霊力ゼロの陰陽師見習い

テラトンパンチ

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意識の中、自分との戦い

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 翌日。
 空気が、明らかに違っていた。

 八岐大蛇は、いつものように組み手の構えを取らせなかった。
 代わりに、玄弥の正面に立ち、低く言う。

 「今日から、修行の中身を変える」

 玄弥は眉をひそめる。

 「……基礎は終わりか」

 「いやこれも基礎だむしろそれ以前の話だ」

 即答。

 「次は――
 お前の“本当の霊力”を引きずり出す」

 九尾の気配が、僅かに強まる。

 「玄弥」

 警告だった。

 「これは、決して楽な修行じゃない、壊れるなよ」

 「分かってる」

 玄弥は、短く答えた。

 「今までが楽だった覚えはないね」

 八岐大蛇は、地面に拳を叩きつける。

 結界が、音もなく閉じた。

 「ハッ、威勢だけはいいな!‥いいか?」

 「お前の霊力は、元から歪んでいる」

 「これが妖怪の王の呪いだ、心してかかれ」

 その言葉が落ちた瞬間――

 玄弥の身体が、内側から軋んだ。

 「っ……!」

 呼吸が乱れる。

 胸、腕、背中、脚。
 全身に、焼けつくような感覚。

 次の瞬間。

 皮膚の内側から、熱が噴き出した。

 「ぐ……っ!」

 視界が揺れる。

 身体中から、血が滲み、溢れ、止まらない。
 吹き出すような勢いではない。
 だが、終わりが見えない。

 立っているだけで、意識が削られていく。

 「……これが」

 九尾の声が、静かに響く。

 「お前が抱え込まされた呪いだ」

 「霊力を出そうとすればするほど、
 身体が拒絶する」

 玄弥は、膝をついた。

 歯を食いしばる。

 「……ふざけるな」

 血が地面に落ちる。

 止まらない。

 「こんなもん……
 使えねぇって、最初から決まってるじゃねぇか……!」

 八岐大蛇が、一歩近づく。

 「だからだ」

 低く、重い声。

 「それでも出せ」

 「逃げるな」

 「止めるな」

 玄弥は、顔を上げた。

 視界は赤く滲み、
 身体は悲鳴を上げている。

 それでも。

 「……出さなきゃ」

 「守れねぇ」

 その瞬間。

 玄弥の内側で、何かが反発した。

 呪いに従うのではなく、
 押し返すように。

 霊力が、僅かに、しかし確かに――
 自分の意思で、流れた。

 血は止まらない。

 痛みも消えない。

 だが。

 「……今だ」

 九尾が、確信を込めて言う。

 「今のが、お前の霊力だ」

 「借り物じゃない」

 「呪いに歪められても、
 まだ残っていた――
 お前自身の力だ」

 玄弥は、崩れ落ちながら笑った。

 「……最悪だな」

 「最初から、こんな地雷抱えさせやがって」

 八岐大蛇は、背を向ける。

 「今日はここまでだ」

 「死ぬ前に、戻れ」

 結界が、解ける。

 玄弥の意識が、闇に沈む直前――
 九尾の声が、確かに届いた。

 「玄弥」

 「これを越えれば霊装への“道”は、近い」

 血に濡れた手を、玄弥は僅かに握った。

 「……上等だ」

 「だったら、
 全部、出してやる」

 同じ修行が、何度も繰り返された。

 霊力を引き出す。
 呪いが反応する。
 身体が拒絶する。

 そのたびに、意識が削られていく。

 痛みは、もう新しくない。
 苦しみも、恐怖も。

 ただ――
 終わりが見えない。

 「……っ」

 霊力を流した瞬間、世界が歪む。
 視界が揺れ、音が遠のく。

 昨日と今日の境目が、曖昧になる。

 「……何日だ」

 「何回目だ」

 自分の声が、自分のものに聞こえない。

 九尾が、何か言っている。
 八岐大蛇の声も、確かにある。

 それでも。

 言葉が、意味として届かない。

 霊力を出すたびに、
 自分という輪郭が削れていく感覚。

 「……やめろ」

 誰に言ったのか分からない。

 「……もう、分かっただろ……」

 出力を上げる。

 呪いが、即座に反応する。

 世界が白く染まった。



 次に意識が浮上した時、
 玄弥は――立っていなかった。

 地面の感触。
 冷たさ。

 呼吸が、浅い。

 身体が、動かない。

 「……玄弥」

 九尾の声が、遠い。

 「……今回は、少しやりすぎたな」

 八岐大蛇の声も、どこか歪んで聞こえる。

 返事をしようとした。

 だが。

 思考が、そこで途切れた。



 ――暗い。

 上下も、前後もない。

 音が、ない。

 それでも、意識だけが残っている。

 「……ここは」

 声を出したつもりだったが、
 響いたのは“考え”だった。

 そこに、風景が浮かび上がる。

 見覚えのある廊下。
 学園。
 夕暮れ。

 何も起きていない、
 “壊れる前”の世界。

 「……夢か」

 一歩踏み出す。

 足音はしない。

 廊下の先に、
 自分がいる。

 怪我もない。
 疲れもない。

 ただ、立っている。

 玄弥は、その背中を見て理解した。

 「……意識の、奥か」

 ここは。

 逃げ場でも、慰めでもない。

 自分自身と、向き合わされる場所。

 正面に立つ“自分”が、口を開く。

 『まだ、やるのか』

 『そこまでして、何を守る』

 言い返そうとした。

 だが、言葉が出ない。

 代わりに、胸の奥から湧き上がる。

 後悔。
 怒り。
 恐怖。

 守れなかった顔。
 失った声。

 「……黙れ」

 ようやく、言えた。

 『壊れるぞ』

 『このままだと』

 「……知ってる」

 拳を、握る。

 痛みは、ない。

 それが、逆に怖い。

 「それでもだ」

 玄弥は、自分自身を睨みつけた。

 「止まったら――
 そこで、全部終わる」

 “自分”は、しばらく黙っていた。

 やがて。

 ゆっくりと、笑った。

 『……なら』

 『次は、覚悟を示せ』

 風景が、崩れる。

 意識が、さらに深く――
 沈んでいく。

 闇が、完全に崩れ落ちた。

 足場が消え、玄弥は落下する――
 はずだった。

 だが、次の瞬間、
 彼は立っていた。

 どこまでも広がる、灰色の大地。
 空は低く垂れ込め、雲は動かない。

 「……ここが」

 声は、はっきりと響いた。

 夢でも幻でもない。
 自分の意識の最奥。

 その中心に――
 “何か”がいた。

 人の形をしている。
 だが、顔がない。

 輪郭だけが曖昧に揺れ、
 全身から黒い靄のようなものが滲み出ている。

 見た瞬間、理解した。

 「……お前か」

 言葉に、自然と怒りが混じる。

 「俺を、内側から壊してるものは」

 それは、動かない。

 代わりに、声が直接、頭に流れ込んできた。

 『壊してなどいない』

 『あるべき姿に正しているだけだ』

 玄弥のこめかみが、ずきりと痛む。

 「正す?」

 「ふざけるな」

 「俺の身体を拒絶させて、
 力を出すたびに崩れさせておいてか」

 靄が、ゆっくりと膨らむ。

 『それが、お前の器だ』

 『妖怪の王の血を浴びた一族、神の調律を失った存在』

 『お前は、最初から“歪み”だ』

 玄弥は、一歩踏み出した。

 足元の地面が、ひび割れる。

 「だったら聞く」

 「なんで、今さら俺を止める、今まで、黙ってたくせに」

 呪いは、少しだけ沈黙した。

 そして。

 『目覚め始めたからだお前の“本来の霊力”が』

 『それは、この世界にとって――
 都合が悪い』

 玄弥の背中に、冷たいものが走る。

 「……つまり」

 「俺が弱いままなら、お前は大人しかった」

 『そうだ』

 即答だった。

 『お前が折れる未来も、
 朽ちる未来も、想定内だった』

 『だが今は違う』

 靄が、玄弥を包み込もうとする。

 『お前は、
 “越えてはならない線”に足をかけている』

 「だから、壊す気か」

 『いやあるべき姿に戻すだけだ』

 その瞬間。

 玄弥の中に、はっきりとした感情が湧いた。

 恐怖でも、絶望でもない。

 怒り。

 「……勘違いするな」

 玄弥は、拳を握る。

 「俺は、お前に許可を取って生きてるわけじゃない」

 呪いが、初めて揺らいだ。

 『お前一人で抗えると思うな』

 「一人じゃねぇよ」

 玄弥は、真っ直ぐに言った。

 「仲間‥九尾がいる、八岐大蛇がいる」

 『……愚かだ‥面白い』

 『しかしだ、完全に切り離すことは、できない』

 玄弥は、静かに息を吸った。

 「そうか、なら――」

 一歩、踏み込む。

 「お前を従える」

 その言葉と同時に、
 灰色の世界に、細い光が走った。

 呪いが、低く唸る。

 『……従わせるだと?舐めているのか?』

 世界が、再び崩れ始める。

  灰色の大地が、震えた。

 玄弥は、立っているはずの自分の“影”に違和感を覚える。
 影が――歪んでいた。

 「……?」

 手を見る。

 指が、太い。
 爪が、黒く、鋭い。

 呼吸が、低く重くなる。

 額に、熱が走った。

 ――角。

 短く、しかし確かな感触。
 触れずとも分かる。

 「……鬼、かよ」

 呟いた声は、どこか別人のものだった。
 低く、腹の底から響く。

 正面で、呪いが反応する。

 黒い靄が、形を変え、膨れ上がる。
 人の形だったそれは、次第に“ある影”を思わせる輪郭を帯びる。

 呪いが、笑った気配を見せる。

 『鬼は、恐怖の象徴、人を壊し、喰らい、理から外れた存在』

 『お前に、よく似合う』

 玄弥の胸奥で、怒りが燃え上がる。

 「……ふざけんな」

 鬼の腕が、強く握られる。

 「俺は、壊すために立ってるんじゃない」

 「守るために、ここまで来たんだ」

 呪いが、襲いかかる。

 黒い波が、空間ごと叩き潰そうと迫る。

 玄弥は、避けない。

 正面から――踏み込む。

 鬼の足が、大地を抉る。

 「うおおおっ!」

 拳が、靄を打ち抜く。

 衝撃が走る。

 呪いの一部が、弾けるように散るが、
 すぐに元へ戻ろうと蠢く。

 『無意味だ』

 『お前に私を断てない』

 『私は――お前そのものだからだ』

 「んなの知ってる、だからこそだ」

 玄弥は、牙を剥くように笑った。

 「斬れねぇなら、殴って黙らせる」

 拳が、何度も叩き込まれる。

 そうして消滅したかに思われた。

 「……終わった、わけじゃないよな」

 答えは、すぐに現れた。

 背後から、足音。

 振り返ると――
 そこにいたのは、玄弥自身だった。

 服装も、傷の位置も、
 視線の癖すら同じ。

 「……また、幻か」

 もう一人の玄弥が、口を開く。

 「違う」

 声も、完全に同じだった。

 「俺は“お前”だ」

 「いや――
 お前がなりたかった俺だ」

 胸の奥が、嫌な音を立てる。

 「……呪いか」

 もう一人の玄弥は、肩をすくめた。

 「そう呼んでもいい」

 「でもな」

 一歩、近づく。

 「俺は、
 お前が目を背け続けてきた部分だ」

 世界が、歪む。

 灰色だった空間に、
 過去の光景が浮かび上がる。

 ――守れなかった背中
 ――間に合わなかった瞬間
 ――手を伸ばして、届かなかった結末

 「……やめろ」

 「やめねぇよ」

 偽りの玄弥は、淡々と言う。

 「お前は強くなりたいって言う」

 「でも本当は――
 失うのが、怖いだけだ」

 玄弥は、拳を握る。

 「違う」

 「俺は――」

 「守るためだ、ってか?」

 被せるように、呪いが言った。

 「じゃあ聞く」

 「その力で、
 誰も失わない未来が本当に来ると思うか?」

 言葉が、刺さる。

 反論しようとして――
 できなかった。

 その一瞬。

 呪いが動いた。

 拳が、玄弥の腹に叩き込まれる。

 衝撃。

 息が、強制的に吐き出される。

 「がっ……!」

 吹き飛ばされ、地面を転がる。

 立ち上がろうとするが、
 身体が、重い。

 「な……んで……」

 呪いは、歩いてくる。

 「簡単だ」

 「お前は、
 “自分を殴る覚悟”が足りない」

 「鬼の姿の時は良かった」

 「でも今は違う」

 視線が、冷たくなる。

 「人のままの自分を、
 本気で否定できていない」

 玄弥は、歯を食いしばる。

 「……黙れ」

 「黙らねぇよ」

 呪いが、しゃがみ込む。

 目線が合う。

 「お前はまだ、
 “正しい自分”にしがみついてる」

 「だから――」

 額に、指が触れた。

 次の瞬間。

 意識が、砕けた。



 気づけば、玄弥は地に伏していた。

 動けない。

 呪いが、上から見下ろしている。

 「今回は、俺の勝ちだ」

 「でも安心しろ」

 「殺しはしない」

 静かな声。

 「まだ、お前には――
 折れる余地がある」

 世界が、暗転する。

 遠くで、九尾の声が聞こえた気がした。

 だが、届かない。

 最後に、呪いが囁く。

 「次は」

 「もっと深いところで、
 会おうぜ――玄弥」
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