【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

逃げた先にあった答え

    朝の淡い光が王宮の高い窓から差し込み、長い夜を越えて新たな一日が始まろうとしていた。昨夜、リディアは自室の窓辺で、これまでのすべての出会いと、己の内面に渦巻く思いに耳を傾け、そして自らの決断に向き合うために、何度も深呼吸を繰り返した。胸の奥に静かに灯る一筋の光―それは、これまで逃げ続けた先にようやくたどり着いた“答え”そのものであった。



朝露に濡れた大理石の床を踏みしめながら、リディアは王宮の廊下を一人歩いていた。過ぎ去った日々の記憶と、三人の男たちから受けたさまざまな想いが、今なお彼女の心を複雑に彩っている。エドワード――かつて自分を突き放した王太子の熱い後悔と情熱、宰相アルベルトの厳粛で重い使命感、そして、何よりも魅惑的で甘い囁きを投げかけてくるギルバート公爵。

リディアは、これらすべての言葉と出会いが、自分に何を教えてくれたのかを、静かに振り返っていた。彼女は幼い頃から「自由」を求め、誰かに縛られることなく生きることを夢見てきた。しかし、逃げた先で気づいたのは、ただ孤独な自由だけでは満たされない、心の奥底に秘めた温かな「愛」の可能性であった。

窓から差し込む柔らかな日差しが、リディアの頬をそっと撫でると、彼女の胸中には、かすかに温もりを感じさせる決意が広がっていった。これまでの出会い―苦しみや迷い、そして小さな希望の光―が、今、彼女にとっての「答え」として結実しようとしていた。



リディアは、王宮内の回廊を歩きながら、ふと過ぎ去った日々の記憶に浸った。かつて、王宮という豪奢な檻から逃れるため、ひたすら自由を求めたあの頃。あの瞬間、エドワード殿下の冷たく突き放された言葉に、胸が締め付けられるような痛みを感じながらも、自らの意志で歩み出した決意。それが、今の自分を形作る大切な経験であった。

同時に、宰相アルベルトの厳しくも真摯な提案―「あなたの力が国を救う」という言葉―も、リディアの心に重く響いた。しかし、その重さは、決して彼女の自由な魂を縛るためのものではなく、むしろ自らが持つ内なる輝きを引き出すための、一つの可能性として示された。

そして、何よりも心に残っているのは、ギルバート公爵の甘い誘惑であった。彼が語る、「孤独な花も誰かと共に咲くことで真の美しさを得る」という言葉は、リディアにとって、今まで抱いていた孤高の自由に対する疑問を呼び覚ました。胸の奥で、知らず知らずのうちに芽生えていた温かな感情―それは、誰かと分かち合うことで初めて真価を発揮する、柔らかな愛情であった。

「私の中にあるのは、ただの逃避ではなく、真実の愛と自由を共存させる力なのだ……」
リディアは、静かに自らの内なる声に問いかけながら、これまでのすべての出会いを受け止め、自分自身と向き合っていた。



その日、午後の日差しが柔らかく降り注ぐ中、リディアは王宮の広大な庭園に足を運んだ。庭は季節の花々が咲き乱れ、ささやかな風が木々の葉を揺らしている。噴水の周囲に腰を下ろし、心を落ち着かせるひとときを過ごしていると、遠くから聞こえる足音に気が付いた。

ゆっくりと近づいてくる姿は、以前の印象とはまた違った、落ち着いた佇まいを見せていた。リディアはその姿を見極めると、穏やかな笑みを浮かべながら声をかけた。

「おはようございます、公爵様……」

そこに立っていたのは、ギルバート公爵であった。昨日の甘美な誘惑の言葉が、今、穏やかで優しい表情に包まれている。公爵は、柔らかな微笑みを返しながら、ゆっくりとリディアに近づき、低い声で語りかけた。

「リディア嬢、再びお会いできることに心から喜びを感じております。昨日の言葉が、あなたの心にどのような響きをもたらしたのか、ぜひお聞かせいただければと思います」

庭の木々のざわめきと、遠くでさえずる小鳥の声が、二人の間に静かな時間を刻む中、リディアは一度深呼吸をし、目の前に広がる美しい風景と共に、これまでのすべての思いを胸に語り始めた。

「私は……かつて、ただ自由だけを求めて走り出しました。誰にも縛られず、自分の意志だけで生きることを夢見て……しかし、逃げた先で気づいたのは、自由と同じくらい、誰かと分かち合う温かな愛が、私の心を満たすということでした」

公爵は、リディアの言葉に耳を傾けながら、時折頷き、そして穏やかに微笑んだ。
「あなたのその言葉に、私は深い感銘を受けました。愛とは、ただ単に相手に依存するものではなく、互いの自由を尊重しながらも、共に歩むことで初めて真の輝きを得るもの。私自身、あなたと共に歩む未来に、そんな可能性を見出しております」

二人は、しばらくの間、庭の片隅で語り合いながら、過ぎ去った日々の痛みと、未来への小さな希望を共有した。風がそっと二人の間を流れる中で、リディアは自分の心が次第に軽く、そして温かくなっていくのを感じた。



その夜、リディアは王宮の中でもひときわ静かな書斎に籠り、これまでのすべての出会いと自らの内面の葛藤を、一言一句、日記に綴り始めた。ペン先が紙の上を滑るたびに、彼女の心の中でくすぶっていた迷いが、少しずつ形を変え、明確な決意へと収束していくのを感じた。

「私が本当に求めていたのは、逃げ出すことで得られる単なる孤独な自由ではなく、誰かと分かち合うことで初めて輝く、真実の愛である。愛は決して、自由を奪う鎖ではなく、むしろ互いの心を解き放ち、共に未来を創るための翼となるのだ……」

そう書きながら、リディアは自らの心の奥底に眠る本当の願いに気づいた。数多くの選択肢の中で、彼女が選ぶべき道は、自分自身が自由でありながらも、相手と共に歩むことでお互いを高め合える未来であるということ。これまでの旅路―逃げ、追われ、説得され、そして内省したすべての日々―が、今この瞬間、確固たる答えとして降り注いでくるのを感じた。

翌朝、リディアは再び庭園へ足を運んだ。澄んだ朝の空気と、柔らかな陽光が、彼女の心を優しく包み込む。すでに心に決断の灯がともり、彼女は自分自身の未来に向かって真っすぐ歩む覚悟を新たにしていた。

その時、遠くから静かに近づいてくる足音が聞こえた。エドワードや宰相アルベルトの姿も、すでに数度の機会を経て、互いに静かな理解と敬意を示すようになっていたが、リディアの心に最も深い印象を残していたのは、あの日庭で優しく語りかけたギルバート公爵の姿であった。

彼は、かつての甘美な誘惑だけでなく、今や穏やかで誠実な眼差しをもって、リディアの前に現れた。公爵は、すでに彼女の心の中で育まれた温かさと、互いに自由を尊重し合う愛情の象徴そのものとなっていた。

「リディア嬢」
公爵は、柔らかな声で呼びかけると、ゆっくりと彼女の隣に腰を下ろした。
「あなたが歩んできた道の先に、本当の答えがあったと、私は信じています。逃げることで、あなたは自分自身の真実に出会い、そして、互いに補い合う愛の大切さを知ったのだと思います」

リディアは、静かに公爵の目を見つめながら、心の中で何度も自問していた。自分は本当に、誰に縛られるのではなく、自由と愛を両立させた生き方を選びたいと願っていた。その答えは、まさにここに、目の前にいる彼の穏やかで誠実な眼差しの中にあった。

「私……」
リディアは、しばらく言葉を探すように黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「これまで逃げ続けた先で、私は一人で自由を守ることの大切さと同時に、誰かと共に歩む温かさを知りました。あなたの言葉が、私の心にそっと触れたのです。私が本当に求めていたのは、ただ孤独な自由ではなく、互いに尊重し合い、支え合う愛そのものだと気づいたのです」

公爵は、リディアの言葉に優しく頷くと、彼女の手をそっと取りながら、静かに答えた。
「リディア嬢、あなたがその答えにたどり着いたことを、私は心から嬉しく思います。私もまた、あなたと共に歩む未来を望んでおります。あなたが決して自由を失うことなく、むしろその自由がさらに輝きを増すよう、共に歩んでいけるなら、これほど幸せなことはありません」

二人は、庭園の緑に包まれながら、ゆっくりと歩み寄り、互いの温かさを感じ合った。遠くでさえずる小鳥の声や、そよ風が葉を揺らす音が、まるで二人の未来への祝福のように響いていた。



その後、王宮内では、リディアの決断が静かに広まっていった。エドワード殿下と宰相アルベルトも、彼女が自らの意志で選んだ道を尊重することを決め、互いに温かな眼差しを交わして別れを告げた。

リディアは、父や家臣たちにも自らの決意を伝え、長い間抱いていた葛藤を乗り越えたことを報告した。家族は、彼女の強さと誠実さに深い感動を覚え、未来への期待を込めて見守ると約束した。

こうして、リディアは自ら選んだ道―自由と愛が見事に調和した、互いに補完し合う未来―へと踏み出す決意を固めたのである。逃げた先にあった答えとは、決して誰かに強制されるものではなく、自らの内面の声に耳を傾け、真実の自分を見出すことによって初めてたどり着けるものであった。

その日、王宮の庭園の片隅で、公爵と共に歩むリディアの姿は、まるで新たな物語の始まりを告げるかのように、穏やかでありながらも力強く輝いていた。風に揺れる花々の香りと、柔らかな陽光が二人を包み込み、未来への希望と共に、これまでの迷いや痛みが次第に溶け去っていくように感じられた。

「私たちの未来は、決して楽な道ではないかもしれません」
公爵は、リディアの手を握りながら、静かに語りかけた。
「しかし、あなたと共に歩むことで、どんな困難も乗り越えられると、私は信じています。あなたが本当に大切にしたいと決めたその愛と自由が、私たちの道を照らす光になるでしょう」

リディアは、深い決意と共に、穏やかな笑みを浮かべた。自らの内面と向き合い、数々の試練を経た結果、彼女は初めて、自分が望む未来の形を明確に理解することができた。

――「これが、私が逃げた先で見つけた答え。自由と愛は、対立するものではなく、むしろ互いを引き立て合い、共に生きるための大切な要素なのです」

リディアは、心の中でそっと誓いを立てた。その言葉は、彼女自身の生き方そのものを象徴するものとなり、これからの未来への第一歩として、力強く刻まれた。


数週間後、王宮内の正式な式典が開かれ、リディアは公爵との未来を公に宣言する場が設けられた。厳かな儀式の中で、彼女はこれまでの自らの旅路と、数多の葛藤を乗り越えてたどり着いた真実の愛を、堂々と語った。集う貴族たちも、リディアの変わらぬ美しさと、その内面に宿る輝きに心を打たれ、温かい拍手と共に彼女を讃えた。

エドワード殿下と宰相アルベルトも、それぞれの思いを胸に、リディアの決断を尊重し、穏やかにその場を後にした。彼女の選択は、彼らにとっても一つの区切りとなり、互いに未来への新たな道を歩むための大切な一歩となった。

式典が終わった後、王宮の庭園に再び集まったリディアと公爵は、夜空に輝く星々を見上げながら、今後の未来について語り合った。

「これからは、私たち自身の手で未来を切り拓いていきましょう。互いの自由を尊重し、愛を分かち合いながら」
と、公爵は力強く語った。

リディアは、彼の言葉に深く頷き、穏やかな決意を新たにした。彼女は、かつて逃げ出した先で出会った数々の出来事が、今の自分を形作り、真実の答えへと導いたことを実感していた。

そして、夜の帳が静かに降りる中、リディアと公爵は、互いの手を取り合いながら、新たな未来への一歩を踏み出した。遠くで聞こえる夜風のささやきは、二人の歩む道に希望の旋律を奏で、王宮の壁を背景に、二人のシルエットが一つに重なっていた。

――これが、逃げた先にあった答え。

リディアは、もう一度心の中で呟いた。
「自由も愛も、私自身が選んだ道の一部。誰にも奪われるものではなく、私が大切に育んでいく宝物なのです」

その瞬間、彼女の瞳には、これまでの苦しみや迷いが次第に消え去り、未来への明るい希望が満ちあふれているのが分かった。新たな愛と共に歩む決意は、彼女自身を内側から強く照らし、これからの人生を力強く彩ることとなった。


リディアと公爵は、手を取り合って王宮の外へと歩み出した。夜空には無数の星が輝き、遠くの地平線には新たな朝日の予感が隠れていた。二人の歩幅は、しっかりとした決意と、これまで逃げ続けた日々を乗り越えた後の確かな未来への期待に満ちていた。

「これから先、どんな困難が待ち受けていようとも、私はあなたと共に歩む覚悟です」
と、公爵が低く力強い声で告げると、リディアは静かにその手を握り返し、優しい微笑みを返した。

「私も同じです。逃げた先で見つけた答えは、決して孤独な自由ではなく、誰かと分かち合うことで初めて真価を発揮する愛であると知りました」

その言葉は、風に乗って夜空へと溶け込み、二人の心に永遠の誓いとして刻まれた。王宮という舞台で、そして数々の出会いと試練の中で、リディアは自らの未来を自分の手で切り拓く力を手に入れた。そして、その答えは、彼女自身の中にいつもあったのだと、今、確信するのであった。