九尾と契約した日。霊力ゼロの陰陽師見習いが大成するまで。

三科異邦

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無能と呼ばれた陰陽師見習い

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◾︎霊術学院・第三訓練場

 訓練の時間だというのに、俺の周囲だけが静まり返っていた。

「次、西園寺玄弥」

 教官の声が響いた瞬間、空気が微妙に緩む。
 誰もが分かっているからだ。

 ――何も起こらないと。

 俺は列から一歩前へ出た。
 足元の土を踏みしめる感覚だけが、妙に現実的だった。

 「課題は基礎霊術。自分の霊力で霊術を発動させあの的に命中させろ」

 何百回と聞いた指示。
 何百回と失敗してきた課題。

 俺は目を閉じ、呼吸を整える。
 体内の霊力の流れを意識し、体外へと放出させる――はずだった。

……何も、ない。

 霊力の気配も、流れも、色も。
 この世界では当たり前のはずの感覚が、俺には一切存在しない。

 それでも、手を前に出す。
 霊札を構える。
 術式をなぞる。

 「…………」

 沈黙。

 数秒後、どこかで小さな笑い声が起きた。

 「やっぱりな」
 「今日も安定の無反応」
 「霊力無いのくせに、よく心折れないよな」

 聞き慣れた言葉。
 胸の奥が、じわりと痛む。

 「……終了だ」

 教官は淡々と告げ、次の生徒を呼ぶ。
 俺に向ける視線は、すでに興味すら失っていた。

 訓練場では次々と霊術が飛び交っている。
 炎が舞い、水が形を成し、風が刃となって走る。

 ――俺だけが、何もできない。

 西園寺玄弥。
 霊力を扱えない陰陽師見習い。

 この世界で、それは矛盾そのものだった。

 西園寺家は代々霊力が弱かった。
 多少なりとも家族は霊力があるが、
 玄弥だけ何故か霊力が無い。
 無いから霊術なんて使えないし、
 霊とかも見えない。

 なぜそうなのかは理由が分からない。
 医者も、霊術師も、誰一人として原因を突き止められなかった。

 唯一分かっているのは、
 俺の先祖がかつて――
 大妖怪を討ち封印を果たした陰陽師だったということだけだ。

 だが、その血は俺には何ももたらさなかった。

 訓練が終わり、生徒たちは三々五々に散っていく。
 誰も俺に声をかけない。
 それが普通だった。

 「無能のくせに、よく続くよな」
 「家柄だけで生き残ってるんだろ」

 背中に投げられる言葉を、俺は黙って受け流す。
 怒る気力も、悲しむ余裕も、もうなかった。

――

 霊術理論の講義が終わると、教室は一気にざわついた。

「次の実習、ペア決めるぞー」

 教官の一言で、生徒たちは一斉に動き出す。
 声をかけ合い、自然と組ができていく。

 ――俺の周りだけ、空いたままだった。

「……あ」

 誰かと目が合う。
 だが、すぐに逸らされる。

「悪い、もう決まってる」
「そっち行って」

 そう言われる前に、相手は距離を取った。
 まるで、触れたら不幸が移るかのように。

 教室の端。
 俺の席だけが、ぽつんと残る。

「西園寺、余ってるな」

 教官が名簿に目を落としたまま言う。

「……では、三人組の補欠に入れ」

 “補欠”。

 誰かの失敗を埋めるための席。
 最初から数に入れられていない場所。

「ちっ、マジかよ」
「霊力無しと組むとか罰ゲームだろ」

 小さな声。
 でも、はっきり聞こえた。

 実習が始まる。

「じゃあ、玄弥は後ろで見てて」
「霊力ないんだから、無理に触らなくていいよ」

 優しさを装った言葉。
 だが、その実、完全な排除だった。

 俺は指示された通り、一歩下がる。
 結界の外。
 術式の円にも入れてもらえない。

 霊が顕現し、光が走る。
 皆が成功していく中で、俺だけが“観客”だった。

「やっぱり何も起きないな」
「西園寺って、名前だけだよな」
「昔は凄かったらしいけどさ」

 笑い声。
 嘲り。
 興味本位の視線。

 怒りは湧かなかった。
 悔しさも、もう薄れていた。

 ただ――
 ここに居ていい理由が、分からなくなる。

 昼休み。

 俺が席に座ると、周囲の会話が一瞬だけ止まり、
 すぐに再開された。

 まるで、俺が背景の一部になったみたいに。

 机の上の弁当を開く。
 箸を動かす音だけが、やけに大きく感じられた。

「なあ、西園寺」

 不意に声をかけられる。

 一瞬、期待してしまった自分が、情けない。

「どうやって入学したの?」
「推薦? それともコネ?」

 悪意を隠さない笑顔。

「……普通に」

「ふーん。じゃあ、奇跡待ちってやつ?」

 くすくすと笑い声が広がる。

 俺は何も言い返さなかった。
 言葉を重ねても、何も変わらないと知っていたからだ。

 霊を扱えない陰陽師。
 それは、この学院では“欠陥品”と同義だった。

 西園寺玄弥。

 誰にも期待されず、
 誰にも必要とされない存在。

 放課後の訓練準備。

 教室にはまだ数人、生徒が残っていた。
 その中心にいるのが――クラスのまとめ役。

 成績上位。
 霊力も安定。
 教官からの評価も高い。

 皆が自然と顔色を窺う、リーダー的存在だった。

「なあ、西園寺」

 呼ばれて、胸がわずかに沈む。

 嫌な予感は、だいたい当たる。

「さっきの実習さ」
「お前がいると、流れ止まるんだよな」

 周囲が、静かになる。
 誰も止めようとしない。

「霊も出せないくせに、同じクラスってさ」
「正直、迷惑なんだけど?」

 笑い声が、いくつか重なる。

「……」

 俺は何も言わない。
 言い返す言葉も、立場もない。

「無視か? それとも聞こえない?」

 次の瞬間。

 空気が、歪んだ。

 ――圧。

 見えない力が、肩にのしかかる。
 息が、わずかに詰まる。

「っ……」

「ほら、これが“霊力”」
「分かるか? 同じ陰陽師でも、格が違うんだよ」

 床に刻まれた簡易術式。
 霊力が滲むように広がり、俺の足元を縛る。

 膝が、自然と折れそうになる。

「やめ――」

 声が、うまく出ない。
 喉が締めつけられているみたいだった。

「安心しろよ」
「怪我はしない程度に抑えてる」

 それが、余計に残酷だった。

 ――抵抗できない。
 逃げられない。
 助けも来ない。

 周囲の視線はある。
 でも、誰も動かない。

「西園寺」
「お前はさ、ここに“居ちゃいけない側”なんだよ」

 霊圧が、さらに一段重くなる。
 視界の端が、じわりと滲んだ。

 その時。
「……そこまでだ」

 低い声が割って入る。
 霊力が、すっと引いた。
 空気が、元に戻る。

「冗談だろ?」
「ちょっとからかっただけじゃん」

 リーダー格は、そう言って肩をすくめる。

 教官は何も言わなかった。
 注意も、処罰もない。

「次やったら、ちゃんと謝れよ」
 それだけだった。

 俺は床に手をつき、息を整える。
 指先が、微かに震えていた。

 ――霊力を持つ者が、
 持たない者を支配する。

 それが、このクラスの“常識”。
 西園寺玄弥は、その最下層にいる。

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