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「えー、カメラ回ってます! 本番5秒前! 4、3、2……」
「キュー!」
『ベーカリー・シナモン』の店先が、瞬時にしてテレビ番組のセットのような空間へと変貌した。
司会者の男が、マイク(フランスパン型)を握りしめて絶叫する。
「さあ始まりました! 四年一度のパンの祭典、『ワールド・ブレッド・トーナメント』! 大陸中から選び抜かれた猛者たちが、その技術と魂をぶつけ合う聖なる戦い! 現場のミスター・イーストです!」
「……おい」
クラウスが低い声で割り込んだ。
「人の店の前で何をしている。営業妨害だぞ」
「おっと! こちらが噂の『パンの魔女』のパートナー、元公爵のクラウス選手ですね! イケメンですねー! 視聴率が上がりそうだ!」
司会者はクラウスの殺気など意に介さず、私にマイクを向けた。
「そして貴女が、今大会のダークホース! シナモン選手です! 意気込みをどうぞ!」
「……あの」
私はエプロンの埃を払いながら、冷静に言った。
「勝手にエントリーしないでいただけます? 私は明日の仕込みで忙しいんです。クロワッサンの層を256層にする実験がありますので」
「おっと、出場拒否か!? しかし残念ですねー。優勝賞品は、あの伝説の『神のイースト』なんですがねー」
ピクリ。
私の耳が反応した。
「……なんですって?」
「『神のイースト』。古代遺跡から発掘された、一万年前の菌です。これを使えば、水だけでパンが膨らみ、食べた者は至福のあまり昇天すると言われる幻の逸品……」
ガシッ!!
私は司会者の胸ぐら(襟元)を掴んだ。
「詳しく」
「ひっ!」
「そのイーストは、ドライですか? 生ですか? 保存状態は? 培養は可能ですか?」
「ちょ、近いですシナモン選手! 目が怖いです!」
私はクラウスを振り返った。
「クラウスさん! 予定変更です! クロワッサン実験は中止! 世界を獲りに行きます!」
「……そう来ると思った」
クラウスは諦めたように溜め息をついた。
「で? 予選は何をするんだ?」
司会者が慌てて体勢を整える。
「はい! この予選第一ラウンドのテーマは……『スピード』です!」
「スピード?」
「パン作りには時間がかかるもの。しかし、戦場や災害現場では、一刻も早くパンを届ける必要があります! そこで……制限時間10分以内に、最高のバゲットを焼き上げてもらいます!」
「10分!?」
観衆からどよめきが起こる。
通常、バゲットを作るには数時間かかる。
こねて、一次発酵、ベンチタイム、成形、二次発酵、そして焼成。
どう短縮しても10分は物理的に不可能だ。
「対戦相手はこちら! 東の機械帝国から参戦! 『機工パン職人(メカ・ブーランジェ)』、Z-1000だ!!」
ズズズズ……。
地面が揺れ、巨大な鉄の塊が現れた。
全身が銀色の金属で覆われた、人型ロボットだ。
その腹部にはガラス窓があり、中には赤い光(オーブン)が見える。
『ガガガ……ターゲット確認。パンヲ焼キマス。抹殺シマス』
「ロボット!?」
私は目を丸くした。
「すごいわ! 全身が自動製パン機になっているのね!」
「感心している場合かシナモン! あいつは全自動だぞ! こねから焼き上げまで、内部の高圧プレスとレーザー加熱で数分で完了するらしい!」
クラウスが警告する。
「10分勝負……。人間が機械に勝てるわけがない……」
周囲の視線が哀れみに変わる中、私はニヤリと笑った。
「面白いじゃない。機械仕掛けのスピード狂に、職人の『手仕事』の速さを見せつけてあげるわ」
私は作業台の前に立った。
「クラウスさん、補助(アシスト)をお願い」
「……何でも言え。炎か? 氷か?」
「いいえ。……『風』よ」
「風?」
「レディー・ゴー!!」
開始の合図と共に、Z-1000が動き出した。
『高速回転モード起動』
ウィィィン!!
ロボットの腕がミキサーのように回転し、腹部の投入口に粉と水が吸い込まれていく。
『発酵プロセス省略。強制膨張剤注入』
「なんと! Z-1000、発酵を薬品で代用したー! これは速い! もう焼成に入ります!」
司会者が実況する。
一方、私はまだ粉の山を前に仁王立ちしていた。
「シナモン選手、動かない! 諦めたのか!?」
「今よ、クラウスさん! 『真空カッター』!」
「承知!」
クラウスが指を振るう。
ヒュンッ!!
真空の刃が、空間を切り裂く。
しかし、狙いは敵ではない。
私の目の前の空間だ。
「そこ!!」
私は真空地帯に、粉と水を放り投げた。
そして、自らもその中へ手を突っ込む。
ババババババッ!!
「な、何をしているんだ!?」
「気圧操作よ!」
私は叫んだ。
「気圧を極限まで下げることで、水の沸点を下げ、生地の中の水分を一気に気化させる! これにより、発酵を待たずに生地を爆発的に膨らませるの!」
これは私が編み出した禁断の奥義『真空膨張こね』だ。
本来なら生地が破裂する危険な技だが、クラウスの精密な風魔法制御があれば可能になる。
「うおおおおッ! 膨らめぇぇぇ!」
生地が一瞬で十倍に膨れ上がる。
「成形!」
私は膨らんだ生地を空中に放り投げた。
「クラウスさん! 『ファイア・ウォール(炎の壁)』!」
「『インフェルノ(地獄の業火)』でいくぞ!」
ボォォォォッ!!
空中に巨大な炎のリングが出現した。
私はバゲット状に伸ばした生地を、その炎の輪の中にくぐらせる。
「いっけぇぇぇ!!」
シュッ! シュッ! シュッ!
生地が高速で炎の中を通過する。
その速度、マッハ0.5。
超高温の炎を一瞬だけ通過させることで、表面をカリッと焼き固め、中は予熱でふっくらと火を通す。
名付けて『音速フライ・バイ・ベーキング』!
「焼き上がりッ!」
私がキャッチしたバゲットからは、香ばしい煙が立ち上っていた。
タイムは――3分50秒。
『ピピ……? 計算外……人間ノ速度デハナイ……』
隣のロボットが、処理落ちしてフリーズしている。
彼の腹部から出てきたのは、薬品臭い生焼けのパンだった。
「勝負あり!!」
司会者が絶叫した。
「勝者、シナモン選手ーーッ! なんだ今の調理法は! 魔法か!? いや、物理だ!」
「物理と魔法のハイブリッドです」
私は焼き上がったバゲットをへし折り、断面を見せた。
美しい気泡(クラム)ができている。
「どうぞ、審査員の皆様」
審査員たちが恐る恐る口にする。
「……うまいッ!」
「外はパリパリ、中はもっちり! 短時間で作ったとは思えない熟成感だ!」
「気圧操作による強制熟成……恐ろしい技術だ!」
会場が割れんばかりの拍手に包まれる。
「やりましたね、クラウスさん!」
私はハイタッチを求めたが、クラウスはぐったりとしていた。
「……今の数分で、ドラゴン退治10回分の魔力を使ったぞ」
「あら、あとで『魔力回復用シュガーバターラスク』をあげますから」
「……その言葉を待っていた」
こうして、私たちは予選をトップ通過した。
しかし、これは地獄のトーナメントの始まりに過ぎなかった。
「次なる戦いの舞台は……空中に浮かぶ『天空のパン工房』です!」
司会者が空を指差す。
見上げると、ラピュタ的な浮遊島が影を落としていた。
「はあ? 空?」
「そこでは、重力に逆らう『無重力パン』を作ってもらいます!」
「……シナモン、俺は高所恐怖症なんだが」
「大丈夫ですクラウスさん。パンへの愛があれば、重力なんてただの飾りです」
私たちは(主にクラウスが嫌がりながらも)浮遊島へと向かう飛空艇に乗り込んだ。
世界中の変態パン職人たちが待つ、未知なる戦場へ。
「キュー!」
『ベーカリー・シナモン』の店先が、瞬時にしてテレビ番組のセットのような空間へと変貌した。
司会者の男が、マイク(フランスパン型)を握りしめて絶叫する。
「さあ始まりました! 四年一度のパンの祭典、『ワールド・ブレッド・トーナメント』! 大陸中から選び抜かれた猛者たちが、その技術と魂をぶつけ合う聖なる戦い! 現場のミスター・イーストです!」
「……おい」
クラウスが低い声で割り込んだ。
「人の店の前で何をしている。営業妨害だぞ」
「おっと! こちらが噂の『パンの魔女』のパートナー、元公爵のクラウス選手ですね! イケメンですねー! 視聴率が上がりそうだ!」
司会者はクラウスの殺気など意に介さず、私にマイクを向けた。
「そして貴女が、今大会のダークホース! シナモン選手です! 意気込みをどうぞ!」
「……あの」
私はエプロンの埃を払いながら、冷静に言った。
「勝手にエントリーしないでいただけます? 私は明日の仕込みで忙しいんです。クロワッサンの層を256層にする実験がありますので」
「おっと、出場拒否か!? しかし残念ですねー。優勝賞品は、あの伝説の『神のイースト』なんですがねー」
ピクリ。
私の耳が反応した。
「……なんですって?」
「『神のイースト』。古代遺跡から発掘された、一万年前の菌です。これを使えば、水だけでパンが膨らみ、食べた者は至福のあまり昇天すると言われる幻の逸品……」
ガシッ!!
私は司会者の胸ぐら(襟元)を掴んだ。
「詳しく」
「ひっ!」
「そのイーストは、ドライですか? 生ですか? 保存状態は? 培養は可能ですか?」
「ちょ、近いですシナモン選手! 目が怖いです!」
私はクラウスを振り返った。
「クラウスさん! 予定変更です! クロワッサン実験は中止! 世界を獲りに行きます!」
「……そう来ると思った」
クラウスは諦めたように溜め息をついた。
「で? 予選は何をするんだ?」
司会者が慌てて体勢を整える。
「はい! この予選第一ラウンドのテーマは……『スピード』です!」
「スピード?」
「パン作りには時間がかかるもの。しかし、戦場や災害現場では、一刻も早くパンを届ける必要があります! そこで……制限時間10分以内に、最高のバゲットを焼き上げてもらいます!」
「10分!?」
観衆からどよめきが起こる。
通常、バゲットを作るには数時間かかる。
こねて、一次発酵、ベンチタイム、成形、二次発酵、そして焼成。
どう短縮しても10分は物理的に不可能だ。
「対戦相手はこちら! 東の機械帝国から参戦! 『機工パン職人(メカ・ブーランジェ)』、Z-1000だ!!」
ズズズズ……。
地面が揺れ、巨大な鉄の塊が現れた。
全身が銀色の金属で覆われた、人型ロボットだ。
その腹部にはガラス窓があり、中には赤い光(オーブン)が見える。
『ガガガ……ターゲット確認。パンヲ焼キマス。抹殺シマス』
「ロボット!?」
私は目を丸くした。
「すごいわ! 全身が自動製パン機になっているのね!」
「感心している場合かシナモン! あいつは全自動だぞ! こねから焼き上げまで、内部の高圧プレスとレーザー加熱で数分で完了するらしい!」
クラウスが警告する。
「10分勝負……。人間が機械に勝てるわけがない……」
周囲の視線が哀れみに変わる中、私はニヤリと笑った。
「面白いじゃない。機械仕掛けのスピード狂に、職人の『手仕事』の速さを見せつけてあげるわ」
私は作業台の前に立った。
「クラウスさん、補助(アシスト)をお願い」
「……何でも言え。炎か? 氷か?」
「いいえ。……『風』よ」
「風?」
「レディー・ゴー!!」
開始の合図と共に、Z-1000が動き出した。
『高速回転モード起動』
ウィィィン!!
ロボットの腕がミキサーのように回転し、腹部の投入口に粉と水が吸い込まれていく。
『発酵プロセス省略。強制膨張剤注入』
「なんと! Z-1000、発酵を薬品で代用したー! これは速い! もう焼成に入ります!」
司会者が実況する。
一方、私はまだ粉の山を前に仁王立ちしていた。
「シナモン選手、動かない! 諦めたのか!?」
「今よ、クラウスさん! 『真空カッター』!」
「承知!」
クラウスが指を振るう。
ヒュンッ!!
真空の刃が、空間を切り裂く。
しかし、狙いは敵ではない。
私の目の前の空間だ。
「そこ!!」
私は真空地帯に、粉と水を放り投げた。
そして、自らもその中へ手を突っ込む。
ババババババッ!!
「な、何をしているんだ!?」
「気圧操作よ!」
私は叫んだ。
「気圧を極限まで下げることで、水の沸点を下げ、生地の中の水分を一気に気化させる! これにより、発酵を待たずに生地を爆発的に膨らませるの!」
これは私が編み出した禁断の奥義『真空膨張こね』だ。
本来なら生地が破裂する危険な技だが、クラウスの精密な風魔法制御があれば可能になる。
「うおおおおッ! 膨らめぇぇぇ!」
生地が一瞬で十倍に膨れ上がる。
「成形!」
私は膨らんだ生地を空中に放り投げた。
「クラウスさん! 『ファイア・ウォール(炎の壁)』!」
「『インフェルノ(地獄の業火)』でいくぞ!」
ボォォォォッ!!
空中に巨大な炎のリングが出現した。
私はバゲット状に伸ばした生地を、その炎の輪の中にくぐらせる。
「いっけぇぇぇ!!」
シュッ! シュッ! シュッ!
生地が高速で炎の中を通過する。
その速度、マッハ0.5。
超高温の炎を一瞬だけ通過させることで、表面をカリッと焼き固め、中は予熱でふっくらと火を通す。
名付けて『音速フライ・バイ・ベーキング』!
「焼き上がりッ!」
私がキャッチしたバゲットからは、香ばしい煙が立ち上っていた。
タイムは――3分50秒。
『ピピ……? 計算外……人間ノ速度デハナイ……』
隣のロボットが、処理落ちしてフリーズしている。
彼の腹部から出てきたのは、薬品臭い生焼けのパンだった。
「勝負あり!!」
司会者が絶叫した。
「勝者、シナモン選手ーーッ! なんだ今の調理法は! 魔法か!? いや、物理だ!」
「物理と魔法のハイブリッドです」
私は焼き上がったバゲットをへし折り、断面を見せた。
美しい気泡(クラム)ができている。
「どうぞ、審査員の皆様」
審査員たちが恐る恐る口にする。
「……うまいッ!」
「外はパリパリ、中はもっちり! 短時間で作ったとは思えない熟成感だ!」
「気圧操作による強制熟成……恐ろしい技術だ!」
会場が割れんばかりの拍手に包まれる。
「やりましたね、クラウスさん!」
私はハイタッチを求めたが、クラウスはぐったりとしていた。
「……今の数分で、ドラゴン退治10回分の魔力を使ったぞ」
「あら、あとで『魔力回復用シュガーバターラスク』をあげますから」
「……その言葉を待っていた」
こうして、私たちは予選をトップ通過した。
しかし、これは地獄のトーナメントの始まりに過ぎなかった。
「次なる戦いの舞台は……空中に浮かぶ『天空のパン工房』です!」
司会者が空を指差す。
見上げると、ラピュタ的な浮遊島が影を落としていた。
「はあ? 空?」
「そこでは、重力に逆らう『無重力パン』を作ってもらいます!」
「……シナモン、俺は高所恐怖症なんだが」
「大丈夫ですクラウスさん。パンへの愛があれば、重力なんてただの飾りです」
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