婚約破棄? ああ、そうですか。では実家に帰るので構わないでください。

ちゅんりー

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「……眩しい」

王宮の特別厨房に案内された私は、両手で目を覆った。

目の前の台座に置かれているのは、一束の小麦だ。

しかし、ただの小麦ではない。

黄金色に輝いている――という比喩表現ではなく、物理的に発光していた。

LED電球100ワット相当の輝きだ。

「これが『太陽の穂』だ」

アルフレッド国王が、サングラスをかけてドヤ顔で説明する。

「千年に一度、太陽黒点の活動が活発になった年にだけ収穫される、光のエネルギーの結晶体だ。これを食べた者は、不老長寿になるとか、ハゲが治るとか言われている」

「効果が具体的ですね」

「ただし! この小麦、扱いが恐ろしく難しい。過去に多くのパン職人が挑んだが、製粉しようとすると熱を出して爆発したり、こねようとすると職人の腕を焦がしたりして、誰一人としてパンにできなかったのだ」

「なるほど。気性の荒いお嬢様というわけですね」

私はサングラス(国王から借りた)を装着し、小麦に近づいた。

熱い。

手をかざすと、遠赤外線ヒーターのような熱気を感じる。

「面白いわ……。こんな高エネルギー体、普通の酵母じゃ発酵する前に死滅してしまう」

「どうするシナモン? 辞退するか?」

クラウスが心配そうに覗き込む。彼もサングラス姿だ。タキシードにサングラスという出で立ちは、完全にマフィアのボスである。

「辞退? まさか」

私はニヤリと笑った。

「パン職人の血が騒ぎますわ。このじゃじゃ馬娘、私が最高の『太陽のパン』に教育してあげます!」

「……頼もしいな。で、俺は何をすればいい?」

「まずは製粉です。この小麦、普通の石臼(いしうす)じゃ砕けません。クラウスさん、氷魔法で冷却しながら、剣で微粒子レベルまで粉砕してください」

「……料理の工程とは思えない指示だな」

クラウスは苦笑しながらも、上着を脱ぎ捨て、厨房の隅にあった巨大な肉切り包丁(バスターソード級)を手にした。

「行くぞ! 氷結剣・粉砕!」

キンッ! ガガガガッ!

厨房に金属音が響く。

クラウスが神速の剣技で小麦を刻むたびに、光の粒子が飛び散る。

「熱い! でも冷たい!」

「もっと細かく! グルテンの結合をイメージして!」

私たちは徹夜の作業に入った。

***

午前3時。

粉砕は完了したが、ここからが本番だ。

「水を入れた瞬間に蒸発するわ! なんて吸水率なの!」

ボウルに入れた粉に水を加えると、ジュワッと音を立てて水蒸気になった。

「シナモン、俺の魔力で水をコーティングする。その隙にこねろ!」

「了解! ワン・ツー・パンチ!」

バシン! バシン!

私は熱を持った生地を叩きつける。

手のひらが火傷しそうなほど熱いが、クラウスが常に冷却魔法をかけてくれているおかげで耐えられる。

「ハァ……ハァ……すごい弾力……。ゴム毬みたいだわ」

「頑張れシナモン。君ならできる」

クラウスが私の汗を拭ってくれる。

二人の呼吸が重なる。

「クラウスさん、酵母を! 『耐熱性マグマ酵母(自作)』を投入します!」

「そんなものいつ作ったんだ?」

「火山の近くの温泉地で採取したのよ!」

酵母を入れると、生地がドクンと脈打った。

まるで生き物だ。

「よし、一次発酵へ! ……でも、この熱さじゃ発酵機に入れたら爆発するわ」

「俺が抱く」

「へ?」

「俺の体温……いや、魔力制御で一定温度に保つ。俺自身が発酵機になる」

クラウスはシャツのボタンを開け、生地が入ったボウルを胸に抱きかかえた。

「くっ……熱いな……。だが、愛しい熱さだ」

「クラウスさん……絵面が変態チックですけど、愛を感じます!」

彼が必死に温度管理をしてくれている間、私はフィリング(具材)の準備に取り掛かった。

太陽の小麦に合わせるなら、中身も最強でなければならない。

選んだのは『黄金のリンゴ』のコンポートと、『幻のバター』だ。

「夜明けまであと二時間……。勝負よ!」

***

そして、東の空が白み始めた頃。

「焼き上がりだーーッ!!」

私はオーブンからトレイを取り出した。

カッ!!

厨房全体が、まばゆい光に包まれた。

そこに現れたのは、真ん丸な形をした、黄金色に輝くパン。

表面はパリッと焼け、中からは甘い香りと共に、神々しいオーラが漂っている。

「完成……『ライジング・サン(暁のブリオッシュ)』!」

「……美しい」

クラウスがサングラス越しに目を細めた。

「これが、俺たちの結晶か」

「ええ。あなたが粉砕し、あなたが温めた生地です」

私たちは顔を見合わせて笑った。

疲労困憊だが、達成感で満たされていた。

「さあ、国王陛下に献上しましょう!」

***

「朝食の時間だぞー!」

アルフレッド国王が、寝癖のついた髪で食堂に現れた。

貴族たちも眠そうに集まってくる。

「本当にできたのか? あの小麦をパンになど……」

「どうせ黒焦げになってるんじゃないか?」

疑いの眼差しの中、私はワゴンを押して入場した。

「おはようございます、皆様。……どうぞ、サングラスをご着用ください」

「は?」

私が銀の蓋(クロッシュ)を開けた瞬間。

ピカーーーッ!!!

「目がぁぁぁぁ!!」
「太陽だ! 室内に太陽が出現したぞ!」

貴族たちが悲鳴を上げてのた打ち回る。

「うおっ、眩しっ!」

国王だけはサングラスをしていたので無事だった。

「こ、これは……見事な黄金色だ! しかも、形が崩れていない!」

「はい。外はカリッと、中はフワッと仕上げました。どうぞ、冷めないうちに」

国王はナイフを入れた。

サクッ。

光の粒子が舞う。

一切れを口に運ぶ。

「……」

国王の動きが止まる。

「陛下?」

「……熱い」

「えっ、火傷しました?」

「いや、違う。……体が、熱い!」

国王のカッ! と目を見開いた。

次の瞬間。

バリバリバリッ!

国王の服が弾け飛んだ。

「ぬおおおおおッ!! 力が! 力がみなぎるぅぅぅ!!」

現れたのは、筋骨隆々のマッチョボディになった国王(50歳)だった。

さらに、頭皮からフサフサと金髪が生えてくる。

「わ、若返った!?」
「ハゲが治ったぞ!?」

会場はパニックになった。

「うまい! うますぎる! 太陽のエネルギーが細胞の一つ一つに染み渡る! これはパンではない、生命の源(エリクサー)だ!」

国王はパンをむさぼり食い、そのたびに筋肉が増強されていく。

「合格だ! 文句なしの合格だ! シナモン嬢、君はパンの神だ!」

「いえ、パン屋です」

私は冷静に訂正したが、周囲の貴族たちが「私にもくれ!」「若返りたい!」と殺到し、またしても大パニックになった。

「……やれやれ」

クラウスが私の隣で肩をすくめた。

「これで俺の王宮復帰はなくなったな」

「ええ。残念でしたね、エリートコースに戻れなくて」

「いいや。……俺の居場所は、やっぱり君の隣(厨房)らしい」

彼は私の手を取り、そっと口づけを落とした。

「帰ろう、シナモン。……俺たちの店へ」

「はい!」

私たちは混乱する王宮を後にした。

背中のバッグには、報酬として貰った「太陽の小麦」一俵と、国王からの「永久パンパスポート」が入っている。

こうして、隣国での冒険は幕を閉じた。

しかし。

帰りの馬車の中で、私はふと気づいた。

「あれ? そういえば、全28話の予定なのに、まだ18話ですよね?」

「……メタ発言はやめろ」

「あと10話も何をするんですか? ラスボス(姑)も攻略したし、隣国も制覇したし」

「さあな。……平和にパンを焼くだけの日々が来ればいいんだが」

クラウスの願いは、フラグにしかならなかった。

国境を越え、久しぶりに『ベーカリー・シナモン』に戻った私たちを待っていたのは、見知らぬ看板だった。

店の前に、巨大な看板が立っている。

『祝! 世界パン職人トーナメント開催決定! 予選会場はこちら!』

「……は?」

「なんだこれは」

そこには、満面の笑みの司会者と、カメラクルー(魔法映像通信隊)が待ち構えていた。

「おかえりなさい、シナモン選手! 勝手にエントリーしておきましたよ!」

私の平穏なパン屋ライフは、いつになったら訪れるのだろうか。
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