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この世界が色づく時
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母さんは楓が好きだった。
赤ん坊が目一杯手を広げたような、真っ赤な葉。
しかし、それらが枝と繋がって、幹と繋がって、大地と繋がって、山となり、観る者の目を美しく染め上げる様は、大きな感動を呼び起こす。
僕もそうだった。
近所の同い年の女の子、美奈と僕は母さんに連れられてしょっちゅう紅葉狩りに行った。
幼馴染みの美奈は母さんと感性が合うらしくいつも楽しそうだった。
小さかった僕は、まだ情緒が育ったないガキだったが、それでも三人でいる空間は楽しかった。
でも、母さんは死んだ。
秋の紅葉が盛んな頃、
まるで、母さんが命をついえるのを表わしているがごとく、楓の葉も枯れていた。
僕は楓が大嫌いになった。
「亘!」
「何?」
幼馴染みの美奈は、今、僕の恋人だった。
仲が悪くなることがなく、ずっと二人で時間を過ごし、時間が経過していった。
珍しいことだが、僕たちはもう結婚を考えている。
それは自然な流れだった。
それ故に、変にプロポーズなんてしないと思う。僕たちにとってそれが、本当に自然のことだからだ。
「紅葉狩りに行こう!」
「は?」
僕の頭はフリーズした。
しばらく、何の言葉も出てこない。なぜなら、美奈は当然、僕が楓を大っ嫌いなのことは知っているからだ。
ていうか、知っていなければ、頭が可笑しいぐらいだ。
だから、フリーズした脳を、高性能コンピュータのように稼働させた。
ショートしそうなぐらい考えた。だが、何も導き出してはくれない。
「いいから! 亘! 行こう!」
僕は考えるのが嫌になった。
呆れて、反抗する気にもならない。
美奈は同棲しているアパートから、元気よく飛び出していく。僕は眉間に皺を寄せながらゆっくりと、アパートを出た。
だが、分かっていた。
何か理由がある。
だが、分からなかった。何が魂胆だ?
しかも美奈は母さんとよく一緒に行った山を選択する。
その山は、まさに楓が多く、昔と違って、こんな郊外でも、最近では海外の観光客もよく来るスポットになっていた。
日本のインバウンド政策も大概にしろよ! と心の中で余計なことを毒づく自分も嫌だった。
確かに山道は美しかった。
楓のみならず、銀杏、ナラ、様々な色彩の葉が色づき、観る者の目を極彩色に彩る。
だが、僕にとってはただの、枯れた葉だ。死にかかった葉だ。
まるで、ここだけが色を失い、モノトーンの世界になったようだ。
小さい頃の思い出が勝手に頭の中に現れるごとに、僕の胸は締め付けられる。
母さんを思い出してしまう。
辛いことに耐えられる歳になった。
でも、どんなに自分が大人になっても辛い物は辛いのだ。
そして、美奈は立ち止まる。
僕は思わず見上げる。
そこは、周りに他の木が生えてなく、その一本の楓の木だけが、広い空間に立っていた。
しかし、その楓はどこか寂しげで、そして、哀愁が漂うように感じられる。
儚げな木だが、その儚げな木から実る、血のように鮮やかな葉はとても美しいと思っていた。
母さんが大好きだった木だ。
「いい加減にしろよ!」
僕は思わず、美奈に怒鳴っていた。
すぐに後悔したが、その後悔は必要無いと言い聞かせた。
ただの悪戯にしても度が過ぎている。幼馴染みだから許せる、いや、幼馴染みだから許せない。
美奈は視線を静かに落とす。
美奈の視線には、楓の葉がいくつも重なり合い、赤い絨毯のように敷き詰められていた。
「あんたが楓の葉が嫌いだって知ってるよ。でも私思うの、由希子さんはあんたに何か伝えたかったんだと思う……」
「何を!」
僕は感情の昂ぶりが抑えられない、殴る気はないが、殴ってしまいたい。
しかし、美奈は大きな瞳を和らげて、優しそうに僕に微笑んだ。
「夏に緑を繁らせて、秋に枯れていく。そして地面に落ちていく。でも、落ちる前に一番美しく、自身を彩る」
「……」
僕は黙っていた。まだ怒りは収まりそうもない。
「生命って無くなるとき意味があるんだと思うのよ。そしてその時が一番美しいのかもしれない」
「何を!」
もちろん、何かを伝えようとしているのが分かっていた。
それが大事なことだということも。でも、衝動が抑えられなかった。
だが、うつむいて、顔を上げて美奈の顔を視界に収めた時、僕の心臓が静かに高鳴った。
ドクン
美しい笑みだった。
こんな無邪気にも、可愛らしくも美しい顔は見たことない。
「わ、わたしね」
「……」
僕は固唾を飲み込む。
「身ごもったの……」
「……え」
「だから亘の子」
「……」
「だから、今日は夫婦そろって、あんたの母さんに報告に来たのよ」
「……」
美奈の目の前に立って、その大きな瞳で僕を包んでくれている。
僕は瞬きをしてみる。
そして、辺りを見渡す。
自然と目から、涙が流れていく。
僕の二十五年間、白黒だった世界が、赤、黄、茶色、色鮮やかに染め上げる。
世界はこんなにも美しかったんだ。
――母さん、僕、パパになったよ
赤ん坊が目一杯手を広げたような、真っ赤な葉。
しかし、それらが枝と繋がって、幹と繋がって、大地と繋がって、山となり、観る者の目を美しく染め上げる様は、大きな感動を呼び起こす。
僕もそうだった。
近所の同い年の女の子、美奈と僕は母さんに連れられてしょっちゅう紅葉狩りに行った。
幼馴染みの美奈は母さんと感性が合うらしくいつも楽しそうだった。
小さかった僕は、まだ情緒が育ったないガキだったが、それでも三人でいる空間は楽しかった。
でも、母さんは死んだ。
秋の紅葉が盛んな頃、
まるで、母さんが命をついえるのを表わしているがごとく、楓の葉も枯れていた。
僕は楓が大嫌いになった。
「亘!」
「何?」
幼馴染みの美奈は、今、僕の恋人だった。
仲が悪くなることがなく、ずっと二人で時間を過ごし、時間が経過していった。
珍しいことだが、僕たちはもう結婚を考えている。
それは自然な流れだった。
それ故に、変にプロポーズなんてしないと思う。僕たちにとってそれが、本当に自然のことだからだ。
「紅葉狩りに行こう!」
「は?」
僕の頭はフリーズした。
しばらく、何の言葉も出てこない。なぜなら、美奈は当然、僕が楓を大っ嫌いなのことは知っているからだ。
ていうか、知っていなければ、頭が可笑しいぐらいだ。
だから、フリーズした脳を、高性能コンピュータのように稼働させた。
ショートしそうなぐらい考えた。だが、何も導き出してはくれない。
「いいから! 亘! 行こう!」
僕は考えるのが嫌になった。
呆れて、反抗する気にもならない。
美奈は同棲しているアパートから、元気よく飛び出していく。僕は眉間に皺を寄せながらゆっくりと、アパートを出た。
だが、分かっていた。
何か理由がある。
だが、分からなかった。何が魂胆だ?
しかも美奈は母さんとよく一緒に行った山を選択する。
その山は、まさに楓が多く、昔と違って、こんな郊外でも、最近では海外の観光客もよく来るスポットになっていた。
日本のインバウンド政策も大概にしろよ! と心の中で余計なことを毒づく自分も嫌だった。
確かに山道は美しかった。
楓のみならず、銀杏、ナラ、様々な色彩の葉が色づき、観る者の目を極彩色に彩る。
だが、僕にとってはただの、枯れた葉だ。死にかかった葉だ。
まるで、ここだけが色を失い、モノトーンの世界になったようだ。
小さい頃の思い出が勝手に頭の中に現れるごとに、僕の胸は締め付けられる。
母さんを思い出してしまう。
辛いことに耐えられる歳になった。
でも、どんなに自分が大人になっても辛い物は辛いのだ。
そして、美奈は立ち止まる。
僕は思わず見上げる。
そこは、周りに他の木が生えてなく、その一本の楓の木だけが、広い空間に立っていた。
しかし、その楓はどこか寂しげで、そして、哀愁が漂うように感じられる。
儚げな木だが、その儚げな木から実る、血のように鮮やかな葉はとても美しいと思っていた。
母さんが大好きだった木だ。
「いい加減にしろよ!」
僕は思わず、美奈に怒鳴っていた。
すぐに後悔したが、その後悔は必要無いと言い聞かせた。
ただの悪戯にしても度が過ぎている。幼馴染みだから許せる、いや、幼馴染みだから許せない。
美奈は視線を静かに落とす。
美奈の視線には、楓の葉がいくつも重なり合い、赤い絨毯のように敷き詰められていた。
「あんたが楓の葉が嫌いだって知ってるよ。でも私思うの、由希子さんはあんたに何か伝えたかったんだと思う……」
「何を!」
僕は感情の昂ぶりが抑えられない、殴る気はないが、殴ってしまいたい。
しかし、美奈は大きな瞳を和らげて、優しそうに僕に微笑んだ。
「夏に緑を繁らせて、秋に枯れていく。そして地面に落ちていく。でも、落ちる前に一番美しく、自身を彩る」
「……」
僕は黙っていた。まだ怒りは収まりそうもない。
「生命って無くなるとき意味があるんだと思うのよ。そしてその時が一番美しいのかもしれない」
「何を!」
もちろん、何かを伝えようとしているのが分かっていた。
それが大事なことだということも。でも、衝動が抑えられなかった。
だが、うつむいて、顔を上げて美奈の顔を視界に収めた時、僕の心臓が静かに高鳴った。
ドクン
美しい笑みだった。
こんな無邪気にも、可愛らしくも美しい顔は見たことない。
「わ、わたしね」
「……」
僕は固唾を飲み込む。
「身ごもったの……」
「……え」
「だから亘の子」
「……」
「だから、今日は夫婦そろって、あんたの母さんに報告に来たのよ」
「……」
美奈の目の前に立って、その大きな瞳で僕を包んでくれている。
僕は瞬きをしてみる。
そして、辺りを見渡す。
自然と目から、涙が流れていく。
僕の二十五年間、白黒だった世界が、赤、黄、茶色、色鮮やかに染め上げる。
世界はこんなにも美しかったんだ。
――母さん、僕、パパになったよ
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