あなたを喰べてもいいですか?

スケキヨ

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第2章:シエルの捜索

2-6.誘い

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「えー……と、私の顔に何か付いている、か……?」

 シエルが身をそらしながら女に問うと、

「あっ……申し訳ありません! 私ったら、不躾ぶしつけなことを……」

 女はハッとしたように後ずさって、シエルから離れた。
 シエルはそんな女の態度をなぜか好ましく感じた。
 見た目は明らかに成熟した大人の女に違いないのに、まるで男に慣れていない若い娘のような初々しい反応が意外だったからかもしれない。

「……道に、迷われたのですか?」

 再び声をかけてきた女はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 シエルは出会ったばかりのこの女を改めて観察してみる。
 亜麻リネンのシンプルなワンピースは質素なものだったが、背中に垂らされた長い髪は艶々つやつやと銀色に輝いていて、とても魅力的だ。
 落ち着いた容貌はシエルと同じか、幾らか歳上くらいだろうか。

「仲間を捜しに来たんだが」

「……仲間?」

 シエルが答えると、女は小首を傾げた。

 そうだ!
 もしかしてレオポルトもこの女に遭遇したかもしれない。
 そう思いついたシエルは、懸命にレオポルトの特徴を言い募った。

「一ヶ月ほど前にこの森に入ったまま、帰ってこないんだ。歳格好は私とさほど変わらない。髪の色は金色……よく実った麦の穂みたいに揺れる豊かな金髪だ。瞳の色はよく晴れた秋空のように澄んだ青色をしているんだが……そんな男に覚えはないだろうか?」

 シエルは期待を込めて女に水を向けた。
 女はしばらく黙って目を伏せていたが、

「……さあ。そのような方、お見かけしてはおりませんが」

 そう言うと、眉を下げて微笑んだ。

「そうか……。もしかして、と思ったんだが」

 当てが外れたシエルはがっくりと肩を落とした。
 この場所に導かれたのは天の配剤に違いないと思っていたのだが……やはり、そう甘くはないようだ。

より……、こんな所まで入り込んできては危ないですよ。夜の森には獰猛な動物がたくさんいますから」

 女がシエルに忠告する。

「よかったら、今夜はうちに泊まっていかれたらいかがですか? 森で野宿するのは危険ですから」

「え……」

 女の提案は願ってもないことだったが……。
 シエルは躊躇した。
 こんな所に一人でいて危険なのはシエルに限ったことではない。この女にだって言えることだ。
 こんな森の奥に、まさか一人で暮らしているわけではないだろうが……家族と一緒だろうか?

「それは大変有難い申し出だが、迷惑じゃないだろうか? 貴女のご家族にも許可を取ってからのほうがいいのでは……」

 シエルはさりげなく女に家族の話を向けた。
 いくら困っているとは言え、ついさっき会ったばかりのよく知りもしない男を勝手に連れ帰っては、この女の家族も怒るのではないか、と心配になったからである。

「フフフ、大丈夫ですよ……。家族なんておりませんから」

 女が口をすぼめて笑う。

「えっ!?」

 女の返答に戸惑うシエル。
 こんな森の奥に一人きりで住んでいるというのか、この女は……。

「だから……ね? 遠慮なさらずに、いらしてくださいな。食事もご用意いたしますから」

 やはり女はシエルが肉を盗ろうとしていたことに気づいていたらしい。

「いや、女の一人暮らしと聞いては、ほいほい世話になるわけにもいかない……」

 バツの悪いシエルが断ろうとすると、

「でもこんなところで寝ていたら、夜の間にオオカミに食べられてしまって、二度と朝日を拝めなくなりますよ」

 女が悪戯っぽく笑う。
 いつのまにか、シエルのすぐ目の前に立って袖を掴んでいる。
 女からは何とも言えない甘い匂いが漂ってくる。甘い、蜜のようなーー。

「……それでは、お言葉に甘えてもいいだろうか?」

 考えるより先に、シエルの口が勝手に動いていた。

 何故だろう?

 身体に力が入らなかった。
 それどころか、どんどん力が抜けていくようだ。
 なのに、ひどく心地よい……。

「えぇ、もちろんです。では、こちらに……」

 女がシエルの手を取った。
 シエルは女に導かれるがまま、フラフラと彼女の後をついて歩き出した。


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