【完結】冷酷な旦那様が、私に溺れるなんて聞いてません!

22時完結

文字の大きさ
1 / 1

1

しおりを挟む

冷たい冬の空気が肌を刺す朝。城館の中は華やかな飾りで埋め尽くされ、誰もが今日の祝福を喜んでいるように見えた。けれど、アメリア・グレイスフィールドの心は、どこか遠くに置き去りにされたような感覚だった。

アメリアは鏡の前に座り、純白のウェディングドレスを身にまとった自分をじっと見つめた。柔らかなレースが施された袖、胸元の繊細な刺繍、そして裾に広がる長いトレーン――どれもが彼女を「理想の花嫁」に見せるための完璧な装いだった。それなのに、鏡に映る自分の目には、どこか曇りが感じられる。

「アメリア、お綺麗ですよ。」
侍女の一人が微笑みながら声をかけた。その声に気づいたアメリアは、小さく頷いて答える。
「ありがとう、リリア。でも、少し緊張しているの。」

それは嘘ではなかった。いや、むしろ緊張という言葉では表しきれないほど、彼女の胸は締めつけられていた。今日、アメリアはこの国でも屈指の権力を誇るカイル・ヴァンステッド公爵の妻となる。しかし、それが「幸せ」と結びつく未来を想像することはできなかった。

カイル・ヴァンステッド――その名を聞けば、誰もが震え上がる。冷酷で感情を表に出さないことで知られる彼は、「氷の公爵」と呼ばれていた。何人もの貴族の娘が彼との縁談を拒絶したと噂されるほどだったが、アメリアにはその選択肢がなかった。

家柄、そして家族の期待。アメリアは「グレイスフィールド家の誇り」を守るために、この結婚を受け入れたのだ。初めてカイルと対面した時のことを、彼女は今でもはっきりと覚えている。

「婚約者として、最低限の義務を果たしていただければ、それ以上を望むつもりはありません。」
それが彼の第一声だった。感情のない声、冷たい灰色の瞳。彼の美しい顔立ちさえ、その冷たさの前では色を失っていた。

その時、アメリアは悟った。この結婚は、愛や温もりとは無縁のものであると。

「花嫁様、そろそろお時間です。」
式典を取り仕切る侍従が部屋に入ってきた。アメリアはゆっくりと立ち上がり、深呼吸をする。
「行きましょう。」

長いヴェールが床を滑るように揺れる中、彼女は大広間へと向かった。ドアが開くと、豪奢な装飾が施された会場と、無数の貴族たちの視線が一斉に彼女に向けられる。まるで舞台に立たされる人形のような気分だった。

祭壇の前には、カイルが立っていた。彼は相変わらず無表情で、アメリアが近づいても一切の感情を見せなかった。彼女の心臓がひどく鼓動を打つ。それは期待からではなく、恐怖に近いものだった。

司祭の声が響く中、アメリアとカイルは形式的な誓いの言葉を交わした。
「カイル・ヴァンステッド公爵、あなたはこの女性を妻とし、生涯をともにすることを誓いますか?」
「…誓います。」

その声は低く響いたが、そこに情熱や誠実さは感じられなかった。それでも、会場は歓声に包まれる。人々の拍手に混ざるように、アメリアは小さく呟いた。
「誓います…。」

冷たく触れるだけのキスが交わされた瞬間、彼女の心に小さな涙が流れるようだった。この結婚は、彼女に何をもたらすのだろうか。彼女の未来は、この瞬間からどのように変わるのだろうか。

結婚式が終わり、夫婦として迎える最初の夜。部屋には二人きりの静寂が広がっていた。カイルは窓辺に立ち、何かを考えているようだった。アメリアはベッドの端に座り、彼に声をかけるべきか悩んだ。

「…カイル様。」
彼女がそう呼びかけると、彼はわずかに顔を向けた。しかし、冷たい視線はそのままだった。
「何か用か。」
「いえ…その…」

アメリアの言葉は途中で途切れた。何を話せばいいのかわからない。彼女の緊張を察したのか、カイルは軽くため息をついて言った。
「無理に会話をしなくてもいい。君は君の役割を果たせばそれでいい。」

その言葉に、アメリアの胸がズキリと痛んだ。これが「夫婦」としての初めての会話なのだろうか。温もりも、優しさもないこの関係に、彼女はこれからどう向き合えばいいのだろう。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 完結済  コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...