6 / 8
麗しき誓い、王宮の祝福
しおりを挟む
アルシュレイン王国の王宮――
その一角にある、格式高き迎賓の間に、数多の貴族たちが集まっていた。
本日、ここで行われるのは、第一王子ユリウス・アーデルハイトと、リリアーヌ・ド・マリヴェールの“正式な婚約”の発表である。
貴族社会において、それはただの私的な契りではなく、政治的意味合いも含んだ一大行事だ。
とくに、今回のように“かつて断罪された悪役令嬢”が、王子の花嫁になるということは、耳目を集めるには十分だった。
「……随分と静かですわね」
リリアーヌは緊張を隠すように、ゆっくりと息を吐いた。
彼女の身を包むのは、深紅のベルベットドレス。
肩のラインが美しく露わになった優雅なデザインで、王宮の格式にふさわしい仕立てだった。
「気にするな。どうせ何を言っても、俺の意志は変わらんとわかっているからだ」
隣に立つユリウスは、いつもと変わらぬ冷静さで人々を見渡していた。
黒と金の軍装風礼服を身にまとった彼は、まるで氷の騎士のように凛然としていた。
「……それでも、私が過去に犯したと“思われている”ことは、消えないのではないかと」
「過去はお前を形作ったが、決してお前の全てではない。……俺がそう言えばいい」
その一言に、リリアーヌの緊張はほんの少し解ける。
(――ユリウスは、いつだって私の“存在”そのものを見てくれる)
彼の言葉は、彼女の心に“居場所”を作ってくれた。
それだけで、世界が少しだけ優しくなる気がした。
***
やがて、王の重々しい声が会場に響いた。
「皆の者、本日はこの場において、第一王子ユリウス・アーデルハイトと、リリアーヌ・ド・マリヴェールの婚約を公にする」
王の言葉に続き、厳粛な拍手が湧き起こる。
しかし、その拍手には複雑な思いも混じっていた。
「……まさか、本当にこのまま婚約を認めるとは……」
「相手はかつての“悪役令嬢”よ? 殿下は何をお考えなのかしら……」
小声で交わされる囁きに、リリアーヌの背筋が少しだけ強張った――だが、
「そのような声が出ることは想定済みだ」
ユリウスが低く、しかしはっきりとした声で続ける。
「だが、俺が選んだのは“この人だ”。――どれほど非難されようと、変えるつもりはない」
彼はリリアーヌの手を取り、高く掲げた。
「この人は、誇り高く、聡明で、慈愛に満ちた女性だ。俺は、そんな彼女と共に歩んでいく」
静まり返っていた会場に、再び拍手が起こる。
それは先ほどとは違い、敬意と驚きと、少しの感動が混じった音だった。
「……ユリウス様」
「俺の“想い”は、誰にも否定させない」
リリアーヌは唇を噛みしめながら、静かに頭を下げた。
(――この人が隣にいてくれる限り、私は大丈夫)
***
発表のあと、婚約記念の茶会が開かれた。
花々に囲まれた庭園の一角で、リリアーヌは様々な人々の祝辞を受けていた。
中には、かつて彼女を冷たく見ていた貴婦人たちもいたが、今はどこか態度を和らげていた。
「本日はおめでとうございます、マリヴェール様」
「……ありがとうございます。未だ至らぬ身ではございますが、ユリウス殿下のお力添えに恥じぬよう精進いたしますわ」
丁寧に礼を返すその姿は、かつての“悪役令嬢”という言葉からはかけ離れたものだった。
「……思ったより、ずっと落ち着いた女性なのね」
「殿下がお気に召すのも、わかる気がするわ」
――変わり始めた空気。
リリアーヌ自身が、自らの存在をもって“過去”を塗り替えていっているのだ。
***
その夜。
ユリウスとリリアーヌは、庭園を歩いていた。
春の夜風が心地よく、満開の花が香りを運んでくる。
「……疲れてないか?」
「いえ、むしろ清々しい気持ちですわ。今日という日を迎えられて、本当に幸せで……」
「……なら、良かった」
ユリウスの手が、そっと彼女の手を取る。
「……でも、これからが本番だ」
「本番……?」
「“王子の婚約者”ではなく、いずれ“王妃”となるべき女性として――誰よりも、堂々としていてほしい」
リリアーヌはその言葉に少し驚き、そして微笑んだ。
「私などに務まるでしょうか?」
「務まる。“誰よりも美しく、誇り高い女”――それが、お前だから」
彼の言葉は、いつだって誇張ではない。
まるで、真実を告げるような静けさと確信に満ちている。
リリアーヌは静かに頷いた。
「……はい。ユリウスの隣にふさわしい女性となれるよう、日々努力いたしますわ」
ユリウスはその言葉に満足げに笑い、彼女の手の甲に軽く口づけた。
「……愛している、リリアーヌ」
「私も……あなたを、心から」
***
その夜、リリアーヌのもとに一通の手紙が届いた。
差出人は――マリヴェール家の末弟、テオドール。
「姉上へ。姉上がユリウス殿下と婚約されたと聞き、胸がいっぱいです。姉上は誰よりも優しくて、誰よりも真っ直ぐな方でした……」
手紙には、家族の想いと、過去にリリアーヌを信じきれなかった悔いが綴られていた。
「今度、もしお許しいただけるのなら……直接、お祝いを申し上げに参ります」
その文面に、リリアーヌの目から自然と涙がこぼれた。
過去は消えない。
けれど、“今”が“未来”を変えることはできる。
ユリウスとの婚約は、ただの恋の成就ではなく――
彼女の人生そのものを肯定する“救い”でもあったのだ。
その一角にある、格式高き迎賓の間に、数多の貴族たちが集まっていた。
本日、ここで行われるのは、第一王子ユリウス・アーデルハイトと、リリアーヌ・ド・マリヴェールの“正式な婚約”の発表である。
貴族社会において、それはただの私的な契りではなく、政治的意味合いも含んだ一大行事だ。
とくに、今回のように“かつて断罪された悪役令嬢”が、王子の花嫁になるということは、耳目を集めるには十分だった。
「……随分と静かですわね」
リリアーヌは緊張を隠すように、ゆっくりと息を吐いた。
彼女の身を包むのは、深紅のベルベットドレス。
肩のラインが美しく露わになった優雅なデザインで、王宮の格式にふさわしい仕立てだった。
「気にするな。どうせ何を言っても、俺の意志は変わらんとわかっているからだ」
隣に立つユリウスは、いつもと変わらぬ冷静さで人々を見渡していた。
黒と金の軍装風礼服を身にまとった彼は、まるで氷の騎士のように凛然としていた。
「……それでも、私が過去に犯したと“思われている”ことは、消えないのではないかと」
「過去はお前を形作ったが、決してお前の全てではない。……俺がそう言えばいい」
その一言に、リリアーヌの緊張はほんの少し解ける。
(――ユリウスは、いつだって私の“存在”そのものを見てくれる)
彼の言葉は、彼女の心に“居場所”を作ってくれた。
それだけで、世界が少しだけ優しくなる気がした。
***
やがて、王の重々しい声が会場に響いた。
「皆の者、本日はこの場において、第一王子ユリウス・アーデルハイトと、リリアーヌ・ド・マリヴェールの婚約を公にする」
王の言葉に続き、厳粛な拍手が湧き起こる。
しかし、その拍手には複雑な思いも混じっていた。
「……まさか、本当にこのまま婚約を認めるとは……」
「相手はかつての“悪役令嬢”よ? 殿下は何をお考えなのかしら……」
小声で交わされる囁きに、リリアーヌの背筋が少しだけ強張った――だが、
「そのような声が出ることは想定済みだ」
ユリウスが低く、しかしはっきりとした声で続ける。
「だが、俺が選んだのは“この人だ”。――どれほど非難されようと、変えるつもりはない」
彼はリリアーヌの手を取り、高く掲げた。
「この人は、誇り高く、聡明で、慈愛に満ちた女性だ。俺は、そんな彼女と共に歩んでいく」
静まり返っていた会場に、再び拍手が起こる。
それは先ほどとは違い、敬意と驚きと、少しの感動が混じった音だった。
「……ユリウス様」
「俺の“想い”は、誰にも否定させない」
リリアーヌは唇を噛みしめながら、静かに頭を下げた。
(――この人が隣にいてくれる限り、私は大丈夫)
***
発表のあと、婚約記念の茶会が開かれた。
花々に囲まれた庭園の一角で、リリアーヌは様々な人々の祝辞を受けていた。
中には、かつて彼女を冷たく見ていた貴婦人たちもいたが、今はどこか態度を和らげていた。
「本日はおめでとうございます、マリヴェール様」
「……ありがとうございます。未だ至らぬ身ではございますが、ユリウス殿下のお力添えに恥じぬよう精進いたしますわ」
丁寧に礼を返すその姿は、かつての“悪役令嬢”という言葉からはかけ離れたものだった。
「……思ったより、ずっと落ち着いた女性なのね」
「殿下がお気に召すのも、わかる気がするわ」
――変わり始めた空気。
リリアーヌ自身が、自らの存在をもって“過去”を塗り替えていっているのだ。
***
その夜。
ユリウスとリリアーヌは、庭園を歩いていた。
春の夜風が心地よく、満開の花が香りを運んでくる。
「……疲れてないか?」
「いえ、むしろ清々しい気持ちですわ。今日という日を迎えられて、本当に幸せで……」
「……なら、良かった」
ユリウスの手が、そっと彼女の手を取る。
「……でも、これからが本番だ」
「本番……?」
「“王子の婚約者”ではなく、いずれ“王妃”となるべき女性として――誰よりも、堂々としていてほしい」
リリアーヌはその言葉に少し驚き、そして微笑んだ。
「私などに務まるでしょうか?」
「務まる。“誰よりも美しく、誇り高い女”――それが、お前だから」
彼の言葉は、いつだって誇張ではない。
まるで、真実を告げるような静けさと確信に満ちている。
リリアーヌは静かに頷いた。
「……はい。ユリウスの隣にふさわしい女性となれるよう、日々努力いたしますわ」
ユリウスはその言葉に満足げに笑い、彼女の手の甲に軽く口づけた。
「……愛している、リリアーヌ」
「私も……あなたを、心から」
***
その夜、リリアーヌのもとに一通の手紙が届いた。
差出人は――マリヴェール家の末弟、テオドール。
「姉上へ。姉上がユリウス殿下と婚約されたと聞き、胸がいっぱいです。姉上は誰よりも優しくて、誰よりも真っ直ぐな方でした……」
手紙には、家族の想いと、過去にリリアーヌを信じきれなかった悔いが綴られていた。
「今度、もしお許しいただけるのなら……直接、お祝いを申し上げに参ります」
その文面に、リリアーヌの目から自然と涙がこぼれた。
過去は消えない。
けれど、“今”が“未来”を変えることはできる。
ユリウスとの婚約は、ただの恋の成就ではなく――
彼女の人生そのものを肯定する“救い”でもあったのだ。
20
あなたにおすすめの小説
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる