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第52話 なんでだ?
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そこは、以前に来た時と何ひとつ変わっていなかった。
似たような木製の倉庫がいくつも並び、聞えてくるのは風の音と、それに軋む建物の鳴き声だけ。
土の地面にあったはずの血だまりは完全に消えていた。
だけど、場所を間違えたりはしない。
それだけの印象が脳裏に刻まれている。
結局、トオルは指定された場所に来ていた。
本当は来るべきではなかった。
本来なら騎士団に通報するべきだ。
こんなことをしたらキャロルを悲しませてしまう。
でも、抗えなかった。
再び燃え上がってしまった復讐の炎を消すことは誰にも、トオル自身にもできなかったのだ。
トオルは一度、周囲を見回した。
相手の姿はどこにもない。
それでもトオルには確信があった。
気配、というよりは視線を感じる。
トオルは叫んだ。
「来てやったぞ! 出てこい!」
すると、いつかのように声だけが返ってきた。
「おやおや、元気ですねえ。よく来てくれました。歓迎しますよお?」
「やっぱりお前だったか」
声の方向と大きさから相手の位置を推測する。
正面方向、だいたい十三歩ほどの距離、だろうか。
(まだ遠いな)
それに、彩能を使われたままでは勝てない。
「わかっていて来るとはいい度胸です……と言いたいところですが、予想どおりですよ。あなたが私に復讐したいことも、だから騎士団に連絡せずに一人でくるであろうこともねえ」
「だったら姿ぐらい見せたらどうだ? まさか俺一人が怖いわけじゃないだろ?」
数秒の沈黙、
「いいでしょう」
そして、亡霊が姿を現した。
「これから殺されるんです。あなたも自分を殺す相手の顔くらいは覚えておきたいでしょう?」
白い頭の男は、相も変わらず薄っぺらな笑みを張りつかせていた。
その不吉な顔を目にしたとたん、トオルの手が大きく震える。
(ああ……この顔だ)
大切な存在を奪った、許されざる顔。
一歩、相手に近づいてトオルは言った。
「いまさら確認しなくたって、お前の顔を忘れたことなんかねーよ」
「一度見ただけなのに記憶力が良いんですねえ。ワタシなんか最近は物忘れが増えましてねえ。昨日の夕食を思いだすのも苦労しますよ」
男の近況などくだらない。
興味があるのは、一点だけだ。
「なんでだ?」
「はい?」
「なんでカレンを殺した!」
ヒヒヒ、と亡霊が笑う。
「きさま……っ」
トオルは一歩、
「何がおかしい!」
そして、また一歩歩前進する。
これで亡霊との距離は十歩ほど。
相手が彩能を使おうとしても、先読みできればギリギリで阻止できる位置だ。
「いえ、すみませんねえ」
男が笑いを堪えるようにして言う。
「これまでワタシは皆殺しにしてきたじゃないですか? だから、こうして理由を尋ねられたことがなかったので、それが新鮮だったんですよ。でも、そんなことを聞いてどうするんですかあ?」
「どうするって……」
「実はワタシには病気の家族がいて……なんて話をすれば満足ですか? ワタシが殺していたのは罪深き者だけだったと言えば納得するんですか? それで、あなたはワタシを許せるんですか? 違うでしょう? だったらそんなことを聞く意味はないと思いますけどねえ」
そのとおりだ。
どんな言い訳をされても許すつもりはない。
許せるはずがない。
「だとしても知りたいんだよ。どんな理由で殺されなきゃならなかったのか。それを知る権利が俺にはあるはずだ」
そうですかあ、と亡霊が息を吐き出す。
男は邪悪に唇をゆがめて続けた。
「だったら教えてあげますよ! ワタシはねえ、好きなんですよ! 命が散る瞬間が! その時にしか見られない絶望の表情が! それがたまらないんですよ! だから今もあなたを殺したくて仕方がない! さあ、あなたはどんな顔を私に見せてくれるんですかあっ!」
亡霊が外套を乱れさせ、ナイフを取り出す。
それとほぼ同時にトオルは駆けだしていた。
亡霊がナイフを掲げる。
「わが身をつ、」
しかし、その言葉をトオルは最後まで続けさせない。
(させるか!)
抜刀から一閃。
紅い刃の軌道を亡霊がナイフで器用に変える。
だけど男はそれが精一杯で彩能を使うどころではなくなった。
「くそっ!」
そう吐き捨てた亡霊の顔には、明らかな焦りが見て取れる。
「お前なんて、見えてればどうってことないんだよ!」
トオルは続けざまにベニツバキをふるった。
相手に休ませる余裕も彩能を使わせる暇も与えない。
距離を離さなければ勝てるとトオルは考えていた。
相手は彩能で姿を隠し、背後から襲うことしかできない卑怯者だ。
真っ向勝負に持ち込めば圧倒できる。
しかし世の中というものは、いつだって予想外に溢れていた。
すでに十数回は斬撃を繰り出しているのに、決定打が出ないのだ。
それどころか、
「調子に乗るのも、いい加減にしてくださいよおっ!」
攻撃と攻撃の合間を縫うようにして亡霊が反撃してくる。
認めたくはないが、接近戦の実力は互角らしい。
ベニツバキを振り回しながらトオルは、ある情報を思いだしていた。
「そういや、元は騎士なんだってな!」
亡霊がナイフで攻撃を受け流しながら答える。
「よく知っているじゃないですか!」
「なんで騎士団を辞めたんだ!」
「あなたには関係ないでしょ―ーぐあっ!」
会話で注意がそれたのか、トオルの蹴りが亡霊の腹部にめり込んだ。
亡霊が盛大に地面を転がる。
無様な男の姿にトオルはほくそ笑みかけ、すぐに自身の失敗に気がついた。
「しまった!」
距離が離れてしまった。
いくら蹴ったからといって十数歩以上も吹き飛ぶのは不自然すぎる。
急いで距離を詰めようと走りだすも、
「我が身を包め!」
亡霊のイヤらしい笑顔が風景の中に消えてしまう。
似たような木製の倉庫がいくつも並び、聞えてくるのは風の音と、それに軋む建物の鳴き声だけ。
土の地面にあったはずの血だまりは完全に消えていた。
だけど、場所を間違えたりはしない。
それだけの印象が脳裏に刻まれている。
結局、トオルは指定された場所に来ていた。
本当は来るべきではなかった。
本来なら騎士団に通報するべきだ。
こんなことをしたらキャロルを悲しませてしまう。
でも、抗えなかった。
再び燃え上がってしまった復讐の炎を消すことは誰にも、トオル自身にもできなかったのだ。
トオルは一度、周囲を見回した。
相手の姿はどこにもない。
それでもトオルには確信があった。
気配、というよりは視線を感じる。
トオルは叫んだ。
「来てやったぞ! 出てこい!」
すると、いつかのように声だけが返ってきた。
「おやおや、元気ですねえ。よく来てくれました。歓迎しますよお?」
「やっぱりお前だったか」
声の方向と大きさから相手の位置を推測する。
正面方向、だいたい十三歩ほどの距離、だろうか。
(まだ遠いな)
それに、彩能を使われたままでは勝てない。
「わかっていて来るとはいい度胸です……と言いたいところですが、予想どおりですよ。あなたが私に復讐したいことも、だから騎士団に連絡せずに一人でくるであろうこともねえ」
「だったら姿ぐらい見せたらどうだ? まさか俺一人が怖いわけじゃないだろ?」
数秒の沈黙、
「いいでしょう」
そして、亡霊が姿を現した。
「これから殺されるんです。あなたも自分を殺す相手の顔くらいは覚えておきたいでしょう?」
白い頭の男は、相も変わらず薄っぺらな笑みを張りつかせていた。
その不吉な顔を目にしたとたん、トオルの手が大きく震える。
(ああ……この顔だ)
大切な存在を奪った、許されざる顔。
一歩、相手に近づいてトオルは言った。
「いまさら確認しなくたって、お前の顔を忘れたことなんかねーよ」
「一度見ただけなのに記憶力が良いんですねえ。ワタシなんか最近は物忘れが増えましてねえ。昨日の夕食を思いだすのも苦労しますよ」
男の近況などくだらない。
興味があるのは、一点だけだ。
「なんでだ?」
「はい?」
「なんでカレンを殺した!」
ヒヒヒ、と亡霊が笑う。
「きさま……っ」
トオルは一歩、
「何がおかしい!」
そして、また一歩歩前進する。
これで亡霊との距離は十歩ほど。
相手が彩能を使おうとしても、先読みできればギリギリで阻止できる位置だ。
「いえ、すみませんねえ」
男が笑いを堪えるようにして言う。
「これまでワタシは皆殺しにしてきたじゃないですか? だから、こうして理由を尋ねられたことがなかったので、それが新鮮だったんですよ。でも、そんなことを聞いてどうするんですかあ?」
「どうするって……」
「実はワタシには病気の家族がいて……なんて話をすれば満足ですか? ワタシが殺していたのは罪深き者だけだったと言えば納得するんですか? それで、あなたはワタシを許せるんですか? 違うでしょう? だったらそんなことを聞く意味はないと思いますけどねえ」
そのとおりだ。
どんな言い訳をされても許すつもりはない。
許せるはずがない。
「だとしても知りたいんだよ。どんな理由で殺されなきゃならなかったのか。それを知る権利が俺にはあるはずだ」
そうですかあ、と亡霊が息を吐き出す。
男は邪悪に唇をゆがめて続けた。
「だったら教えてあげますよ! ワタシはねえ、好きなんですよ! 命が散る瞬間が! その時にしか見られない絶望の表情が! それがたまらないんですよ! だから今もあなたを殺したくて仕方がない! さあ、あなたはどんな顔を私に見せてくれるんですかあっ!」
亡霊が外套を乱れさせ、ナイフを取り出す。
それとほぼ同時にトオルは駆けだしていた。
亡霊がナイフを掲げる。
「わが身をつ、」
しかし、その言葉をトオルは最後まで続けさせない。
(させるか!)
抜刀から一閃。
紅い刃の軌道を亡霊がナイフで器用に変える。
だけど男はそれが精一杯で彩能を使うどころではなくなった。
「くそっ!」
そう吐き捨てた亡霊の顔には、明らかな焦りが見て取れる。
「お前なんて、見えてればどうってことないんだよ!」
トオルは続けざまにベニツバキをふるった。
相手に休ませる余裕も彩能を使わせる暇も与えない。
距離を離さなければ勝てるとトオルは考えていた。
相手は彩能で姿を隠し、背後から襲うことしかできない卑怯者だ。
真っ向勝負に持ち込めば圧倒できる。
しかし世の中というものは、いつだって予想外に溢れていた。
すでに十数回は斬撃を繰り出しているのに、決定打が出ないのだ。
それどころか、
「調子に乗るのも、いい加減にしてくださいよおっ!」
攻撃と攻撃の合間を縫うようにして亡霊が反撃してくる。
認めたくはないが、接近戦の実力は互角らしい。
ベニツバキを振り回しながらトオルは、ある情報を思いだしていた。
「そういや、元は騎士なんだってな!」
亡霊がナイフで攻撃を受け流しながら答える。
「よく知っているじゃないですか!」
「なんで騎士団を辞めたんだ!」
「あなたには関係ないでしょ―ーぐあっ!」
会話で注意がそれたのか、トオルの蹴りが亡霊の腹部にめり込んだ。
亡霊が盛大に地面を転がる。
無様な男の姿にトオルはほくそ笑みかけ、すぐに自身の失敗に気がついた。
「しまった!」
距離が離れてしまった。
いくら蹴ったからといって十数歩以上も吹き飛ぶのは不自然すぎる。
急いで距離を詰めようと走りだすも、
「我が身を包め!」
亡霊のイヤらしい笑顔が風景の中に消えてしまう。
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