堪忍袋の緒が切れて、ちょっと投げ飛ばしただけなのに ~異世界恋愛短編集~

貴様二太郎

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金で少女を買った侯爵は踏みつけられて目覚める ~僕を見て! きみのドアマットはこちらです~

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 僕は昔から、女の子が泣く姿が好きだった。
 それも、精神的に辛くて泣く姿に興奮した。
 反対に、怪我で痛くて泣いている姿には萎えた。こっちは全然興奮しない。

 僕がそんな自分の性癖をはっきり自覚したのは、両親が事故で亡くなって侯爵家を継いだ18の冬だった。
 その年は色々なことがあった。我が家のこともそうだけど、隣の領の伯爵家が不正を働いて領地没収のうえ家名断絶という大事になっていて。

「レーペンス伯爵って、たしか娘がひとりいたよな……」

 調べてみると、娘はどうやら親戚に引き取られたあと、つい最近娼館に売られたらしい。
 これはもしやチャンスでは? 娼館なら身請けしてしまえば、その娘は僕が好きに使ってもいいんだよな。
 善は急げとばかりに売られた娼館を突き止めると、僕は娘――トリフォリウム――を買った。

 トリフォリウムは美しい少女だった。
 菫色の瞳に絹糸のような銀髪。その髪は光に当たるとほのかな水色や桃色を浮かび上がらせ、まるでホワイトオパールのようだった。体つきはまだまだこどもだったが、それがかえって少女らしい危うい色気を醸し出している。
 なるほど、いい値段したわけだ。あのままあそこにいたら、きっと売れっ子になっていたことだろう。


 ※ ※ ※ ※


 トリフォリウムは使用人として屋敷に置くことにした。
 愛され、何不自由なく育てられた元伯爵令嬢。そんな彼女が使用人として使われる。さぞ屈辱だろうし、辛いだろう。ああ、どんな顔を見せてくれるのか楽しみだ。

「……おかしいな」

 彼女を買ってから3日。いまだ彼女の泣き顔は見られない。箱入り娘に使用人の仕事なんて、初日で泣くだろうって思ってたのに。
 だから、少しだけ調整した。彼女の出自を、元レーペンス伯爵令嬢だという情報を使用人たちにそれとなく流した。あっという間に孤立していくトリフォリウム。
 いよいよか、と期待に胸を膨らませていたというのに。1週間経っても彼女は泣かなかった。どこかで隠れて泣いているのかとも思ったけど、1日中観察していてもそんな素振りはまったくなかった。

 こうなったら緩急をつけよう。そう思って、僕は彼女に優しくすることにした。優しくされれば、心地よさを知ってしまえば、人間は案外もろくなる。それに僕に特別扱いされれば、周囲はさらに彼女への感情をこじらせるだろう。
 けど、トリフォリウムは僕に依存しなかった。表面上は丁寧だけど、まるで僕の心を見透かしたような、蔑むような視線を返してきた。
 その視線を向けられるとなぜだか僕はソワソワしてしまって、すごく落ち着かない気持ちになった。

 結局2週間経ってもトリフォリウムが泣くことはなかった。
 どんなに特別扱いしても、彼女は引いた一線を取り払うことはなく、常に僕から心の距離をとっていた。なんだか負けた気がして悔しくて、僕はますます彼女に優しくした。

 そして3週間め。僕のトリフォリウムに手を出そうとしたヤツが現れた。
 夜、部屋に戻るために廊下を歩いていたあの子が突然暗い部屋に引きずり込まれた。あの子が見えなくなった瞬間、僕は心臓を鷲掴みされたような痛みに襲われた。
 持っていたマスターキーで鍵のかけられたドアを開けると、中にはあの子にのしかかっている男がいた。
 ふざけるな、この子は僕が買ったんだぞ! トリフォリウムを傷つけていいのは僕だけだ‼ 
 男は即刻解雇して叩き出した。次への紹介状など図々しい。勝手に路頭に迷え。
 この件は使用人たちに知らしめた。トリフォリウムに物理的に手を出したらどうなるか、きちんと、徹底的に。
 僕が見たいのは、精神的に苦しむ彼女の姿なんだから。たとえあのあと精神的に苦しむことになるとしても、それは僕の望んだものじゃない。僕は、僕の作った環境で苦しむ彼女が見たい。別の男に苦しめられる姿なんて冗談じゃない。

 そして3年がたち、トリフォリウムは16になった。
 今年は、今年にしかできない盛大な嫌がらせを考えていた。

 彼女をデビュタントボールに出す。

 領地没収された悪徳領主の娘、元伯爵令嬢。そんな彼女が貴族の集まる社交界にデビューすれば……
 どうだろう。今度こそ泣いてくれるかな? それとも、またいつものように僕に蔑みの視線を送ってくるのかな? あれ、なんかゾクゾクして変な気持ちになるんだよね。ついでに踏んでくれたりしたら……
 なんて考えて、ふと我に返る。待て待て、僕は泣く女の子の姿を見て興奮する質じゃなかったか? 女の子に蔑まれて踏まれて変な気持ちになるって……あれ?
 いや、これ以上考えてはダメだ。よぎった疑問を無理やりなかったことにした。

 そして迎えたデビュタントボール。
 顔には出していないけど、嫌がっているのは伝わってくる。この3年、ずっと見ていたんだ。今のそのきみの顔、僕のことを殴りたい、殴って逃げ出したいって考えてるんだよね。

 王に挨拶を済ませ、嫌がるフォウとファーストダンスを済ませて、僕はひとまず彼女を放置することにした。さあ、どんな顔を見せてくれる?
 しばらくすると、フォウの周りには同じデビュタントの令嬢たちが集まってきた。いよいよ始まるショーを最前列で見たくて、僕はこっそりと彼女たちのそばへと忍び寄った。

「あなた、わたくしたちをバカにしているの⁉」

 どうやらとんだ乱暴者がいたらしく、令嬢のひとりが持っていた扇子を振り上げた。

「ノ、ノビレ侯爵……その、申し訳ありません!」
「困るなぁ、これは僕のだよ。今回は見逃すけど、次はないからね」

 近くにいたのが幸いして、なんとか事なきを得た。まったく、僕は物理的に痛がって泣く女の子には興味がないっていうのに。
 そして今ので確信した。さっきの令嬢に扇子で打たれたとき、僕が感じたのは不快感だけ。フォウのときに感じるような気持ちは一切湧いてこなかった。ただただ不快だった。

「お手を煩わせてしまい申し訳ありません。ありがとうございました」

 普通に礼を言われてしまった。
 なんかこう、もっとなんていうか……きっと、すっごく嫌そうな顔で言うんだろうなって思ってた。だから拍子抜けというか、期待外れというか、物足りないというか。

「はぁ。参ったな、これはもう認めるしか……」

 フォウの嫌がる顔が見たい。フォウに蔑まれたい。フォウに踏みつけてもらいたい。
 他の子じゃ意味がない。フォウだけが、僕の心を昂らせる。
 ほら、今も気味が悪いものを見るような、ものすごく嫌そうな顔してる。他のやつらには見分けがつかないだろうけど、僕にはわかる。この顔は、絶対僕のこと気持ち悪いって思ってる! 最高、気持ちいい‼

「……くっ! やはり」

 だめだ、心臓が持たない。下半身もまずいことになってきてる。

「帰ろう」

 もう我慢できない。全てぶちまけよう。そして、盛大に蔑んでもらおう。
 フォウの細い手首を掴み、走り出したい気持ちをなんとか抑え、馬車へと急いだ。

 馬車の中、向かいに座ったフォウの視線はいつも通り冷たい。わかるよ、僕のこと鬱陶しいって思ってるよね。 わけがわからないものを見るようなその嫌そうな顔、たまらない。
 と、もうすぐ屋敷についてしまうな。

「フォウ……ずっと考えてたんだ。そして今日、僕は確信した」

 ぶちまけるなら、ふたりきりの今がチャンス。とにかく、一刻も早くこの気持ちを伝えたい。

「僕は今まで自分は、女の子が精神的に苦しんでいる姿に興奮するたちだと思ってたんだ」

 いいね、その顔! 気味悪いってフォウの気持ち、痛いほど伝わってくるよ。

「だからフォウを買ったんだ。特等席で調整しながら、いい具合に苦しむきみの姿を見るために」

 あ、その呆れた顔。やっぱり僕の意図に気づいてたんだね。さすがフォウ。いいよいいよ、その軽蔑の表情。

「あふ……でも、今日ようやく確信したんだ。きみをかばってあのお嬢さんに扇子で打たれたとき、気づいたんだ」

 あ、ちょっとまずい。なんかいろんなものが出そう。取り返しがつかなくなる前に言わなきゃ。

「僕が本当に興奮するのは! 踏みつけても踏みつけても立ち上がってくるフォウに、蔑みの視線とキツイ一発をもらうことだって‼」

 僕の言葉に、なんとか取り繕っていたフォウの顔がとうとう崩れた。
 いいねいいね、その「気持ち悪っ!」て顔。最高に気持ちいいよ!

「あの、お言葉ですが。私、視線はともかく、カマエメルム様に手をあげたことなど一度もありませんが」
「そうなんだ! だから、いつも想像してたんだ……フォウに蔑みの視線を貰ったあと、キツイ一発をもらう想像を‼」

 うわぁって顔してる。かわいいなぁ。しかもなんか悩んでるね。……は! これはもしや、押せばいける流れなのでは⁉
 僕は一切の躊躇なく馬車の床に這いつくばった。

「というわけで、とりあえず踏んでください!」

 沈黙が支配する馬車の中、聞こえるのは自分の忙しない鼓動とがたがたという走行音だけ。フォウからはなんの反応もない。
 どうしよう、もしかして失敗した? フォウなら応えてくれるって思ってたんだけど……

「あらあら。立派な侯爵様ともあろう御方が、こんな変態だったなんて」

 蔑みの言葉と共にヒールが頭にめり込む。
 あああああ最高過ぎる! 言葉もヒールも、フォウがくれるもの全部が気持ちいい‼

「ありがとうございます、ありがとうございます! フォウ、どうか僕と結婚してください。僕はもう、フォウの罵りとヒール以外受け付けられない‼」
「どうしようかしら……」

 さすがフォウ! 早速焦らしてくるなんて、こんなの天性としか思えない。僕の見る目は間違ってなかった。

「この先ずっと、一生私のドアマットになってくれるなら考えてあげる」

 喜んで‼
 僕を目覚めさせた責任、きっちりとってもらうからね。
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