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第10話 もう終わりですか?
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(もらった!)
トオルの斬撃が背後からメッサーの首筋に迫る。
そこはメッサーの数少ない肌が露出した部分だ。
死角からの一撃。
防御はおろか、回避も困難だ。
故にベニツバキの刃がメッサーの首を捉えたのは、ごく自然な結果だった。
しかし、その後は自然ではない。
ベニツバキはメッサーに傷一つ負わせていなかったのだ。
黄色に輝いた表皮が、まるで鉄板のように紅色の刃を受け止めていた。
「やっぱりダメか」
と、ベニツバキをメッサーから離す。
トオルには最初から結果がわかっていた。
彩能は発動の仕方によって三つに分類される。
使用者の意思で発動できる任意発動型。
使用者の意思とは関係なく常に発動している常時発動型。
条件を満たした際に自動で発動する条件発動型。
メッサーの彩能は、命の危険が迫った場合に自動で発動する。
その能力は、黄系統の彩能にみられる一般的な効果で、身体能力の強化だ。
刃が皮膚を切り裂けなかったのも皮膚強度が爆発的に上昇したためだ。
黄金にも似た光を全身から放ったまま、ゆっくりとふり返ったメッサーが首筋に手を当てながら信じられないといった形相で口を開いた。
「トオル君、キミってひとは……僕を殺す気なのかい!」
「殺す気で来いって言ったのはメッサーだろ?」
「だからって本当にするかい? トオル君がこんなにヒドイひとだったなんて知らなかったよ!」
「あー……無理だと思ってたからな」
「たしかに僕の彩能なら、そうそう傷なんてつかないよ! だけど絶対に発動するとは限らないじゃないか! それをトオル君、キミは全力で首に斬りかかってくるなんて……それは騎士として以前に人としてどうなんだい!」
「危険な状況になっても彩能が発動しなかったことがあるのか?」
すると、さきほどまでの怒気はどこへやら。
ぼそりとメッサーが言った。
「……ない、けど」
「だったらいいじゃないか」
「で、でも! いくら傷がつかなくたってそれなりには痛いんだよ!」
「痛いくらい我慢しろよ。遠慮はいらないって言ったのはお前なんだから」
「く……っ、そこまで細かい部分を小姑のように覚えているなんて、さすがはトオル君だよ」
「お前のほうこそネチネチした言い回しは嫁をいびる姑みたいだぞ」
「ふ、いいさ!」
黄色の光を放つメッサーが大仰に両腕を広げる。
「ここからは正真正銘、僕の本気を見せてあげるよ! もうトオル君は僕にかすり傷を負わせるどころか、僕の肌に刃を触れさせることさえもできはしないのさ!」
その言葉が決してハッタリや自惚れではないことをトオルは知っている。
メッサーの彩能は限られた条件下でしか発動しない。
くわえて発動しても十分間も持続しない。
一見すれば使いにくい彩能。
けれど、発動さえすれば無類の強さを誇る。
彩能を発動させたメッサーに太刀打ちできる人間は、生徒だけでなく、教官を含めてもそうはいない。
トオルが知る限り、最強の彩能だ。
だから、そんな相手にトオルが手も足も出ないのは当然だった。
メッサーの彩能が切れる十分間すらも粘ることができずに、トオルは石の床に寝転んで天井を仰ぎ見る羽目になった。
「はあ、はあ、はあ……」
彩能を用いた戦闘において、相手の能力を知っているのと知らないのとでは天地の違いがある。
相手の彩能がどんな能力なのかを知っていれば対策を立てることも可能だからだ。
トオルはもちろん、メッサーの彩能を事前に知っている。
対策を考えてもいた。
それでも、まったく歯が立たなかった。
いくらカタナをふるっても強化された脚力によって常人離れした動きで回避される。
奇策で虚を突いても強化された動体視力と反射神経の前では簡単に盾で防がれ、その直後に強化された腕力で攻撃したトオルのほうが吹き飛ばされてしまう。
何度挑んでも、その繰り返しだった。
「もう終わりかい?」
見下ろしてくるメッサーは黄色の輝きが消えかけていた。
ようやく彩能の効果が終わろうとしているようだ。
「やっぱ、敵わねーな」
相手が彩能を発動させた場合、対抗できるのは彩能だけだ。
基本中の基本。
常識中の常識。
だけどトオルには、その基本も常識も実践できない。
「トオル君も彩能が使えないわりには、よくやったと思うよ」
「彩能が使えないわりには、ね」
言いながらトオルは立ち上がった。
「それにしても、いつ相手にしてもお前の彩能はスゲーな」
「当然さ!」
メッサーが前髪をかき上げる。
「僕の彩能は最強だからね!」
自信過剰に聞える自己評価は、まったくの的外れというわけでもないから笑えない。
身体能力を強化する彩能は、黄系統の彩能では一般的だ。
面白みも驚きもない。
ありふれた能力だ。
しかしメッサーの彩能は、ありふれてはいても規格外の能力だった。
彩能で身体能力が強化される場合、ほとんどは何か一つの能力だけが向上するものだ。
視力、聴力、腕力、脚力……何が強化されるかは使用者の願望による。
それがメッサーの彩能はあらゆる身体能力を強化するのだから、もはや反則と呼ぶべき代物だ。
どんな願望を持てば、そこまで強力な彩能になるのか不思議でならない。
ともかく、その反則じみた彩能によってメッサーは模擬戦闘訓練では、ほとんど負けたことがない。
だけど――。
「たしかに彩能はすごいと思うよ」
と、トオルは言った。
「彩能は……なんて、なんだか含みのある言い方だね?」
「いくら強い彩能を持ってても、お前からはまったく攻撃してこないからな。右手のそれは飾りか?」
トオルが短槍を目線で示すと、メッサーが前髪をかき上げた。
「騎士の役目は守ることにこそあるのだよ? つまり、究極的には攻撃なんて無粋なのさ!」
メッサーは確かに模擬戦闘訓練で、ほとんど負けたことがない。
と同時に、勝ったこともほとんどないのだ。
大半が時間切れの引き分けに終わっている。
その原因が、
《騎士に攻撃は不要》
という、およそ凡人には理解できない信念だ。
どんなに強力な彩能でも、やはり自分から攻撃しなければ勝利するのは難しい。
ということは、結果が出ているうえに教官からも再三にわたって注意されているから本人も自覚している。
それでもメッサーは頑なに信念を曲げようとしない。
トオルは呆れるしかなかった。
「やっぱ、わかんないヤツだよ。お前は」
もしもその彩能があれば……何度、そう夢想しただろう。
「理解されなくて結構さ。騎士道とは険しく、孤独なものだからね。それより、」
見下すでも馬鹿にするでもなく、ただ事実を確認する口調でメッサーが言葉を継ぐ。
「トオル君のほうはどうだい? 何か、彩能が使えそうな感じはあったかい?」
「まったく」
トオルが苦笑交じりに答えると、メッサーは自分のことのように悲しげな声を出した。
「それは残念だ……」
「ま、このくらいで諦めるつもりはないよ」
「さすがはトオル君、その意気だよ! それじゃあ、もう一回戦といくかい?」
「そうだなー……」
メッサーは良い奴だ。
情に厚いし、相手の弱さを笑ったりもしない。
だけど、口調がやけに芝居がかっていて、動きも無駄に大げさだ。
なにより、いちばん気になるのが前髪をかき上げる、あの癖。
あれを目にするたび、なぜか心がざわついて仕方がない。
トオルは遠慮がちに首を横に振った。
「いや、今日はこれくらいにしとくよ。帰りに買い物もしたいから」
「そうかい。トオル君が帰るのなら僕も帰路につくとしよう」
本日の訓練はここまで。
そこを見計らっていたように、
「あら、もう終わりですか?」
トオルの背後で声がした。
トオルの斬撃が背後からメッサーの首筋に迫る。
そこはメッサーの数少ない肌が露出した部分だ。
死角からの一撃。
防御はおろか、回避も困難だ。
故にベニツバキの刃がメッサーの首を捉えたのは、ごく自然な結果だった。
しかし、その後は自然ではない。
ベニツバキはメッサーに傷一つ負わせていなかったのだ。
黄色に輝いた表皮が、まるで鉄板のように紅色の刃を受け止めていた。
「やっぱりダメか」
と、ベニツバキをメッサーから離す。
トオルには最初から結果がわかっていた。
彩能は発動の仕方によって三つに分類される。
使用者の意思で発動できる任意発動型。
使用者の意思とは関係なく常に発動している常時発動型。
条件を満たした際に自動で発動する条件発動型。
メッサーの彩能は、命の危険が迫った場合に自動で発動する。
その能力は、黄系統の彩能にみられる一般的な効果で、身体能力の強化だ。
刃が皮膚を切り裂けなかったのも皮膚強度が爆発的に上昇したためだ。
黄金にも似た光を全身から放ったまま、ゆっくりとふり返ったメッサーが首筋に手を当てながら信じられないといった形相で口を開いた。
「トオル君、キミってひとは……僕を殺す気なのかい!」
「殺す気で来いって言ったのはメッサーだろ?」
「だからって本当にするかい? トオル君がこんなにヒドイひとだったなんて知らなかったよ!」
「あー……無理だと思ってたからな」
「たしかに僕の彩能なら、そうそう傷なんてつかないよ! だけど絶対に発動するとは限らないじゃないか! それをトオル君、キミは全力で首に斬りかかってくるなんて……それは騎士として以前に人としてどうなんだい!」
「危険な状況になっても彩能が発動しなかったことがあるのか?」
すると、さきほどまでの怒気はどこへやら。
ぼそりとメッサーが言った。
「……ない、けど」
「だったらいいじゃないか」
「で、でも! いくら傷がつかなくたってそれなりには痛いんだよ!」
「痛いくらい我慢しろよ。遠慮はいらないって言ったのはお前なんだから」
「く……っ、そこまで細かい部分を小姑のように覚えているなんて、さすがはトオル君だよ」
「お前のほうこそネチネチした言い回しは嫁をいびる姑みたいだぞ」
「ふ、いいさ!」
黄色の光を放つメッサーが大仰に両腕を広げる。
「ここからは正真正銘、僕の本気を見せてあげるよ! もうトオル君は僕にかすり傷を負わせるどころか、僕の肌に刃を触れさせることさえもできはしないのさ!」
その言葉が決してハッタリや自惚れではないことをトオルは知っている。
メッサーの彩能は限られた条件下でしか発動しない。
くわえて発動しても十分間も持続しない。
一見すれば使いにくい彩能。
けれど、発動さえすれば無類の強さを誇る。
彩能を発動させたメッサーに太刀打ちできる人間は、生徒だけでなく、教官を含めてもそうはいない。
トオルが知る限り、最強の彩能だ。
だから、そんな相手にトオルが手も足も出ないのは当然だった。
メッサーの彩能が切れる十分間すらも粘ることができずに、トオルは石の床に寝転んで天井を仰ぎ見る羽目になった。
「はあ、はあ、はあ……」
彩能を用いた戦闘において、相手の能力を知っているのと知らないのとでは天地の違いがある。
相手の彩能がどんな能力なのかを知っていれば対策を立てることも可能だからだ。
トオルはもちろん、メッサーの彩能を事前に知っている。
対策を考えてもいた。
それでも、まったく歯が立たなかった。
いくらカタナをふるっても強化された脚力によって常人離れした動きで回避される。
奇策で虚を突いても強化された動体視力と反射神経の前では簡単に盾で防がれ、その直後に強化された腕力で攻撃したトオルのほうが吹き飛ばされてしまう。
何度挑んでも、その繰り返しだった。
「もう終わりかい?」
見下ろしてくるメッサーは黄色の輝きが消えかけていた。
ようやく彩能の効果が終わろうとしているようだ。
「やっぱ、敵わねーな」
相手が彩能を発動させた場合、対抗できるのは彩能だけだ。
基本中の基本。
常識中の常識。
だけどトオルには、その基本も常識も実践できない。
「トオル君も彩能が使えないわりには、よくやったと思うよ」
「彩能が使えないわりには、ね」
言いながらトオルは立ち上がった。
「それにしても、いつ相手にしてもお前の彩能はスゲーな」
「当然さ!」
メッサーが前髪をかき上げる。
「僕の彩能は最強だからね!」
自信過剰に聞える自己評価は、まったくの的外れというわけでもないから笑えない。
身体能力を強化する彩能は、黄系統の彩能では一般的だ。
面白みも驚きもない。
ありふれた能力だ。
しかしメッサーの彩能は、ありふれてはいても規格外の能力だった。
彩能で身体能力が強化される場合、ほとんどは何か一つの能力だけが向上するものだ。
視力、聴力、腕力、脚力……何が強化されるかは使用者の願望による。
それがメッサーの彩能はあらゆる身体能力を強化するのだから、もはや反則と呼ぶべき代物だ。
どんな願望を持てば、そこまで強力な彩能になるのか不思議でならない。
ともかく、その反則じみた彩能によってメッサーは模擬戦闘訓練では、ほとんど負けたことがない。
だけど――。
「たしかに彩能はすごいと思うよ」
と、トオルは言った。
「彩能は……なんて、なんだか含みのある言い方だね?」
「いくら強い彩能を持ってても、お前からはまったく攻撃してこないからな。右手のそれは飾りか?」
トオルが短槍を目線で示すと、メッサーが前髪をかき上げた。
「騎士の役目は守ることにこそあるのだよ? つまり、究極的には攻撃なんて無粋なのさ!」
メッサーは確かに模擬戦闘訓練で、ほとんど負けたことがない。
と同時に、勝ったこともほとんどないのだ。
大半が時間切れの引き分けに終わっている。
その原因が、
《騎士に攻撃は不要》
という、およそ凡人には理解できない信念だ。
どんなに強力な彩能でも、やはり自分から攻撃しなければ勝利するのは難しい。
ということは、結果が出ているうえに教官からも再三にわたって注意されているから本人も自覚している。
それでもメッサーは頑なに信念を曲げようとしない。
トオルは呆れるしかなかった。
「やっぱ、わかんないヤツだよ。お前は」
もしもその彩能があれば……何度、そう夢想しただろう。
「理解されなくて結構さ。騎士道とは険しく、孤独なものだからね。それより、」
見下すでも馬鹿にするでもなく、ただ事実を確認する口調でメッサーが言葉を継ぐ。
「トオル君のほうはどうだい? 何か、彩能が使えそうな感じはあったかい?」
「まったく」
トオルが苦笑交じりに答えると、メッサーは自分のことのように悲しげな声を出した。
「それは残念だ……」
「ま、このくらいで諦めるつもりはないよ」
「さすがはトオル君、その意気だよ! それじゃあ、もう一回戦といくかい?」
「そうだなー……」
メッサーは良い奴だ。
情に厚いし、相手の弱さを笑ったりもしない。
だけど、口調がやけに芝居がかっていて、動きも無駄に大げさだ。
なにより、いちばん気になるのが前髪をかき上げる、あの癖。
あれを目にするたび、なぜか心がざわついて仕方がない。
トオルは遠慮がちに首を横に振った。
「いや、今日はこれくらいにしとくよ。帰りに買い物もしたいから」
「そうかい。トオル君が帰るのなら僕も帰路につくとしよう」
本日の訓練はここまで。
そこを見計らっていたように、
「あら、もう終わりですか?」
トオルの背後で声がした。
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