【完結】地味令嬢を捨てた婚約者、なぜか皇太子が私に執着して困ります

22時完結

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皇太子の溺愛と逃げられない関係

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 夜も更け、深い蒼に染まる宮殿の廊下を、ひっそりと歩む皇太子アレクシスの姿は、まるで己の運命に抗えぬ宿命を背負ったかのようであった。彼はこれまで、冷徹な態度と厳格な規律で知られてきたが、今やセシリア嬢への愛情は、すべての壁を溶かすほどに溢れ出し、その心は常に彼女に捕らわれ、離れることができなくなっていた。

 朝の柔らかな光が宮殿の窓辺から差し込み始めると、アレクシスは書斎に腰を下ろし、昨夜の情熱的な再会と、自身の胸中に湧き上がる抑えがたい感情を、重い筆致で綴っていた。机上には、セシリア嬢の名前が何度も記され、その一文字一文字が、彼にとってかけがえのない宝物のように輝いていた。
「彼女の笑顔は、私の闇を一掃する光であり、彼女の存在は私に生きる意味を与えてくれる…」
 独り言のように呟くその声には、これまでの堅い表情とは裏腹に、己の無力さと同時に、溢れんばかりの情熱がにじんでいた。

 一方、セシリアは侯爵邸に戻った後、誰にも見せることのない密やかな部屋で、複雑な心模様と向き合っていた。彼女の瞳は、かつての穏やかな静寂を失い、アレクシスの激しい溺愛と、絶え間なく降り注ぐ彼の求愛の嵐に対して、戸惑いと恐れ、そしてどこか切なさを秘めていた。
「私の人生は、ただ静かに暮らすためにあったはず……」
 そう呟くセシリアの声は、過去の穏やかな日々を懐かしむとともに、逃れようとする気持ちと、心の奥底で芽生え始めた彼への微かな惹かれを否定できずにいた。

 ある日の夕刻、宮殿で催された小規模な会食の後、アレクシスは再び侯爵邸を訪れる決意を固めていた。彼は、どんなに厳しい規律や重圧があろうとも、セシリア嬢と離れることなど決して許されない――その信念が彼の歩みを止めなかった。馬車の中で、彼は静かに窓の外を眺めながら、心の中で何度も彼女への誓いを唱えていた。
「君は私の全てだ。どんな試練が待とうとも、君と共に歩む未来を私は選ぶ」

 侯爵邸に到着すると、使用人たちのざわめきと共に、再びセシリアの姿が目の前に現れた。彼女は、夕闇に染まる庭園の片隅で、ひとり佇んでいた。淡い月明かりに照らされるその姿は、かつての控えめな令嬢の面影を残しながらも、どこか内面に燃える決意の光を宿しているようにも見えた。
 アレクシスは、ゆっくりと彼女に近づき、静かな声で語りかけた。
「セシリア嬢、再びお目にかかれて光栄だ。君がどんなに苦しんでいるか、私には痛いほど分かる。しかし、どうか私に、その痛みを分かち合わせてほしい。君の孤独も、悲しみも、全て私が抱きしめる覚悟がある」

 セシリアは、驚きと戸惑いの中で彼の瞳を見つめ、わずかに震える声で答えた。
「殿下……あなたの言葉は、私の心に届くのは確かです。しかし、あなたの愛情はあまりにも激しく、時に私を押しつぶしそうに感じるのです。逃れたいと思う瞬間もある……」

 その瞬間、アレクシスの顔には、深い苦悩と共に、決して揺るがぬ確信が浮かんだ。
「セシリア、私の愛は決して君を縛るものではない。むしろ、君の自由を守るための絆だ。君が逃れたくなるような苦しみを与えることなど、私には許されない。私が君を選んだのは、ただ君の美しさだけでなく、君が内に秘める強さと純粋な心に惹かれたからだ」

 彼の言葉は、宙に溶け込むように柔らかく、しかしその裏に潜む情熱は、まるで炎のように激しく燃え上がっていた。セシリアは、しばらくの間、何も答えることができず、ただその瞳に映る切実な想いに心を揺さぶられた。だが、彼女の内面には、逃れたいという衝動と、同時に抗しがたい惹かれが複雑に交錯していた。

 それから数日、アレクシスは侯爵邸に頻繁に足を運び、日常のあらゆる場面でセシリア嬢との接触を試みた。朝の庭先でふと交わす短い言葉、夕食後の廊下での静かな会話、さらには書斎の窓越しに互いを見つめ合う儚い瞬間……。どの場面においても、彼の溺愛はあまりにも自然で、しかし決して抑えがたいほどに強烈であった。セシリアは、次第にその愛情の重さに抗えなくなり、逃れようとすればするほど、彼の存在がより一層彼女を引き寄せるという不思議な運命に囚われていった。

 夜、侯爵邸の奥深い回廊を一人歩くセシリアは、ふと自身の内面に問いかけた。
「私は、一体どうしてこんなにも……あの人の愛情に縛られてしまうのだろう?」
 答えは、彼女自身でも完全には分からなかった。幼い頃から静かで穏やかな日常を望んできた彼女にとって、これほどまでに激しく、そして熱く求められる愛は、夢にも思わなかった。だが、その一方で、彼女はアレクシスの真摯な眼差しや、決して揺るがぬ誓いに触れるたびに、自分の中に眠る未だ解放されぬ感情が、次第に目覚めていくのを感じていた。

 ある雨の夜、侯爵邸に突如として嵐が訪れ、窓を打つ雨音が部屋中に響き渡った。セシリアは、ひとり書斎に籠り、過ぎ去った日々の思い出と、これからの未来に対する不安と希望とを紙に綴っていた。そのとき、扉が静かに開かれ、濡れた外套をまとったアレクシスが現れた。彼は、雨に打たれた髪と顔に、どこか哀愁を漂わせながらも、決して揺らぐことのない眼差しで彼女を見つめた。

「セシリア、こんな夜に君を一人にしておくわけにはいかない。どうか、私と共にこの雨の音を聞かせてほしい」
 その声は、雨音と重なり合い、まるで一編の詩のようにセシリアの心に染み渡った。彼女は、ためらいながらもその手を取ると、アレクシスはゆっくりと彼女を自室へと導いた。窓際に並んで座る二人。外の激しい雨が、まるで彼らの運命を映し出すかのように、力強く打ちつけられていた。

 アレクシスは、しばらくの沈黙の後、静かに語り始めた。
「君は、私にとってただの愛しい存在ではなく、私の生きる全てだ。どんなに君が逃れようと、離れようと、私の心は必ず君の元へと戻る。君の涙、君の苦悩、それすらも私が抱きしめ、癒すためにあるのだ」
 彼の声は、柔らかく、しかしどこか切実な響きを伴い、セシリアの心の奥底にある孤独と恐れを優しく包み込んだ。
「私は……私も、あなたの愛情に抗いきれない部分があるのかもしれません」
 セシリアは、かすかな震えを伴いながら呟いた。その声には、逃れたいという強い意志と、同時に彼への深い想いが交錯していた。

 その夜、二人は長い時間、ただ言葉を交わすことなく、互いの存在を感じ合った。雨音が二人の間に広がる静寂を満たし、アレクシスはそっとセシリアの頬に触れ、
「君は、私の世界そのものだ。決して私から離れてはいけない」と囁いた。
 その瞬間、セシリアの心は激しく揺れ、逃れたいという気持ちと、彼にすべてを委ねたいという思いが、互いにぶつかり合うようにせめぎ合った。

 翌朝、雨上がりの澄んだ空気が侯爵邸を包む中、セシリアは窓辺に立ち、遠くにかすむ宮殿のシルエットを見つめていた。彼女の瞳には、昨夜の記憶とともに、これからの未来に対する不安と、やむを得ず受け入れなければならない現実が映し出されていた。
「私は、どうしてこんなにもあなたに縛られてしまったのだろう……」
 その問いは、彼女自身の心の奥で、答えを求めながらも静かに漂っていた。

 時が経つにつれ、アレクシスの存在は、セシリアにとって逃れられない運命となっていった。日常のあらゆる瞬間に、彼の熱い視線や、ささやかなさりげない接触が刻まれ、彼女は気づかぬうちに彼の愛情に身を委ね始めていた。たとえ逃れたいと思う日もあったが、その度に、彼の変わらぬ優しさと決して揺るがない誓いが、彼女を引き戻すのだった。

 こうして、皇太子アレクシスの溺愛は、ただ一方的な執着ではなく、セシリアの孤独な心に寄り添うかのように、次第に彼女自身の一部となっていった。彼の愛情は、彼女にとって苦しみであり、同時に救いでもあった。逃れようとするほどに、彼女はその愛の重みと温もりに取り憑かれ、いつしか自らの意思ではどうすることもできないほど、深く結びついてしまっていた。

 ――運命とは、時に人の心を逃れがたく縛る鎖のようなものだ。
 セシリアは、ただ静かに己の内面を見つめ、逃げ出すことのないこの愛とどう向き合うべきかを、日々の小さな決断の中で模索し続けるしかなかった。
 
 そして、ある夕暮れ、再び侯爵邸の庭で二人は顔を合わせた。夕陽が柔らかく二人の姿を染め上げ、アレクシスは、従来の強い口調ではなく、穏やかな微笑みを浮かべながら語りかけた。
「セシリア、君が望むなら、どんな時も私は君のそばにいる。君が泣くとき、笑うとき、すべての瞬間を共に分かち合いたい」
 その言葉に、セシリアは長い沈黙の後、かすかに頷いた。彼女の瞳には、過去の痛みと未来への不安が混じり合いながらも、どこか温かな光が宿っていた。

 こうして、逃れられぬ運命の中で、皇太子アレクシスの溺愛は、セシリアの日常に確かな存在として根付き、二人の関係は、いかなる困難にも抗うことのできない絆として、ゆっくりと、しかし確実に深まっていった。

 セシリアは、もはや完全にその愛から逃れることはできなかった。彼女は内心で、ただ一人静かにつぶやく。
「私の未来は、あなたと共にある…それが、どんなに苦しくとも」
 その言葉は、彼女自身の決意と、受け入れざるを得ない運命への覚悟を、しっかりと刻み込むものとなった。
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