塔に触れた。
その横顔を見て、私はふと思った。
(この人、本当に何でもできるわね……)
剣術、魔法、計算、そして今や建築(パン積み)まで。
彼がいれば、世界征服も夢ではないかもしれない。
私はパン屋の世界展開しか興味がないけれど。
***
祭りは順調に進んだ。
私の作ったパン塔は、記念撮影スポットとして大人気となり、子供たちが周りを走り回っている。
「こらー! 土台の乾パンを齧っちゃダメよー! そこを抜くとバランスが崩れるから!」
私は子供たちを注意しながら、焼き菓子を配り歩いた。
クラウスも、不慣れながらも子供たちに囲まれている。
「おい兄ちゃん、剣見せてくれよ!」
「……今はただのパン屋だ。剣など持っていない」
「嘘だー! フランスパンで岩を割ったって聞いたぞ!」
「……噂には尾ひれがつくものだ」
彼は困ったように笑いながら、子供の頭を撫でていた。
その表情が、以前より随分と柔らかくなっていることに気づき、私はなんだか温かい気持ちになった。
(ここに来た頃は、死にそうな顔をしていたのに)
美味しいパンと、騒がしい日常。
それが彼を癒やしているなら、パン職人冥利に尽きるというものだ。
しかし。
平和な時間は長くは続かないのが、物語のお約束だ。
「きゃあああ!」
突然、悲鳴が上がった。
見ると、酔っ払った冒険者のグループが、ふらついて屋台にぶつかった拍子に、パン塔の方へ倒れ込んだのだ。
「あっ、危ない!」
ドスン!!
巨体が塔の土台に激突する。
メキメキッ……。
嫌な音がした。
私の計算し尽くした耐震構造が、想定外の『質量攻撃』によって悲鳴を上げたのだ。
三メートルの巨塔が、ゆっくりとグラつき始める。
「嘘……倒れる!」
その先には、逃げ遅れた子供たちがいる。
パンとはいえ、あんな塊が落ちてきたら怪我では済まない。
「逃げてーー!!」
私が叫ぼうとした、その時だった。
「させんッ!!」
疾風のような影が走った。
クラウスだ。
彼は瞬時に子供たちの前に躍り出ると、傾いてきた巨大なパン塔を、素手で受け止めた。
ズガァン!!
「ぐっ……!」
重量数百キロはあるパンの塊が、彼の両腕と背中にのしかかる。
「クラウスさん!!」
私は駆け寄った。
「馬鹿! 避けてよ! 潰れちゃう!」
「……問題ない」
クラウスは歯を食いしばりながら、ニヤリと笑った。
「たかがパンだ。……だが、君が三日三晩かけて作った、大切な作品だろう?」
「えっ」
「壊させるかよ。……子供たちの笑顔も、君の努力も!」
彼の体から、青白い魔力が溢れ出した。
その魔力がパン塔を包み込み、崩壊しかけた生地を強引に繋ぎ止める。
「うおおおおッ!! 戻れぇぇぇ!!」
彼は気合一発、傾いた塔を垂直に押し戻した。
ドンッ!
塔が元の位置に収まる。
奇跡的なバランス感覚だ。
シーン……と静まり返る広場。
次の瞬間、ワァァァァッ!! と爆発的な歓声が上がった。
「すげえええ! パンを持ち上げたぞ!」
「今の見たか!? 魔法だ!」
「あの兄ちゃん、やっぱり英雄じゃねえか!」
拍手喝采。
クラウスは肩で息をしながら、服についたパン屑を払った。
「……ふう。アイシングがシャツについたな」
「クラウスさん……」
私は涙目で彼を見上げた。
「あなた……」
「礼はいらない。店員として当然の……」
「バカァァァ!!」
私は彼の胸をポカポカ叩いた。
「怪我したらどうするんですか! パンなんてまた焼けばいいのに! あなたの体の方が大事に決まってるでしょう!?」
私の剣幕に、クラウスは目を丸くした。
「……え?」
「もしあなたが怪我をして、パンがこねられなくなったらどうするんです!? 私の右腕なんですよ!?」
「……そこか」
彼は苦笑したが、その瞳は優しかった。
「心配してくれてありがとう。……だが、俺は君を悲しませたくなかったんだ」
「……っ」
そんな直球を投げられては、返す言葉がない。
広場の人々が「ヒューヒュー!」と冷やかす中、私たちは真っ赤になって立ち尽くした。
「まあ、いい絵だこと」
「若いっていいわねえ」
完全に公認カップルの雰囲気だ。
私が「違います! これは労災の確認です!」と言い訳しようとした時。
群衆の後ろから、冷ややかな視線を感じた。
ゾクリ、と背筋が凍るような感覚。
「……誰?」
私が振り返ると、そこには黒いマントを目深に被った小柄な人影があった。
その人物は、じっとクラウスを見つめている。
そして、スッと人混みの中に消えていった。
「シナモン? どうした」
「いえ……今、誰かが見ていたような」
「気のせいだろう。今日は人が多いからな」
クラウスは気にしなかったが、私の胸騒ぎは収まらなかった。
あのアイスブルーの瞳。
どこか、クラウスに似ていたような……?
***
祭りの後片付けが終わり、夜になった。
店に戻った私たちは、売れ残った(というか、救出された)パン塔の一部を切り崩して食べていた。
「うん、味は落ちてないわ」
「激しい衝撃を受けたはずなのに、ふわふわだ」
「あなたの魔力コーティングのおかげね」
焚き火を囲みながら、静かな時間が流れる。
炎がパチパチと爆ぜる音だけが響く。
「……シナモン」
不意に、クラウスが真剣な声を出した。
「ん?」
「今日のことで決心がついた」
彼は焚き火を見つめたまま言った。
「俺は、自分の過去と向き合おうと思う」
「過去?」
「ああ。逃げてばかりでは、この店を守れない。……俺は、近いうちに全てを話すつもりだ。俺が何者で、なぜここに来たのか」
私はパンを齧りながら、彼の横顔を見つめた。
知っている。
彼がただのバイトではないことも、高貴な身分であることも。
でも、彼自身の口から聞くまでは、知らないフリをするのがパン屋の主人の嗜(たしな)みだ。
「わかりました。その時が来たら、最高のコーヒーを淹れて聞きますよ」
「……ありがとう」
彼は静かに微笑んだ。
その笑顔は、今までで一番穏やかで、そして少しだけ儚(はかな)げに見えた。
しかし。
彼の決意表明より早く、事態は動いていた。
翌朝、店の扉の前に一枚の羊皮紙が貼られていたのだ。
『拝啓、兄上へ。
パン遊びは終わりです。
直ちに帰還されたし。さもなくば、この店を小麦粉の供給停止により兵糧攻めにします。
追伸:あのパン塔の美的センスは最悪でした。
弟、フェリクスより』
「……」
私は張り紙を見て、ビキビキとこめかみを震わせた。
「供給停止……ですって?」
クラウスの正体がバレたことより、私の美的センスを貶(けな)されたことより。
パン屋にとっての死活問題『小麦粉ストップ』をチラつかせたことに、私の怒りのボルテージは沸点を超えた。
「上等じゃないの……!」
私は羊皮紙を握りつぶした。
「喧嘩を売る相手を間違えたわね、ブラザー! 受けて立つわよ!」
「待てシナモン、落ち着け! 相手は国家権力だぞ!」
「関係ありません! 小麦の敵は私の敵です!」
ついに、最強のブラコン弟フェリクスとの全面対決の幕が上がろうとしていた。
クラスツ領の秋。
それは一年で最も美しい季節であり、私にとっては正月よりもクリスマスよりも重要な「聖なる期間」だ。
収穫祭の当日。
広場には屋台が並び、黄金色の小麦の束が至る所に飾られている。
私は広場の真ん中で、両手を広げて深呼吸をした。
「ああ、素晴らしい……。空気中の粉塵濃度が高まっています。これは肺に取り込むべき聖なる粒子ですね」
「……ただの埃(ほこり)だと思うが」
隣に立つクラウスが、冷静にツッコミを入れる。
今日の彼は、いつもの店員エプロンではなく、少しカチッとしたシャツにベストという格好だ。
私が「祭りの日は正装でパンに敬意を払うべきです」と言って着せたのだが、素材が良いせいで、どこぞの貴公子が平民の祭りに忍び込んだようにしか見えない。
いや、実際そうなんだけど。
「それでシナモン。君が数日前から徹夜で作っていた『アレ』は、どこにある?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました」
私は広場の中央に設置された、白い布で覆われた巨大な物体を指差した。
「ジャーン! お披露目です!」
私は勢いよく布を引き下ろした。
そこに現れたのは、高さ三メートルを超える巨大な建造物だった。
「……なんだ、これは」
クラウスが絶句した。
「『パンの塔』です」
「塔?」
「ええ。土台は堅焼きのライ麦パン、中層はバゲットの柱、そして頂上にはブリオッシュの宮殿を配置しました。すべて食べられる素材でできています」
それは私の技術の結晶だった。
建築学とパン作りを融合させた、芸術作品(ピエスモンテ)。
周囲の領民たちからも「おおーっ!」と歓声が上がる。
「すげえ! 全部パンかよ!」
「お嬢様、また変な才能を開花させて……」
どよめきの中、私は胸を張った。
「この塔は、天の恵みへの感謝を表しています。名付けて『バベルのパン塔』!」
「……名前が不吉すぎないか? 崩壊するぞ」
「縁起でもないことを言わないでください! 接着には最強のアイシング(砂糖衣)を使っていますから、震度3までは耐えられます!」
「耐震構造まで計算済みか……」
クラウスは呆れつつも、その巨大なパンをしげしげと観察した。
「だが、見事だ。この細かい装飾、窓枠の一つ一つまでプレッツェルで再現しているとは」
「でしょう? クラウスさんも手伝ってくれたじゃないですか。この土台の石積み(角切りパン)、あなたが積んだんですよ」
「……ああ。城壁の修復作業を思い出して、つい夢中になってしまった」
彼は少し照れくさそうに塔に触れた。
その横顔を見て、私はふと思った。
(この人、本当に何でもできるわね……)
剣術、魔法、計算、そして今や建築(パン積み)まで。
彼がいれば、世界征服も夢ではないかもしれない。
私はパン屋の世界展開しか興味がないけれど。
***
祭りは順調に進んだ。
私の作ったパン塔は、記念撮影スポットとして大人気となり、子供たちが周りを走り回っている。
「こらー! 土台の乾パンを齧っちゃダメよー! そこを抜くとバランスが崩れるから!」
私は子供たちを注意しながら、焼き菓子を配り歩いた。
クラウスも、不慣れながらも子供たちに囲まれている。
「おい兄ちゃん、剣見せてくれよ!」
「……今はただのパン屋だ。剣など持っていない」
「嘘だー! フランスパンで岩を割ったって聞いたぞ!」
「……噂には尾ひれがつくものだ」
彼は困ったように笑いながら、子供の頭を撫でていた。
その表情が、以前より随分と柔らかくなっていることに気づき、私はなんだか温かい気持ちになった。
(ここに来た頃は、死にそうな顔をしていたのに)
美味しいパンと、騒がしい日常。
それが彼を癒やしているなら、パン職人冥利に尽きるというものだ。
しかし。
平和な時間は長くは続かないのが、物語のお約束だ。
「きゃあああ!」
突然、悲鳴が上がった。
見ると、酔っ払った冒険者のグループが、ふらついて屋台にぶつかった拍子に、パン塔の方へ倒れ込んだのだ。
「あっ、危ない!」
ドスン!!
巨体が塔の土台に激突する。
メキメキッ……。
嫌な音がした。
私の計算し尽くした耐震構造が、想定外の『質量攻撃』によって悲鳴を上げたのだ。
三メートルの巨塔が、ゆっくりとグラつき始める。
「嘘……倒れる!」
その先には、逃げ遅れた子供たちがいる。
パンとはいえ、あんな塊が落ちてきたら怪我では済まない。
「逃げてーー!!」
私が叫ぼうとした、その時だった。
「させんッ!!」
疾風のような影が走った。
クラウスだ。
彼は瞬時に子供たちの前に躍り出ると、傾いてきた巨大なパン塔を、素手で受け止めた。
ズガァン!!
「ぐっ……!」
重量数百キロはあるパンの塊が、彼の両腕と背中にのしかかる。
「クラウスさん!!」
私は駆け寄った。
「馬鹿! 避けてよ! 潰れちゃう!」
「……問題ない」
クラウスは歯を食いしばりながら、ニヤリと笑った。
「たかがパンだ。……だが、君が三日三晩かけて作った、大切な作品だろう?」
「えっ」
「壊させるかよ。……子供たちの笑顔も、君の努力も!」
彼の体から、青白い魔力が溢れ出した。
その魔力がパン塔を包み込み、崩壊しかけた生地を強引に繋ぎ止める。
「うおおおおッ!! 戻れぇぇぇ!!」
彼は気合一発、傾いた塔を垂直に押し戻した。
ドンッ!
塔が元の位置に収まる。
奇跡的なバランス感覚だ。
シーン……と静まり返る広場。
次の瞬間、ワァァァァッ!! と爆発的な歓声が上がった。
「すげえええ! パンを持ち上げたぞ!」
「今の見たか!? 魔法だ!」
「あの兄ちゃん、やっぱり英雄じゃねえか!」
拍手喝采。
クラウスは肩で息をしながら、服についたパン屑を払った。
「……ふう。アイシングがシャツについたな」
「クラウスさん……」
私は涙目で彼を見上げた。
「あなた……」
「礼はいらない。店員として当然の……」
「バカァァァ!!」
私は彼の胸をポカポカ叩いた。
「怪我したらどうするんですか! パンなんてまた焼けばいいのに! あなたの体の方が大事に決まってるでしょう!?」
私の剣幕に、クラウスは目を丸くした。
「……え?」
「もしあなたが怪我をして、パンがこねられなくなったらどうするんです!? 私の右腕なんですよ!?」
「……そこか」
彼は苦笑したが、その瞳は優しかった。
「心配してくれてありがとう。……だが、俺は君を悲しませたくなかったんだ」
「……っ」
そんな直球を投げられては、返す言葉がない。
広場の人々が「ヒューヒュー!」と冷やかす中、私たちは真っ赤になって立ち尽くした。
「まあ、いい絵だこと」
「若いっていいわねえ」
完全に公認カップルの雰囲気だ。
私が「違います! これは労災の確認です!」と言い訳しようとした時。
群衆の後ろから、冷ややかな視線を感じた。
ゾクリ、と背筋が凍るような感覚。
「……誰?」
私が振り返ると、そこには黒いマントを目深に被った小柄な人影があった。
その人物は、じっとクラウスを見つめている。
そして、スッと人混みの中に消えていった。
「シナモン? どうした」
「いえ……今、誰かが見ていたような」
「気のせいだろう。今日は人が多いからな」
クラウスは気にしなかったが、私の胸騒ぎは収まらなかった。
あのアイスブルーの瞳。
どこか、クラウスに似ていたような……?
***
祭りの後片付けが終わり、夜になった。
店に戻った私たちは、売れ残った(というか、救出された)パン塔の一部を切り崩して食べていた。
「うん、味は落ちてないわ」
「激しい衝撃を受けたはずなのに、ふわふわだ」
「あなたの魔力コーティングのおかげね」
焚き火を囲みながら、静かな時間が流れる。
炎がパチパチと爆ぜる音だけが響く。
「……シナモン」
不意に、クラウスが真剣な声を出した。
「ん?」
「今日のことで決心がついた」
彼は焚き火を見つめたまま言った。
「俺は、自分の過去と向き合おうと思う」
「過去?」
「ああ。逃げてばかりでは、この店を守れない。……俺は、近いうちに全てを話すつもりだ。俺が何者で、なぜここに来たのか」
私はパンを齧りながら、彼の横顔を見つめた。
知っている。
彼がただのバイトではないことも、高貴な身分であることも。
でも、彼自身の口から聞くまでは、知らないフリをするのがパン屋の主人の嗜(たしな)みだ。
「わかりました。その時が来たら、最高のコーヒーを淹れて聞きますよ」
「……ありがとう」
彼は静かに微笑んだ。
その笑顔は、今までで一番穏やかで、そして少しだけ儚(はかな)げに見えた。
しかし。
彼の決意表明より早く、事態は動いていた。
翌朝、店の扉の前に一枚の羊皮紙が貼られていたのだ。
『拝啓、兄上へ。
パン遊びは終わりです。
直ちに帰還されたし。さもなくば、この店を小麦粉の供給停止により兵糧攻めにします。
追伸:あのパン塔の美的センスは最悪でした。
弟、フェリクスより』
「……」
私は張り紙を見て、ビキビキとこめかみを震わせた。
「供給停止……ですって?」
クラウスの正体がバレたことより、私の美的センスを貶(けな)されたことより。
パン屋にとっての死活問題『小麦粉ストップ』をチラつかせたことに、私の怒りのボルテージは沸点を超えた。
「上等じゃないの……!」
私は羊皮紙を握りつぶした。
「喧嘩を売る相手を間違えたわね、ブラザー! 受けて立つわよ!」
「待てシナモン、落ち着け! 相手は国家権力だぞ!」
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