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揺れ動く心
しおりを挟むエリーナの生活は、孤独と期待の狭間で揺れていた。形式的な契約結婚とはいえ、彼女はアレクシスに何かしらの心の温かみを感じたいと思っていた。しかし、その願いは簡単には叶えられそうになかった。彼は必要以上に彼女に関与せず、冷淡な態度を崩すことはなかった。
ある日、エリーナは屋敷の図書室で、ふとした偶然からアレクシスの若い頃の記録を見つけた。それは、かつて彼が戦場に立っていた頃の報告書だった。血と汗にまみれた戦場での彼の功績は壮絶で、数々の栄光を手にしてきたことが記されていたが、その裏には彼がどれだけの苦難を乗り越えてきたかが垣間見えた。
その日以降、エリーナはアレクシスに対する見方が少しずつ変わり始めた。冷徹に見える態度の裏には、深い傷や苦しみが隠されているのではないか――そんな気がしてならなかったのだ。
ある夜、エリーナは夢を見た。それは、どこか不安定で、暗闇の中に立つ自分と、その遠くに立つアレクシスがぼんやりと浮かび上がる夢だった。彼女が彼に近づこうとするたび、彼はさらに遠ざかっていく。必死に呼びかけても、彼は答えない。その夢から目覚めたとき、エリーナの心には奇妙な焦燥感が残っていた。
「私は何をしているのだろう……。」
その呟きは、自分に対する問いでもあり、アレクシスに向けたものでもあった。
翌朝、エリーナは庭園に出て、咲き誇る花々を見つめていた。そこにアレクシスが現れるとは思いもよらなかった。彼はいつものように無表情で、エリーナに短く視線を向けただけだった。
「……おはようございます。」
エリーナが声をかけると、アレクシスは一瞬だけ立ち止まり、低く返事をした。
「おはよう。」
それだけで彼はその場を立ち去ろうとしたが、エリーナは思わず彼を引き止めた。
「少しだけ、お話ししてもいいですか?」
アレクシスは振り返り、彼女を見つめた。しばらくの沈黙の後、彼はうなずいた。
二人は庭園のベンチに腰を下ろした。エリーナはどこから話を切り出すべきか悩みながら、ふと図書室で見つけた戦場の記録について触れることにした。
「公爵様、昔は戦場に立たれていたのですね。」
その言葉に、アレクシスの表情がわずかに硬くなった。
「……その話をどこで聞いた?」
「図書室で、偶然記録を見つけました。公爵様がどれほど多くの人を救い、この国に尽くされてきたか……尊敬します。」
エリーナの言葉にアレクシスは何も答えなかったが、その横顔にはわずかな苦悩が浮かんでいた。彼女はその様子を見て、さらに言葉を続けた。
「でも、その分、大変な思いもされたのではないですか? 私には想像もつかないようなことを、たくさん背負ってこられたのでは……。」
その瞬間、アレクシスは小さくため息をつき、エリーナを見つめた。
「君にそんなことを心配される筋合いはない。」
冷たい声ではあったが、その目にはどこか複雑な感情が宿っているように見えた。
「……そうかもしれません。でも、私はただ、あなたのことをもっと知りたいんです。」
エリーナのその言葉に、アレクシスは一瞬だけ目を伏せた。そして何も言わずに立ち上がり、その場を去っていった。
エリーナはその後も、彼と距離を縮めようと努力を続けた。彼女の行動は慎ましく、決して強引なものではなかったが、使用人たちの間では次第に彼女の評判が高まっていった。
そんなある日、エリーナが執務室の前を通りかかると、ドアが少しだけ開いているのに気付いた。中を覗くと、アレクシスが一人で椅子に座り、何かをじっと見つめていた。それは古びた懐中時計だった。彼がその時計を持つ姿には、普段の冷徹さとは違う柔らかさが漂っていた。
「その時計……大切なものなんですね。」
エリーナの声に、アレクシスは驚いたように振り返った。彼は時計をそっとしまい、いつもの冷たい表情に戻った。
「これは関係のないものだ。」
「でも、その表情を見ると、きっと特別な思い出があるのだと分かります。」
アレクシスは短く息をつき、椅子から立ち上がった。
「君は本当にしつこいな。」
そう言いながらも、彼の声にはどこか諦めにも似た優しさが含まれていた。
こうして二人の距離は少しずつ近づき始めた。アレクシスの心に秘められた真実とは何なのか、そしてエリーナの想いはどこへ向かうのか――揺れ動く二人の心が、運命の歯車をゆっくりと回し始めていた。
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