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第18話 あたしのこと、嫌い?

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 八番通りを歩きながらカレンが苦笑いする。

「いやー、朝からヒドイ目に遭ったよ」

「それはこっちのセリフだ」

「ちょっと! 未来の奥さんを殺しかけといてそれはないんじゃない! そこは《ごめん、愛してるよ》ってゆートコだよ!」

「俺も悪かったと思うけど、お前が調子に乗りすぎたのもいけないんだぞ」

「トオくんは女の子の口にパンを丸ごと押し込んじゃいけないって習わなかったの!」

「そんな限定的な躾はどこの家もしねーよ!」

「しょーがないなー」
 カレンがわざとらしく息を吐き出す。
「そんな人でなしのトオくんだけど、許してあげちゃう。なんたって、あたしは未来の奥さんだからね」

 トオルもわざと顔をしかめてみせた。

「さっきからなんだよ、それ」

「それ?」

「未来の奥さん、ってやつ。やけに連発してるから」

「おや? 気づいてくれた?」

「そりゃあ、それだけ言ってくればな」

「実はね、」
 カレンが声を低くする。
「トオくんは、いつになったらウチに挨拶に来てくれるのかなーって」

「挨拶……って、なんの」

「お父さんに。娘さんをくださいって」

 今度は本心から顔をしかめた。

「カレン、お前……なに言ってんだ?」

「だってトオくん、昨日言ってたでしょ。お父さんによろしく伝えておいてって」

「よろしくはそういう意味じゃねー!」

 トオルが叫ぶと、カレンが足を止めた。
 ふり返ったトオルの瞳に真剣な眼差しの幼馴染が映る。

「トオくんは、いや?」

「……え?」

「あたしと結婚するの、いや? あたしのこと、嫌い?」

「それは……」

 いや、ではない。
 嫌いであるはずがなかった。

 カレンとは内戦前からの付き合いだ。
 何をするのも一緒で、トオルにとっては両親よりも多くの時間を共有してきた。
 今では同じ空間にいるのが当たり前で、隣にいるのが自然だとすら思う。

 自分は彼女が好きなんだ、という気持ちにトオルはずいぶん以前から気づいていた。
 それでもいまさら告白するなんて恥ずかしいし、結婚なんて考えたこともない。

 それは、カレンも似たようなものだと思っていた。
 だから彼女が恐れもせずに相手の好意を確認する質問をしてきたことがトオルは信じられなかった。

 どう答えようかトオルが悩んでいると、勝ち誇ったような笑いが聞こえてきた。

「んっふっふっふ。そっかそっか。あたし、わかっちゃった」

「何がわかったんだよ」

「さあ? しーらないっ」
 と、カレンが上機嫌で歩き出し、トオルを追い抜いてゆく。

 数秒遅れてトオルも背中を追った。
 もう質問の答えは期待しない。

 カレンには頑固な面がある。
 こういうときの彼女は絶対に欲しい答えをくれないのだ。

 そうこうしているうちに検問所へ到着した。

 各区への出入りは基本的に自由だ。
 ただし、王宮がある中央区だけは例外になっている。

「おはようございます」「おはよーございますっ」

「おはよう、ヒヅキ君、サクラノさん。最近は朝もあったかくなってきたねー」

 八番通りの検問所に入ったトオルとカレンが軽く頭を下げると、すっかり顔なじみになっている検問官のおじさんが気さくに挨拶を返してくる。

 ぐるりと壁に囲われた中央区へ侵入するには、大通りと中央区の境にある、十二カ所の検問所のいずれかを通過しなければならない。
 その際、王国が発行する通行許可証か、それと同等の身分証明が必要になる。
 トオルやカレンの場合は、制服の左腕に施された王立サンドラ学園の校章がその役割を果たしていた。

 トオルは愛想笑いを浮かべる。

「そうですね、ずいぶんと過ごしやすくなりました」

「おじさんみたいな歳になると今ぐらいの気候が丁度いいよ。暑くもなくて寒くもないからね。……うん、いいよ。今日も頑張ってきてね」
 と、目視だけでトオルとカレンに検問官のおじさんはあっさり通行の許可を出す。

 本来は服の上から不審物の有無を入念に確認するのだけれど、四年も通えば顔を覚えられ、信頼も得られるのだ。

「はーい、おじさんもがんばってねー!」
 カレンが元気よく腕を振り回し、

「おじさんこそ、いつもご苦労様です」
 トオルはほとんど条件反射で社交辞令を口にして検問所をあとにした。
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