霊力ゼロの陰陽師見習い

テラトンパンチ

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意志をかけた戦い

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 女は、まだ人の姿のままだった。

 長い黒髪も、白い肌も、学園に紛れ込んでいた時と何一つ変わらない。

 だが――
 その一歩一歩が、明らかに“人間のものではない”。

 「ほら」

 女が指を鳴らす。

 瞬間、地面を這う影が跳ね上がり、玄弥を包囲する。

 「!」

 剣を振る。

 霊装の刃は影を断ち切るが、
 女の本体には届かない。

 「無駄よ」

 「あなたの剣、私自身には当たらないもの」

 女は、触れていない。

 距離を保ち、影と妖気だけで戦場を支配している。

 「これじゃあ戦いにならないわね」

 影が弾け、玄弥の身体が吹き飛ぶ。

 地面を転がり、膝をつく。

 ――強い。

 今まで戦ってきた暴徒たちとは、次元が違う。

 女は、余裕の笑みを浮かべていた。

 「ね?」

 「妖怪は人を喰えば喰うほど強くなる」

 「あなたたちが“正しい”って信じてる世界、本当に脆いわね」

 玄弥は立ち上がる。

 剣を握る手に、汗が滲む。

 「……それでも」

 「止める」

 女は、わずかに首を傾げた。

 「へえ」

 「まだ言うんだ」

 一歩、前に出る。

 その瞬間――
 女の笑みが、消えた。

 「いいわ、そこまで言うなら特別に――」

 女は胸元に手を当てる。

 「少し、真面目に相手してあげる」

 空気が、沈む。

 重く、冷たい妖気が、女の身体から溢れ出した。

 「……!」

 玄弥の霊装が、悲鳴のように震える。

 女の影が、歪む。

 背後で、複数の獣の輪郭が重なり合う。

 「この力はね」

 女の声が、低く二重に響く。

 「鵺様より授かりし力」

 骨が軋む音。

 肌に、黒い紋様が浮かび上がる。

 髪が宙に舞い、瞳が妖しく光る。

 影は一つの形を成し――
 獣の角、猛禽の翼、蛇の尾を思わせる異形となった。

 女は、ゆっくりと腕を広げる。

 「ねえ、玄弥ォクン」

 「人のまま戦う私と」

 「妖怪となった私」

 にやり、と口角が上がる。

 「どっちも“素敵”でしょ?」

 次の瞬間――
 地面が砕け、妖怪化した女が跳躍する。

 人ならざる速度。

 霊装の刃が、迎え撃つ。

――速い。

 霊装の刃が振るわれるよりも先に、
 女の影が、獣の爪が、翼の風圧が襲いかかる。

 玄弥は後退する。

 斬る。
 受ける。
 避ける。

 それだけで、精一杯だった。

 「……っ!」

 剣を構え直すが、呼吸が乱れる。

 女は笑っていた。

 いや、楽しんでいる。

 「いいわ」

 「その顔」

 妖怪化した女は、地面に爪を立てたまま囁く。

 「必死で、抗って」

 「それでも折れない」

 影が爆ぜる。

 玄弥の身体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。

 咳き込みながら、立ち上がる。

 霊装の剣は、まだ消えていない。

 だが――
 女には決定打にならない。

 「ふふっおかしいと思わない?」

 女は距離を保ったまま、言う。

 「私の妖力、あなたの剣で“削れてはいる”」

 「でも、倒れない」

 「それでも、あなたは剣を振る」

 ゆっくりと、女は歩み寄る。

 「ねえ、玄弥」

 「あなた、私に似てると思うの。力を求める所とか」

 玄弥は眉をひそめる。

 「……ふざけるな、俺と一緒にするな」

 女は、少しだけ目を細めた。

 「本当に?」

 次の瞬間、影が玄弥の足を絡め取る。

 引き倒され、地面に叩き伏せられる。

 喉元に、爪が迫る。

 止まる。

 女は、あえて刺さない。

 「あなたも」

 「“力が欲しかった”でしょう?」

 玄弥の脳裏に、過去の光景が過る。

 霊力がなかった日々。
 何も出来ず、見ているだけだった時間。

 女は囁く。

 「守りたかった」

 「置いていかれたくなかった」

 「役に立ちたかった」

 爪が、わずかに喉に触れる。

 「それって、元々の私と同じ」

 玄弥は歯を食いしばる。

 「……だから、私は選んだ」

 「望みを叶えられる道を、でも気づいたの」

 「強さで上から人を見下して笑う自分が好きだった」

 女の声は、どこか穏やかだった。

 「あなたは違うと思ってる?」

 玄弥は、ゆっくりと剣を握り直す。

 「……違う」

 女は、くすりと笑う。


 影が解け、女は距離を取る。

 「私は仲良くなりたいの君とはね」

 妖気が、さらに膨れ上がる。

 「あなたが折れるか」

 「それとも、私を斬れるか」

 女は翼を広げ、戦闘態勢に入る。

 「――選びなさい、玄弥クン」

 「“私になる”か」

 「それとも、“私を否定する”か」

 防戦一方の戦場で、
 玄弥は、剣を構えたまま立ち尽くす。

 妖気が渦巻く。

 女が地を蹴った瞬間、空気が爆ぜた。

 「――っ!」

 玄弥は霊装の剣で受けるが、衝撃は防ぎきれない。
 身体が押し流され、地面を転がる。

 立ち上がろうとして、膝が軋んだ。

 (くそ……)

 剣は確かに妖力を斬っている。
 だが――相手の総量が違いすぎる。

 「どうしたの?」

 女は余裕の笑みを浮かべたまま、距離を詰める。

 「その剣、綺麗ね」

 「でも……足りない」

 その瞬間だった。

 ――内側から、声が響く。

 『……やれやれ』

 葛葉だ。

 『まだ気づかぬか、玄弥』

 『その剣は“斬る”ためのものではない』

 女の爪が振り下ろされる。

 玄弥は反射的に身を引くが、間に合わない。

 ――と思った、その刹那。

 背中が、熱い。

 霊力が、今までとは比べものにならない密度で噴き上がる。

 「……っ!?」

 玄弥の背後、空間が歪む。

 次の瞬間――
 黄金色の尾が1本現れた。

 それは物理的な質量を持たない、
 しかし確かに“そこに在る”霊の尾。

 女の爪が、尾に触れた瞬間。

 ――弾かれた。

 「なっ……!?」

 女が初めて、目を見開く。

 九尾の尾は、玄弥を包むように揺らめいている。

 『霊装の制約を、忘れるな』

 九尾の声は冷静だった。

 『物理に干渉せず、妖にのみ触れる』

 『ならば答えは一つ』

 『“貫く”のだ』

 玄弥は、息を呑む。

 『本来は、お主が霊装と合わせて使うには早すぎる』

 『だが今は――』

 女が舌打ちし、距離を取る。

 「なるほど……」

 「剣だけじゃないってわけね」

 黄金の尾が揺れるたび、妖気を弾き、削り取っていく。
 物理の瓦礫はすり抜け、妖力だけが削がれていく。

 玄弥は、剣を構え直した。

 背後に、確かな“守り”を感じながら。

 「……俺は」

 「お前みたいにはならない」

 女は、口角を上げる。

 「いいわ」

 「その顔、嫌いじゃない」

 妖気が、さらに濃くなる。

 「じゃあ――」

 「その尾ごと、折ってあげる」

 黄金の尾が、ふわりと大きく広がった。

 九尾が、静かに告げる。

 『行け、玄弥』

 『“守れる強さ”を、見せてみよ』
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