魔力ゼロの-人形使い(ドールマスター) -最強ドールと契約してダンジョンを攻略します-

仁科異邦

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ドール、登校する

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朝が来た。
目を開けると、桜花が立っていた。
部屋の窓際で、外を見ていた。

「……起きてたのか」
「休眠は終わりました」
「何時間くらい寝た?」
「三時間ほど」
「短くないか」
「十分です」
桜花が振り返った。

寝起きの顔でドールと目が合うのは、なかなか妙な気分だった。
「秀馬」
「なに?」

「今日の予定は」
「学校」
「学校?」

「そう」
桜花が少し考えた。
「……私も参ります」
「え、来るの?」

「契約者の傍にいるべきと昨日申し上げました」
「学校に来るのはそういう話じゃないと思うけど」

「問題ありますか?」
問題しかない気がした。
でも断れる気もしなかった。



朝食の席で母が固まった。
「……なんで制服着てるの」
桜花は俺の学園の予備制服を着ていた。
サイズがぴったりだった。
「秀馬に用意していただきました」
「学校行くの? ドールが?」

「石浜の傍に控えます」
「いや意味が……」
母が俺を見た。
「どういうこと」
「俺に聞かれても」
「あなたが連れてくんでしょ」

「本人がどうしても行くって言うんで」
「どうしてもって」
桜花が母を真っ直ぐ見た。

「石浜家の方であれば、事情はご理解いただけるかと思います」
「……事情?」

「秀馬は契約者です。傍を離れるのは、護衛上、好ましくありません」
母がため息をついた。
「……あなた、見た目は何歳くらいなの」
「外見は17の頃から変わっておりません」
「中身は」
「200年と少し」
母がまたため息をついた。
「……気をつけて行ってらっしゃい」
結局通った。



登校中。
桜花は歩きながらずっと周囲を観察していた。
「……朝から人が多いですね」
「通勤通学の時間だから」
「皆、同じ方向に歩いています」
「学校か職場に向かってるんだろ」
「統率されているようです」
「統率はされてない、習慣だ」
桜花が信号を見た。

「あの赤い丸は」
「赤で止まれ、青で進め」
「……全員が従っています」
「従わないとぶつかるからな」

「ルールですか」
「うん、ルール」
桜花がしばらく信号を眺めた。

「……現代は、小さなルールで動いているのですね」
「まあそうかもな」
「源之助様の時代は、もっと大雑把でした」
「どう大雑把に」
「強い者が道の真ん中を歩きました」

「それはひどい時代だな」
「源之助様もよく文句を言っていました」
俺は少し笑った。
歴史の英雄が信号のない時代に文句を言っている姿を想像した。



学校の門をくぐると、すぐに人目を引いた。
当然だ。
見たことのない顔の、見たことのない雰囲気の女子が隣にいれば。

「石浜、その子誰」
「転入生?」
「え、めっちゃ綺麗じゃん」
廊下がざわつく。
桜花は全員に等しく視線を返した。
愛想笑いとかそういうものは一切なく、ただ静かに見返していた。
それがまた妙に迫力があった。



教室に入ると上野がいた。
昨日の現場で一緒だったやつだ。
桜花を見た瞬間、立ち上がった。
「来た! やっぱり来た! 石浜絶対連れてくると思った!」

「うるさい」
「昨日の居合のやつでしょ!? なんで登校してるの!? ドールが学校来るの!?」
「自分から来るって言い出した」
「え待って、ドールって自分から来るって言う?」
「言った」
上野が桜花を見た。
「あの……昨日はどうも。上野です」
「存じております。秀馬の学友ですね」
「学友……そうですね、まあ……」
上野が俺に小声で言った。

「喋り方が時代劇みたいだな」
「200年前からいるから」
「200年!?」
「静かにしろ」



ホームルームが始まった。
担任の三浦先生が出席をとりながら、桜花を見た。
「……石浜、その子は」
「うちのドールです。転入の手続きは……」
「してない」
「してないです」
三浦先生が桜花を見た。
桜花が真っ直ぐ見返した。
間があった。

「……放課後、書類持って来い」
「ありがとうございます」
なぜか通った。
後で聞いたら、三浦先生は桜花の型式を見た瞬間に顔色が変わったらしい。
旧世代型を直接見たことのある教師は、この学園にはいない。
でも存在くらいは知っている。
そういうことだった。



一時間目、ドール操縦実習。
クラス全員が汎用ドールを展開して、基礎訓練をする時間だ。
俺はいつも見学している。
今日は違った。

桜花が隣に立っていた。
クラスメイトが何人かこっちを見ていた。
「石浜、今日はドールいるじゃん」
「本番見せてよ」
「昨日のダンジョンブレイク対処したの石浜だって本当?」
「俺じゃなくて桜花が」

「どのくらい強いの」
桜花が答えた。
「試しますか」
教室が少し静まった。
ジョークで言ったのか本気で言ったのか、全員が判断できなかったらしい。

俺だけが分かっていた。
本気だった。
「試さなくていいです」
「……そうですか」
桜花が少し残念そうだった。



昼休み。
桜花は購買で売っているパンを見て固まった。
「これは」
「パン。食べる?」
「ドールは食事が必要では」

「必要なくても食えるだろ」
「……そうですか」
桜花がクリームパンを一つ手に取った。
じっと見ていた。
「どうやって食べるんですか」
「袋を開けて口に入れる」
「……この薄い膜が袋ですか」

「そう」
桜花が慎重に袋を開けた。
一口食べ静止した。

「……甘い」
「クリームパンだから」
「源之助様の時代に、このようなものは」
「なかったと思う」
「……」
桜花がもう一口食べ、また静止した。

「美味いか」
「……判断中です」
「時間かかるな」

三口目を食べた。
「……美味いです」
「よかった」
「もう一つ買えますか?」

「買える」
「……秀馬」
「なに」
「現代は、良いものもありますね」
クリームパン一個でそこまで言うか、と思った。
でも、まあ。
悪い気はしなかった。



放課後。
三浦先生の部屋で書類を書いていると、先生が桜花に聞いた。
「型式、本当に旧世代戦闘特化型か」
「はい」
「……石浜、お前の家、そんなもの持ってたのか」
「地下室に眠ってました」
「地下室」
先生が額に手を当てた。

「探索者協会に登録は必須だ。強さによっては国が絡む可能性もある」
「絡ませたくないですが」
「俺もそう思うが……規則だ」
桜花が口を開いた。

「先生」
「なんだ」
「私は石浜秀馬の契約ドールです。それ以上でも、以下でもありません」
先生が桜花を見た。

「国がどう判断しようと、私が従うのは秀馬だけです」
静かな宣言だった。

先生がしばらく黙っていた。
「……頼もしいな」
「秀馬がそう言うなら、そうかもしれません」
俺は言った覚えがなかったが、否定もしなかった。



帰り道。
夕暮れの中を二人で歩いた。
「……学校というのは、あのような場所ですか」
「そう。毎日行く」

「‥毎日?」
「うん、毎日」

桜花がしばらく考えていた。
「……源之助様は毎日鍛錬をしていました」
「学校も似たようなもんだと思って」
「鍛錬と勉強は違います」
「まあ」

「でも……悪くはありませんでした」
「何が?」

桜花が少し間を置いた。
「人が多い場所が、久しぶりでした」
200年ぶりか、と思った。
地下室に一人でいた時間を、俺には想像もできない。

「……慣れるよ、たぶん」
「そうですね」
「嫌なら来なくていい」
「来ます」
「即答だな」
「秀馬が行く場所には参ります」

「それ律儀すぎる」
「約定です」
俺は何も言わなかった。
桜花が前を向いたまま、小さく言った。

「……それに」
「なに」
「クリームパンが、また食べたいので」
「それが理由か」
「理由の一つです」

俺は笑った。
桜花は笑わなかった。
でも、歩くペースが少しだけ軽くなった気がした。
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