【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結

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本当に大切なもの

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    朝靄が消え、夜明け前の静寂がエヴァンス領を包む中、リディアはひとり、王宮での宴が終わった夜の余韻と重い決断の間で揺れ動く心を、窓辺に座ってじっと見つめていた。星々がまだ夜空に瞬いているその時間、彼女はこれまでの出来事―王太子エドワードの熱情、宰相アルベルトの厳粛な説得、そして公爵ギルバートの甘美な囁き―が、自分の心にどのような印を刻んだのかを、静かに思い返していた。

心の中で繰り返す問いは、ただひとつ。「本当に大切なものとは何か?」
――その答えを見つけることが、これからの未来を選ぶ唯一の鍵だと、彼女は確信していた。


翌朝、王宮の厳かな廊下を抜け、自室に戻ったリディアは、柔らかな朝日が差し込む窓辺に腰を下ろした。机の上には、昨夜の宴で交わされた数々の言葉が、未だ頭の中に鮮明に焼き付いている。エドワードの「どうか、もう一度私と共に歩んでほしい」という声、アルベルトの「あなたの力が国の希望となる」という重い使命感、そしてギルバートの「愛し合うことで本当の輝きを取り戻せる」という甘く切実な誘い―どれもが、リディアの心に多層的な響きをもたらしていた。

彼女はゆっくりと日記帳を取り出し、ペンを走らせながら、心の奥底で渦巻く思いを文字に託した。

「私の中には、これまで守り続けた自由への誇りと、誰かと分かち合いたいという、知らず知らずのうちに芽生えていた温もりが混在している。どちらかを選ばなければならないのだろうか。それとも、私自身の力で新たな道を見出すことができるのだろうか……」

書き進めるうちに、リディアは自分自身に問いかけるようになった。自由を求めて逃れたあの日々―あの時は、自らの未来を切り拓くための解放と信じていた。しかし、孤高の自由は同時に、心に冷たい孤独を刻んでいたことも否めない。今、彼女はその両極端な感情の間で、真に守りたいものが何かを模索していた。



その日、リディアはかつての記憶に導かれるように、幼い頃に遊んだ王宮の庭園を思い出した。王太子との儀式の中で、無理やり笑顔を作らされながらも、心の奥底では本当の自分を押し殺していたあの瞬間。あの時の自分は、決して本当の「私」ではなかった。今、こうして自由を求めて遠くへと旅立った自分が、初めて心から望むものに気づき始めたのだ。

庭先に咲く一輪の花を見つめながら、彼女は静かに呟いた。
「本当に大切なものとは、誰かに守られるためのものではなく、私自身が選び取った愛と未来なのかもしれない……」

その言葉に、彼女の心は次第に温かい光に包まれていく。今までの決断や選択は、すべて自分が歩むべき道の一部であり、誰かに強制されるものではなかった。むしろ、すべては自らの内面から生まれる、本当の強さと愛情の表れなのだと、リディアはようやく気づき始めたのだった。


午後、王宮内の庭園で行われた小規模な散策の席で、リディアは改めて三人の男たちと向き合う機会を得た。庭園の奥深く、木漏れ日の中に佇む噴水の前で、彼女は心の中で自らの選択を整理しようとしていた。偶然にも、エドワード、アルベルト、そしてギルバートは、それぞれ別々に現れ、リディアに語りかけるように近づいてきた。

まず、エドワードが穏やかな眼差しで口を開いた。
「リディア、あなたが本当に大切なものを見つけ出すまで、僕は待ち続ける。僕の愛は、決してあなたの自由を奪うものではない。あなたが自らの意志で選んでくれるなら、再び共に歩む未来を築きたい」

エドワードの声には、かつての高慢さではなく、深い後悔と真摯な願いがこもっていた。その瞳の奥には、過去の誤りへの反省とともに、未来への熱い希望が感じられた。リディアは、その眼差しを見つめながら、心の奥で静かに問いかけた。「あなたの愛は、私にとって本当に救いとなるのだろうか?」

次に、宰相アルベルトが、端正な顔立ちと冷静な口調で語りかけた。
「リディア嬢、国の未来もまた、あなたのような強く美しい魂に託されるべきものです。あなたが自らの力で、真実の愛を見出すならば、その輝きは民衆にも希望を与えるでしょう。私が願うのは、あなた自身が心から誇れる未来を歩むことです」

アルベルトの言葉は、政治的な重圧を感じさせる一方で、彼自身の内に秘めた情熱と信念が静かに滲んでいた。リディアは、その厳しさの中にある温かさに、一瞬胸が締め付けられる思いを覚えた。

そして、ギルバート公爵は、柔らかな微笑みと共に、甘美な声で語りかけた。
「リディア嬢、あなたの心は、まるで自由に舞う蝶のように美しい。しかし、蝶が孤独に漂うのではなく、誰かと共に花々の香りを分かち合うことで、初めてその美しさが真価を発揮するのです。私が望むのは、あなたと共に歩み、互いの心を温め合う未来です」

ギルバートの言葉は、まるで春風のように穏やかでありながら、どこか計算された情熱が感じられた。リディアは、その甘い誘いに一瞬戸惑いながらも、心の奥底で感じていた孤独への寂しさと、誰かと分かち合いたいという密かな願いが、再び揺り動かされるのを感じた。

三人の声は、それぞれ異なる角度からリディアの心に訴えかけ、彼女はその中で自分自身の本当の気持ちを見極めようと、静かに向き合っていった。彼女にとって大切なのは、ただ単に誰かに愛されることではなく、心から歩みたい未来そのものだった。そして、その未来は、自らの選択で切り拓くべきものだと、彼女は確信し始めた。


散策が終わり、庭園の静寂が再びリディアを包む中、彼女はひとり、噴水のそばに佇んだ。水面に映る自分の顔と、そこに映し出される三人の姿―それは、これまでの自分の人生を象徴するかのように、儚くも美しい光景だった。

「私が本当に大切にしたいのは……」
リディアは、そっと呟いた。胸の中で何度も繰り返される問いに、今や答えを見出すための静かな勇気が宿っていた。

これまでの孤高の自由は、確かに私を守る盾であった。しかし、同時にその自由は、私の心に隙間と孤独をもたらしていた。誰かと共に分かち合う温もりや、真実の愛情が、私に新たな輝きを与える可能性がある――。
リディアは、ゆっくりと深呼吸をし、内なる声に耳を傾けた。自らの決断は、誰かに強制されるものではなく、自分自身が真に望む未来を創り出すためのものでなければならない。
――そう、私はもう一度、心の奥底に眠る本当の想いを取り戻さなければならないのだ。

その瞬間、遠くから一陣の風が吹き抜け、庭の木々がささやくように揺れた。まるで自然そのものが、リディアに「あなたの未来はあなた自身が創るもの」と囁くかのようだった。彼女は、しっかりと目を閉じ、過去の痛みや迷い、そして今自分が感じている温かな希望をひとつひとつ、心の中で噛み締めた。

やがて、リディアはゆっくりと目を開き、決意に満ちた眼差しを取り戻した。
「私には、誰にも奪われない自由と、共に歩む温かな愛が必要だ――どちらか一方だけでは、私の心は満たされない。両方を手にする道こそが、私が本当に大切にすべき未来なのだ」

その言葉は、まるで静かな誓いのように、リディアの胸に深く刻まれた。彼女は、これまでのすべての出会いや試練が、今この瞬間のためにあったのだと確信し、未来への一歩を踏み出す覚悟を固めた。


その後、王宮での一連の出来事を経て、リディアは改めて自らの意志で未来を選び取る決断を下すため、家族や信頼する者たちとの対話にも耳を傾けた。父の優しい言葉、そして長年支えてきた家臣たちの温かい励ましは、彼女にさらなる安心感を与えた。自分の力で選び抜く未来――それは、他者の期待に応えるだけのものではなく、私自身が真に心から納得できるものでなければならない。

数日後、リディアは家族が見守る中、静かに意志を伝える場が設けられた。大広間に集まった親族や従者たちの前で、彼女はゆっくりと口を開いた。

「これまで、私には多くの方々が、さまざまな愛情と期待を託してくださりました。王太子殿下、宰相様、公爵様―皆様の想いに、私は深く感謝しております。しかし、私がこれから歩む道は、他者に決められるものではなく、私自身が選び取るべきものだと感じています。私が本当に大切にしたいのは、自由と愛、そして自分自身が心から輝ける未来です」

その言葉は、厳粛でありながらも、どこか温かく力強い響きを放っていた。会場に集う者たちは、しばしの静寂の後、皆それぞれの思いを胸に頷いた。リディアは、決して迷いなく自らの未来を選ぶ覚悟を示したことで、内に秘めた本当の強さを証明したのだった。

こうして、リディアは、これまでの複雑な出会いや揺れる心を経て、ついに自らの本当に大切なもの―自由でありながらも、誰かと共に分かち合う温かな愛―を胸に、未来へと歩み出す決意を固めた。彼女の目には、かすかに涙の光とともに、確かな未来への希望が映し出されていた。

その日以降、リディアは自ら選んだ道を、静かにしかし確固たる意志で歩み始める。王宮での出会いと葛藤、そして家族や信頼する者たちとの対話を通じて、彼女は自分自身の内面に宿る本当の輝き―それが、誰にも奪われることのない、私だけの大切なもの―を見出すことができたのだ。
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