婚約破棄? ああ、そうですか。では実家に帰るので構わないでください。

ちゅんりー

文字の大きさ
17 / 27

17

しおりを挟む
「音楽スタート! 種目はワルツよ!」

ミント嬢が高らかに宣言すると、王宮の楽団が優雅な調べを奏で始めた。

シャンデリアが輝く大広間。

観衆がドーナツ状に広がり、その中央に私とミント嬢が対峙している。

「ふふん、見てなさい! 私の華麗なステップで、お兄様の心を射止めてみせるわ!」

ミント嬢はドレスの裾を摘まみ、軽やかに回り始めた。

その動きは洗練されている。

まるで蝶が舞うように、床の上を滑っていく。

「おお……可愛らしい」
「妖精のようだ」

貴族たちから感嘆の声が漏れる。

ミント嬢は勝ち誇った顔で私を見た。

「どう? 貴女にこれができて? 小麦粉まみれの貴女に、社交界の華(フラワー)になれるかしら?」

「フラワー(小麦粉)なら得意ですよ」

私は即答し、背負っていた『巨大フランスパン型バッグ』から、愛用のポータブル作業台(折りたたみ式)と、仕込んでおいたパン生地を取り出した。

「な、何をする気!?」

「ダンス対決ですよね? 私は私のスタイルで踊らせていただきます」

私は深呼吸をした。

ワルツのリズム。

ズン、チャッ、チャッ。
ズン、チャッ、チャッ。

(……悪くない。BPM(テンポ)は60。生地を叩きつけるのに最適なリズムだわ)

私は生地を台に置いた。

そして、音楽に合わせて動き出した。

「ワン、ツー、スリー!」

バンッ!!

「ひいっ!?」

ミント嬢が飛び上がった。

私が生地を作業台に叩きつけた音だ。

「ズン(叩く)、チャッ(伸ばす)、チャッ(折りたたむ)!」

私はリズムに合わせて、激しく、かつリズミカルに生地をこね始めた。

バンッ、グイーッ、パタン。
バンッ、グイーッ、パタン。

その動きには無駄がない。

全身のバネを使い、遠心力を利用してグルテンを形成していく。

ドレスの裾が翻(ひるがえ)り、桜色の旋風を巻き起こす。

「な、なんなのあれ……」

「ダンス……なのか?」

「いや、見ろ! あのステップ! 生地をこねながらも、足元は完璧なボックス・ステップを踏んでいるぞ!」

「なんと! 上半身でパンを作り、下半身で踊っているというのか!?」

会場がざわめく。

私はトランス状態に入っていた。

(気持ちいい……! 王宮の床材の反発係数が最高だわ! 足への負担が少ないから、いくらでもこねられる!)

「ハッ! ソイヤ! 美味しくなーれ!」

私の気迫に押され、楽団の指揮者も熱くなったらしい。

音楽が次第にテンポアップしていく。

「ちょっと! 速いわよ! 私のステップが追いつかないじゃない!」

ミント嬢が息を切らして叫ぶ。

しかし私は止まらない。

「加速します! 高速ミキシング・モード!」

バババババッ!!

私の手は残像と化した。

生地は見る見るうちに滑らかになり、艶(つや)やかな膜を張り始める。

「できた……! これが『踊るパン生地(ダンシング・ドウ)』!」

ジャーン!

曲の終了と同時に、私は完璧に丸めた生地を高く掲げてポーズを決めた。

シーン……。

静寂の後、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「ブラボー!!」
「素晴らしいパッションだ!」
「あんなに情熱的なこね方を見たのは初めてだ!」

私は息一つ切らさず、優雅にカーテシーをした。

「ありがとうございます。皆様の熱気のおかげで、発酵が5分ほど短縮できそうです」

「負け……た……」

ミント嬢がその場に崩れ落ちた。

彼女はゼェゼェと肩で息をしている。

「なんで……なんでパンをこねてるだけなのに、そんなに輝いて見えるのよ……悔しい……」

彼女の目から涙がこぼれた。

私は作業台を片付け、ポケットからあるものを取り出した。

「ミント様。勝負の後はノーサイドです」

「……え?」

「これをどうぞ。貴女の健闘を称えて」

私が差し出したのは、可愛らしいリボンでラッピングされたパンだった。

「これは……?」

「新作の『チョコミント・ベーグル』です。貴女の名前を聞いた時から、作りたくてうずうずしていたんです」

「チョコミント……? パンに歯磨き粉みたいな味を入れたの?」

「まさか。フレッシュなミントの葉を煮出して作ったシロップと、濃厚なビターチョコを練り込んであります。清涼感と甘さのバランスは、まるで貴女のよう」

「わ、私……?」

「ええ。ツンとした爽やかさと、隠しきれない甘えん坊な甘さ。……ぴったりでしょう?」

「~~~っ!」

ミント嬢は顔を真っ赤にした。

彼女はおずおずとベーグルを受け取り、一口かじった。

「……ん!」

彼女の目が大きく見開かれる。

「……おいしい」

「でしょう?」

「スーッとするのに、甘い……。チョコがとろけて……生地がモチモチで……」

彼女は夢中で食べ進めた。

そして完食すると、潤んだ瞳で私を見上げた。

「……お兄様が、貴女を選んだ理由がわかった気がするわ」

「そうですか? パンの好みがあったからだと思いますけど」

「違うわよ、鈍感ね。……貴女と一緒にいると、世界が美味しくなるのよ」

ミント嬢は立ち上がり、ふん、と顔を背けた。

「勘違いしないでよね! お兄様を諦めたわけじゃないんだから! ……でも、とりあえずこのパンの定期購入は申し込んであげるわ!」

「ありがとうございます! 毎月10個コースでよろしいですか?」

「20個にしなさいよ!」

こうして、新たな太客(リピーター)をゲットした。

***

「お見事だ、シナモン」

騒ぎが収まると、クラウスが呆れ顔で近づいてきた。

「まさか舞踏会でパンをこねるとは思わなかったが……結果的に、ミントも手懐けたようだな」

「手懐けてませんよ。胃袋を掴んだだけです」

「それが一番確実な方法だからな、我が家では」

クラウスは苦笑し、そしてスッと手を差し出した。

「さて。……邪魔者もいなくなったことだし。今度こそ、俺と踊ってくれるか?」

「えっ」

私はキョトンとした。

「踊るって……パンはもうこね終わりましたよ?」

「パンじゃない。俺とだ」

クラウスは私の手を取り、強引に引き寄せた。

「キャッ!」

私の体が彼の胸にぶつかる。

タキシード越しに、彼の心音がトクトクと伝わってくる。

「……パン生地のように扱うつもりはないが、多少強引なのは許してくれ」

彼の顔が近づく。

甘いマスクと、アイスブルーの瞳。

周囲の貴族たちが「おお……」「絵になるわねえ」と囁き合っている。

「ス、ステップ分かりませんけど……」

「俺に合わせればいい。……パンのリズムでいいから」

「じゃあ……ワン、ツー、発酵?」

「それでいい」

音楽が再び流れ出す。

ゆったりとしたバラード。

クラウスのリードは完璧だった。

私が足をもつれさせそうになると、絶妙なタイミングで支えてくれる。

まるで、柔らかいパン生地を優しく成形するかのような手つき。

(……温かい)

彼の手のぬくもりが心地よい。

いつもは窯の前で汗を流している同志だけど、こうして見ると、やっぱり彼は素敵な男性なのだと再認識させられる。

「シナモン」

彼が耳元で囁く。

「今日は楽しかったか?」

「はい。売上も上々ですし、新規顧客リストも埋まりました」

「……色気のない感想だな」

彼はフッと笑った。

「俺は、君のドレス姿を見られただけで満足だ。……誰よりも綺麗だよ」

「……っ」

私の顔が、オーブンの最大火力並みに熱くなった。

「そ、そういうのは反則です……! あ、足踏みますよ!」

「構わん。君になら踏まれても本望だ」

「ドMですか!」

私たちがそんな甘い(?)会話をしながら踊っていると、バルコニーの方から大きな声が聞こえてきた。

「皆様ー! ご注目くださーい!」

見ると、アルフレッド国王がワイングラスを片手に叫んでいた。

「今宵のMVPは、文句なしでシナモン嬢だ! そこで、余興として……王家の宝物庫に眠る『伝説の小麦』を賭けて、彼女に試練を与えようと思う!」

「伝説の……小麦!?」

私の目がカッと見開かれた。

クラウスとのロマンチックな空気は一瞬で吹き飛んだ。

「何ですかそれは! 詳しく!」

私はクラウスの手を離し、国王の元へダッシュした。

「おいシナモン! 曲の途中だぞ!」

クラウスが虚空を掴む。

「ごめんなさいクラウスさん! 愛より小麦です!」

「……知ってた」

国王はニヤリと笑った。

「その小麦は『太陽の穂』と呼ばれ、千年に一度しか実らない幻の品種だ。これを使い、明日の朝までに『奇跡のパン』を焼いてみせよ! できなければ……クラウスを王宮に戻す!」

「なんですって!?」

またしても無理難題。

しかし、パン職人として「伝説の小麦」を目の前にして逃げる選択肢はない。

「受けます! その小麦、私が最高に美味しく焼き上げてみせますわ!」

「いい返事だ! では、厨房を開放しよう!」

こうして、舞踏会はいつの間にか『伝説のパン・チャレンジ』へと移行した。

置き去りにされたクラウスは、深いため息をつきながら、セバスに言った。

「……エプロンを持ってきてくれ。また徹夜になりそうだ」

「承知いたしました。……シナモン様と一緒なら、徹夜も楽しそうですな」

私のパン屋ライフは、国境を越えても相変わらずドタバタ続きだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】元悪役令嬢の劣化コピーは白銀の竜とひっそり静かに暮らしたい

豆田 ✿ 麦
恋愛
 才色兼備の公爵令嬢は、幼き頃から王太子の婚約者。  才に溺れず、分け隔てなく、慈愛に満ちて臣民問わず慕われて。  奇抜に思える発想は公爵領のみならず、王国の経済を潤し民の生活を豊かにさせて。  ―――今では押しも押されもせぬ王妃殿下。そんな王妃殿下を伯母にもつ私は、王妃殿下の模倣品(劣化コピー)。偉大な王妃殿下に倣えと、王太子の婚約者として日々切磋琢磨させられています。  ほら、本日もこのように……  「シャルロット・マクドゥエル公爵令嬢!身分を笠にきた所業の数々、もはや王太子たる私、エドワード・サザンランドの婚約者としてふさわしいものではない。今この時をもってこの婚約を破棄とする!」  ……課題が与えられました。  ■■■  本編全8話完結済み。番外編公開中。  乙女ゲームも悪役令嬢要素もちょっとだけ。花をそえる程度です。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...