【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結

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婚約破棄と出奔

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    王宮の大広間は、いつもと変わらぬ荘厳な佇まいを保ちながらも、今日はなぜか重苦しい空気に包まれていた。煌びやかなシャンデリアの下、無数の貴族たちが静かに談笑する中、私、リディア・エヴァンスはひとり、運命を受け入れる覚悟を決めていた。

「すまない、リディア。お前とは結婚できない」

その一言が、重々しくも確固たる口調で告げられた瞬間、広間のざわめきが一瞬にして凍りついたように感じられた。エドワード殿下――王太子エドワードの瞳には、かすかに迷いと決意が混じっていた。彼の美しい顔立ち、整え抜かれた装い、そして何よりもその声に、私はこれまでの年月に重ねられてきた運命の重圧を一気に思い出した。

私の心は、驚きというよりも、むしろ長年感じていた空虚な不安を反映するかのように、冷静に、そして確固たる決意をもってその言葉を受け止めた。幼い頃から仕込まれてきた「王太子妃候補」としての生き方――それは、華やかな舞踏会や儀式の裏側に隠された、実はただの「義務」としての存在であった。私自身も心の奥底で、ずっと感じていたのだ。

「本当に愛する女性ができたんだ。お前には申し訳ないが、婚約を解消したい」

エドワード殿下は、静かに、しかし確固たる口調でそう告げる。彼のその言葉の一つ一つが、私にとってはこれまでの偽りの仮面を剥ぎ取り、真実の姿を晒すかのようであった。私は、表面上は何事もなかったかのように微笑みながらも、内心では長い間感じていた違和感と虚しさに、一抹の安堵さえ覚えていた。

「……そうですか」

静かな口調で答えると、エドワード殿下は一瞬、目を伏せた。周囲の貴族たちも、噂に敏感な顔つきで二人の様子を窺っていた。私にはもはや涙や絶望の余裕などなかった。むしろ、この瞬間こそが、長い間縛られていた運命から解放される瞬間であると、心の中で叫んでいるかのようだった。

(もう、ずっと待っていた――私だけの自由な人生の始まりが)

私は、これまでの重い運命を背負って生きることに疲れ果て、心の奥底から湧き上がる解放感をひそかに味わっていた。幼少期から仕込まれた礼儀作法や、厳格な宮廷の掟。そのすべてが、ただの「義務」としてしか感じられなかったのだ。王宮での生活は、まるで巨大な檻の中で飼いならされた小鳥のように、決められた枠内でしか飛び回れない日々の連続に過ぎなかった。

エドワード殿下の言葉が終わると、広間に一瞬の静寂が訪れた。だが、すぐに貴族たちの囁きが再び広がり、まるで嵐の前触れのように、私の未来についての噂話が飛び交い始めた。だが、私にとってはもはやそれはどうでもよいことだった。私が真に望んでいたのは、これまで縛られていた生活からの脱却と、心から愛せる自由な人生だった。

「リディア……」

ふと、背後から一人の侍女、クラリスが近づいてきた。彼女の顔には心配と戸惑いが混じり、静かに尋ねる。

「お嬢様、本当にお決心ですか? これまでのすべてを捨て、どうしても自由を求めるのですか?」

クラリスの瞳には、これまで何度も見せたことのない真剣な光が宿っていた。しかし、私はすでに答えを出していた。

「ええ、クラリス。私は、ずっと自分の意志で生きたかったの。誰かに決められた道を進むのではなく、自分で選び取る道――それが私の求める自由なのよ」

私の声は、かすかな震えを伴いながらも、確固たる決意に満ちていた。エドワード殿下の言葉が耳に残る中、私は自分自身の内面に響く自由への憧れを再確認していた。そして、今こそその夢を現実に変える時が来たと、心の奥底から感じ取ったのだった。

その後、私はエヴァンス侯爵家の礼を整え、父が待つ館へと向かうための準備を始めた。王宮での長い年月は、もう過去のもの。今日からは、私自身の意志で未来を切り開く――そんな思いが胸に溢れていた。館の一室で、しばしば過去の回想にふけることもあったが、今はもうそれに囚われることはなかった。代わりに、新たな旅立ちへの期待と、これから歩む道への不安とが入り混じる複雑な感情が、私の内側で蠢いていた。

やがて、館の外では既に馬車が用意され、遠くからは王宮の大門が小さく見え始めた。青空の下、広大な庭園を抜け、丘を越えて、遥か遠くに広がる緑豊かな領地へと向かう道――そこが、私の新たな居場所となる運命の地であった。馬車の車輪が大理石の敷石を離れ、野の花々が咲く田園風景へと変わるその瞬間、私は初めて本当の自由を手に入れたと感じた。

(さようなら、王宮。さようなら、かつての自分。これからは、私自身が舵を取るのよ)

馬車の窓から見える風景は、次第に都会の喧騒を忘れさせる穏やかな田園風景へと変わっていく。朝靄の中、露に濡れる草原や、遠くに連なる山々――すべてが、私に新たな物語の始まりを告げているかのようだった。自然の静寂と、その中に息づく生きとし生けるものたちの営みが、私の心に深い安らぎを与えた。

馬車が進むにつれ、ふと窓の外に目をやると、通り過ぎる風景一つ一つが、これまで知らなかった自由な生活の象徴のように感じられた。これまで閉ざされていた世界が、今この瞬間、無限に広がっている――そう実感すると、胸の奥にあった小さな希望が、一層大きな光となって輝き始めた。

しかし、その矢先、ふとした瞬間に思い出されるのは、宮廷でのあの一瞬の出来事だった。エドワード殿下の切なげな眼差し、そして彼が口にした「本当に愛する女性ができたんだ」という言葉。あれは決して軽い言葉ではなく、彼の心の奥にある何かを物語っているようにも感じられた。しかし、私にはもう振り返る理由も、戻る理由もなかった。自分自身の未来に向かって、一歩一歩前進するしかなかったのだ。

馬車内では、静かに奏でられる琴の調べが聞こえてきたかのように、私の心にも穏やかなリズムが流れ始めた。その音色は、これからの人生における新たな希望や、未知なる可能性を示唆しているように感じられ、心の中で小さな炎を灯すようだった。過去の重荷は、いつしか風に乗って流れ去っていく――そう確信できた瞬間、私は窓際に立ち、遠くの地平線を見つめた。

風は穏やかに頬を撫で、日差しは柔らかく差し込み、まるで全てが私に微笑みかけているかのようだった。私の心は、これまで感じたことのなかったほどの解放感と共に、次第に新たな期待と情熱に包まれていく。自由という言葉が、ただの空虚な響きではなく、具体的な形を持ち始めたのだ。

道中、馬車は数多くの村々や小さな集落を通り抜け、それぞれの土地で迎えられる人々の笑顔や温かい挨拶が、次第に私の心の氷を溶かしていった。ふと、田舎道の脇に咲く色とりどりの野花や、頬をかすめる優しい風の感触に、これまでの閉塞感が嘘のように消えていく。これからの生活は決して豪華なものではないかもしれない。しかし、その分、私自身が本当に望むものを手に入れるための真実の時間が待っていると、直感的に感じたのだった。

馬車が丘を越え、やがて小さな川沿いの道に差し掛かると、私の胸は一層高鳴った。流れる水の音、川面に映る青空――それらは、私の内に秘めた夢や希望を映し出す鏡のようであった。かつては王宮という巨大な檻の中で、誰かのために生きることを強いられていた。しかし今、私の目の前に広がるのは、誰にも縛られることのない、真の自分自身で生きる未来の姿であった。

その日の夕暮れ、馬車はようやく父の治めるエヴァンス領の館に到着した。館の周囲には豊かな自然が広がり、遠くの山並みが黄金色に輝いている。扉を開けると、久しぶりに感じる温かい家の空気が、私を迎え入れてくれる。館内では、父をはじめとする家族が、心からの再会の喜びとともに、これからの未来に対する期待を込めた言葉を投げかけてくれた。

「リディア、お前が決断したその勇気、誇りに思うよ」

家族の言葉に、私はふと、これまでの自分の生き方がどれほど狭いものだったのかを思い知らされる。王宮での輝かしい生活の裏側にあった、孤独と孤高の時間。そして、誰かに決められた運命に縛られていた日々。そのすべてを、一度に断ち切る決意が、今ここに実を結ぼうとしていた。

館の中で、私は一息つきながらも、ふと窓の外に目をやる。夕陽が山々を黄金色に染め、長い影を落とすその光景は、まるで私に「新しい日々の始まり」を告げるかのようだった。これから先、何が待ち受けているのかは誰にも分からない。ただ一つ確かなのは、私自身が自らの足で歩み出す限り、どんな困難も乗り越えられるということ――そう信じる強い意志が、私の内に確かに息づいていた。

夜が訪れると、館の廊下に静寂が広がり、遠くから聞こえる虫の音が、心を静めるように響いた。私は一人、広い窓際に腰を下ろし、これまでの記憶と、これから始まる新たな物語に思いを馳せた。王宮で過ごした日々の煌びやかな光景と、同時に感じた孤独――それらすべてが、今や私の新しい未来へとつながる貴重な糧となっていた。

「これからは、私自身のために生きる」

そう、私はもう一度、心の中で静かに宣言した。未来への不安よりも、今この瞬間に感じる確かな自由の輝きが、私を前へと突き動かしているのだと。どんなに辛い過去であっても、今日からの一歩一歩が、私の新たな物語を紡ぐ始まりになると信じながら、私はゆっくりとまぶたを閉じた。

翌朝、朝陽が差し込むとともに、館の中は穏やかな活気に満ち溢れた。家族との温かな朝食、そして父や従者たちとの何気ない会話――それらすべてが、私にとっては今までの重苦しい日々とは違う、新たな生活の象徴であった。しかし、どこかでまだ、王宮での過去やエドワード殿下の言葉が、ふと心の奥で囁くような気がしてならなかった。

「もし、あの日に戻れるのなら……」

その言葉は、決して後悔や未練といった形ではなく、ただ一瞬の記憶のかけらとして、私の心に留まっているだけだった。今、私が大切にすべきは、自分自身が自由に歩む未来であり、誰かに決められた運命ではなく、自ら選び取るべき人生なのだ。

館の庭に出ると、緑豊かな木々の間から差し込む朝日の光が、私の新たな決意を象徴するかのように輝いていた。庭を歩きながら、私はこれまでの自分を振り返り、そして新しい一歩に胸を躍らせた。遠くから聞こえる鳥たちのさえずり、風に乗って舞う花びらの一つ一つ――それらすべてが、これからの人生の希望を告げるサインのように感じられた。

こうして、私リディア・エヴァンスは、かつての決められた運命を振り切り、真の自由と自立を目指して、新たな一歩を踏み出すこととなった。今後、どんな道が待っていようとも、私の心はもう決して囚われることはない――それは、この日の朝、館の庭で感じた確固たる光のように、これからの人生を照らし続けるに違いないと、固く信じて疑わなかった。

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