婚約破棄? ああ、そうですか。では実家に帰るので構わないでください。

ちゅんりー

文字の大きさ
16 / 27

16

「招待状?」

私は粉まみれの手で、セバスから渡された封筒を受け取ろうとして止められた。

「お嬢様、手を拭いてからにしてください。これは隣国リ・ブレの王家からの直書(じきしょ)ですぞ」

「王家?」

手を拭いて封筒を開ける。

中には、金箔で縁取られた豪華なカードが入っていた。

『親愛なるシナモン・クラスツ嬢へ。

 貴殿の焼くパンの噂は、我が国にも届いております。
 つきましては、来週開催される「王宮大舞踏会」にご招待いたします。
 当日は、我が甥(おい)であるクラウスと共に参列されたし。

 リ・ブレ国王 アルフレッド』

読み終えた私は、パァァッ! と顔を輝かせた。

「すごいわ、クラウスさん! 隣国の国王様から『出店依頼』が来たわよ!」

「……どこをどう読んだらそうなる」

横でジャガイモの皮を剥いていたクラウスが、呆れたように言った。

「『舞踏会』と書いてあるだろう。ダンスパーティーだ」

「違いますよ。貴族社会において『舞踏会』とは、建前上の名称。その実態は『立食パーティー』であり、つまりは『美味しいパンを配る絶好のチャンス』のことです!」

私の論理展開に、クラウスは頭を抱えた。

「曲解がすぎる……。だが、叔父上(国王)が俺を指名しているのが気になるな」

「クラウスさんの叔父様なんですか?」

「ああ。母上(大公妃)の兄だ。陽気な人だが、悪戯好きでな……。俺たちが辺境でパン屋をしていることを面白がって、呼び出したに違いない」

「宣伝のチャンスですね! 行きましょう!」

私は即決した。

「当日は500人規模の集客が見込めます。試供品を1000個用意して、新規顧客を一網打尽にしますわ!」

「……俺は、お前と踊りたかったんだが」

クラウスのボソッとした呟きは、私の「新作パンの構想」にかき消された。

***

数日後。

私たちは王都の服屋にいた。

舞踏会に出るには、ドレスコードという壁がある。

いつものエプロン姿では、さすがに入場を断られる(衛兵にパンを投げつけて強行突破する手もあるが、招待主に失礼だ)。

「シナモン様、こちらはいかがです? 今流行りのマーメイドラインですわ」

店員さんが持ってきたのは、体のラインがくっきり出る美しいドレスだ。

私は鏡の前で合わせてみて、眉をひそめた。

「動きにくいですね」

「は?」

「これじゃあ、不測の事態が起きた時に、全速力でパンを守れません。あと、ポケットがないのが致命的です」

「ド、ドレスにポケットですか?」

「ええ。最低でも、麺棒とイースト菌の小瓶が入るポケットが必要です。できれば内側に、焼き立てのバゲットを保温できる断熱スペースも欲しいですね」

店員さんが助けを求めるようにクラウスを見た。

クラウスは試着室のカーテンを開けて、ため息をついた。

「シナモン。今回は諦めてくれ。……パンはセバスに持たせればいい」

「えーっ。自分の武器は自分で持ちたいのに」

「それに……」

クラウスは私を見て、少し顔を赤らめた。

「その、淡いピンク色のドレス……。桜の塩漬けパンみたいで、似合っているぞ」

「……!」

私はハッとした。

「桜の塩漬けパン! 確かに、春の限定メニューにぴったりの色合いですね! 採用です!」

「……褒め言葉の受け取り方が独特すぎる」

結局、私は「桜色のドレス(パン色)」を選び、クラウスは「濃紺の礼服(制服ではない)」を仕立てた。

見慣れない正装姿のクラウスは、悔しいけれど直視できないほど格好良かった。

銀髪を後ろに流し、長身にフィットしたタキシード。

これなら、黙っていれば「伝説の公爵様」に見える。

(口を開けば「今日のパンの焼き加減が……」とか言う残念な人だけど)

***

そして、舞踏会当日。

私たちは隣国リ・ブレの王宮へ向かう馬車の中にいた。

馬車の荷台には、私が徹夜で焼き上げた『祝いの飾りパン(一畳サイズ)』と、大量の試食用パンが積まれている。

「緊張するな……」

クラウスが襟元を直しながら呟く。

「大丈夫ですよ。いざとなったら、飾りパンを盾にして戦えばいいんです」

「そういう物理的な緊張じゃない。……社交界に戻るのが久しぶりでな」

彼は窓の外を見た。

「俺は『行方不明』扱いだったからな。今日、公の場に出れば、もう逃げ隠れはできない。……ライ麦公爵としての責務が復活する」

「……パン屋を辞めなきゃいけないんですか?」

私が不安げに尋ねると、彼はフッと笑って私の手を握った。

「まさか。俺の責務とは『シナモンのパンを世界に広めること』だと、腹を決めたからな。今日はそのための外交活動だ」

「クラウスさん……!」

頼もしい。

完全に私の「パンの騎士」に染まっている。

馬車が王宮のゲートをくぐる。

煌(きら)びやかな城。

着飾った貴族たちが続々と会場へ入っていく。

「さあ、行くぞシナモン。……俺のパートナーとして」

クラウスが手を差し出した。

私はその手を取り、馬車を降りた。

「はい! 戦場(マーケット)へ!」

私たちが会場に入ると、一瞬で視線が集中した。

「あれは……ライ麦公爵?」

「生きていたのか!」

「隣にいるのは誰だ? あの噂の『パンの魔女』か?」

ざわめきの中、私たちは堂々とレッドカーペットを歩く。

クラウスは優雅に微笑み、周囲に会釈をしている。

その完璧な貴族ムーブに、私は小声で話しかけた。

「すごいですね、クラウスさん。皆さんが見惚れていますよ」

「いや、彼らが見ているのは俺じゃない」

クラウスは引きつった笑顔で答えた。

「お前が背中に背負っている『巨大なフランスパン』を見ているんだ」

「えっ? これですか? 正装用のバッグ代わりですけど」

私は背中の『中をくり抜いて空洞にした特大バゲット(ショルダー紐付き)』をポンと叩いた。

中には名刺と、緊急用の小麦粉が入っている。

「……まあいい。シナモンらしくて安心する」

私たちがホールの中心に進むと、ファンファーレが鳴り響いた。

「国王陛下のおなりー!」

壇上に現れたのは、立派な髭を蓄えた恰幅の良い男性――アルフレッド国王だ。

彼は会場を見渡し、私たちを見つけると、ニカっと笑った。

「おお! 戻ったか、我が甥クラウスよ! そして、そちらが噂のシナモン嬢か!」

国王は大股で階段を降りてきた。

「よ、よくぞ参った! 手紙の返事が『出店スペースは3メートル四方で足りますか?』だった時はどうしようかと思ったが!」

「お初にお目にかかります、陛下」

私はパンのバッグを背負ったまま、完璧なカーテシーをした。

「本日はこのような素晴らしい『商談会』にお招きいただき、光栄です」

「ぶはは! 商談会か! 面白い!」

国王は豪快に笑い、私の背中のフランスパンをコンコンと叩いた。

「いい焼き音だ。……で、中身は何だ?」

「当店のパンフレットと、割引クーポン券です」

「くくっ、最高だ! 気に入った!」

国王は私たちの肩を抱いた。

「堅苦しい挨拶は抜きだ。今宵は、我が国の『美食家』たちが集まっている。シナモン嬢、存分にその腕(パン)を自慢してくれ!」

「お任せください!」

私は合図を送った。

待機していたセバスたちが、荷台からパンを運び込んでくる。

会場の一角が、あっという間に『即席ベーカリー』へと変貌した。

「さあ皆様! ダンスの前に腹ごしらえはいかがですか! ドレスが汚れない『一口サイズのピンチョス・パン』もございますよ!」

貴族たちが恐る恐る近づいてくる。

「これが噂の……」

「いい香りだ……」

一人が手を伸ばし、口に入れる。

その瞬間。

「!!」

雷に打たれたような顔をする貴族。

「う、美味い! なんだこの生地の弾力は!」

「バターの風味が、口の中でワルツを踊っているようだ!」

「私にも! 私にもくれ!」

たちまち大行列ができた。

優雅な舞踏会は、一瞬にして『パン争奪戦会場』と化した。

音楽隊が演奏するワルツに合わせて、貴族たちがパンを求めて回転(ターン)している。

「大盛況ですね!」

私がパンを配りまくっていると、人混みをかき分けて、一人の少女が近づいてきた。

ピンク色のフリルのドレスを着た、お人形のように可愛い令嬢だ。

しかし、その目は敵意に燃えている。

「……あなたが、お兄様をたぶらかしたパン屋の女ね!」

「はい?」

少女は私をビシッと指差した。

「私はミント! クラウスお兄様の婚約者(自称)よ! そんな粉っぽい女にお兄様は渡さないわ!」

「ミント?」

私は首をかしげた。

「爽やかそうな名前ですね。ハーブパンの材料に良さそうです」

「材料にするな! 勝負よ! 私とダンスで勝負して、勝った方がお兄様と踊るのよ!」

新たなライバル(?)登場。

しかし、私はパン作り以外の勝負には興味がない。

「ダンス対決ですか? いいでしょう。ただし、種目は『パン生地こねダンス』でお願いします」

「は?」

「リズムに合わせて、どれだけグルテンを形成できるか競いましょう」

舞踏会の夜は、まだまだカオスになりそうだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。 継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。 しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。 彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。 2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)

恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様! しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが? だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど! 義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて…… もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。 「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。 しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。 ねえ、どうして?  前妻さんに何があったの? そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!? 恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。 私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。 *他サイトにも公開しています

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」 王立学院の舞踏会。 全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。 努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。 だが、カロスタークは折れなかった。 「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」 怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。 舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。 差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける! これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。 誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!

【完結】婚約者を妹に奪われたのでヤケ酒していたら、なぜか黒薔薇公爵に求婚されました

音芽 心
恋愛
伯爵令嬢アイリスは、幼い頃から妹のメアリーと比較され、家族の愛を知らずに生きてきた。唯一幸せだった時間は、婚約者のカルヴィンと過ごしている間だけ。 だがある日、カルヴィンから唐突に婚約破棄を言い渡される。どうやらカルヴィンは、アイリスの知らない間にメアリーと恋仲になっていたらしい。 何もかもが嫌になり、家を抜け出して酒屋でヤケ酒をしていた時、ある男に声を掛けられる。酔っ払っていたアイリスは、その男が誰かもわからぬまま酒を飲み交わしたのだった。 その翌日、目を覚ましたアイリスは見知らぬベッドにいた。おそるおそる隣を見ると、そこにはなんと「黒薔薇公爵」と呼ばれ恐れられている男が寝ていて……!? *** 皆さんの♡や📣、そしてお気に入り登録、大変励みになっております! 楽しく執筆活動ができているのは皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!