婚約破棄? ああ、そうですか。では実家に帰るので構わないでください。

ちゅんりー

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「それでは、第一回『シナモン&クラウス結婚式』の企画会議を始めます」

『ベーカリー・シナモン』のイートインスペース。

いつもはのどかなこの場所に、国の重要人物たちが集結していた。

円卓を囲むのは、以下のメンバーである。

1.新郎:クラウス(元公爵、現パン屋店員)
2.新婦:私、シナモン(パン狂い)
3.新郎の母:アデラ大公妃(氷の女帝・激辛党)
4.新郎の叔父:アルフレッド国王(筋肉モリモリ)
5.新郎の弟:フェリクス(公爵代行・苦労人)
6.新郎の父:ロダン(元暗黒パン皇帝・皿洗い見習い)

「……メンバーが濃すぎる」

フェリクスが胃薬を飲みながら呟いた。

「ただのパン屋の結婚式に、国家予算レベルのメンツが揃ってどうするんですか」

「何を言うかフェリクス。これは国益に関わる重要事項だぞ」

アルフレッド国王が、ムキムキになった上腕二頭筋をピクつかせて言った。

「伝説の『太陽の小麦』を使いこなすパン職人と、我が甥の結婚だ。国を挙げて盛大に祝わねばならん! パレードには象を100頭用意しよう!」

「却下です」

私は即座に否定した。

「象なんて歩かせたら、振動でパンの発酵が阻害されます。パレードをするなら『小麦俵(たわら)100個』を載せた荷車の行進にしてください」

「地味すぎるわ」

アデラ大公妃が扇子で仰ぎながら呆れた。

「まったく、貴女のセンスはどうなっているの? ライ麦公爵家の嫁になるのよ? もっと華やかに、情熱的に……そう、会場は『真っ赤な薔薇』で埋め尽くすべきよ」

「薔薇? 食べられませんよね?」

「食べる前提で話すな」

大公妃の鋭いツッコミが入る。

「まあまあ、母上。シナモンらしい式にしたいんです」

クラウスが助け舟を出してくれた。

彼は左手の薬指に、私がプレゼントした『プレッツェル型の指輪(食べられない素材で特注)』を嵌(は)めている。

一方、私の薬指には、彼から貰った『純金のバッグ・クロージャー』が輝いている。

端から見れば奇妙なカップルだが、私たちは幸せだ。

「では、具体的なプランの発表に移ります」

私はスケッチブックを開いた。

「まず、衣装についてです」

『純白のドレス(イースト菌の顕微鏡写真柄)』

「却下だ」

全員が声を揃えた。

「なぜです!? 生命の神秘ですよ!?」

「カビが生えたドレスにしか見えん!」

ロダン父上がもっともな意見を言った。

「私が用意した、最高級シルクのドレスを着なさい。……ただし、ベールには唐辛子の刺繍を入れておいたわ」

「お義母様、それ魔除けですか?」

「次に、料理についてです」

私はページをめくった。

「フルコースのメインディッシュですが、当然『パン』になります」

「肉は? 魚は?」

国王が尋ねる。

「肉も魚も、すべて『パンの具材』として提供されます。前菜はブルスケッタ、スープはパングラタン、魚料理はフィッシュサンド、肉料理はカツサンドです」

「炭水化物の暴力か!」

フェリクスが叫んだ。

「招待客の胃袋を破壊する気ですか! もっとバランスを考えてください!」

「大丈夫です。デザートには『消化を助ける大根おろしパン』を出しますから」

「デザートの概念が崩壊している……」

会場が頭を抱える中、最大の争点である『ウェディングケーキ』の話になった。

「さて、ここが一番の問題です」

私は真剣な顔になった。

「通常の結婚式では、生クリームを塗ったスポンジケーキに入刀しますよね? あれ、何の意味があるんですか?」

「……二人の初めての共同作業、という意味だが」

クラウスが答える。

「軟弱です!」

私は机を叩いた。

「フワフワのスポンジを切って何が共同作業ですか! あんなもの、赤子の手でも切れます! これからの長い人生、二人で乗り越えるべきは『困難』であり『障壁』でしょう!?」

「……つまり?」

「よって、私たちが切るべきはこれです!」

私がめくったページには、恐ろしい図解が描かれていた。

『長さ5メートル、太さ1メートル。焼きすぎて石のように硬くなった超巨大ハードバゲット』

その横に、『新郎新婦が、伝説の聖剣(エクスカリバー)を使って一刀両断する図』。

「……」

静まり返る会議室。

「……殺し屋の修行か?」

ロダン父上が呟いた。

「これぞ『ウェディング・バゲット』! この硬いパンを二人で断ち切ることで、どんな困難も切り裂いていくという決意表明になるのです!」

「なるほど……一理あるな」

意外にも、筋肉脳の国王が頷いた。

「硬いものを切るには筋力がいる。夫婦の愛のパワーを見せつけるには絶好のパフォーマンスだ!」

「お待ちください陛下! そんな硬いパンを切った勢いで、破片が飛んだら招待客が怪我をします!」

フェリクスが必死に止める。

「それに、食べられないほど硬いパンを作ってどうするんですか! 食品ロス反対派の貴女らしくない!」

「ご安心を。切った後は、父上(ロダン)が責任を持って粉砕し、パン粉として再利用します」

「私かよ!」

元皇帝の再就職先は、粉砕機だった。

***

議論は紛糾した。

「引き出物は『紅白まんじゅう』ならぬ『紅白アンパン』にすべきだ」

「新婚旅行は『世界の小麦畑ツアー』に行きたい」

「誓いのキスは、口移しでイースト菌を分け与える儀式にしたい」

私の提案が出るたびに、親族会議は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図と化した。

「もういい! 私が決める!」

アデラ大公妃が立ち上がった。

「結婚式は、隣国の王宮で行います。ドレスは私が選んだもの。料理は王宮シェフとシナモンのコラボ。……そして、ウェディングケーキは『クロカンブッシュ(シュークリームの塔)』になさい!」

「シュークリーム……?」

「フランス発祥の伝統菓子よ。小さなシューを高く積み上げて、子孫繁栄を願うの。……シュー生地なら、パンの親戚みたいなものでしょう?」

「うーん……」

私は悩んだ。

確かにシュー生地も小麦粉と卵とバターで作る。

しかし、パンではない。

「シナモン」

クラウスが私の手を握った。

「母上の提案に乗ろう。……その代わり、俺から一つ提案がある」

「何ですか?」

「クロカンブッシュの土台を、君の焼いた『最強のパン』にするんだ。それなら、パンが全てを支える形になるだろう?」

「!」

私はハッとした。

すべての頂点に立つのではなく、すべてを支える土台になる。

「……素敵です、クラウスさん! それこそ『縁の下の力持ち』、パンの本質ですね!」

「だろう?」

「わかりました! お義母様、その案でいきましょう!」

「ふん、やっとまとまったわね」

大公妃は扇子を閉じた。

「ただし、シューの中身は激辛カスタードにするわよ」

「それはロシアンルーレットにしましょう」

こうして、式の概要はどうにか決まった。

しかし、問題は山積みだった。

***

数日後。

私たちは衣装合わせのために、再び王都のドレスサロンに来ていた。

「ううっ……苦しい……」

私は試着室で呻(うめ)いていた。

大公妃が選んだドレスは、コルセットで腰を極限まで締め上げるタイプのものだった。

「お義母様……これじゃあ、パンが食べられません……」

「我慢なさい。式の間くらい、パンを断つのよ」

「無理です! 禁断症状で手が震えて、指輪交換でクラウスさんの指をへし折ってしまいます!」

「なんて握力なの」

カーテンが開けられる。

鏡に映った自分を見て、私は少しだけ息を呑んだ。

純白のレースと、散りばめられた真珠。

ウェストはキュッと締まり、スカートはふんわりと広がっている。

「……まあ。悪くないじゃない」

大公妃が腕組みをして頷いた。

「馬子(まご)にも衣装……と言いたいところだけど、素材はいいのよね、貴女」

「素材(小麦粉)ですか?」

「人間としての素材よ。……クラウスが惚れるのも分かるわ」

彼女はそっと私のヴェールを直してくれた。

その手つきは、驚くほど優しかった。

「シナモン。……あの子を頼んだわよ」

「はい?」

「あの子は不器用で、真面目すぎるわ。貴女のような『規格外』がそばにいないと、また自分の殻に閉じこもってしまう」

大公妃のアイスブルーの瞳が、少しだけ潤んでいるように見えた。

「あの子の人生を……美味しく焼き上げてちょうだい」

「……お任せください」

私は胸を張った(コルセットが苦しいけど)。

「最高の焼き加減にしてみせます。焦がさないように、でも熱々に」

「ふふっ。期待しているわ」

いい雰囲気になった時、試着室の外から騒がしい声が聞こえてきた。

「おおーっ! クラウス、似合うぞ!」

「兄上、マントが長すぎませんか? パンを踏みますよ」

「俺は……普通のタキシードがいいんだが……」

カーテンを開けると、そこには『伝説のパン勇者』みたいな格好をさせられたクラウスがいた。

肩には巨大なバゲット型の肩パッド。
マントには小麦の刺繍。
そして腰には、剣の代わりにフランスパンが差さっている。

犯人は、面白がっている国王とロダン父上だ。

「……シナモン」

クラウスが死んだ魚のような目で私を見た。

「助けてくれ。俺はこれから魔王を倒しに行くのか?」

「かっこいいですよ、クラウスさん! そのままPRポスターに使いましょう!」

「君もそっち側か……」

結婚式の準備は、前途多難かつ賑やかに進んでいく。

しかし、私たちはまだ知らなかった。

結婚式当日に、招かれざる客――かつてシナモンを追放した『元凶』とも言える人物たちが、最後の悪あがきにやってくることを。

「シナモンが幸せになるなんて許さない!」と叫ぶ、元ライバル令嬢たちの逆襲(という名の自爆)が迫っていた。
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