独りぼっちだった少女と消えた婚約

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何度も深呼吸を繰り返し、ようやく少しだけ気持ちが落ち着いてきた頃、セリアがバルコニーに現れた。

「遅くなってごめんなさい!……何か探し物?」

「いいえ!何でも、ないの」

彼女は、ティーセットが入った籠と、砂糖菓子の瓶、細かな装飾が施された小箱を手にしていた。茶葉が入っている箱だろうか。

「綺麗な箱……」

「でしょう? 茶葉が出す色も素敵なの」

そう言ってセリアはティーセットをバルコニーのテーブルに広げ、慣れた手つきでお茶を淹れる準備をする。お湯も談話室で沸かしてくれていた。アンジェラが手伝おうとすると、「案内してくれたお礼だから」と丁重に断られた。
カップに注がれた液体は、夜の海のような深い青色をしていた。穏やかな香りが漂う。

「これが、セリアの国のお茶……?」

「ここでは珍しい色みたいね。私は小さい頃からこれを飲んで育ってきたけど」

そっと口に含むと、甘すぎない、素朴で優しい味わいが広がった。

「美味しい!」

思わず感嘆すると、セリアは気に入ってくれて良かった、と笑った。

セリアの気遣いと温かいお茶の香りに、アンジェラの心は穏やかさと余裕を取り戻しつつあった。

二人がいるバルコニーからは、寮の前庭から学院の校舎までの道がよく見える。アンジェラはふと、前庭を横切る男子生徒の姿に気がついた。
遠目にも眩しい凛々しい立ち姿、先祖から受け継がれているという、尊い血筋を表す翠色の髪。間違いない。

(オーウェン殿下……!)

オーウェンは現国王の第一王子。他の生徒と同じように寮に入り、このクインス校に通っている。学年はアンジェラやセリアと同じ新三年生。どの生徒にも分け隔てなく接し、誰からも好かれる人柄だ。

今、隣を歩く護衛役と何やら楽しそうに話しながら校舎の方へ歩いて行った。

(殿下は今日も爽やかで、素敵だわ)

アンジェラの頬が自然と緩む。オーウェンとはいくつか同じ授業を共に受けた程度で、特に親しいわけではない。
しかし、その整った容姿や朗らかな人柄を好ましく思ってはいた。新学期早々、その姿を見かけた幸運にアンジェラは心の中で感謝した。
セリアはそんなアンジェラの様子は気にも留めず、小さな砂糖菓子をティーカップに浮かべていた。

「ねぇ見て!これを浮かべると夜空の星々みたいよ」

「えっ、ええ、そうね。光ってるわ」

我に返ったアンジェラは、慌てて相槌を打ったのだった。
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