【完結】婚約破棄された令嬢ですが、冷酷公爵の溺愛が過ぎて困っています

22時完結

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冷酷公爵の独占欲と、正式な求婚

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 リディアは、目覚めた瞬間から胸が高鳴っていた。
 昨夜交わした、レオンハルトとの“仮”ではない約束。
 ――彼の言葉は確かに本物だった。
 そして自分もまた、その気持ちを否定できなかった。

 

 けれど、まだ不安はある。

(わたくしが、公爵様に相応しいのかしら……)

 王太子妃になるはずだった令嬢が、いきなり冷酷と呼ばれる公爵の婚約者となる。
 周囲が黙って見ているはずがない。
 とくに、公爵の政敵たちや、その取り巻きの貴族令嬢たちは。

 

 そんな思いを抱えながら朝食の席についたリディアに、レオンハルトが静かに言った。

「リディア、正式に婚約を申し込もう」

「……えっ?」

 パンを口に運ぼうとしていた手が止まる。

「君には、まだ心の整理が必要かもしれない。だが俺の意思は変わらない。今、仮の婚約者などという曖昧な立場では、君を守りきれない」

「わたくしを、守る……?」

「公爵家の屋敷に女性が住み、日々共に過ごしている。好奇の目を向けられるのは時間の問題だ。だが、“婚約者”であれば、誰も何も言えない」

 その瞳は真剣だった。
 “溺愛”の甘さより、むしろ“覚悟”の強さを感じさせる眼差し。

「わたくしの気持ちは……」

「強制はしない。ただ、ゆっくり考えてくれればいい。だが、君が何も言わなければ、俺は“了承”と受け取る」

「っ……公爵様ったら、ずるいですわ」

「君のそういうところも、好きだ」

 さらりと、平然と、そんなことを口にする。

 リディアはため息をつきながらも、笑みを隠せなかった。

(この人は、本当に……)

 

***

 

 午前中の予定は、庭園での散策と、茶会用の花の選定。

 侍女たちに付き添われながら庭を歩いていると、屋敷の正門のほうで騒ぎが起こっていた。

「なにかしら……?」

 様子を見に行くと、そこには見覚えのある顔があった。

 ――クラリッサ・フォン・エリントン嬢。
 社交界では有名な、王太子に思いを寄せていた伯爵令嬢。

「まぁ、リディア様。こんなところでお会いできるなんて。ふふ、もう“王太子妃殿下”とはお呼びできませんのね?」

 リディアはその悪意に満ちた笑みに、静かに微笑み返す。

「ええ。幸い、そんな肩書きとはきっぱり縁が切れましたの」

「でもまぁ、その代わりが“冷酷公爵の気まぐれな庇護”ですものねぇ。お気をつけあそばせ。公爵様の心が離れたとき、あなたの居場所なんて……」

「ご忠告、感謝いたしますわ。でも、公爵様はそのような軽薄な方ではありませんので」

 その瞬間、門の奥から黒い馬に乗った人物が現れる。

 ――レオンハルトだった。

 重々しい鎧のような黒の軍服に身を包み、鋭い眼差しをクラリッサに向ける。

「俺の“婚約者”に、何か用か?」

「っ……公爵閣下! い、いえ……少し世間話をと思っただけですわ」

「世間話がしたいなら、よそで頼め。俺の屋敷は、婚約者以外の令嬢の社交場ではない」

「……失礼しました」

 さすがのクラリッサも引き下がるしかなかった。

 

 馬を降りたレオンハルトは、リディアの前に来ると、そっと手を取った。

「……大丈夫か?」

「はい。おかげさまで」

「ならいい。……今夜、正式な発表をしよう。君を婚約者として、貴族会にも通達する」

「公爵様……」

「何を言われようが、俺は君を守る。――それだけは、信じてくれ」

 その瞳に、迷いはなかった。

 リディアはただ、頷くしかなかった。

 ――もう、この人から逃げることはできない。

 それが、幸福な捕縛であると分かっていても。

 午後、リディアはレオンハルトの執務室で、書簡の整理を手伝っていた。

「これが貴族会への通達書類ですのね?」

「ああ。君の名前と、公爵家の印章を押した上で、各家へ送る。これで誰にも文句は言わせない」

 重厚な羊皮紙に刻まれた金の文字。
 その端には、レオンハルト自身の手で記された文言があった。

――『我が婚約者、リディア・フォン・バルニエを正式に迎える』――

 読むだけで、胸が熱くなる。

「……公爵様が、ここまでしてくださるなんて。夢のようですわ」

「夢ではない。これは、現実だ。――君を、この手で守ると決めたからには、後戻りなどしない」

 その眼差しが、真っ直ぐにリディアを射抜いた。

 彼の本気は、どんな飾り言葉よりも重い。
 それが分かるからこそ、リディアも応えたくなる。

「……ありがとうございます。わたくし、ちゃんとお隣に立てるよう、努力いたしますわ」

「すでに十分すぎるほど相応しい」

「……うぅ、甘やかしすぎですわ」

 リディアが照れ笑いを浮かべると、レオンハルトの口元も自然とほころぶ。

 

***

 

 夕刻。
 公爵邸の一室に、数名の高位貴族が招かれた。

 非公式ながら、貴族会の中心人物である彼らに事前通達することで、正式な婚約の“既成事実”を固める目的がある。

「――なるほど、リディア嬢が。これは驚きましたな、公爵殿」

「王太子殿下との破談後、すぐにこうして動かれるとは……いやはや、さすが閣下らしい」

「ですが、公爵様。お言葉ですが、バルニエ侯爵家は今や王太子派では?」

 やはり、疑問や牽制の声もある。

 だが、レオンハルトは表情を崩さず、ただ一言。

「――だからこそだ」

「……と、申されますと?」

「俺の意志を、国に示す必要があった。派閥がどうであろうと、俺は個として、彼女を選ぶ。それだけの話だ」

 静かで力強い言葉に、貴族たちは口をつぐむ。

「それに、俺の婚約者を侮る者があれば、貴族会であろうと容赦はしない。……俺の名にかけて、守り通す」

 その宣言は、まるで“王命”のように重く響いた。

 

 その後、場の空気は一転して穏やかになった。
 リディアは、少し緊張しながらも落ち着いた振る舞いを保ち、見事な応対をしていた。

「お美しいだけでなく、聡明でもいらっしゃるのですな、公爵様」

「お褒めに預かり光栄です」

「やはり、閣下のお眼鏡にかなう方というのは、尋常ではない」

 微笑ましい言葉が交わされる中――

「公爵様、リディア様。よろしければ、少しお二人の出会いのお話など、お聞かせ願えますかな?」

 その質問に、レオンハルトは一瞬だけ口元を引き締め、そしてすぐに視線をリディアへ向けた。

「……語るほどのものではない。ただ、ずっと――俺の目にとまっていた。それだけだ」

「っ……!」

 リディアの頬が一気に染まる。

(ずっと……見ていてくださったの?)

「人の目を気にせず、自分の美学を貫こうとするところに、私は惹かれた」

 その言葉に、誰もが静かにうなずいた。

 ――そして、その夜。
 公爵家は、リディアとの“正式婚約”を貴族界に通知した。

 

***

 

 数日後。

 公爵家の広い庭で、招待客を迎えての簡易な婚約茶会が催された。

 その中には、王太子の姿もあった。

 王太子アレクセイは、もともとこの招待に応じる気などなかったはずだ。
 だが、レオンハルトが「国の安定のため」と強く言えば、逆らえはしない。

「……まさか、貴殿があのリディア嬢を迎えるとは」

「言ったはずだ、“拾わせてもらう”と」

「だが、彼女は――」

「彼女の価値を見抜けなかったのは貴殿だ。……後悔するなよ?」

 王太子の視線がリディアに向けられる。
 どこか悔しげなその瞳に、リディアは真正面から視線を返す。

「わたくしは、公爵様と共に歩む未来を選びました。ですから、後ろを振り返ることはありません」

「……強くなったな、リディア」

「いえ。元から強かったのだと思います。ただ、それを引き出してくださったのが――公爵様ですわ」

 その一言に、王太子の表情が崩れる。

 だが、そこに割って入ったのは、当の公爵本人だった。

「他の男に見つめられるのは、不快だ」

「えっ……?」

「この手を、もっと早く取っておくべきだった」

「っ……もう、嫉妬なさっているのですか?」

「当然だ」

 リディアがあきれ気味に笑うと、レオンハルトは小さくため息をつく。

「これが俺の“溺愛”だと、そろそろ気づいてもらいたい」

「……充分、伝わっておりますわ」

 

 その会場の中、二人は確かに“主役”だった。
 誰もが、彼らの幸福を、あるいは羨望を込めて見守っていた。

 けれどリディアにとって、それらの視線はどうでもよかった。

(わたくしは、この人の隣にいられるだけで――もう、それ以上望むことなんてないのです)

 

 茶会が終わり、日も沈みきった頃。
 リディアは、夜風を感じながら庭のバルコニーに立っていた。

 星空の下、公爵邸の庭園は静かで、蝋燭の灯りがあちらこちらで優しく瞬いている。

(公爵様との正式な婚約……本当に現実になったのですね)

 あれほど望んだ“婚約破棄”のあとに、こんなに満たされた気持ちを味わえるとは思ってもいなかった。
 温かくて、安心できて、それでいて心を激しく揺さぶる――そんな感情を与えてくれる人。

 それが、レオンハルト。

 

 そんな彼が、静かに後ろから現れた。

「夜風に当たっていたのか」

「はい。少しだけ、気を休めたくて……でも、ご迷惑でしたか?」

「君がどこにいようと、迷惑なわけがない。むしろ……隣にいてくれると安心する」

 そう言って、レオンハルトは自然とリディアの隣に立つ。

 手が、触れそうなほど近い。

 でも、それは不思議と不快ではなかった。

「……まるで夢のようです。あんなに穏やかに茶会が終わって、公爵様がわたくしの隣にいてくださって」

「これは夢ではない。君を、現実の中で守ると誓った。俺の言葉は、二度とは翻さない」

「……信じますわ」

 リディアの声が震える。

 感情が溢れそうで、けれど必死に抑えていると、彼がそっとその手を取った。

「リディア」

「……はい」

「君を、誰にも渡さない」

 その言葉に、胸の奥が一気に熱を帯びた。

 視線が交差し、次の瞬間――彼の唇が、リディアの額にそっと触れる。

 あたたかく、静かな口づけ。

 それは激情ではなく、静かな誓いのようで。

「君を愛している。……これからの日々で、それを証明してみせる」

「わたくしも……貴方となら、どこまでも歩んでいけそうです」

 リディアがそっと微笑むと、レオンハルトも珍しく目を細めて微笑んだ。

「今夜は、君と少し話がしたかった」

「はい。わたくしも……」

 

 二人はバルコニーから屋敷へ戻り、レオンハルトの書斎へと足を運んだ。

 そこで、彼はワインを二つ用意し、グラスを差し出す。

「祝いの酒だ。婚約成立の夜に、俺たちだけで乾杯しよう」

「……光栄ですわ、公爵様」

「レオン、と呼んでくれ」

「えっ……?」

「公爵としてではなく、一人の男として、君の隣にいたい。だから、名前で呼んでほしい」

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるように高鳴った。

「……では、レオン様」

「……うん。それでいい」

 ワイングラスが、かすかに音を立てて重なった。

 

***

 

「リディア、少し俺の話を聞いてくれるか」

「……ええ」

 レオンハルトは、暖炉の灯を見つめながら語り始めた。

「君が知っているかどうかは分からないが……俺には、兄がいた」

「……お兄様が?」

「ああ。名はユリウス。聡明で優秀で、俺よりずっと人望があった」

 リディアは、ただ静かに彼の言葉に耳を傾ける。

「だが十年前、彼は事故で亡くなった。――王家の命により、極秘の任務についていた最中に、な」

「……そうだったのですね」

「その時、俺は誓ったんだ。“兄の遺志を継いで、冷静に国を支える存在になる”と」

「それで……冷酷と呼ばれるように?」

「必要だった。感情を押し殺して、判断だけで動けるようになるには、他人に期待をさせてはいけなかった」

「でも、それでは……あなた自身が傷つくでしょう?」

「構わなかった。兄のように誰かを庇って死ぬことも、誰かのせいで崩れることも、もうまっぴらだったからな」

「……」

「だが、君は違った。君は、自分を守る盾を持ちながら、誰かを責めなかった」

「……いいえ、わたくしはただ、流されていただけで……」

「違う。君は、あの日俺に“公爵様は優しすぎる”と言った。その言葉で、心が救われた」

 あの日、馬車の中で言ったあの言葉。

(優しすぎる……ですわ)

 その小さな一言が、彼の心に残っていた。

「……リディア。君は、俺に“生きたい”と思わせてくれた、初めての存在だ」

 その言葉が、涙となってリディアの瞳からこぼれた。

「レオン様……」

「泣かないでくれ。俺は君の涙より、笑顔が見たい」

 そっと彼が、リディアの頬に触れる。
 その指先はあたたかく、震えていた。

「……わたくしも、貴方のそばにいることで……自分を取り戻せた気がします。だから、わたくしからも言わせてください」

 深く息を吸い、まっすぐ彼の目を見る。

「――愛しています、レオン様」

 その一言に、レオンハルトの瞳が揺れた。

 そして、彼はそっとリディアの手を取ると、左手の薬指に、指輪をはめた。

「これは、“本当の婚約”の証だ。君だけのために用意した」

「……こんなに、美しい……!」

 その指輪には、公爵家の紋章と、中央に淡い蒼玉が埋め込まれていた。
 夜空を思わせる、穏やかで澄んだ色。

「この色は、君の瞳を見て選んだ。――これからは、これを見るたびに俺を思い出してくれ」

「……ずっと忘れませんわ。ずっと、共に……」

 

 星空の下で交わされた、誓いの言葉。
 静かな炎のように、互いの心に灯ったその想いは――もう、決して消えることはない。

 
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