生き残りBAD END

とぅるすけ

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終章

生き残りBADEND

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 彩楓はショウを抱えて廊下を走っていた。

「くっ…はぁ…はぁ…!」

 彩楓はショウが辛そうにしているのに気が付く。

「おい…ショウ…? どうした」

「…い、いや…ちょっとね…」

 ショウが撃たれた右足を強く抑えているのが見える。

「1回下ろすぞ」

 ショウを優しく壁に寄りかからせるように下ろし、おもむろに左袖を破り取る。

「辛いなら早めに言えよ…」

「ごめん…」

 彩楓は破った袖の布を傷口を締め付けるように巻き付ける。

「どうだ?」

「う、うん…だいぶ楽になった…ありがとう…」

 彩楓は再度、ショウを抱える。

「さぁ、走るぞ」

 



 その頃、外では雷鳴が轟いていた。

 無数の触手は神ヶ丘 瑛太の前で雷に撃たれ焼き切れ、本体も幾度か、雷にに撃たれていた。

「───ちっ!! テメェ…!!」

「甘いな…ルシファー…そろそろ本気を出した方がいいんじゃないか!」

 瑛太の繰り出す雷は矛にもなり盾ともなる。
 鋭い触手は瑛太を目前に焼き切れ、ルシファーの素早い動きは光の速度には敵わない。

「ちっ! (このボクが…押されてる…!? 人間なんかに!!)」

「はっ…おい君! 名前を教えてくれ!」

 余裕が出来たのか、瑛太は楓彩の方に顔の左半分を見せて質問を投げてくる。
 フードが作る影で目元や表情は暗くてよく分からない。

「え?」

「名前だ! 名前! 今じゃ俺は何を守りたいのか分からねぇ…君が“最後に関わる人間”かもしれない…だから」

「え?」

 瑛太はおもむろにフードを取り、素顔をさらす。

「───!!」

 その顔右半分は禍々しく、目は人の物ではなく、黒い光を発していた。

「生存者狂《サバイブ化》か…分からんが…俺には時間がねぇ」

 今思えば瑛太自身は楓彩の前に現れてから1歩も動いていない。

「激しく体を動かすとさ…壊れそうなんだよ…」

 そう言って瑛太は左腕を見せる。
 親指と人差し指、小指が腐り落ちたように欠損し、皮膚も所々ただれていた。

「……で? 名前は?」

「あ…お、鬼月…楓彩です…」

「そうか…楓彩か……楓彩……」


─────刹那

 瑛太の背後に迫っていたルシファーは今までとは比べ物にならないほどの威力を誇る凄まじい雷に撃たれ、大きく吹き飛ぶ。

「楓彩!?」

 瑛太は吹き飛んだルシファーをよそに楓彩の顔を見つめる。

「え…?」

「楓彩…なのか…」

 瑛太はそう言って不思議そうに楓彩の頬に綺麗な手を恐る恐る伸ばしてくる。

「……?」

 触れた瞬間。

「「───!!」」


───こんにちは! 神ヶ丘瑛太です…

───あ、はい…鬼月 楓彩です…

───あ、あ、あ!! あなたが首席の!



───鬼月さんは…総督のことどう思ってるの?


───大切ですよ…?


───鬼月さんはさ…何でそんな明るくいられるの?



───いやっ! 瑛太さん!! やめて!!───




 2人の奥底から失われた記憶が津波のように押し寄せてくる。

「……か、楓彩…」

「え、瑛太さん…?」


────刹那

 瑛太の背後に再度ルシファーの影が迫る。

「死ねぇ!! クソがァ!!」

 触手を無数に広げ、鬼の様な形相で迫るルシファーに向けて瑛太は右腕を突き出す。

「鬱陶しいんだよ…雑魚が」

 放たれた雷撃はルシファーを目前に枝分かれする。

「何!?」

「さすがに学習するわ!! バーカ!!」

 金属による物理攻撃は電磁気によって阻まれる事を学習したルシファーは拳で瑛太の腹部へ一撃を見舞った。

「──ぐっ!!」

 だが、瑛太はその威力を受け止め、そのままルシファーの腕を掴んで雷に乗せて投げ飛ばした。

「かはっ!」

 瑛太は右腕を着いて吐血する。
 その血は黒く、人間の物ではなかった。

「瑛太さん!」

「ごめん…大丈夫…鬼月さん…皆は? どこにいるの?」

「そ、それが…分からないんです…! 私…仲間の名前どころか…居たことすら…思い出せなくて…」

「…アスモデウスが言ってたやつか…記憶がなくなって…」

「……」

「そうか…でも…俺のことは思い出してくれたんだ…」

「はい…何だか…瑛太さんに触れてもらった瞬間に記憶が」

「実は俺もそんな感じだよ…」

 直後、遠方から飛んできた岩石を雷が粉砕する。

「ったく…ルシファーの野郎も戦力差が分からねぇ見たいだな」

「あれ? 瑛太さん…なんだか…」

「強くなってるって? 自分でもわかんねぇけど、多分、“この体になったせいだとは思うんだが…」






 その頃、彩楓は暗い廊下の先に光を見つけていた。

「外…なのか?」

「そんなはずは…」
 
 彩楓はショウを抱えたまま光のもとへ突き進む。
 そして2人は外に出て、唖然とする。
 街一つが消えていたのだ。
 そのクレーターはショウ達がいた地下まで深さが達し、廊下は途中で途切ている。

「何があったの…」

「はぁ…はぁ…ショウ…一回下ろすぞ…」

 彩楓は辛そうな声でショウを下ろす。

「彩楓…!? 大丈夫!?」

「大丈夫だ…」

 顔色からして明らかに無理をしているのが分かる。

「大丈夫じゃないでしょ! ちょっと失礼」

 ショウは彩楓の首元に手を触れる。

「うん…まずいかもね…少し休んだ方が──」

 次の瞬間、ショウの後方、クレーターの中心の方から雷鳴が轟く。

「──ひゃ!」

 ショウはその音に肩をすくめて驚いた様子を見せる。

「お前本当に雷苦手なんだな」

「に、苦手じゃないし!」

「…で、今の雷は…」 

「え、瑛太…なのかな…」

 ショウは自慢の視力で数km離れたクレーターの中心を見る。

「人影か2…いや3人か…瑛太? と…ル、ルシファー!? …まさか…ルシファーがこれを…後は誰だろう…女の子が1人」

「ん? こんな荒野に俺ら以外の生存者か?」

「と、とにかく近づいて瑛太を援護しよう!」

 ショウは彩楓の体を気を使って拳銃を構え、右足を引きずりながらゆっくりと歩みを進める。


 近づくにつれ、瑛太とルシファーの戦闘は熾烈なものと分かってきた。

「す、すごい…」

 鋭利な刃物が空気を切る音。
 目まぐるしく発光する蒼白い閃光と轟く雷鳴。
 
「これじゃ…近づけない…」

 ショウはそんな事を言っているが、それは雷が怖いからなのか、巻き添えを喰らいそうになるからなのか、彩楓には分からなかった。

「とりあえずあの女の子を保護しに行こう!」

 ショウ達は嵐の中へ向かうことを決意する。




「鬼月……いや、楓彩!! 最期かもしれない! 1つ、いや2ついいか!?」

「はい!」

 瑛太はルシファーを応戦しながら大声で楓彩に話しかける。

「1つ目! あの時は本当にすまなかった!!」

「え…あ、あれですか…」

 花麗がレヴィアタンに殺され、瑛太の気が落ちていた時だ。
 楓彩の気遣いは空振りに終わり、瑛太の逆鱗に触れてしまった。

「本当にごめん! お前の気持ちにも気付けずに…。情けない俺を許してくれ!」

「いえ…私が無神経だったんですよ…」

「いーや! 俺が悪い! 本当にごめん! なんでも奢るから許してくれ!」

「!! わわ分かりましたから!! 許しますから!」

「そうか…よかった! じゃあ次! 俺がもし告白してたらOKしてくれた?」

「ふぇっ!?」

「俺! 楓彩の事、大好きだぜ?」

「ふぁっ!?」

「俺にはこんなこと言う資格なんか無いけど! 俺の気持ちは本物だ!」

 瑛太はその瞬間だけ、ルシファーから目をそらして楓彩の目を見た。

「…はい…! 私も瑛太さんの事好きです…!」

 楓彩は緊迫した空気の中、少し顔を赤らめて笑顔を見せる。

「よっしゃ! ありがとう! 楓彩!」

 瑛太も戦闘中とは思えないほどの笑顔を見せる。

 その時、ルシファーからの攻撃の嵐が止む。

「ん?」

「あははっ! 舐められてるなぁ…ボク」

「あぁ、オメェ弱ぇよ」

「…っ! ……そうか…そうか…」

「(やつの攻撃は見切った…しかし攻撃は当たるも効いているとは思えない…)」

「わかったよ…“キミが悪いんだからね”」

「ん?」

 突然、ルシファーからの殺気が尋常な程に膨れ上がった。
 だが、先程までの鋭利で禍々しい触手はか細い腕になり、今はただの幼気な少女の体だ。

「(なんだ…この圧迫感は)」

 直後、大気を震動させるほどの圧が周りから迫っていることに気がつく。

「こ、これは…」

 楓彩と瑛太は下を走る影を見て上を見上げる。
 
 空を覆う無数の鳥、否、生存者《サバイバー》の姿。

「くくくっ…」

 ルシファーはおもむろに細い右腕を天高く掲げる。

「強欲の名の元に、汝らに命ず。我は汝らを如くもの、汝らは我が名の元にわれのものとなれ───」

 直後、空を覆っていた生存者《サバイバー》はルシファーの頭上に集結し、融合していく。

「な、何が起こって…」

 そして、1個の巨大な生物となる。
 
「こ、こいつは…!」

「終焉の……うーん…終焉の……なんだろうね…この動物…。まぁいいや…終焉の動物! これでいいや!」

 その黒く丸い、生存者《サバイバー》の塊は段々と形を象っていき、獣の口になる。

「食べちゃえ!!」

 『獣』は猛スピードで地面をえぐりながら瑛太へ迫る。

「───ちっ!」

 瑛太は楓彩を抱き抱えてその場を離れる。
 間一髪でその攻撃をかわすが、『獣』は瑛太を追尾し、追いかけてくる。

「───このままじゃ…──」

 その時、瑛太へ向けて右腕を伸ばしているルシファーの姿が目に入る。
 雨のように降り注ぐ無数の触手と背後に迫る『獣』。

「(こいつ(獣)はやつの意思で動いていないのか!? まずい! 避けきれない)」

 瑛太は抱いている楓彩を見る。

「(このままじゃ楓彩も…なら…!)」

────ごめん…楓彩…

「え?」

 楓彩は瑛太のその声が聞こえたと同時に投げ飛ばされる。

「瑛太さ───」

 楓彩に大量の血が降りかかる。
 直後、目前に迫っていた『獣』は破裂する。

「へぇー…相討ちを選んだわけか…やるねぇ…」

 触手はルシファーの元へ戻っていく。

「え、瑛太…さん? …瑛太さん?」

 楓彩は目に降り掛かった血を拭い、瑛太がいるはずの場所を見る。

「瑛太さん…? どこ…ですか…?」

 真っ赤に染まった地面の上にぽつんと落ちている左腕。

「え…や、やだ…瑛太さん!」

 楓彩の足に力は入らず、立ち上がることが出来ないまま、その腕の元へと這いずる。

「あ、あ…ああぁぁぁぁぁあ!!」

 楓彩は腕を抱きしめて悲痛の叫びをあげた。

────どうして…どうして!!

────私は…! ただ…独りが嫌だった! それだけなのに! なんで! 

────苦しい…

────悲しい…

────……憎い

────奴が憎い

────殺してやる…

────殺してやる!!


 楓彩は腕をそっと下ろして左手に握りしめていた刀を抜刀して鞘を投げ捨てる。

「殺す…殺す…殺す!」

 右足から立ち上がり、刀を地に引きずりながらルシファーへ歩みを進める。

「ほぉー…やるの? いいよ? ──」

────刹那

 ルシファーの触手により、楓彩の刀を持つ右腕は切断され、左肩から右脇腹にかけて深く切り込まれた。

「───」
 
 痛みすら感じなかった。
 ただ目の前が真っ白になって何も聞こえなくなる。


 ショウは少女が倒れたのを見てしまった。

「っ!! 大丈夫! まだ助かる!」

 持っていた銃で、ルシファーに狙いを定め、射程距離外だが発砲する。

 放たれた弾丸はルシファーの足と頭に命中する。

「ん? 何かな?」

「彩楓! あの娘をお願い!」

「わかった!」

 ショウは懐から万能銃───ブリュンヒルデをとりだし、ライフルを象らせる。

「(対戦車の銃に対 生存者《サバイバー》用の弾丸だ! くらえ!)」

 放たれた12,7×99mmの弾丸はルシファーの下半身を吹き飛ばした。

「───っと!」

 だが、刹那の内にショウの持っていた対戦車ライフルは触手によってバラバラに切り刻まれる。

「───っく!!」

 ショウはすかさず拳銃やスモークグレネードで牽制しながら左足でステップを踏んで距離をとり、彩楓の元へと下がる。

「その娘は?」

「だめだ…脈が無い」

「そう…誰かわからないけど、身体だけは帰らせてあげよう…。今なら煙で視界が悪い…脱出しよう」

「だが、どこへ?」

 その時、ショウは我に返る。
 周りには建物は無く、隠れようにも遮蔽物がない。

「ど、どうすれば…とりあえずルシファーから離れ───」

 直後、ルシファーがいる方角から突風が吹き荒れ、ショウが焚いた煙が晴れる。
 吹き飛ばしたはずのルシファーの下半身は再生し、不気味な笑顔でこちらを見ている。

「ま、まずい…」

「そう言えばさ、キミ達なんで生きてるの?」

「何?」

「なんかレーザー出すおっぱいでかい奴とレヴィアタンを殺すついでにこの島を更地にしちゃおうとしたけど…」

「こ、小雨と臨が………」

「ん? キミらまさか地下とかにいたのか? そうかそうか、火力不足か…」

 ルシファーは納得した様子で明るい表情を見せる。
 それと同時に両腕が2本ずつに枝分かれし、それぞれの触手に扇状の刃が形成された。

「……」

「…ちっ…これまでなのか…」

 ショウと彩楓に絶望が訪れる。
 彩楓は今、激しく動けず、能力も使えない。
 ショウも武装は底をつきかけ、右足が動かず機動力は皆無だ。

「じゃあね…ショウちゃん! あとイケメンくん」

 触手は無慈悲に2人を目掛けて伸びる。
 





─────ここは…

─────雪?

 楓彩の目の前にシンシンと降りつづける雪。
 白の世界に寒さがはしる。

「寒い…」

 その時、後ろから雪を踏んで歩いてくる音が聞こえ、楓彩の頭の上に黒い傘が添えられる。

「?」

「楓彩…こんな所で何やってんだ?」

 振り返ると、背の高い金髪の男性が優しい表情で楓彩を見下ろしていた。

「だれ?」

「俺か? 俺は王志 剣得だけど? 忘れるなよ…」

「…は、剣得さん?」

「ん?」

 楓彩は目尻に涙を浮かべて剣得の腰を抱きしめる。

「おいおい…どうしたんだよ…」

「ひっく…剣得さん…私…私…」

「怖かったな…さぁ、帰ろう? 今日は俺のお手製のピザだ! お前好きだろ?」

「…剣得さん…私…辛くて…辛くて…」

「そうか…」

 剣得は楓彩の頭を優しく撫でる。

「楓彩はもう辛い思いをしたくないよな?」

「……」

「今、向き合っているものを諦めて、楽になる方法が近くにあるもんな…」

「……私は…」

「楓彩? 嫌なら嫌でいいんだ…帰ろう…」

「私は…帰れません…」

「…」

 楓彩は剣得の腰から手を離して力強く剣得を見上げる。

「まだ…やる事があります…」

「そうか…それでいいんだよ…楓彩…」

 剣得は再度、楓彩の頭を撫でて髪の毛を乱す。

「ほら、後ろ…迎えが来たぞ」

 剣得が指す方を見ると、白髪の男性が、立っていた。

「…ア、アスモデウス…さん?」

「楓彩? 好きな時に帰ってこい…。最後に…立派になったな…」

 剣得はにこやかに笑って見せた。
 
「はい…!」

 楓彩はそう返事をすると、傘の下から出て、アスモデウスを目がけて歩きはじめた。
 雪は振り続け、楓彩を再度、寒さが襲う。

「…剣得さん!」

 楓彩は振り返る。
 だが、既に剣得の姿は無かった。

「……剣得さん…私…頑張ります!」

『もういいのか? おれのむすめ…』

「はい」

『本当にもういいの? 楓彩』

「はい…私は1人じゃありませんでした…」

 楓彩は胸に手を添える。
 熱い胸の鼓動。

 「ここ(胸)に…私の恩人がいますから」

『そう…なら、おれの…私の力を全部貸してやる…やつを…たおせ!』






────刹那


 ショウと彩楓に降り掛かっていた触手は全て粉々に散った。

「「「───!?」」」

 楓彩以外の皆は驚愕する。

「さて…ルシファーさん…? おいたが少し過ぎましたね…」

「…きた…アスモデウス!!」

 ショウと彩楓の後ろで立ち上がる五体満足で、傷跡が消えた楓彩。
 先程と違うのが楓彩の夜色とは反対の白色の髪の毛だ。

「き、君は…死んだはずじゃ…」

「ん? 人間さん?」

 2人の顔を楓彩が見た直後、楓彩と2人の頭の中に稲妻が走る。

「……ショウさん…彩楓さん…。大丈夫…思い出しました…ごめんなさい…忘れてしまって」

「か、楓彩!!」

「楓彩!」

 ショウと彩楓は弱々しい力で楓彩を抱きしめる。

「ごめんなさい! 私も楓彩のことを忘れてしまって!」

「すまなかった…俺らが付いていなければいけないのに…!」

 楓彩は2人の背中に手を添えて、ルシファーを睨みつけて殺気だけでルシファーの体をズタズタにする。

「ショウさん…彩楓さん…再会を喜ぶ時間はありません…どうか…戦闘の巻き添えだけにはならないで下さい!」

 楓彩はそう言って2人から優しく手を離して、2人を庇うように前に躍り出る。

「くはははっ!! アスモデウス!! 面白いじゃないか!! 」


─────刹那


 ルシファーの伸ばした触手は何かに阻まれたように楓彩の目前で粉々になる。

「ちっ! 殺気だけで…!」

 楓彩は足元に1本の刀が地面に突き刺さっているのが目に入り、塚を優しく撫でる。
 刀に触れた瞬間。

────ドクンッ

 胸の鼓動が早く、熱くなるのを感じる。

「剣得さん…私と一緒に戦ってください…」

 左手を胸に添えて、地面に刺さっている刀を抜き取る。

────心鉄器、それは手にした者の心を映し出す武器。

 その刀身は太陽が零れ落ちたように明るく、辺りを温かい橙色に染めた。

「こ、これは…」

「太陽…」

 ショウと彩楓、ルシファーを暖かい空気が包み込む。

「これでおしまいです…ルシファー…」

「いいぜ…面白い…!」

─────刹那

 ルシファーが触手を伸ばすよりも速く楓彩の手にしていた炎剣がルシファーの右肩から左脇腹を抜ける。

「───な!?」

「───」

 続く突きはルシファーの皮膚が硬化したため、貫きはしなかったが、刀身が炎を上げて爆発し、ルシファーの体をいとも簡単に吹き飛ばした。

「───くっ!」

 ルシファーは空中で体制を立て直し、鮮やかに着地を決めると、触手を全てしまう。

「……なるほどね…これはボクも本気を出したほうがいいかな…?」

「?」

『強欲の名の元に命ず…汝らは我に虐げられ…我は汝らを如く者。本能を全て我に預け、いざ、『傲慢』を遂げようぞ』

 直後、辺りに走る地鳴り。
 そして、またしても空を覆い尽くす生存者《サバイバー》の群れ。

「こ、これは…さっきの…」

 ショウと彩楓は一度見たことがある現象に上を見て警戒する。

「…何をする気ですか…」

「さぁね…さっきやって分かったけど、ボクにもこの力の使い方は分からない…さぁて! 何が起こるかなぁ?」

 ルシファーは右手を高く掲げた後、楓彩目がけて振り下ろす。
 直後、滞空していた生存者《サバイバー》は楓彩を目がけて一斉に急降下する。

「っ!」

 ショウと彩楓は臨戦状態になるが、その数の多さに絶望し、ショウは銃を下ろしてしまう。

「ショウ!! しっかりしろ!!」

「……」

 彩楓は力が入らない体で重い刀を持ち上げ、構えていた。

「───2人とも…私から離れないでください」


─────刹那


 迫っていた黒い群れは明るく橙色いの炎に焼き払われた。

「「!?」」

 刹那に放った楓彩の一振りは空から襲う生存者《サバイバー》を一蹴し、ルシファーを驚愕させた。

「ふふっ…あまいか…! ならば! これを凌いでみろ!!」

 ルシファーは両腕を下から上へゆっくり上げる。
 それに合わせるように先程から続いている地鳴りが近づいてくる。

「ま、まさか…」

 ルシファーの後方、クレーターの外側から黒の波が押し寄せて来ていた。

「あれ…全部 生存者《サバイバー》なの!?」

「2人とも引き続き私のそばを離れないでください…」

「え!? ま、まさか…あれを相手にするの!?」

 地上だけではない、空からも引き続き生存者《サバイバー》の群れが楓彩目がけて押し寄せて来ていた。

「私も…自信はありませんが…不思議と…独りじゃない! それだけで行けそうな気がします!」

 
────刹那

 
 楓彩は炎をたなびかせて突っ込んで来た群れの先陣を吹き飛ばす。

 その後も、ブレない剣技で大小問わずに、降りかかる生存者《サバイバー》をなぎ倒していく楓彩。

「……」

「……」

 ショウと彩楓は驚愕して声も出せず、動くことも出来なかった。

 だが、薄々、楓彩も気づいていた。

「───きりがない!」

 強力な個体も、そうでない個体も楓彩からすれば一撃なので考えはしなかったが、「量」で攻められ、スタミナという言葉が楓彩の頭を過ぎる。

「…何か決め手を……本体を貫ければ…」

 楓彩を襲っている生存者《サバイバー》は司令塔からの支持で動いている。
 その司令塔であるルシファーが倒れる、もしくは一時再起不能にさえなればこの状況を打開できるかもしれない。

「…! ショウさん!」

「!?」

「ルシファーに、『狙撃』を!! 私が射線を通します! その隙に1発! 頭へお願いします!」

「え!? あ…う、うん!! わかった!」

 ショウは急な支持に戸惑いを隠せなかったが、考えるより行動した方が最善だと考え、楓彩に従うことにした。

「タイミングをお願い!」

 ショウは万能銃を狙撃銃に変形させて伏せながら構え、スコープを覗く。

「カウントダウン! 3!」

 楓彩の刀により一層熱がこもる。

「2!」

 そして空高く掲げた。

「1!」

 振り下ろした刃は群れなす生存者《サバイバー》を切り開き、ルシファーの体を顕にした。

「今です!」

 放たれた弾丸は、真っ直ぐな軌道を描いて見事、ルシファーの脳天を貫いた。

「───くっ! ………くくくっ…こんな物が…───っ!?」

 直後、蠢いていた生存者《サバイバー》の群れが静止し、空から動かなくなった個体が降り注ぐ。

「あ…あ、あぁぁぁあ!!」

 突如、ルシファーは苦しみ始め、それに合わせて周りの生存者《サバイバー》も蠢き始める。

「…何が…おこって…」

 この状況は楓彩が考え出した好機だ。

────刹那

 楓彩はルシファーの首をはねた。

「これまでです」

 直後、ルシファーの体は爆発し、近くにいた楓彩を吹き飛ばす。

「───くっ!?」

 楓彩は空中で体制を立て直し、綺麗に受け身をとる。
 しかし、額に鮮血が流れる。

「楓彩!? 大丈夫!?」

「はい…頭は軽症です…」

 血を流している頭部ではなく、問題なのは胸部だ。

「違う! 胸だよ! それは…」

「えぇ…痛いです…まぁ死にはしません」

 黒く太い杭のようなものが楓彩の胸に3本突き刺さり、内1本は貫通していた。

「それに…心臓には当たっていません」

 楓彩は平気そうな顔をしてその杭を抜いていく。
 不思議と出血はしなく、あっという間に傷口は塞がる。

「楓彩? ルシファーは?」

「…分かりません…手応えはありましたがルシファーからの反応がありません…」

 ルシファーがいた場所を見るとそこは底なしの黒い霧に覆われ中を伺うことが出来ない。

「ショウさん…彩楓さん…少し、話さなければならないことがあります」

「「?」」

 楓彩は尚も臨戦状態でショウと彩楓に話しかける。

「私…いえ、アスモデウスさんが今、言っていた事なのですが…、私は夜9時になると寝てしまっていたのですよね? それはアスモデウスさんのせいだそうです! アスモデウスさんの精神が現界を保つためにしていた行為なので許しあげてください!」

「え? あ、そう…」

 急な事でショウもすっかり忘れていた。
 楓彩が持っていた謎の病気。
 夜9時になると電源が切れたように寝てしまう、通称──確時睡眠症。
 それはアスモデウスの精神が楓彩の中に存在するためのエネルギーを確保するために、アスモデウスが及ぼしていたものだったようだ。

 度々訪れる長期に渡る睡眠や、楓彩の欲求的睡眠もそのせいだと言う。

「そ、そうだったんだ…」

「だが、なぜ兄である俺に憑依しなかった?」

 彩楓は素朴な質問を投げかけた。

「ちょっと待ってください、聞いてみます」

「「(聞けるの!?)」」

「ふむふむ…男の体は飽きた…だそうです」

「…そ、そんな理由か…? てことは親父が…先代のアスモデウスだったのか?」

「? ふむふむ…今気付いたのかバカ息子…だ、だそうです」

「ちっ!」

「? 追伸で、「そんな可愛い彼女まで作りやがって」だそうです」

 と、楓彩はショウを指す。

「「!?」」

 ショウと彩楓は顔を赤くして互いに顔を背ける。

「うふふっ…仲がいいんですね」

「「よくない!」」

 直後。

『くはははっ!! 勝ったと思うなよ…!! 』

「「「!!」」」

 暗闇の奥底からルシファーの声が聞こえる。
 次の瞬間、蠢いていた生存者《サバイバー》は何かに引き寄せられるように暗闇の中へ向かっていく。

「…!」

 

────楓彩! まずいぞ! 


 楓彩の内側からアスモデウスが呼びかけてくる。


────奴め! 周りの生存者《サバイバー》と一体化しようとしている!

「え!?」


 段々と霧は晴れていき、『それ』は姿を晒した。

『もう全てを超えた存在となった! こんなに近くにゴールがあったなんて!!』

 それは生命の集合体。
 死地を駆け抜けた生物達が最強を目指した到達点。
 人の上半身のような体に無数の生存者《サバイバー》が蠢く白濁した表面。
 大きさ、力はどの生物も右に出るものは無い。
 
『最強だぁ!!』

────神

 一言で表すならその言葉が該当する。

────刹那

 楓彩の体はショウ達の目の前から消え失せる。

「「───!?」」

 遅れて聞こえる強烈な破裂音。

 ショウと彩楓は後ろを振り向く。
 そこにはグッタリとした楓彩の姿があった。

「楓彩!!」  

『あれぇ!? 今ので壊れないのぉ?』

「かはっ!」

 盛大に吐血する楓彩。
 だが、向くりと起き上がり、虚ろな目で『神』を見上げる。

「楓彩!」

 ショウと彩楓は駆け寄ってくる。

「えへへ…腕取れちゃいました…」

 その言葉通り、楓彩の右腕が見事に消し飛んでいた。
 
「痛いですね…」

 と言いつつも右腕を一瞬で再生させる楓彩。

「さてと…まずいですね…」

「?」

「あれはもう止められません…」

 楓彩は立ち上がって足元に刺さっていた刀を再度抜き取り、橙色の炎を刀身に灯らせる。

「じゃあどうすれば!」

『これで終わらせてやるよ!!』

 次の瞬間、『神』は両手を胸の前に持ってくる。
 その手の間に周りの大気が集まっていき、やがて発光し始める。

「楓彩! 何か手は!」

「……」

『世界ごと消えてしまえぇ!!』

「楓彩!」

「あの光は…世界を断罪する神の雷…あれを止めるには…」

「止めるには?」

「“彼女と同じ道を進み、共に消え去ること”…そうアスモデウスさんが…」

「…え? どういうこと?」

 ショウはそう言いつつも、薄々意味は理解していた。

「楓彩!! 何を考えているの!?」

 ショウは楓彩の肩を両手で掴む。

「大丈夫です…私は大丈夫です」

「大丈夫じゃないでしょ!? そ、そんな…自滅特攻なんて…」

 そう、彼女と同じ道を歩む。
 即ち楓彩も『神』となり、相殺する。
 アスモデウスなら可能だろう。
 しかし、その行為で犠牲になるのはアスモデウス、そして楓彩だ。

「大丈夫です…」

「やだよ…せっかく…また会えたのに…なんで…なんで離れようとするの…?」

「私はショウさん達のために──」

「──私は!! 私達は! あんたのために命を懸けた! あんたと! 剣得のために……」

 楓彩の肩を掴む手から力が抜けていく。
 ショウは楓彩の顔をまっすぐ見れず、俯いてしまう。

「楓彩の…あんたの“幸せ”のために…」

「…!」

「あんたがいなかったら私達の夢は…叶わないよ…」

「……ショウさん? 顔を上げてください」

 ショウはゆっくり顔を上げる。
 そこにはいつも通り、人の前では決して自分の痛みを出さずにいつも周りを癒してきた笑顔があった。

「私は…最後にショウさんに会えて…彩楓さんに会えて! そして皆さんを思い出すことが出来て…独りぼっちの寂しさから救われて…か、彼氏(瑛太)が出来て…すごく!」

 楓彩は頬は少し赤く染め、最高の笑顔で言い放った。


「幸せです!」


 ショウはそっと楓彩の肩から手を離す。

「…彩楓さん? いえ、初めて呼びますね…お、お兄ちゃん」

 少し気恥ずかしそうに彩楓を兄と呼ぶ楓彩。

「あぁ…なんだ…楓彩…」

「ショウさん…大事な彼女さんをお願いします! 最後の力を振り絞ってどうか遠くへ逃げてください!」

「ふっ…まさか…妹にそんな色づいたことを言われるとはな…。あぁ分かった…任せておけ…ショウは絶対に守る。お前も、蹴りをつけてこい…そのバカ親父《アスモデウス》と…」

「はい!」

 
『消えろぉぉ!!』

 ルシファーの巨体はその光を放とうと予備動作を取り始める。

「楓彩!」

「…もう…ショウさん? 泣かないでくださいよ! 彩楓さんとの幸せを願ってます」

「うぅ…楓彩ぇ!」

 楓彩は優しくショウを胸に抱きとめた。
 ショウはその時、あることを思い出していた。

────あぁ…剣得、彩楓に続いて楓彩に抱きしめられる時が来るなんて…

「大丈夫…大丈夫…ショウさんは強いですから!」

「…ひっく…うん…私…頑張るから…楓彩も…!」

「はい! ショウさん! ありがとうございます! 私、精一杯頑張ってきますね!」

 楓彩はショウを離す。

「彩楓さん! お願いします」

「………」

 その時、彩楓はショウの肩に手を回してショウの顔に自分の顔を覆いかぶせる。

「彩楓?」

ショウの唇に走る優しくて強い感触。

「───んむ!?」

「…ふぇ!? こんな時に!? も、もう! 早く行ってください!」

 楓彩はそう言って2人に背中を向けて橙色の刀を構える。

「……あぁ…わかったよ…」

 楓彩の後ろから消える気配。

「はぁ…大丈夫…私には──」

「───あぁ…最後は見てやるよ…俺の妹」

「────!?」

 聞き覚えのある声に楓彩は思わず振り向く。
 そこにはテレポートで姿を消したはずの彩楓の姿が。
 目は虚ろで、口から止めとなく血が流れ出ている。

「い、彩楓さん!? どうして!」

「悪いな…楓彩……回数制限だ…もう…体に力が入らねぇ」

 彩楓はそう言って、その場に脱力したように右膝を立てて座り込んだ。

「ははっ…ショウは無事だぜ…? もう俺は飛べない…。気にするな…楓彩…どの道俺はあと1回でも能力を使えば朽ちる体だったさ…」

「そんな……」

「…前を見ろよ…こっちを見るな…お前の敵は前だ…後ろじゃない…」

「……!」

 次の瞬間、楓彩は前を向いて黒い瘴気を放つ。
 
「やってやれ…かはっ! …はぁ…はぁ……兄として見ていてやる…───」




「はぁぁぁぁぁあ!!!!」

『はぁぁぁぁぁあ!!!!』




────振り返ってみれば…妥協だらけの人生だな…

────楓彩とは…普通の家族に…なりたかった…な

 男が最期に見た後継は大事な人が羽を広げて絶望に立ち向かう、とても美しい姿だった。






────2104年────

───人工管理島セラフィス及び近辺海域─消滅。


 世界全土に吹き荒れた突風は絶望を払い、生存者《サバイバー》を絶命させた。
 その風は、世界に平和をもたらした。

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